6日目
予定より2時間早い朝10時、あわただしく荷物をスーツケースに詰めて宿をチェックアウトした。
しかしウブドを離れるとなるとなんだか寂しい。この宿(トゥンジュン・マス・バンガローズ)は居心地が良かった。次もここでいいんじゃないかと思っている。しかしバリ島のアコモはまめにメンテナンスをしてないとあっという間にボロくなるからなァ。ちゃんとしてればいいけど、ここのスタッフは言えばちゃんと働くが、いつもはかなりノンビリしてるから心配だ。
実は前日のバリ・サファリ&マリンパークへ向かう車中「明日バンジャールで火葬がありますが来ませんか?」とM氏に誘われてた。
突然のお誘いだったけど、明日はウブドの宿を昼にチェックアウトしてクタに向かう日だ。火葬に行く時間がない。そのことを話すと彼は少し残念そうな顔
をしたけど、すぐに
「ホテルのほうには私が連絡しておきますから、10時にチェックアウトして荷物をフロントに預けたら10時15分に出発しましょう。火葬を見たら2時にホテルに戻ってクタへ送ってもらいましょう。」
という彼の提案でまとまった。しかし10時15分とは・・・彼が分単位で予定を決めるなん
てなんだか懐かしい、ガイド時代以来である。
お誘いを受けたのはM氏宅のすぐ裏のおばあさんのお葬式。経済的な負担を軽くするために仮埋葬ししばらく後に合同火葬を行うケースも多いが、<少し金持ち>なので亡くなってすぐに個人火葬が行われることになったそうだ。とにかく個人のお葬式に招かれた
ので恐縮してしまった。
ということで早いチェックアウトなのである。
もう既にM氏は迎えに来ていた。前日までのTシャツに半ズボンとサンダルというくだけた格好ではなく、黒いシャツに頭にはウダン(鉢巻)、腰にはサルン(腰巻)というバリ式の正装である。いかにもバリ人という感じが格好いい。
ギャニャールのM氏宅に到着すると、早速スレンダンを腰に巻き、亡くなったおばあさんの家に向かった。その家はM氏宅を出てすぐの角を曲がった奥にあり、この通りは雰囲気が好きでよく写真を撮りに歩いた場所だ。
火葬用の小さめの神輿は既に家の横に用意され、これから担いで少し移動するらしい。M氏からは「写真を撮る時は行列から少し離れて撮りましょう。」と言われていたので、通りの真ん中くらいにあるワルンの陰で待つことにした。
しばらくすると男たちが神輿を担いで動き出した。
葬儀に集まった人たちの中には以前ギャニャールで見かけた人が何人かいて、リアルにお葬式に来ていること感じた僕はすっかり神妙になってしまった。
近づいてくると担ぎ手の中にM氏を確認した。しっかりバンジャールの一員なのだなと思った。そういえばこの8年間、ガイドと客という出会いで始まったせいか彼とバンジャール(バリ特有の地域的な社会組織)の関係については語られることも少なくちゃんとやってるのか疑問を持つことも度々だった。日ごろから彼はわりと客観的に道徳観や習慣などを説明してくれるバリ人で、その妙にクールなところがさらにバリ社会との結びつきを感じさせない原因になっていたのかも
しれない。
とトラブル発生。
ガムランの音をバックに担がれた神輿は、まず最初の電線に引っかかった。パダン屋の前で見た大凧などバリ島ではでかい物を運ぶとまずは電線に引っかかるらしい。電線があるからって腰を屈めるとか何か対策を考えてる感じでもない。なんとか引っかかった電線を外して神輿は進む。
そして僕の前を通り過ぎてしばらくすると、また次の電線に引っかかった。今度は簡単に電線を外せるレベルではないらしい。しばらくああでもないこうでもないとやっていたが、結局電線をブチッと切って進んだ。電線はその場で修復されもとの家につなげられた。
神輿はギャニャールの広場の横でおろされ、「たぶん今、おばあさんの体を洗い清めてるはずなので行きましょう」ということでおばあさんのお宅に向かった。
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