前回記事をアップした直後、ウィルス性嘔吐下痢症とやらになってしまいダウン。記事をアップするするのがおくれてしまっただけでなく体力の衰えとともに気力もダウン。ということで2回につもりがとりあえず1回ですみません。内容も未完結まとまりのつかないメモ状態でとりあえずアップします。
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コリン・マックフィー著「熱帯の旅人(PARCO出版)」→amazon.co.jpからの抜粋と自分のガムランに対する思い込みと照らし合わせてみる。
最初に登場するニョマン・カレールは幾つかのガムランの楽団長をつとめていて知識人としてマックフィーのガムラン研究に大きく影響を与えている。
バンジャールにはガムランのセットが三組あり、彼はその全ての楽団の長を務めているとのことだった。一つはレゴンの楽団、もう一つはガンドロンの楽団・・・・・・。
「ガンドロンっていうのはなんですか?」と私はきいた。
「レゴン舞踊に似ているのですが、少年の踊り手が女装して踊るのです。家々の戸口から戸口へ門付けしてまわったり、道で踊って金をもらったりするのです。(以下省略)」【楽団長の来訪】より
いきなり演奏ではなくて踊りの話。男が女装して踊るというバリ島のダンスのねじれた面が書かれている。ガンドロンを見る機会はなかなかないだろうが、色々と探していると恋愛話を男性の踊り手によって表現するとあっても女装するという文献が見当たらない。どっちが本当か分からないが、必ずといっていいほど観ることが可能なクビャール・トロンポンという演目は男装した女性の踊りを男性が踊り、踊りのみならずトロンポンという楽器を演奏するといったさらにひねくれもの。しかし日本でもそういった性格の芸能も多いので理解しやすいと思う。それにしてもクビャール・トロンポンを考えながら観てたらなにか少し頭が変になりそうだったことを思い出す。
ニョマンとの会話を通して、年がら年じゅう、芸能三昧に明け暮れていた王宮の内情が少しずつつかめてきた。かつてバリの芸能は王族というパトロンによって支えられていた。彼らの多くは回教徒から逃れてバリ島に渡ってきたジャワの貴族たちで、妻や妾や兵士や職人、それに役者や楽士までも連れてきて、ジャワ王朝の豪奢な暮らしを素朴ながら楽しんだのだった。
しかしそうした宮廷生活も今や過去のものになりつつある。政府経営の質屋には、王家が手放した銅鑼、宝石をちりばめた短剣、冠に金の指輪などが、戸棚いっぱい詰まっており、ロッキングチェア-、鏡、傘立て、花かご、電話などの品々で飾り立てられているありさまだ。【楽団長の来訪】より
これまた演奏ではなくて当時の王宮の内情の話。バリ島の芸能が王宮のものから一般のものに変化していくあたりを簡単に説明しているが、民主化にあたって様々な国で同じようなことは経験していると思う。王宮などで演奏されていたときは対象は一部の人間なので音楽的な前衛性は求められていなかっただろうが、一般に下りてくるとアグレッシブに発展する。モーツァルトのような作曲家がいればさらに加速する。音楽とは関係ないけど没落後はチョコルドやアナック・アグンなどのクサトリアの方々もホテルなどを経営して収入を得なければならないなんて英国の貴族のよう。
この後、ガムランが一般化しゴング・クビャールが登場したばかりの当時でも既にスマル・プグリンガンに対する危機感が語られる。このころからゴング・クビャールとスマル・プグリンガンある種対立した存在として現在まで続く。ガムラン体験者の話などを読むと、ゴング・クビャールはいざ知らずスマル・プグリンガンを習得する(または教えていただく)にはちょっとしたハードルがあるように感じる。
当時ブラバトゥの王宮には二組のガムランがあったと、ニョマンは二〇年前を思い起こした。宮殿の外庭には大ガムランが置かれ、これは儀式や来賓を迎える時だけ演奏された。中庭には小さな銅鑼と鍵盤楽器で構成されたもっと繊細な作りのガムランがあり、音も滑らかでやさしく、ロマンティックな曲を演奏するのに使われた。このガムランは「スマル・プグリンガン」すなわち愛の営みの神スマラの名前を持つもので、心に甘くささやきかけるようなやさしい音色で、毎晩、弾いては休み、休んではまた弾く、というふうに夜更けまで演奏し続けたという。【楽団長の来訪】より
スマル・プグリンガンの説明。ゴング・クビャールの激しさに慣れている人も、このイメージでスマル・プグリンガンの演奏を聞けばゴング・クビャールに対するもの足りなさが優しさに聞こえるかもしれない。プリアタン村の有名なTirta Sariはスマル・プグリンガンの楽団だし。スマル・プグリンガンを復活させるなんてガムランが一般に下りてきてゴング・クビャールという流行音楽が生まれることとまるで相反するようなことだがこのあたりがバランスというもの。竹のガムランであるジェゴグも昔から延々と受け継がれてきたわけではなく長い間途切れていたものが最近になって復活した。スウェントラ氏という人物の努力のたわもの。だから伝統音楽というよりもっと洗練された演奏になっている。スマル・プグリンガンも単純に王宮芸能の復興というよりもっとアカデミックな掃除が行われ洗練されて再登場したのではないかと思う。
ところが最近になって、音楽は村の若者たちにとって、儀式や踊りのためというより、もっと別の関心事になりはじめていた。事の発端はバリ音楽のニューウェーブともいえるクビャールという派手な音楽が大流行したことにある。(中略)
しかし(ニョマンいわく)、クビャールのほうは爆音のようなもので、音が消えてしまえばあとにはなにも残らないという。【楽団長の来訪】より
こんなニョマン・カレールの不安をよそに現在に至るまでクビャールは主流のまま、当時ニューウェーブと表現されたものはすっかり定着してしまった。バンジャールどうしの張り合いも凄いようでバリ人の気質が伺える。そういえばバリ人に限らずインドネシアの文学を読むとその攻撃性に少し怯んでしまう。ウブドのあるホテルでドアが故障してそれを修理している間、スタッフの一人が盛んにPura Desa Kutuh(クトゥ村寺院)は最高と絶賛し、友人がそこのメンバーであることを自慢していた。ガムランは一種の自慢大会なのかもしれない。
マックフィーは影絵芝居を見に行く。おなじみのワヤン・クリ。
私は夜通し聴き続けた繊細な音楽を思い起こした。その楽器は耳慣れない奇妙な響きを持っていて、名状しがたい激しさがあり、神秘的な影の動きを音に翻訳しているかのようだった。四人の弾き手が2人ずつ向い合って座り、鉄琴のような鍵盤に、目にも止まらぬ速さで上へ下へと槌を走らせる。それはいうならば四台のピアノを完璧に音を合わせて合奏しているような光景であった。【影絵芝居】より
ここでロットリングの演奏を初めて耳にする。四台のピアノを完璧に音を合わせて合奏しているような光景というのが西洋音楽からみてかなり神がかった演奏であることを表現していると思う。そういえばこの感触が強ければ強いほど僕なんかは(演奏において)素晴らしいと感じてしまう。初めて観たガムランよりその次にみたガムランの演奏が際立っていたのもこれが大きいと思う。ガムランを演奏してみないかぎりこのように西洋の楽器を比喩してみなければならないところが歯痒い感じ。それが今後も続く。
「影絵のランプは太陽だよ」
ほの暗い建物にイダ・バグース・アノムの声が響く。
「幕は空だ。影絵芝居を司る神はイスワラ神」
息をついで、
「これをダランのからだに置き換えると、ランプの光は目のなかにあり、炎は肝臓、煙は声、ランプ油は脂肪で、芯は骨髄、人形の軸は腱にある」
帰る道々、この小さな王国の人形たちは、まるでチェスのコマにそっくりだと思った。のちに知ったところでは芝居の登場人物も同様だった。すなわち話の筋は、左の力と右の力の引き合いという単純な内容で、登場人物はこの二つの力のいずれかに明快に区分けされて勝ったり負けたりする。悪魔の手口はとうの昔に割れているから、最後には必ずや悪しきはくじかれ、調和がもたらされる。結末にはらはらすることもなく、芝居を長くするのも短くするのも自在である。終わり善ければすべて善し。望遠鏡のように伸びたり縮んだり、急の雨ならすぐに幕となり、あわてふためくことはない。【影絵芝居】より
影絵師イダ・バグース・アノムの表現が素晴らしく、このような感性はそのままガムランの演奏にも当てはまるのではないかと感じた。その後のマックフィーの影絵芝居に対する解釈は微妙かもしれない。このように勧善懲悪ではなく善が負ける時もあるというのが面白いという話もある。ただ影絵で演じられる話自体は既に決まったストーリーで、長い眼で見れば最終的には勧善懲悪で落ち着いているのか。どうもストーリー自体は勉強不足でなんとも言えない。このあたりを哲学的に論じている本もあるので目を通すべきなのか?
左の力と右の力の引き合いというのはガムランの演奏にも感じることだし(押し合いではない感じ)そのあたりは核融合で爆発するような音楽ではなく力の調和という雰囲気。ダイナミックスの付け方も音の数を重ねるのではなく、弾き手ひとりひとりが個別にダイナミックスを調整しているようにいつも感じた。楽器の数で全体的な音量は変わるけど、4人で演奏しようが40人で演奏しようが持ち味があまり変わらないのがガムランだと思っているのは僕だけだろうか?でもケチャなんてある程度人数がいないと様にならないから僕の解釈は間違っているかも。
以下はニョマン・カレールのバリ音楽の解釈。
つまりバリの音楽はこう解釈することができる。幹となる音の高低があって(これは楽譜に書き記すことができると思う)、ここからメロディーが生まれ、種から植物が育つように発展する。音楽に輝くような魅力と動きを添える装飾の部分は「カンティラン」と呼ばれ、枝先に咲く花にたとえられる。ちなみにこれを踊りにうつしてみるならば、踊り子のからだは幹で、頭や腕はメロディーであり、指先は踊りに金箔をほどこす花である、とニョマンは説明する。
「つまり花の部分に指導者の創意工夫が生かされ、それによって楽団の質が決まるのです。幹は変わりませんけれども、演奏のスタイルはしょっちゅう変化しています。私が子供の頃王宮で聴いた音楽は、もっとゆっくりで音色がやわらかく、素朴な響きでした。その当時に比べると今の音楽はずいぶん難しくなっています……」【ガムランの調べ】から

ガムランを論理的に分解した説明というか、本来ガムランと踊りは表裏一体であって、踊りの無い演奏であっても表現することは踊りに例えられるということか。僕はこの本を初めて読んだ時「カンティラン」と呼ばれる部分に非常に興味をもったことを思い出した。何せ「花の部分に指導者の創意工夫が生かされ、それによって楽団の質が決まるのです」とあるのだから。実際にガムランを観賞しているときも花の部分は頭を離れなかった。指の動きであるのなら確かに目で追える。ただそれもどのように創意工夫されているのか、単純に踊り手の技術力の差だけではなく楽団の質が決まるほどの工夫が施されているというならばそれをはっきりとさせたいフラストレーションをいつも感じている。誰かすっきりと教えてほしい。
「カンティラン」というとガムランの説明ではガンサの中で高音部を受け持つ楽器のことで、そいつが演奏しているフレーズを「カンティラン」と単純に考えていいのだろうか。とすると完全にガムランは音程によって役割が決められているということ。メロディーよりカンティランが楽団の性格に影響を与えるところは西洋音楽のアレンジ法とは異なるところで面白いかもしれない。しかも「カンティラン」は「ウガル」というメロディーを受け持つ楽器の倍のリズムを刻む。というように楽器によってリズムの刻みがそれぞれ異なり、それが組み合わされうねりを作るものだからまるでミニマルな音楽と錯覚してしまう人もいるだろう。だが僕自身はフレーズ反復のミニマルとはだいぶ感じが異なるのが実感。だって覚えれば一曲まるまる主旋律なら口ずさめてしまうものね。
作曲するといっても、バリ人のやり方はいわゆる作曲とはかなり違っていた。つまり音楽は個人の感情を表出させるのではなく、儀式や芝居の伴奏という機能を持っており、作曲という行為は創作ではなく、すでにあったものを発展させることを意味した。新しいメロディーが生まれることはきわめて稀で、新しさの中身は内容ではなく形式だった。つまりこのメロディーは前に聴いたのと同じだなどという批判はまったく的外れなのだった。
しかしロットリングは別だった。彼は文字どおり未知の旋律と形式を生みだしていた。(以下省略)【天才作曲家ロットリング】から
つまりこのように何か未知の物を生み出しているそんなガムランを聴きたいと思っている。(日本版であればロットリングの曲は幻のバリ・ガムラン ビノーのスマル・プグリンガン→amazon.co.jpで聴くことができる。たしかにいつも聴いているガムランとは違う、解説は日本でのガムラン第一人者である皆川厚一氏、彼の著作「ガムラン武者修行(PARCO出版)」→amazon.co.jpは「熱帯の旅人」と並ぶ素晴らしい本。)
(未整理)
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尻切れトンボのようになってしまったけど体力的限界のためここで中断。でも少し漠然としていたガムランを少しまじめに考え始めたのはよかったかもしれない。そのうち本当にガムランのことが語れるようになったら自分自身の言葉で書いてみようと思う。
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