2009/05/29

Colin McPhee

Colinmcphee

 久々のコリン・マクフィー(マックフィー)である。
 カナダ人音楽家のコリン・マクフィー(1900~1964)は1930年代にバリ島に移住しガムランを研究、「Music in Bali: a study in form and instrumental organization in Balinese orchestral music」という大著を残した。(まだまだ植民地主義な時代-当然本人も少々王様なわけで、かつ滞在した時期は欧米人によるバリ島のイメージがまさに完成する頃)そしてガムランに魅了された音楽家らしい作曲がいくつかある。
 さらにガムランとの戯れ/バリ人との交流を描いた滞在記「House in Bali(熱帯の旅人-バリ島音楽紀行)」は、70年を経過した現在も人気のある紀行文である。僕が初めてバリ島に行ったのはこの本がきっかけだし、バリに通う人たちにとってはヴァルター・シュピースやマーガレット・ミードらと並んで避けては通れない名前である。

 とはいってもバリ島もしくは音楽に興味の無い人には、なんてことはない人物なので、こんなニッチな市場のために本が一冊出版されているとはまったく気がつかなかった。
 で、その本が「魅せられた身体―旅する音楽家コリン・マクフィーとその時代」という小沼純一著作の本。asahi.comの書評を引用すると「ガムラン音楽に魅せられ、1930年代にバリ島に渡ったカナダ出身の音楽家コリン・マクフィーの軌跡を追いつつ、音楽における越境について深く広く考察した書である。」だという。音楽における越境・・・
 小沼氏らしい独特な文章で、20代の若者にでもなった気分で読まないとちょっと混乱するけど、テーマは普遍的だし音楽の知識も必要なく読める。そこにニッチなマクフィーを中心においたという点がとても面白い。ただしギャンブルではなくて必然のコリン・マックフィーである。

 バリ島に行く準備として読み始めたんだけど、参考書としてマクフィーの「熱帯の旅人-バリ島音楽紀行」、東海晴美さん他の「踊る島バリ―聞き書き・バリ島のガムラン奏者と踊り手たち」、エイドリアンヴィッカーズの「演出された「楽園」―バリ島の光と影」を並行で読みながら、すっかり頭の中がバリ島になってきた。昨年は「もうそろそろバリもいいかな」なんて気分でバリに向かったんだけど、今年はもうすでにナシ・チャンプルが食べたくて仕方が無い。

「魅せられた身体―旅する音楽家コリン・マクフィーとその時代」→amazon.co.jp

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2009/04/11

ソングライン/ホノカアボーイ

 横浜、塩竃と出張が2回続いたので本を2冊読んだ。

Songlines

 ひとつはブルース・チャトウィンのソングライン。めるくまーるのものが絶版になっていたが最近になって英治出版から新訳がでた。オーストラリアのアボリジニの文化であるドリーミングとソングラインを巡る事実を基にした小説、トラベローグでチャトウィンの代表作である。
 本の評判としてソングラインに放浪ということばを結びつけること自体がどうも気にくわなかったんだけど、読んでみるとチャトウィン自身はそこまでは浅はかではなく多少でも動いている(いた)ものにより惹かれるという感じだった。当然チャトウィンの文章は冴えていて彼の他の作品同様面白い。
 この本はアルカジーというアボリジニ擁護運動家と動き回る前半とカレンで3週間ほどストップする後半の曖昧な2部構成になっている。後半の意味深(でたぶん深い意味はあまり無い)にモーレスキンに書かれたアフリカメモを大量に並べて3週間の時空を作っているところなど前半からの突然のテンポの落としっぷりはちょっとガツンとくるところだ。そういえば「ウィダの総督」という短い彼の小説もその短さの中に大河小説並みの時空を作っていたところが凄かった。
 ちなみに2年前の横浜でコンビニに一緒にビールを調達に行く際に忽然と姿を消してしまった石川直樹氏が解説を書いている。知らなかったけどチャトウィンの後を追って色んなところを歩いてるんだね。

Honokaaboy

 塩竃往復の電車の中で吉田玲雄氏のホノカアボーイを読んだ。こちらは純粋なハワイ島紀行文。ちなみにこの本は半年ほど前に読み始めたらあまりの文章の優しさがかえって読みづらくて30ページほどで断念していた。あらためて読んでみて、文章自体はお世辞にも褒められたものではないけど、ホノカア体験が素晴しかったことはひしひしと伝わってきた。

「ソングライン」→amazon.co.jp
「ホノカアボーイ」→amazon.co.jp

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2009/03/07

エリサ出発

Erisas

 数年前に購入たまま読まずにいた本が何冊かあったので読むことにした。ということでNh.ディニの小説「エリサ出発」を読んだ。他にもプトゥ ウィジャヤのこれまたインドネシアを代表する小説「電報」があってこれも処理しないと。

 Nh.ディニは70年代前半からBahasa Indonesiaで小説を書くインドネシアを代表する女性作家。とはいっても邦訳されているのはこの「エリサ出発」以外に見たことがない。
 舞台となるのは50年代後半から60年代前半あたりのインドネシア。

 エリサという女性の1つの恋愛を中心としたストーリーだが、時代的にはスカルノの1945年憲法復帰やナショナリズムが沸騰し、前宗主国人であったオランダ人に対する圧力が激しくなっていた頃らしい。そのため多くのオランダ人やインドオ(オランダ人の血をひくインドネシア人)たちがオランダにむけて脱出していた事が小説の中に描かれている。またそのオランダへの出口がインドオである主人公の心の出口と重なっているところなど、時代的に中途半端な存在ゆえに葛藤を抱える主人公を通して当時のインドネシアが透けて見えるところが面白い。
 となんだか糞真面目そうなことになりそうだけど、今まで読んだインドネシアの作家、プラムディヤ・アナンタ・トゥールやモフタル・ルビスらの激重作品またはバリ島作家のカオス小説のようなものではない。女性作家らしいとても繊細な小説だった。

「エリサ出発 (現代アジアの女性作家秀作シリーズ) 」→amazon.co.jp

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2009/02/17

テロル

Lattentat

 ヤスミナ・カドラの小説「テロル」を読んだ。

 話はとんで、作家の村上春樹氏がエルサレム賞の受賞スピーチで語った「卵がぶつかって壊れるとき、どんなに壁が正しくても、どんなに卵が間違っていても、わたしは卵の側に立つ」、まさに「作家とは」である。ちょうどヤスミナ・カドラの小説を読み終えたばかりだったので強いインパクトを受けた。とても分かりやすくコンパクトにまとめたスピーチだった。

 話は戻って、この小説はテルアビブ在住ベドウィン族医師アーミンの妻が自爆テロを起こすという衝撃的な出だしで始まる。そしてアーミンは妻が自爆テロを起こしたその真相を探す旅に出るのだが、アラブ系でありながらイスラエルに帰化した人間そして医師という立場によって翻弄される。ヤスミナ・カドラ自身はアルジェリア出身フランス在住の作家ということでイスラエル/パレスチナに対して間接的な主人公を使ったのだろう。最後の舞台がジェニンというところや旧ベドウィンの牧歌的なシーンと自爆テロを抱き合わせにしたところがなんとも強烈だった。数年前にテレビなどでも自爆テロが頻繁にニュースに登場していた時代。もちろん壁も登場する。

「テロル(ハヤカワepiブック・プラネット) 」→amazon.co.jp

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2009/01/16

九龍塘の恋/ワールズ・エンド

Kowloontong_os

 ここ1週間で出張が2回(神奈川)あったので電車の中でポール・セローの本を2冊読んだ。1冊目(横浜)は短編集「ワールズ・エンド(世界の果て) 」。イギリスやらプエルト・リコやらアフリカのどこかやらドイツやらフランスやらを舞台にささやかな異国体験。ほとんどは外国に行ったことがある人ならなんとなく思い当たるような感覚を巧みに表現している。村上春樹氏が翻訳をしているということでちょっと躊躇したが、なんのことはなく中身はポール・セローだった。

 2冊目(小田原)は返還直前の香港を舞台にした長編サスペンス「九龍塘の恋」。香港には2回ほど旅行に行ったけど、2回目の香港旅行が返還直前の頃だった、ということもあって非常に気になる小説だった(11月に星野博美さんの「転がる香港に苔は生えない」を読んだばかりだったし)。ただ如何にも3泊4日程度のパック旅行らしく動いたので九龍地区は彌敦道(ネイザンロード)を中心に尖沙咀から旺角程度までしか歩いたことがない。ので九龍塘の恋の舞台になる九龍塘には行ったことがない。もうちょっと北東、九龍城の西にある高級住宅地なんだそうだ。
 とにかくこの小説に描かれる香港が、これまた今まで収集してきた返還前後視点集とはまた微妙に異なるところが収穫だった。

 ところでポール・セローの本は以前にも「ポール・セローの大地中海旅行」、ピーター・ウィアー監督ハリソン・ フォード, リバー・フェニックス主演で映画にもなった「モスキート・コースト」それにブルース チャトウィンとの共著「パタゴニアふたたび」を読んだんだけど、今回の2冊を加えてますます彼の他の本が読みたくなった。とは言ってもよく言われるようにポール・セローの小説はたいがい結末が無いまたは後味の悪い結末といったカンジで、ハッピーエンドにしろ悲劇的にしろ整理がついた結末を望んでいる人には向いていないとの事。なのでオススメしたいがオススメはとりあえずしないです。

 全然関係ないけど小説を読んでてちょっと混乱してしまって少しの間、先に進めなくなったところがあった。それが「九龍塘の恋」の中で主人公(香港生まれのイギリス人)と中国人(大陸の人)が九龍の龍の読みについて話しているところで、普通話では「ロン」と読み広東語では「ルーン」と読む、なので九龍塘は広東語では「カオルーントン」と読むというところ。これが僕の頭の中の記憶、つまりおきまりの広東語は「ガウロンGau2lung4」、英語は「カオルーン、カオルンKowloon」、北京語では「ヂウロン、チュゥロン」に余計な混乱を与えてしまった。
 ということでちょっとwebで検索すると、GaやJiは無気音ってことで濁音ではないんだけど濁音のように聞こえる人もいる-という難しい話。ということで広東語を聞いた場合、白人にはKowloonに聞こえるというのは分かるとして、少しゆとりを持って考えると昔の日本人はもしかすると評判の悪い「クーロン」に聞こえたのかもしれない。で結局ガウロンの発音が難しい人はカオルーンがいいんじゃないかということで読書も先に進めることが出来た。なんか最近はつまんない事が気になって仕方が無い。弱ったかな。

「九龍塘の恋」→amazon.co.jp

「ワールズ・エンド(世界の果て) (村上春樹翻訳ライブラリー)」→amazon.co.jp

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2008/11/07

謝々!チャイニーズ/転がる香港に苔は生えない

Hoshinohon1

 久しぶりに紀行文を読んだ。それもちょっと古い。星野博美著「謝々!チャイニーズ」→amazon.co.jpと「転がる香港に苔は生えない」→amazon.co.jpはそれぞれ93~94年の華南、返還前後の香港と10年以上前の中国を舞台にしている。この頃からはだいぶ変化しているだろう中国だが、この2つのノンフィクションは新鮮さを失うどころか混沌としたもっとも興味深い時代を背景に、僕がイメージする中国人像にもっとも近い中国人を映し出していた。

 僕は概ね日本でウケる紀行文と紀行文学大国イギリスおよび一部米国の紀行文学は180度趣きが異なると感じている。僕は所謂自分探しモノはちょっと苦手で-これは結果がなんとなく似通ってしまいがちなところにあると思う-どうしても通しで描写力に優れた英米トラベローグを選んでしまう。
 その点この2つの紀行文の重心は完全に人間の描写にあって、風景でさえも人間で描いているところがたまらない。そこに中央線の香りに近いしょっぱい何かが漂っているところが愛嬌。香港以外の中国に行った事のない僕が言うのも何だけど初めてまともな中国本を読んだ気がした。旅に共感するとかそんな些細なことは全く考えずに、描かれた人達を楽しむことに手応えがあった。

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 今日は仙台からの帰りの電車が小動物と激突。3時間半も「スーパーひたち」に乗ることになるのは想定外で車内にてiPhoneで書いてみました。しかし小動物って何だろう。車両がゴーンと跳ねて如何にもヒキマシタって感じで結構衝撃は大きかった。それにしても電車の中で書くのはこれが限界です。ケータイでひっきりなしにメール打ったり、PCで仕事してる人たちは凄いですね。

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2007/11/30

ガラスの家

Garasunoies

 現代インドネシア文学の傑作、プラムディヤ・アナンタ・トゥールの「ブル島4部作」の最終巻「ガラスの家」を読んだ。プラムディヤは2006年の4月に既に亡くなってしまったが、第3巻である「足跡」が1998年に翻訳出版されて以来、続く「ガラスの家」はいつになっても出てこなかった。2007年8月に待望の「ガラスの家」が「めこん」から出版された。

 この本を読むにあたっては現在のインドネシアの原型が形成されるオランダ植民地時代後半からの歴史を簡単でもいいから知っていると良いと思う。ということで簡単に並べてみる。こうやって並べてみると、なんて絵に描いたような歴史なんだろうと考えてしまう。

オランダによる強制栽培制度の導入&植民地化(オランダ領東インド)
ナショナリズム運動の拡大
ドイツ国占領下によるオランダの弱体化
日本軍の侵攻及び軍政支配~第二次世界大戦日本軍降伏
スカルノらによるインドネシア独立宣言~イギリス軍&オランダ軍の最介入介入~独立戦争~独立
マレーシア対決政策による国際社会からの孤立、経済政策の失敗
9月30日事件(軍事クーデターの失敗、スハルトによる共産党勢力の掃討、インドネシア共産党の壊滅)~スカルノの失脚
スハルトへの大統領権限の委譲~開発主義(開発独裁)政権、東ティモールの軍事併合
アジア通貨危機、民主運動~暴動、スハルトの失脚
スハルト政治の清算と民主化への流れ、東ティモールの独立
初の国民直接投票による大統領選挙(2004年)

 そういえば2004年にバリ島へ行った時にバリ人M氏に午後の観光案内をお願いしたところ、丁度この選挙の投票日で投票に行く都合上、観光は午前中に強制されたんだっけ。彼はスシロ・バンバン・ユドヨノに入れたのかメガワティに入れたのかとにかく選挙熱は凄かったのだ(脱線)。

 「ブル島4部作」の舞台はナショナリズム運動の拡大~ドイツ国占領下によるオランダの弱体化の時期にあたる。主人公ラデン・マス・ミンケは当時「サレカット・イスラム(イスラム同盟)」を結成したプリブミ(非華人系原住民)のジャーナリスト、ラデン・マス・ティルトアディスルヨをモデルにしている。その他の登場人物も実在の人物をモデルにしたものが多く、フィクションとノンフィクション、メロドラマ(主人公は女たらしである)とナショナリズムが交錯する中にスハルト時代を思わせるいくつかの仕掛けが組み込まれ、単純な大河小説とは味わいが異なる。

 実際にプラムディヤは9月30日事件の直後に共産党員ではないにもかかわらず政治犯としてブル島へ10年間流刑された。そのブル島で書かれた大河小説がこの「ブル島4部作」であり、出版された4部作全てがインドネシア内では発禁処分となり、読んだ者まで逮捕されるという事態となった。
 反して国外に持ち出されたこれらの本は多くの国々で翻訳されプラムディヤの作品は世界的な評価を受けることになった。

 最後の「ガラスの家」はこれまでの主人公ミンケの語りから一転して、ミンケらナショナリストを弾圧、コントロールする側であるプリブミの官僚パンゲマナンの口から語られる。
 また「人間の大地」から読み返さなきゃいけない。

「人間の大地 上 (プラムディヤ選集 2)」→amazon.co.jp
「人間の大地 下 (プラムディヤ選集 3) 」→amazon.co.jp
「すべての民族の子 上 (プラムディヤ選集 4)」→amazon.co.jp
「すべての民族の子 下 (プラムディヤ選集 5)」→amazon.co.jp
「足跡 (プラムディヤ選集 6)」→amazon.co.jp
「ガラスの家 (プラムディヤ選集 7)」→amazon.co.jp

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2007/09/18

グアムと日本人

Guamjps

 山口誠著「グアムと日本人―戦争を埋立てた楽園」→amazon.co.jpを読んだ。新書のスケールとしては良書ではないかと思う。失礼ながら著者の若さを考えてもコンパクトにまとまっている。もちろんミクロネシア好きが喜ぶような余計なことは一切書かれていないが、日本人として最低限知らなければならないグアムのことは書かれている。この程度のボリュームがそのままグアムの観光ガイドとしてガイドブックに入っているのが本来の姿だろう。新書自体がガイドブックのようなものだし。

 話が飛ぶけど「日本兵の遺骨見せ物に トラック環礁」ってさぁ。

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2007/07/27

おしりに口づけを

Epelihauofa

 サモアのアルバート ウェントにつづいてトンガの作家エペリ・ハウオファの小説「おしりに口づけを(岩波書店)」→amazon.co.jpを読んだ。

 南太平洋の架空の島国ティポタを舞台に痔を患った地元の名士オイレイ・ボムボキが治療の為に民間療法を渡り歩く。風刺文学でウェントの作品のようにキリッとした文学作品ではないけど中身は実に南太平洋的。あのあたりが好きな人にはティポタの住民のとぼけた脳みそと話のテンポがたまらないだろう。
 しかしもう少しこの地域の小説を読みたいんだけどもう無いってくらいに翻訳されてないんだなぁ。

 日曜日は例の007ホクレア号日本航海プロジェクト記念シンポジウムに行くつもりなんだけど天気がイマイチらしい。早起きしなくちゃならないのが辛いです。以前紹介した時から少し内容が追加されてます。周りに飯を食えるところが無いっていうし、よく知らないけど喫煙なんて大丈夫?

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2007/07/12

自由の樹のオオコウモリ

Albert_wendts

 ニュージーランド在住サモア出身の作家アルバート ウェントの中短編集「自由の樹のオオコウモリ―アルバート・ウェント作品集(日本経済新聞社)」→amazon.co.jpを読んだ。

 アルバート・ウェントは太平洋文学の第一人者であり南太平洋に文学の基礎を築いた。物語は全て西サモアのヴァイペ(架空の場所?)を中心に進行し、サモアの常識道徳概念と植民地支配によるねじれを様々な人物の物語を通して語る。何故か可愛らしい絵のカバーと、物語に現れる太平洋諸島に平均的な下品で暴力的な描写のギャップも日本の太平洋観を現してるような。

 ところで僕は英語が読めないのであまり関係ないのだけど、彼の作品は全て英語で書かれている。ピジンで構成した短編も2つあり日本語では面白さが伝わらないのが残念。
 とにかく太平洋諸国で広く読んでもらうために共通に通じる言語としての英語選択なんだそうだ。今読んでるタイランドのラッタウット・ラープチャルーンサップの短編集も原作は英語なんだそうだがタイの生活を描きながらも最初のターゲットは欧米。母国語を選択しない理由もいくつかあるもんだ。

 しかし太平洋文学という分野はかなり興味は惹かれるけどアルバート・ウェントはこれ1冊しか翻訳されてない。最近のカヌー来訪の日本人の反応と同じような切なさ。しかたがないのでトンガのエペリ・ハウオファの小説も注文。

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2007/05/30

アフリカルチャー最前線

Africulture

 仕事の帰り、電車の待ち時間に水戸をぶらぶらしていたところ、何かアフリカに関する優しい(易しいではない)本を読まなくてちゃと思い立ち近くの本屋に入った。
 その時購入したのが故・白石顕二さんの「アフリカルチャー最前線(つげ書房新社)」→amazon.co.jpだった。

 この本は白石顕二さんが亡くなられてから編集されたもので「Do Do World」などに書かれた比較的新しいエッセイを集めたもの。白石さんはアフリカルチャーやカブラル思想などを日本に紹介した草分けの方で、サッカーのワールドカップやアフリカ映画ブームなどを境にささやかに盛り上がりつつあるアフリカルチャーの紹介を死の直前まで続けた。この本の最後には各界からの追悼の文章が載せられている。

 アフリカ大陸というのは未だに遠くて遠いトゥンブクトゥなところだ。日本でも若い世代の間ではアフリカ大陸をヒトククリとせずに国、地域ごとに異なる文化を認識する感覚が芽生えてきたが、僕などアフリカ大陸の国名を言われても場所が分かるのは3分の1にも満たない。それぞれの文化について何か答えろと言われたら手も足も出ない。

 そういうことなので僕はこれからアフリカルチャーの勉強をちょっとだけするのである。アフリカに行くというのは経済的に実現は難しいが、少しでも音楽を聴いたり本を読んだりすることに決めたのである。ラッキーなことにワールドミュージックのムーブメントが去った後アフリカ音楽は日本のインディーズシーンに残った。今では都市部に行けば純粋なアフリカ音楽からクロスオーバーなフォークまで聴くことは容易なのだという。となりの雑貨屋に行けばなんだか太鼓なんかも叩けるらしいし、相変わらず浅い感じだけどアフリカを取り入れていくことに決めた。

 みんな見に行っちゃってさ、僕もホクレア早く見たいな。

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2007/03/08

夢は赤道に

Yumehasekidou

 ホクレア、マイス、カマヘレの船団はポンペイを出発した。次の寄港地はチューク諸島。

 小学生の頃、「冒険ダン吉」という1930年代の少年倶楽部に連載された島田啓三氏の漫画の復刻本をそろえた事があった。ボートで居眠りをこいているうちに南洋のどこかの島に漂流してしまい何故かそこで活躍し王様になってしまう話。手塚治虫氏も絶賛してた「のらくろ」と並ぶ人気のあった漫画だ。今考えれば南進論的な漫画ではあったような気もするし、キリンが出てきたり現地人がみんな同じ顔で体にかかれた番号で識別されてたりなんだかなぁという感じもしないではないけど、当時の怒涛の南進政策とはうらはらに当時の一般日本人のミクロネシアに対する認識っていうのはそんなもんだったのだろう。そういうことで小学生の僕は漫画の中の南洋に夢中になっていた。

 チューク関連の本といえば我が家には唯一、高知新聞社の「夢は赤道に-南洋に雄飛した土佐の男の物語」→amazon.co.jpという本がある。明治24年に天裕丸というスクーナーに乗ってチュークに渡り、コプラ輸出業などで身を立てながら酋長の娘と結婚し水曜島の大酋長に選出され、現在はその子孫が1000人を超すという森小辯の足跡と現在の子孫たちを高知新聞社が取材したものだ。森ファミリーはチュークではかなり有名な存在らしい。
 その森小辯が「冒険ダン吉」のモデルだという説を聞いてこの本を買った覚えがある。その説には特に根拠はないらしいが。
 この本は少々前の取材なのだけど経済や政治の当時の状況にも触れている。そういうわけでなので現在のチュークの状況が気になる。

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2007/03/07

南海物語

Nankaimonogataris

 今日は胃がグルグルするような風邪で寝込んでるので本の紹介。前回の「海の狼」に続いてジャック・ロンドンの小説「南海物語(春風社)」→amazon.co.jpを読んだ。
 これは100年ほど前の南洋を舞台にした短編集。時代が時代なだけに誤解偏見も多々あるが南洋文学としてとても優秀な短編集。カバーに使われているのは何だろうと思って探ししてみると装丁の矢萩多聞さんblogによればカバーは何故か南インド・バンガロールの聖牛寺院の捧げ物の写真を加工したものだそうだ。表紙のタトゥーが凝っている。

【マプヒの家】

 フランス領ポリネシア(タヒチ)のツアモツ諸島の1つであるヒクエル環礁(黒真珠の養殖が有名)でのハリケーンを描いた作品。その頃実際にあったハリケーン被害に影響されたとされる作品。架空のタヒチの島マヌクラ島を舞台にしたジョン・フォードの映画「ハリケーン」のハリケーンの描写は物凄かったが、ジャック・ロンドンのこれも凄い。

【鯨の歯】

 フィジーのビチレブ島での話。本島の食人種!?VS宣教師の話。鯨の歯は彼らにとってかなり大切なものらしい。それにタバコ。外務省の海外安全ホームページにも鯨の歯の持ち出しは制限または禁止されているとある。

【マウキ】

メラネシアはソロモン諸島北東の島、マライタ島(ソロモン諸島でもっとも野蛮な島!?)出身でニュージョージア諸島へ黒人労働者とて売られたマウキのタムボ(タブー、カプ)と脱獄の話。ナマコ英語ってどんな感じになまった英語?

【ヤー!ヤー!ヤー!】

 パラオ共和国のウーロン島(ポリネシア系の住民が多い)の好戦的なはずの住民がなぜ白人を怖がっているかの話。欧米人によるニューギニア、パラオ、ミクロネシア進出はウーロン島でのアンテロープ号座礁がはじまりなんだそうだ。

【異教徒】

 スクーナーの遭難をきっかけに始まったタヒチのボラボラ島出身の現地人と白人の17年にわたる友情の話。白人は酒と商売、現地人は知恵と規律。

【怖ろしいソロモン諸島】

 とにかく南洋の船上での殺しは全て事故扱いになるという怖ろしいソロモン諸島に本物の南洋体験させようと1人の白人を送り込む話。

【大胆不敵な白人】

 これもソロモン諸島での銃が得意なだけの白人について酒場での船乗り話。

【マッコイの子孫】

 積荷(小麦)が燃え始めたピレネー号がバウンティー号の反乱者の生き残りウィリアム・マッコイ(後に酔っ払って自殺した)の子孫でピトケアン島の島主マッコイを水先案内人として船を乗り上げられる島を捜して流される話。航海術の対比。結果タヒチのファカラバ島まで流される。

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2007/02/22

海の狼

Sea_wolf

 1年ほど前にジャック・ロンドンの作品を何冊か買ったが、読んでなかった小説があったので先週読んでみた。それが「海の狼(トパーズプレス)」→amazon.co.jp。ジャック・ロンドンの代表作といえる小説で、100年前の作品なのだけどこれがかなり面白い。何度も映画化されているそうだ。

 サン・フランシスコ沖で遭難した主人公ワイデン。彼をひろったスクーナー「ゴースト号」は恐ろしくも知性にあふれた船長狼ラーセンの支配下にあり、下船を許されないワイデンはサン・フランシスコから日本近海へアザラシ猟へ向かう。その船上で起こる読んでてこっちも痛くなる激しいてんやわんやを描いている。狼ラーセンはニーチェの超人をベースにしてるのだそうだ。ニーチェなんてリヒャルト・シュトラウスの例の曲ぐらいしか分からんのでどうでもいいが、狼ラーセンはかなりいけるキャラクターだ。

 そういえば小説がたどっているコースもホクレア、マイスの航海も似たような感じでそういう意味でも楽しめる。小説の荒っぽさは半端じゃないのでホクレアの船上とは似ても似つかないだろうけど。ただとにかくこの小説はスクーナーの描写にやけに細かい。同じ帆走という意味で二重に楽しめた。

 そんなこんなでこの本があまり面白いので引き続きジャック・ロンドンの本を読んでる。今度は「南海物語」。こっちはポリネシア、ミクロネシア、メラネシアを舞台にした短編集。

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2006/11/24

南洋通信

Nannyous

 沖縄旅行のお供に中島敦の「南洋通信」を持っていった。本当はパラオ旅行用に買っていたのだけど、沖縄に持っていく文庫本がなくてこれにした。南洋庁時代を描いた本はいくつか読んだが、当時の南洋本としては突出した出来だと思う。
 中島敦は1941年に南洋庁教科書編集書記としてパラオにわたり1942年に帰国、同年持病の気管支喘息により33才の若さで死去した。
 中島敦というと高校の教科書でよく採り上げられる「山月記」で有名らしいが、僕は習った覚えが無いし中国ものはちと苦手なので手をつけていないから内容はよく知らない。彼について分かっていたのは分厚いレンズの眼鏡をかけた写真くらいだった。
 とりあえず面白い人らしく、探してみれば熱狂的なファンや中島敦論やオリエンタリズムを抜けていない論など色々と出てくる。本書で感じるいくつかの違和感は現代の倫理観に照らしても仕方が無い。
 この本の中で土方やHの名で登場する人物は、もう南洋ファンには有名な彫刻家-土方久功(南洋庁嘱託)である。中島はパラオに着くと南洋庁の役人環境になじめず唯一深い交流を持った人物が土方久功だった。中島は土方から南洋文化について大きな影響を受けた。その影響が「南島譚」や「環礁―ミクロネシア巡島記抄」といったここに収録された短編集に現れている。そして親交を深めた二人は帰国の際も同じ船で帰っている。
 この本はそれら短編集を家族、知人に宛てた書簡集と交互に収めることで紀行文としても際立っている。南洋への旅のお供にお勧め。

中島敦(著) 南洋通信(中公文庫)

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2006/10/18

危機のコスモロジー

 最近、パプアニューギニアやトンガ沖でマグニチュード6を超える地震が発生したと思ったらサモア沖でも地震が発生して、またしてもトンガ沖で地震が発生してバヌアツでも地震が発生して、今度はハワイで例の地震が発生してまたもパプアニューギニア沖で地震が発生した。ハワイの地震はマグマによる地殻変動が原因らしく100年に1回程度の規模とのことで他の地域とは関係なさそうだが、どうも太平洋諸島が揺ら揺らしている。誰かがタブーを犯したのだろうか。

 最近、石森秀三氏の「危機のコスモロジー―ミクロネシアの神々と人間」を読んだ。当時の国立民族学博物館助手であった石森秀三氏、須藤健一氏、秋道智彌氏の3人は1978年から1980年にかけてミクロネシア連邦ヤップ州のサタワル島でフィールドワークを行った。秋道氏が「人間と自然」、須藤氏が「人間と人間」、石森氏が「人間と超自然」を扱った。本書はその時の調査をもとに書かれたものだ。
 石森氏は、戦前にパラオ諸島やサタワル島に渡って本業の芸術活動のみならず貴重な民族誌を書き残した土方久功氏の活動を尊敬しており、サタワル島での作業も土方氏を引き継ぐものとして行っている。

 僕はミクロネシアが好きといっても家族旅行レベルの話で、ちょっと航海カヌーがカッコいいと思ってるくらいの人間である。そして民俗学だの何とか学だの、ちっとも脳みそに入らない。でもこんな本を読んでるのはハワイから航海カヌー「ホクレア号」が来るかもしれないからだ。

 なんといってもこの本の特別なところは、サタワル島の秘密の知識体系「ロン」について一般書籍で扱えるぎりぎりまで書かれている点である。書かれていないのは(書けないのは、が正しいのかな)呪文や個々の技術詳細と最後まで教えてもらえなかった「悪いロン」についてだけだろう。石森氏はこの「ロン」を調べるにあたりエウィヨン翁という一人の高齢のサウ・ロン(知識人)に師事し「ロン」を習得した。若者がロンを教わりに来なくなったことを嘆いていたエウィヨン翁は石森氏が記録として残すこと知り協力的に「ロン」を伝授した。サタワル島ではサウ・ロンは死を悟るとロンを後継者に教えるというが、石森氏が日本に戻ってまもなくエウィヨン翁は危篤状態となった。

 その「ロン」の中でもかなりの比重を占めているのが航海などのカヌーに関するロンである。キリスト教によってかなりの「ロン」が駆逐されてしまったが、伝統技術の積み重ねである面が大きい航海カヌーに関しては現在も生きており、基本的には伝統的伝授が行われている。

 そういうわけで学者さんなのでコスモス論を本に展開する必要があるわけで紀行文のようには行きませんが、秋道氏などの著作同様、興味のある方は読んでみてください。(古本しかないかな)

石森 秀三 (著) 「危機のコスモロジー―ミクロネシアの神々と人間」

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2006/10/11

星の航海術をもとめて その2

 「星の航海術をもとめて」を読了しました。その後、悪性の風邪でダウンしてます。

 1976年のホクレア号によるハワイ-タヒチ間の航海の成功は、単なる学術的な検証に留まらず「エディ・ウッド・ゴー!!」にも描かれているようにハワイアン・ルネッサンスをさらに加速させることになりました。この航海はミクロネシアのサタワル島から航法師マウ・ピアイルック(ピアイルグ)を呼び、マウイ島北端から西に航路をとるルートを選択して出発しました。
 しかしラナイ島とマウイ島の間には古代チャントでタヒチへのルートとして歌われるケアライカヒキ(タヒチへの道)海峡があり、1977年にはケアライカヒキ海峡からタヒチへの航路にのせるためのケアライカヒキ・プロジェクトを実施します。
 この本の著者であるウィル・クセルク氏(「エディ・ウッド・ゴー!!」の中ではキセルカ博士と訳されている方です)はそのケアライカヒキ・プロジェクトの頃に、プラネタリウムに通うナイノア・トンプソン氏に対して天文学のバックアップを行い、1980年の2度目のハワイ-タヒチ間の航海では伴走船イシュカに乗ってホクレア号の航海を見守った方です。

 この本はその1977年から1980年のホクレア号をクセルク氏の目を通して描かれたもので、読んでみると一般書としては類が無いほどのデータ量であることに驚かされます。たぶん英語が堪能な方でも原書を読みきるのはかなり辛い本なのではないかと推測できます。
 しかし読んで分かるように、この本はそのデータを見せることに主眼を置いているわけではないようです。現代社会の中で度々体験する大量のメソッドとの遭遇と気が遠くなる選択を経て、現代社会で暮らす僕たちにはとてつもなく難解なミクロネシアの伝統航法にどうやって近づき、新しいハワイの伝統航法を構築するのか。ナイノア、マウ、クセルク博士3人によるエキサイティングな挑戦が描かれています。読み進むにつれて頭の中の重い物が徐々に取り除かれていく感覚があります。

 僕は長い間スターナビゲーションという言葉はロマンチックな響きこそあっても、航法の一面を表しているに過ぎないと感じていました。ブルース・チャトウィンの「ソングライン」で感じたロマンチックな希望的間違いと同様に違和感がありました。
 しかしこの本では実に簡潔にウェイファインディングとランドファインディングという言葉で解決してます。道を探して陸を探すのです。自分の位置を確認しながら航海する近代航法と差別する上でもスターナビゲーション以上にぴったりの言葉だと思います。そしてナビゲーターは船上では常に危機管理状態にあり、そのための人間形成も非常に重要なトレーニングの一つです。現代ハワイ人初のナビゲーターであるナイノア・トンプソン氏はその努力によって短い数年間でこれらを習得し、新しいハワイの伝統航海術を発進させたわけです。
 ホクレア号が伝統的な天然素材で作られていないことがホクレア号の存在意義を否定できないように、この現代ハワイ独自の航海術は既に古典となってナイノア・トンプソン氏に続くナビゲーターを数多く輩出することになります。

 さて本書はホクレア号の中心を貫いてる点で、これが読めると言う事は今までの概要やサイドストーリーで埋めていった時とは既に違った感があります。しかしこれはホクレア号の航海の中では第1部について書かれているものです。この次にはハワイだけに限ってもホクレア号によるポリネシア巡礼やマカリイなどに代表される新たな航海カヌーの建造があり、それらは第1部と同様にエキサイティングなものです。しかし第2部以降に触れた情報は非常に限られています。その段階があって、少し心配な情報も含め来春ホクレア号が日本に来る可能性に至るわけです。それを忘れないようにしたいと思います。

 ところで訳者の加藤氏は、注釈についてただならぬものを持っているはずだと勝手に想像しながら読み始めましたが、「マスタング」に注釈がついているのにはやられました。全体的に通常の注釈に留まらずエリアを押し広げた注釈を付けていることに関心しました。

必読ですね。

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2006/10/06

エディ・ウッド・ゴー!!

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 エディ・アイカウの伝記である。伝記としての面白さは誰にでも勧められる出来栄えで、翻訳も柔らかく読みやすい。

 読み終えてエディ・アイカウは今の日本人サーファーにとってどんな存在なんだろうと考えた。僕の知ってるサーファーは皆とても良い人間ばかりだ。ただサーファーでない僕に対しては、サーフィンの事となると非常に寡黙である。何故サーフィンをやっているのかもサーフィンの素晴らしさも教えるのが少々面倒くさそうなのだ。とりあえず僕には考えもつかない方法「まずやってみろ」と言う。
 そして残念ながらエディ・アイカウを知らないサーファーも多い。だからサーファーからサーフィン文化について聞いた記憶が無い。たしかにポップス界でいうザ・ビートルズのような小学生でも語れる簡単な存在ではない。ただ話さないということは、他のスポーツ、芸術と比べても文化に対して失礼な気がして時々不安になるのである。まるでサーフィン文化は人間の手から離れてビーチに程近い波の上にだけ漂ってるかのようだ。実際にはその先何千キロにも渡って海は広がっているというのに。

 エディ・アイカウを知ってる人であれば、彼が60年代から70年代を代表するビッグウェイヴライダーで、何千人もの命を救ったライフガードで、優れたアマチュアミュージシャンで、ホクレア号転覆の際にサーフボードで救援を求めに行って行方不明となってしまった事を知っている。
 ただこれらの実話以上に僕を魅了するのは、彼の中から発せられるハワイなのである。僕はハワイ文化にとても興味はあるがハワイが特別なわけではない。ただ彼をフィルターしながら観るハワイは非常に魅力的で、旅番組やガイドブックなどで観る観光地ハワイとは明らかに違うハワイを感じるのである。実際にアイカウファミリーの生活はまさしくハワイアンファミリーそのものでハワイの中でも一目置かれた存在だった。そしてエディの生涯がハワイアン・ルネッサンスの時期と重なっていることで、この本は彼個人の人生のみならずハワイ文化を感じ取れる素晴らしいテキストにもなっている。
 これを読んでいると彼が最後にホクレア号に係わっていくところでは不謹慎な言い方をすれば狂気を感じる。これを読めば人間も自然も共に厳しく、それらを潜り抜けてくるホクレア号に対する認識も少々変わるかもしれない。

 最初に戻ると、しかし最近はちょっとチャンスがある。今は80年代には有り得ないくらいにロングボードがブームのようなのだ。ショートと比較する気持ちはないがロングボードはエディ・アイカウ以前の文化にアクセスしやすい。エディ・アイカウを僕のような陸の人間に持っていかれる前にサーフィンを楽しむ人たちもこの本を読んでほしい。サーファー達をただお洒落なフレームに押し込めて部数を稼ぐどこかのサーフィン雑誌ではなく、追悼式の雨を文字にしたこの本を読んでほしい。来春日本に来るホクレア号を迎える場所にハワイを理解したサーファーがいることは重要だと思う。

 それにしてもエディ・アイカウもナイノア・トンプソンもハンサムなんだよねえ。

エディ・ウッド・ゴー!!―ハワイの海に消えた永遠の英雄伝説「エディ・アイカウ物語」 スチュアート・ホルムス コールマン (著) George Nawa (翻訳)

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2006/09/29

星の航海術をもとめて

Hoshinokoukaijyutu

 取り急ぎ、

 本blogでいつもお世話になっている加藤晃生氏翻訳によるウィル・クセルク著「星の航海術をもとめて ホクレア号の33日」が10月4日に発売となります。blogを通してその活動を覗かせていただいておりましたがこれは本当に素晴らしい成果です。ということで画像は大きめです。

 ホクレア号に関する書籍も充実し、ナイノア・トンプソン氏も来日、ホクレア号の日本への航海も現実味をおびてきました。ホクレア号の輪を広げるためにも、この本を読んでその感想を友達にも伝え、またどんどん薦めて下さい。よろしくお願いします。

 ところで解説の石川直樹氏がナイノアさんのところに近々行くという情報はどんな話ですか?

 「星の航海術をもとめて」ウィル・クセルク著 加藤晃生訳 石川直樹解説 青土社

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2006/04/06

吉田自転車

Yoshida_cyari

 さて「すっかり小田原城の桜も満開」と小田原にいるにもかかわらず、そんなことをニュースで知り、現実には桜も見ることもなく何故かカーボンにまみれた空気をすいながら仕事に励んでいる毎日です。

 ところで最近はすっかり自転車にはまっているわけだけど、どうも世間一般(特に都市部)で自転車がブームになってるらしいということを最近知った。知らずに僕はブームにのっていたのである。どおりでこの小田原でもヘルメットをかぶってロードバイクで万葉の湯に入る自転車さんを目撃したり、地元に戻ればヘルメットをかぶって車道を逆走している自転車さんを目撃したりと多くの自転車さんを目撃するようになったわけである。もちろん車道の逆走は大変危ないわけだけどそんな人を見かけることでブームなんだなあと感じるのである。しかも春になって暖かくなってきたせいかどんどん自転車さんは増えている。

 そんななかで自転車エッセイを読むというのはちょっと気後れするんだけど漫画家、吉田戦車氏のエッセイ「吉田自転車(講談社文庫)」→amazon.co.jpを読んだ。常磐線片道で読めるくらいの短いエッセイ。氏の初エッセイで3年くらい前に出した本が文庫になったものである。
 何故この本に手を出したかというと、これを本屋で見かけた時に結構昔の15年ほど前-変な縁で吉田戦車氏と常陸太田へクリストのアンブレラ・プロジェクトを観にいってそのまま水戸にアンコウを食いに行ったことを思い出したからだ。
 ところでアンブレラ・プロジェクトというのは覚えてる人もいると思うけど、なんでも包んでしまう芸術家クリストがカリフォルニアと常陸太田の田園地帯にデカイ傘を沢山立てた規模の大きな芸術プロジェクトである。途中不幸な事故がおきて傘もしぼんでしまったけど近所の常陸太田の良さを再発見するなかなか良いプロジェクトだった。のんびりとした田舎に巨大傘という異物を配置することで、逆に普段日常すぎて気がつかなかった日本の田園風景のユニークさが浮き出ていたいたのだった。
 そのころ僕はアルミのパナソニックのバイクに乗って喜んでいたわけだけど、戦車氏も自転車にはまっていたとは知らなかった。知っていれば常陸太田の傘を自転車で巡ってみるのも楽しかったかもしれない。そんな風景には自転車が合っている。ついでに氏の漫画もエッセイもそんなテンポに合っている。
 それにしても中身の紹介はさておき、よんだ感想は酒を飲んで自転車に乗るのはやめたほうがいいよ-ということだった。

 はやく家に帰りたいよー。

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2006/01/18

ジャック・ロンドン放浪記

JackLondon

 最近まったく本を買ってなくて、何か読んでない本はないかと本棚を探すと「ジャック・ロンドン放浪記」→amazon.co.jpがあったのでなんとなく読み始めた。ホントだったら10代~20代前半に読むような本だ。
 内容はジャック・ロンドンがホーボーをやってた頃の自伝で、100年前の北米の感じをつかむのに良い本だ。僕の場合、ホーボーって文字を見ると自然にザ・バンドの「ホーボー・ジャングル」という曲が頭の中でかかってしまい始末が悪い。

 ホーボーというと鉄道の無銭乗車が頭に浮かぶけど、この本もスリリングな無銭乗車にかなりの量を割いている。無銭乗車っていうけど所謂日本でいうキセルではなくて走り始めた列車に飛び乗り、貨車と貨車の間や屋根の上や車両の下に乗ってただ乗りする危険なやつだ。ジェームズ・ディーンの映画みたいな。

 ホーボーじゃないけど僕の中学生時代の同級生にO君という奴がいた。高校時代に常磐線の日立駅の上りホームに彼がいた。
「スティーブ・マックイーンのハンター覚えてる?」彼が言った。
 そういえば以前ハンターって映画の列車の上のシーンがCMになってたからその話を彼にしていたことを思い出した。マックイーンが死んだ頃だった。
「この間、マックイーンみたいに列車の屋根に登って水戸まで行ったんだ。」
「ウソだろ?」
 日立駅から水戸駅まで6駅ある。
「この梯子みたいなところをつかんで屋根に登るんだ。すごかったぜ。」
 たしかに凄いがその時は本気にしてなかった。高校に通うのに電車の屋根はないだろうに。
 しかし目撃してしまった。ある日、電車の屋根に登って僕に向かって手をふっている彼を。彼ならジャック・ロンドンの時代にホーボーができただろうな、とこの本を読んで当時の事を思い出した。

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2005/12/17

読書といえるかどうか

 いつになっても仕事のほうは落ち着かない。だから自転車を買ってつくづくよかったなと思う。朝早く自転車に乗るくらいしか暇がないのだ。しかし久しぶりに面白い趣味にありついたものだから通勤の時に読んでる本もここ2週間くらいはそれ関係の本になってしまった。最近読んだ2つの本は自転車のオーナーたちに限定すれば普通にみんな読んでるんだろうな。読書といえるかどうか。
 ところで、こんな時に長い文章が書けるほどの要領は持ち合わせてないので紹介だけ。最近時間が無いせいで自転車話ばっかりではちょっとシツコイかなあ。

jitensya-s  竹内真著「自転車少年記(新潮社)」→amazon.co.jpは自転車をめぐる話を中心に少年たちが大人になるまでを清々しい文章で綴った成長物語。新潮ケータイ文庫で配信され少し話題になったらしい。知らなかった。
 この本の中で主人公たちは自転車の隅々に強いこだわりをみせるが、僕の小学生時代の実績と言ったら自分の24インチのロードレーサーを隣の幼稚園児に仕込んで、直線コースで小学5年生を撃破したことくらいだ。足が着かないのがタマにキズだったけど。
 もし僕がこの本の中の人物のように自転車にもっとこだわっていたら今のようなヘボ中年にはならなかったと思う。自転車は大好きだったけどその自転車が僕の成長記とはならなかった。

LanceArm-s  もう1冊は説明の必要もないだろう世界的ベストセラー、睾丸癌から復活しツール・ド・フランスで優勝するまでを綴ったランス・アームストロングの「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく(講談社)」→amazon.co.jp
 この本を読んでいたら、その24インチのロードレーサーに乗りまくっていた小学生時代、母親が箪笥の上に隠していた2冊の難しい本を僕が見つけてしまい意味不明な写真の数々に目を奪われているところに母親が来て、僕に向かって優しく「お母さんは癌なのよ」と言った事や、最近親父が酒を飲みながら「現在の医療ならお母さんは助かってたな。あれは助かる癌だったんだ」と言っていたのを何回も思い出していた。

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2005/09/03

ピクチャーブライド

PictureBride  昨日は小田原で仕事だった。我が町~小田原往復の電車で読みきるのにちょうど良い本は無いかとカヨ・マタノ・ハッタ/マリ・マタノ・ハッタ著「ピクチャーブライド(キネマ旬報社)」→amazon.co.jpをを持って行った。小田原では蒲鉾を買って帰った。

 ピクチャーブライドとは第一次大戦直後に流行った写真だけの交換で嫁いで行く娘たち「写真花嫁」のこと。本書ではリヨという1人の女性がハワイ移民の男性のもとへ「写真花嫁」となって嫁いで行く。相容れない夫への気持ちの変化、サトウキビ畑での労働、活動写真、盆踊りなどハワイ移民の生活を描く。
 この物語は日系3世のカヨ・マタノ・ハッタさんのお祖母さんの実話をもとにしたもので、実際にはカヨ・マタノ・ハッタさん自身が撮った同タイトルのインディペンデント映画の映画本といったところだ。残念なことにカヨ・マタノ・ハッタさんは7月にカリフォルニアでの遊泳中の事故で亡くなった、47歳。

 あとがきで書かれているようにカヨ・マタノ・ハッタさんは物語の中で何度か出てくる、ハワイの農民たちの間でヒットした俗謡「ホレホレ節」を聴いたことで「暗い移民時代に彼女の祖母たちがたくましく明るく生きたことを知った」、それがこの映画につながったということだ。それがこの話の全てだと思う。

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2005/08/11

おじいさんのはじめての航海

ojiisan-koukai  2週間ほど前の「サイパン島2泊3日強行!土曜出発週末旅行」のスケジュールの中で、是非とも実現したいアクティビティがカロリニアンカヌーの体験だった。サイパン地球人村が日曜お休みのため、月曜の午前中のみの体験だったけどその感覚を少しだけでも体験できて良かったと思う。

 大内青琥著「おじいさんのはじめての航海(理論社)」→amazon.co.jpは、故大内青琥さんがミクロネシア連邦はヤップ島(正確にはヤップ州のマープ島)での大型帆走カヌー「ペサウ号」の建造から日本(小笠原群島の父島)を目指す航海までを共に過ごした記録を綴ったノンフィクション。
 小学生高学年向けの児童文学として書かれており内容も児童文学に相応しい。もし子供の頃に読んでいたらヤップ島に行ってカヌーに乗りたいって夢を持って、今とは別の人生を歩んでいたかもと思う内容。

 本書を読むと、まるで何十年も前の出来事と錯覚するくらい現在の日本の生活とかけ離れたマープ島の描写が飛び込んでくる。実際には約20年ほど前の話で、僕レベルで言えば髪の毛を爆発させて音楽演るのはそろそろ終わりにして、ちゃんと大人しようよなんて思ってた頃。世間で言えばダイアナ妃が来日してチェルノブイリがメルトダウンした頃である。最近の僕は流れもあって文明ってものに多少反省しているものだから、マープ島の出来事がまるで未来の描写のように見えてしまう。マープ島のほうが丁寧で手間がかかって価値のあるものを造っていると思える。

 本書はカヌーの建造、マープ島の生活を詳細に分かりやすく説明している。現在では南海の多くの島で普遍的宗教がアニミズムにとって替わっている。たしかにいくつかの不自由から解放されているが、カヌーを作る上で自然との対話は重要だ。木が育ち始めた時からカヌー造りが始まっていることを本書は教えてくれる。ミクロネシアにはまだ沢山の精霊が生きているらしい。
 「オチ・オチ・ムウ」カヌーは人間が造るのではなく木の中に眠っているカヌーを掘り出すという。

 正当な時間をかけて造った「ペサウ号」は太平洋を北上し日本を目指す。ペサウを通過し環礁から外洋へ、民族の誇りと本当のアドベンチャーが始まる。おじいさん=ガアヤン酋長の願いは日本へと繋がる。彼らが父島に着いた時、それがヤップ島に似ていると感じたその気持ちがわかるだろうか?日本統治時代だけがミクロネシアと日本を関連付けているわけではない。今度世界地図を見るときは、飛行機でいきなりワープするような遠地ばかりでなく、日本からちょっと南下してみるというのをお勧めします。

 本書のことについてはwaka moanaさんblogに遥かに詳しい記事があります。僕も参考にさせていただきました。以下に記します。

「老人と海と航海カヌー(http://blogs.yahoo.co.jp/hokulea2006/682217.html)」
「おじいさんのはじめての航海(http://blogs.yahoo.co.jp/hokulea2006/859109.html)」
 もっとあったと思うけど。

以下の記事があることを教えていただきましたので追記します。

ミクロネシアの航海カヌーを研究されているEric Metzgar氏向けに英語でまとめた記事
「 A tiny story about Yap Island's traditional voyaging canoe called Pesau. (http://blogs.yahoo.co.jp/hokulea2006/5744178.html )」
大内青琥さんが亡くなられたときのものです。
「訃報(http://blogs.yahoo.co.jp/hokulea2006/5797176.html)」

その他、waka moanaさんblogにはミクロネシアの航海カヌーに関するリンクや解説が多数含まれています。大変面白いので興味のある方はご覧になってください。

言い忘れましたが、本書はカヌーなどにまったく興味の無い方でも大変楽しめる本です。是非手にとってみてください。

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2005/07/29

感動を文章にすること

hanseibun  少し前、またも僕がお世話になっているblogで、「楽園ハワイ」な人たちにどう先住民の歴史を語りかけていけばいいかというテーマで山口智子さんの「反省文:ハワイ(ロッキング・オン )」→amazon.co.jp紹介していた

 僕といえば1年程前に山口さんの本が新刊本として平積みになっていたのは知ってはいたものの、タイトルから察するに過去に読んだものとの重複から読まなくてもいいかな、と手にしてなかった。最近、和歌山からの帰り、新幹線で読む本が無くなり上記のことを思い出して買った。本屋ではキチンとタレント本のところに納まっていた。
 ところで山口さんは僕と同じ歳なので、同年代の感覚として「楽園ハワイ」とは違ったハワイをどう表現しているのか気になる。

 山口さんのインタビューを読むと、ハワイ島のヘイアウでの日本のCM撮影!がそもそもの巡り合わせの始まりだったという。その時に撮影スタッフと話した「自分たちが見たい、知りたい、感じたいと思う“旅”」というテーマを実行した結果が「手紙の行方 チリ」と本書とナントカという映像作品。
 ハワイを相手にした場合「見たい、知りたい、感じたい」をどう料理するか、となるとここで扱った材料はは必然的なものばかりだったのだろう。当然コンビニに並んでる薄いガイドブックに馴らされた眼から見れば少々色違いな内容だけど、文章は彼女らしく軽やかで、そして浮かれている。だからレビューで指摘されてるような重い内容のものではないし、ペレが何回も出てくるところも愛らしい。

 僕はアラモアナでのショッピングを計画するのもニイハウ島に興味を持つのもホクレア号に興味を持つのもちょっとした違いでしかないと思う。今の経済構造では大方は「楽園ハワイ」になびいてしまう。彼女の文章を読めば新しい入り口を見つけ好奇心いっぱいの中、彼女が知らなかった(ホントかな?)ハワイを体験していくのが分かる。そういえば池澤さんの「ハワイイ紀行」だってあの歳でサーフィンとか始めちゃってハシャイデいる本だった。

 読んでいると「反省文」ってタイトルはハワイだけに謝っているのではなく、自分自身が抱えていた偏見に対して、それが偏見であったと思い知るたびに反省しているところに気がつく。その言葉が随所に出てくるのでへこんでしまう人もいるのかも知れない-こんな気持ちばかりでハワイを楽しめないよって。
 でも彼女は新ハワイに突入することで今までに無い充実感を味わい、素直に感動を言葉にしているだけなのだろう。池澤さんの本が今まで住んできたミクロネシア、ポリネシアの島々の中から鳥瞰的にハワイのエリアを切り取ったようなところがあるのに対して、「反省文」は彼女なりの変化をテーマにした内面からのアプローチなのだと思う。だから発展途上なところもあるかも知れないがそれでよし。つまりこれもハワイの楽しみ方なのだ。

 ところで僕はハワイマニアじゃないので、本を読み始めた時にちょっとした文章で躓いてしばらくノリが悪かった。「チャントとは(中略)ココナッツブラや腰ミノや火踊りとは無縁の、高尚な精神世界であったようだ。」。なんてことないようだけど、これではタヒチ人やサモアの人に申し訳ない。本人もそんなつもりはないのだけど冷静に読んでたつもりでも「またかよ!だからハワイ好きは!」と心を静めるのが大変でした。これ重箱の隅とは言わないよね。

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明日からサイパン行ってきます。超短期間なので部屋から海を見るか和食を食べる程度で帰ってきます。

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2005/07/25

jane beautiful 2

jane_beautiful_2  まったく僕のblogに似合わない本の表紙だな。出てからちょっと時間が経ってしまった感があるけど紹介します。

 怒られることを承知で言えば、ドーナッツが美味いって評判なので食べに行ったらセットに付いてきたクラムチャウダーがめちゃくちゃ美味かった。ということがあるようにこのムック本「Tarzan特別編集Jane beautiful2本当の「キレイ」な暮らし方(マガジンハウス)」→amazon.co.jpの125ページから始まる「<ホクレア>号に乗った、日本人女性からのレポート。海の健康を気遣ううちに、私の進むべき道が見えてきた。」を何人かの女性は読んだだろう。つまり女の子向けのムックである。

 実はWEB-Tarzanのこの本の紹介にもこのページのことは載ってなくて、waka moanaさん同様、この内野さんの記事が何て本のどこに掲載されているのか全然分からなかった。
参考に内野さんのエッセイは SWITCH系の「COYOTE No.4 特集 ハワイ・ローカルヒーローへの旅」→amazon.co.jpに「待ちわびた波 ――エディなら行くだろうと」、その前の「COYOTE No.3 特集 島を漕ぎ出で 」→amazon.co.jpに「ホクレア号乗船記2004 薄緑の光のレールの上へ」がある。「COYOTE No.4」のほうは以前ハワイ好きの方々のblogを賑わせていたから彼女のエッセイを読んだ方も多いと思う。

 ホクレア号にしてもエディにしても彼女のエッセイの題材は男性的とも思える。事実、航海カヌーの伝統は(女性たちの支えが大きいことはさておき)男性社会で受け継がれるし、様々な逸話は男性的ロマンに溢れている。
 でも僕はいつもこのことを女性にこそ知ってもらいたいと思っている。日本に向って運んでくるものはロマンばかりではない。文化、健康、平和、環境問題、教育と多様だし、僕自身が男性的な面にはあまり惹かれていない。たとえば息子に航海カヌーにちなんだ名前をつけたのは健康で健やかに育ってほしいという普通の親の願いからだったと思う。

 ところで何度も何度もこの話を聞き、毎回、耳にするたびに嫌な気持ちになるのが、内野さんもホクレア号でミッドウェーに行った際に眼にすることとなった、漂流物によるゴミの山だ。
 年間回収量が10トンにもなるこの漂着物のほとんどがアジア方面、特に日本から来る。waka moanaさんも書いてるとおりゴミの出所は一般の海水浴客のみならず漁師などの漁具もそうだ。そいうえば一部のココロない人とはいえ、近所の海で何時間も海に浮かんでいるサーファーの中には海上で食事をして包装を海に棄ててる人もいる。サーファーを例にあげて申し訳ないけど意外な人間がゴミを海に棄てているのである。
 もし僕の息子の名前が書かれたビーチボールが海に流れてしまって、それがミッドウェーに漂着したら、ボトルにメッセージを入れて流すような話ではなく、ただのゴミの山の一部でしかない。もうヨーロッパ人が海を大きなゴミ箱と形容してた時代は大昔のこと。ヒマラヤのように日本人登山家が捨てていったゴミを英国人登山家が拾い集めるような醜態はカッコ悪すぎる。
 気になるのはポイステをする人はこういうエッセイを読まないだろうと思えることだ。

 ところでまたも台風に向って和歌山へ行くことになった。とほほ。

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2005/06/23

ウィダの総督

ouidah1  蒸し暑くなってきたらこの本、ブルース・チャトウィン 「ウィダの総督(めるくまーる)」→amazon.co.jpを思い出して久々に手にとった。舞台となるダオメー(現ベナン共和国)南部は熱帯雨林気候で6月は雨季。タヒチに引き続き公用語は当然フランス語で、ゾマホン氏によればウィダはブードゥーの中心地で奴隷貿易とともにアメリカ大陸へ渡った。

 思い返してみれば、この本はここ数年読んだ小説の中では記憶に残った小説だった。実在の奴隷商人の人生(名前は変えてある)を振り返る。フィクションとノンフィクションの境目は相変わらず曖昧に、文章はチャトウィン流に圧縮に圧縮され、たぶん読んだ人は共通して本は薄くて軽いのに、読後は分厚くて重量級と感じるだろう。とにかくダオメーの空気感で濃厚。
 そして奴隷側に立った話は一切無い。もし奴隷側の視点を入れたらこの空気感が失われてしまうだろう。これは旅行者の感じたダオメーの空気感であって、ブラジルから完全に切り離されてしまったフランシスコ・マヌエル・ダ・シルヴァとその一族のアフリカとの距離感にうまくマッチしているように感じる。
 「どうして僕はこんなところに(角川書店)」→amazon.co.jpには、この小説の取材中にクーデターに遭遇し囚われ殺されかけたらしいエピソードが書かれていてこっちも面白い。このあたりはアボメーの宮殿での謁見のシーンにリアルさを与えているように思う。

 最近はアフリカの周辺を少しなぞってみたいなと思ってたから、再読するにはいい感じかもしれない。

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2005/05/12

ヘラクレスの柱

Theroux  随分とノンビリ読んでしまいました。ポール・セロー(セルー)の「大地中海旅行THE PILLARS OF HERCULES(NTT出版)」→amazon.co.jp、間に何冊かの本を挟んで1ヶ月ちょっと。つまらないとかじゃなくてホント、ノンビリ読んでしまった。旅行日数も500日なんて書いてあるから。その他に何故か読むのは新幹線の中だけと決めてたこともあった。

 ジブラルタルの岩からセウタのアビラ山まで地中海沿岸を飛行機を使わずぐるっと周る旅(実際にはぐるっとはいかない)。1993年から1995年にかけてのほぼ地中海沿岸だけ。日本によくある自分探しの漠然とした、ある若者(東京で就職したけどすぐ五月病になってしまった人たち)向けの紀行文とはちょっと違う(でも安あがりなホテルは一緒)。緩い進路設定で得られる体験とポール・セローらしい少々きついウィットと引用の数々。もちろん相当の苦労話ではある、けど湿っていない。チュニジアで旅の終末を感じさせる下痢からルヴァンテが吹き荒れるジブラルタル海峡までの演出がセローの他の小説を思い出した。ちょっと気恥ずかしい締めはあるけどお薦め。本当に500日くらい旅行した気分になると思う。

 彼の作品を読んでると結局そうなっちゃうけど、今回も旅の中で出会う同業者ナギーブ・マフフーズとポール・ボウルズの作品をいくつか注文してしまった。エンディングよろしく地中海から解放されなかったということかな。

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2005/03/28

香港といえば茶餐廰

sinkan
 和歌山へ行ってる間は、予定通り1回もネットに繋ぐことはなかった。こんなにヘトヘトの3月も珍しく、ついに新幹線はグリーン車にしてしまった。
 半年ほど前には東京駅で武蔵丸さんと並んで歩いていても気がつかなかった僕だったが、今回は新幹線のホームで武田修宏さんもしくはそのソックリさんが、僕の横をあるいているのを確認出来た。たぶんマルチェロ・マストロヤンニでも着てそうな良質なコートのせいだと思う。

 新幹線の窓の外に富士山が見えてきて、ヘッドフォンから聞こえる音楽がトム・ウェイツTom Waitsのベスト盤「アサイラム・イヤーズASYLUM YEARS」に変わって、読んでいた「ポール・セローの大地中海旅行」がシチリアから脱出する頃、このポール・セローの本がまだまだ終わりそうもないことを悟り、少し息抜きに和歌山の本屋で買ったぐっと軽い本、竜陽一著「香港無印美食(TOKIMEKIパブリッシング)」→amazon.co.jpに切り替えた。

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 この本、内容は確認しないで5分程度の駅での空き時間に買ったわけだけが「茶餐廰」という文字に惹かれてしまったに違いない。僕の場合、香港といえばどれも短い旅行だったけど「茶餐廰」いわゆる香港の大衆食堂にお世話になった。「茶餐廰」で飯を食わなくてもスチロールの容器で何種類かの料理をテイクアウトで食ったのも懐かしい。
 考えてみると「茶餐廰」に絞った香港関連の本は初めて見た。アマチュアレポートな雰囲気だけど、これを読むと、出てきたものは何でも食えるだろうからと僕も無鉄砲に注文してたものだと思う。読んでいればもう少しスマートに「茶餐廰」で食事が出来ただろうに。レモンのスライスがたっぷり入ったコーヒーなんて忘れてた。あれを美味いなんて言ってたわけだから僕の舌もどうかしてたんだろう。

 家に帰って、久々にDVDを借りてみる。しかも「バリでの出来事」という韓国ドラマ。韓流ブームなんて気にもしてなかったけど、たまたまテレビの深夜枠で最終回だけ観てしまった。それでバリ島も出てくるし、初めて韓国ドラマのお世話になった。それにしてもよく殴る蹴るだ。大丈夫か!?このドラマが大好きな人をバリラバーって言うらしい。

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2005/03/17

世界を食いつくせ?

CooksTour
 本当に週一ペースになりつつあるこの3月。仕事以外にやってる事といったら新幹線の中で本を読んでるかiPodしてるかくらい。だから最近のblogもそういったものばかり、許してくださいね。

 上記理由のため、読んでる本も軽めのものばかりが主流になっている。先週新幹線の中で読破したのはアンソニー・ボーディンの「世界を食いつくせ! キッチン・コンフィデンシャル・ワールド・エディション(新潮社)」→amazon.co.jpだった。著者のアンソニー・ボーディンはブラッセリー・レ・アールという店の総料理長との事。
 で、その総料理長が米国を飛び出してカンボジア、ベトナム、フランス、バスク、ポルトガル、日本、ロシア、モロッコ、英国、メキシコ、サンフランシスコ!等々でテレビクルーを伴った食道楽の旅をする。よく考えてみたら久々の旅本だ。この本の前には「キッチン・コンフィデンシャル」というベストセラーがあってこっちは未読。食材の名前がやたら乱立する。米国人らしい外国に対するややステレオタイプな知識がロックンロールな彼の文章と相まって、面白おかしく展開する。各コンテンツのタイトルもwhere Food Come FromとかSomething Very SpecialとかFire Over Englandとか、それでどんな感じか分かるだろう。

 本を読んでても影響はありありなんだけど、著者はグレアム・グリーンの「おとなしいアメリカ人」の大ファンらしい。この本については僕のblogでも以前チラッと取り上げたけど、5回読んでるというくらい好きらしい。従ってベトナムへの思いも格別のようだ。コンチネンタルに泊まりすっかりグレアム・グリーン気分でサイゴンの風景を撫でる。
 ところで読んでいるといたるところで宣言しているように彼は愛煙家である。某料理漫画で煙草の匂いが料理についてうんぬんのような話があったが、想像するに彼の料理を海原雄山に出したら海原雄山は怒り心頭だ。しかし読んでいると解放された愛煙家のシェフっていうのも魅力的だ。特に内臓料理にはぴったりだろうと考えた。

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2005/02/23

カカオ

cacau
 2月のはじめ頃、八重洲ブックセンターの南米文学とかの棚のあたりをうろちょろして内容も確認しないでジョルジェ・アマードの、「カカオ(彩流社)」→amazon.co.jpを買った。そろそろバレンタイン・デーなんて気持ちがはたらいたとは思えないけど、ブラジルの農園主が豪邸の2階からカカオ畑を眺めてるような風景は想像してた。

 そういう想像をした小説は結構プロレタリア文学(逆に農園主を見上げている)だったりするけど、これもジョルジェ・アマード自身が導入から「プロレタリア文学」を意識した記述をしている。そういう文学の性格上、日本で出版するのに時間を要した、とあとがきには書かれている。共産主義とか社会主義とかそっちは何か片付いてしまった感があるから、単に売り上がらないという判断なんだろうな。こういうノーベル候補レベルの作家の作品が日本ではなかなか手に出来ないあたりかな。
 文学って文字を外せば労働者階級あたりを指すんでしょうから、ちょっと脳味噌が疲れているので思想とかなんとかは外して、泥まみれになってカカオを作っている人たちの物語として楽むことにした。なんていっても舞台がバイーアってところが魅力だし。カルリーニョス・ブラウンとかもアマードのタイトルを引用したのがあるよね(勘違いかも)。

 話は少しとんでハワイについて思うこと。
 インドネシアとか台湾などの東南アジアや南米はたまたアフリカでは、宗主国に抑圧された解放の理想としてのプロレタリア文学が支持される、というステップを踏んでると思うけど、ハワイではそんなのすっ飛ばして色々盛り上がっているように感じてた。それはハワイ産のそういう文学を見つけられないからなんだけど。
 でももしかすると今のハワイってインドネシアでいう19世紀くらいなのかな。今のところ日本で出版されてるハワイ産の本はペレとか出てくるのばっかりだし判断つかない。 ハワイは温泉地のようによく作家が逃げてくる場所だから、太平洋のど真ん中とはいえ何か書けると思うけど。

 肝心の「カカオ」の内容書いてないけど許して下さい。

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2005/02/10

モスキート・コースト

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 少しblogのほうがご無沙汰になった。先週から二日前まで出張で各地を点々としたうえに、新大阪の某ホテルで朝食をとった後に腹痛に襲われた。その後はトイレとしばらく仲良しになって昨日はダウンした。
 電車に乗っていることが多かったので久しぶりに本を読んだ。なんとなく12月から本を読んでなかった。それで長い間本棚に収まっていたポール・セロー(セルー)の、「モスキート・コースト(文藝春秋)」→amazon.co.jpを出張に持ち出した。1981年の作品なので中途半端に古く今読んでどうだという感じだけど、ロビンソン・クルーソーのパロディってところが移動で読むのに向いている気がした。

 「モスキート・コースト」は欧米では結構売れていくつか賞もとっているしハリソン・フォード主演で映画化されたから、ポール・セローの作品の中では結構知名度が高い。ちなみに映画のほうは監督はピーター・ウィアーだし、本のほうでは語べとなるハリソン・フォードの息子役を故リバー・フェニックスが演じていて、映画会社の気合もそうとうだっただろう。米国での評判は主人公のエキセントリックぶりが凄すぎて少し厳しいといった印象のよう。しかしながら主人公(父親)を演じたハリソン・フォード自身はこの映画での演技をベストと言っているらしい。ちなみに本を読んだ印象では映像化したら結構気が滅入る作品になったのでは?と映画未見の僕は勝手に想像する。(機会があったら観てみようと)

 映画のことばかり書いてるけどそれだけ映像的な小説ということだろう。
 作品のあらすじは、現代のアメリカに幻滅した主人公(父親)が家族全員をつれて自分の描くユートピアを求めて中米ホンジュラスに移住する。そこで彼が想像する文明の正しい発展形を具現化しようとする。半ば強引な彼の理想実現に家族や原住民たちが協力するが、ある事件をきっかけにその正当性が少しずつ崩壊し最後はなんともいえない結末を向かえる。
 だいたいロビンソン・クルーソーのパロディは、そのほとんどがロビンソン・クルーソーのもつ望郷の念や物質文明を未開の地に展開するその植民地精神を皮肉るところから始まる。そうすると某宗教自体を否定することにもなるわけだから、ある作品は非常に土着的な思考にはしりアニミズムが浮上する。
 「モスキート・コースト」も同様に主人公は徹底的に文明宗教を攻撃する。しかし実際に展開されるのは彼自身が良しとする機械文明で、気が滅入るくらいに主人公は強制的にことを進める。そして彼は文明人らしくたいへん清潔を愛する。だいたい文明という言葉が植民地的で根拠も無く曖昧な感じだ。そしていくら彼が頑張ったところで文化ではなく所詮文明なのである。そういったところが可笑しい。
 ポール・セローはそれを冒険物のようにテンポよく描き、重くなりがちなテーマを徹底して欧米的アイロニーで包む。だから面白くて400ページ程度の作品はちょうど東京-大阪の往復で読みきった。また本が読みたくなったのがなによりだった。

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2004/12/21

静かな大地

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 明治維新後、静内に入植した和人とアイヌ人の歴史を描いた池澤夏樹の「静かな大地(朝日新聞社)」→amazon.co.jpが18日に親鸞賞という受賞した。親鸞賞なる文学賞は聞いた事がなかったが、本願寺維持財団が2年毎に行っている、まだ3回目の新しい賞のようだ。本願寺とはいっても特に仏教との関連性は問わないらしい。事実「静かな大地」は仏教とは関係ない。審査員は瀬戸内寂聴他。

 「静かな大地」は2~3年前に朝日新聞に連載され、昨年の夏ごろに単行本化された。予約して買った。700ページ弱の長編小説だが、面白くて悲しくて読むのはあっという間だった。
 この時代、アイヌというとまるで過去のことのように語られる。僕たちは数々の自分たちが行ってきた残酷な歴史の記憶を、時間が解決してくれるとでもいうように風化することを期待する。そして本来は事実を理解さえすれば過剰に構える必要もないところを過剰に受け止めプレッシャーに弱く逆ギレする。しかし記憶は風化しても現実は細いながらもまだ尾をひいている。だからアイヌをテーマにした小説が新しく出ることはとても良いことだと思う。
 タイトルはアイヌモシリ=アイヌ(人間)、モ(静か)、シリ(大地)から。花崎皋平の「静かな大地 松浦武四郎とアイヌ民族(同時代ライブラリー)」→amazon.co.jpも意識している。テーマは重いが著者らしい幸福感も盛り込まれている。

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 アイヌ人は生きていることを実感できる本、アイヌ人萱野茂さん自身が半生を記した「アイヌの碑(朝日文庫)」→amazon.co.jpもお勧め。

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2004/12/07

この世界のぜんぶ

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 最近変な姿勢で寝たのか、左肩がとてもこって偏頭痛が時々おきて困っている。さらに仕事もドタバタしてすっかり脳みそも疲れてしまったらしい。
 本屋で何か頭を休める本(矛盾してるかな)はないかと探していたら、池澤夏樹の詩集「この世界のぜんぶ」→amazon.co.jpが文庫化されていた。詩なんて読む柄じゃないけど、これの単行本→amazon.co.jpは持っていた。癒し癒しなんて言ってだいたい癒しなんて何者と思っていたけど、この詩集はたしかに癒される。瑞瑞しいそれらの詩は疲れた脳みそがにとても良い。春夏秋冬の季節に合わせた4部構成で、それらとは別にクリスマス(この世界のぜんぶ)があるところが、これからの気分にあっている。

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2004/12/02

九龍城探訪

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 既に存在してないのに、どうしてこんなにファンが多いのかという感の九龍城。
 今年の2月頃に「九龍城探訪 魔窟で暮らす人々 -City of Darkness-(イースト・プレス)」→amazon.co.jpという本が発売されていた。しばらくの間、香港のことは頭の中から抜けていたから気にもとめてなかったけど、最近個人的に香港ムードが高まってきて(たぶんblogをやっいてるから)つい購入してしまった。
 ちなみにこの本は「City of Darkness -Life in KowloonWalled City-」という九龍城ファンのバイブルの邦訳版。在りし日の九龍城の写真たちと住人たちへのインタビュー、ちょっとした九龍城の歴史を納めたドキュメンタリー。原題も邦題もダークな雰囲気のタイトルだが、(個人的には)九龍城にはそれほどダークな印象は無い。
 断っておくと僕自身は九龍城ファンでも、以前流行った廃墟ファン(九龍城は廃墟ではないし)でもなくて、ただの香港好き。

 (これも無くなって久しい)啓徳機場に香港カーブで突入しはじめる直前に見える(だったと思う)九龍城はやはり印象深く引き付けるものがあった(さらに建物上空すれすれに飛ぶ感じが怖かった。特に昼間はね)。
 最後に行った時の香港は何か物足りなくて、インド人の夫婦詐欺師に何回も遭遇したのがその原因かと思ってたら、後から考えてみると、九龍城を究極とした香港全体の九龍城的ムードが失われつつあったというのが一番大きい物足りなさの原因ではと思い、それを確認したかった。--これが本書を購入した一番の理由。

 そういえば、何気なくぼんやりと「ハウルの動く城」の特集番組を観ていて、日テレ旧社屋の話題になったときに、ふと「日テレ旧社屋<ハウルの動く城<九龍城」っていうのが頭に浮かんで、理由は上記としても、購入の動機はこれだろうな。
 ちなみに九龍は広東語でガウロン、英語でカオルーン。日本でよく言うクーロンはどこから来たのか気になりだした。

参考URL 監修の吉田一郎氏の「東洋の魔窟」九龍城砦探検記

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2004/11/10

ブル島レポート

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 なんとも女性週刊誌的な邦題がついたプラムディヤ・アナンタ・トゥールの「日本軍に棄てられた少女たち インドネシアの慰安婦悲話(コモンズ)」→amazon.co.jp。プラムディヤが政治犯としてブル島に流刑されていた際に見聞きした従軍慰安婦に関する話を収録している。
 ナイーブなテーマなので紹介するのを躊躇したが、読んでいて涙が出た箇所があったということで紹介。

 従軍慰安婦問題というと朝鮮半島や中国大陸でのそれがクローズアップされがちだけど、その最終駅近くにインドネシアがあった。「日本に留学させる」という甘い囁きによって連れ去られた少女たちは、戦争終結とともに存在そのものが消滅する。
 日本は早い段階でインドネシアを影響力の範囲に入れていたにも係わらず、インドネシア内からの従軍慰安婦調達は遅い。大戦末期、弱体化した日本軍はそれまで制圧していた海路を寸断され、朝鮮半島や中国大陸、さらに日本から従軍慰安婦をつれてくることが不可能になった。それからのインドネシアからの現地調達となったらしい。とりあえず感情戦でヒートアップしがちな朝鮮半島の従軍慰安婦問題に比べ冷静にインドネシアからのレポートとして読むことが出来ると思う。

 本書は、従軍慰安婦となった少女たちと同じ年頃の今の少女たちへの手紙という形ではじまり、何人かの従軍慰安婦に関するレポート、そして全体の約半分を使って書かれたブル島の奥地でのムリヤティという行方不明だった元従軍慰安婦を探す記録で終わる。最後のムリヤティの章はプラムディアの文章ではなく、同じブル島に流刑されていた仲間による手記である。そこだけを読めばちょっとした冒険談ともとれる。
 単純にこの問題について告発するだけが目的なら、この章はもっと短いものでよかったはずだが、ブル島というジャワからみても異文化圏(インドネシアはそういう島の集合体)での、現地民たちの生活や習慣、自然、病気など非常に詳しく描かれていて資料的価値が大きい。そんな環境の中に棄てられた少女たちの辛い人生も自然と理解できるようになっている。

 ただ性の奉仕を強いられたことを中心に据えるのではなく、消えてしまった彼女たちの足跡を追っていく、つまり生きているだろう彼女たちを追跡することで、日本のみならず独立後のインドネシア政府の取り組み方、そして彼女たちが戻れない原因の一つとしてジャワ人自らの問題にもスポットをあてている。基本的にはこの問題に無関心なインドネシア国内で読んでもらうことをまず考えたものと感じる。
 難癖をつけるとすれば時々日本軍が犯したうんぬんを強調するためか、読者を挑発するためか()でたびたび補足するようなところ。作者自ら入れているのか、訳者が入れたのか分からないが、そんな補足をしなくても話は十分分かる。

 これは旅のおともには出来ない本かな。次はもう少し気楽な本の紹介にしようと。

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2004/11/03

ガムランを楽しもう

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 インドネシアの音楽と言ったらガムラン。ではガムランを楽しもうということで入門書を考えてみたらこれしか知らない。タイトルもそのまま「ガムランを楽しもう―音の宝島バリの音楽(音楽之友社)」→amazon.co.jp
 日本におけるガムランの第一人者、皆川厚一さんによるテキスト。主にバリ島のガムラン、ゴン・クビャールを中心に説明している。
 テキスト自体は薄いけど、変に宇宙的解釈をせずにガムランの簡単な歴史から実践まで皆川さんらしい丁寧な説明で、たぶん基礎となることはほとんど網羅されている。

 では読むのはいいとして、楽器も無いのにどうやって練習すればいいの?というところで僕がこの本をとても気に入っているところが、リズムアンサンブルによる練習。
 あのガムランらしさを作っているペログとかスレンドロなんていう音階はとりあえず考えずに二人でリズムアンサンブルの練習をする。とりあえず楽譜のリズムが読めて、太鼓の代わりになる新聞紙の束でもあればOK。これがどうもガムランな雰囲気になる。
 最終的にはアジア的楽譜に頼らない耳を育てる上でこの練習が利くんじゃないかと、ガムランをろくに叩けない僕がいうのも変だな。

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2004/11/01

荒木一郎の絵本

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 '68年の荒木一郎の「絵本(ブルースインターアクションズ)」→amazon.co.jp。かなり個人的な気持ちでの紹介。発売当初は奥津国道画伯の挿絵による絵本と奇才-荒木一郎の曲が13曲入ったLPが豪華な箱に収まった当時2000円!もしたアルバムである。
 これが4年前にCD化されていて、僕が知ったのは最近だった。LPサイズからCDサイズに縮小した絵本にCDが付属しているスタイルでの再発。

 書き下ろしの童謡による今で言うコンセプトアルバムで、幼稚園から小学生時代、僕はこれに収録されている「ボボビボラの湖」や「よっこらしょ」などを自分の童謡として育った。本当に久々に聞いたわけで感無量だった。
 奥津国道画伯によるコメントに当時のご子息の担任の教師の言葉「このLPから子供向けの歌が変わる・・・」が紹介されていて、そのくらいの出来なわけである。
 荒木一郎は類まれなる音楽の才能を持ち合わせていながら、そのアナーキーな性格やいくつかの事件で芸能界から消えてしまって、それとともに「絵本」と言う傑作も忘れ去られたかのよう。
 ちなみにここに収録されている「ミンミンゼミの唄」はNHKの「みんなのうた」にもなっていて思い出せる人もいるかも。

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2004/10/25

マックス・ハーフェラール

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 いつものことだけど、旅行の時は旅先関連の本を飽きるまで連続して読まないと気がすまないらしい(だいたい2ヶ月くらいで飽きる)。だから今回もバリ島のあとだけに、面白い面白くないにかかわらずインドネシア関係の本を何冊か注文して、先週はムルタトゥーリの「マックス・ハーフェラール―もしくはオランダ商事会社のコーヒー競売(めこん)」→amazon.co.jpを読んだ。

 「マックス・ハーフェラール」は植民地支配上の問題点を内部告発しそれを文学に溶け込ませ、出版されると、時の植民地政策にまで影響を与えたと言われるオランダ文学を代表する名著(1860年出版)。 世界的な認知度を表現する際によく取り上げられるのが「アンネの日記」であるにもかかわらず、日本で「マックス・ハーフェラール」の完全翻訳版が出たのはつい最近。いくつかオランダの植民地支配に関する本は読んでいたので内容はかなり予測できるものだったけど、当然、ただの歴史本とは文学的水準において比較にならない。150年も前の本だけど真面目にインドネシアを見たい人にはお勧め。

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2004/09/27

おとなしいアメリカ人

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 (バリ旅行記の用意が出来てないということでお茶濁し)先週のバリ島旅行にグレアム・グリーンの「おとなしいアメリカ人(ハヤカワ文庫 ep)」→amazon.co.jpを持っていった。約100ページほど残していたので機内やプールサイドで読むのに丁度良いと思ってたけどそこは子連れ旅行、さすがにそんな暇は与えてくれない。10ページほど読んだだけで帰国後読了した。

 映画「愛の落日」の日本公開にあわせるように原作である本書が文庫化された。いつも映画の原作なんて読まないけどグレアム・グリーンなだけに読んでみたくなった。舞台もインドシナ戦争時のベトナムだから同じ東南アジアということでバリ島旅行をまたいでも問題ないと思った。ちなみに映画のほうは監督フィリップ・ノイス、撮影クリストファー・ドイル、主演マイケル・ケインで映画化され、出来上がりが9.11と重なってその内容からか実際の公開は1年以上あとに延期となった(あららマッカーシーイズム?)。ちなみに僕は香港映画以外のドイルの撮影は今のところ好きじゃなくて食わず嫌いで観てない。出来はどうなのか気にはなるけど。それに「愛の落日」という邦題はどうも相変わらずという感じ。

 最近一人称が「おれ」なんていう本を読んでなかったせいか、ハードボイルドでも読んでるような気分で始まったけど、内容は似ても似つかないベトナム戦争前夜の引退間際のイギリス人記者とアメリカ人青年によるヴェトナム人女性をめぐるメロドラマと政治小説を巧みにミックスしたもの。
 訳が女性読者に向いてないのが少々残念だが混沌とした御時世、読む価値はあると思う。内容があまりにアメリカを刺激するような内容なので、発表当時('55年)のこの本に対する反響は凄かったに違いない。前提として日本占領時代からインドシナ戦争、ベトナム戦争あたりの歴史を少し頭に入れておくといいと思う。イラクとベトナムを重ねるのも稚拙な感じだけど、こっちのほうがマイケル・ムーアの映画よりアメリカの本質が分かりやすいかもしれない。

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2004/09/13

人間の大地

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 サン=テグジュペリでもなく犬養道子さんでもなくサルガドの写真集でもない「人間の大地」インドネシアの作家プラムディア・アナンタ・トゥールの歴史大河小説「人間の大地」シリーズにはまった。以下の4部構成で、邦訳されていない「ガラスの家」を入れると2500ページ位になるのではと思う。
 舞台は19世紀末のオランダ領東インド(現インドネシア)。プリブミ(現地人)の青年とオランダ人とその妾の娘のロマンスをベースにインドネシア民族としての覚醒を描く。現代インドネシアの最高傑作といわれる。話はとにかく面白く読み始めたら止まらない。

 プラムディアは1950年代~60年代の共産党系文化団体「LEKRA」で活動し9・30事件後スハルト政権によって政治犯としてブル島に流刑された。そのブル島で構想、執筆したのが、この「人間の大地」シリーズ。それにしてもモフタル・ルビスとかインドネシアの有名な作家はみんな時の政権によって捕まり、それがインドネシアの問題をそのまま写してると。
 この「LEKRA」時代に行ったプラムディアの右翼系、リベラル派への攻撃は気分的にひいてしまうものがあるが、当時、植民地から解放された国々での左翼傾倒は世界的なものだったと思い、紆余曲折の一場面と考え引き算して読むことにした。僕自身、右だの左だのあまり得意ではないので。

「人間の大地 上(めこん)」→amazon.co.jp
「人間の大地 下(めこん)」→amazon.co.jp
「すべての民族の子 上(めこん)」→amazon.co.jp
「すべての民族の子 下(めこん)」→amazon.co.jp
「足跡(めこん)」→amazon.co.jp
「ガラスの家(未邦訳)」

 「人間の大地」は1980年に発売され、インドネシアで空前のベストセラーとなるが、あえなく発禁処分となり現在に至る。しかし海外においてその評価が高まりプラムディアはノーベル賞候補に名を連ねる(アジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞を受賞)。
 今現在、ジャカルタでの爆破テロにみられるように、インドネシアは沢山の火種を抱え、混乱し、沢山の人命が失われている。100年前に戻って今のインドネシアを考えてみるのも一考かなと思う。

 それにしてもバリ島行きがなあ。みんな心配してくれるんだよね。

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2004/09/03

カリブ海と広島弁

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 ノーベル文学賞作家ものなんてしばらく読んでなかったなと、V・S・ナイポールのデビュー作「神秘な指圧師(草思社)」→amazon.co.jpを読んでみた。原題がThe Mystic Masseurだから指圧師じゃなくて本来はマッサージ師だろうけど「神秘なマッサージ師」では日本語がちょっといかがわしい、ということで邦題は「神秘な指圧師」におちついたとのこと。

 舞台はカリブ海に浮かぶトリニダート島(トリニダート・トバゴ共和国)。なにの人々の話す言葉は広島弁!ほとんどの登場人物が人口の41%を占めるというインド系の人たちだから、話す英語もそうとう訛っている。その訛りの部分が広島弁。スティール・パンの国の人たちが広島弁とは想像を絶する、というか読みはじめはかなり混乱する。それにしても海外に行くとイギリスが足跡を残した場所ではどこにいってもインド人を見かける。インド料理屋で「ライス・サルビス」と聞こえるあんな感じなのだろうか?

 通常訛りを翻訳する際には山形弁や千葉弁を使うのが常套手段(?)らしいが、ナイポールはトリニダート島出身のインド系の作家で、この変な英語がイギリスでのナイポールの高い評価の一端を担っているらしいから、そんなキモの部分が常套手段である山形弁でいいのか?と感じた翻訳者は広島弁の採用に踏み切ったらしい。慣れていないのか、これを読んだ広島の人は違和感を訴えてる人がネット上に何人かいたが、それはそうとして、山形の人たちは訛りの代表として山形弁が使われてきたことをどう感じていたのだろう。外国人が小説の中で山形弁を話していることを。

 ということも含んで、翻訳が難しいのかどうなのか、日本では知名度のわりにナイポールは人気がない。僕は英語が苦手なので無理だけど、英語が得意な人は原作を読んでみるのがナイポールの面白さを知る一番良い方法かもしれない。
 ネット上で探していたら立命館大学の中にレジーヌ・ロバンさんという方が書いた「文学界のどうしようもない単一言語性?」というPDFがあり、これがナイポールなどにも触れながら植民地主義によるイギリス文学への影響とフランス文学のどうしようもない単一言語性について面白く書いていた。そこで日本は?と考えたら、海外で出会った日本による占領を経験した人たちの(僕たちよりはるかに)流暢な日本語を思い出して、日本人にはナイポールは面白くないのかなと、フランスと同じどうしようもない単一言語性の国だから、と思った。
 小説の内容にはまったく触れなかったけど巧みで面白い話だった。

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2004/08/03

チャトウィンのパタゴニア

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 ブルース・チャトウィン著、ダオメー(現:ベナン共和国)のブラジル人奴隷商人の生涯とその家族の歴史を描いたノンフィクション「ウィダの総督(めるくまーる)」→amazon.co.jpは素晴らしかった。200頁そこそこの本だが、短いセンテンスの中に豊富で豊潤な情報、たった4時間足らずの読書だったのに1000頁の本を読破したような読後感を味わった。

 「ウィダの総督」が僕にとってあまりに素晴らしい本だったので、読み終えると同じくチャトウィンの作品で長編処女作「パタゴニア(めるくまーる)」→amazon.co.jpを(その時は重版未定だったこともありユーズドで)購入していた。しばらく手をつけずに放置していたけど最近読み終わった。(2004年8月現在は再重版が手に入るので、もし「パタゴニア」を探していたなら今のうち。)

 祖母の家で見たブロントザウルス-実はミロドン(巨大ナマケモノ)の皮、チャトウィンの幼少の記憶。それに誘惑されるかのようにサンデータイムズを突然辞め、南米大陸南緯40°以南、チリとアルゼンチンにまたがる土地「パタゴニア」に向かう。そして半年間の放浪を経て「パタゴニア」を出版。数々の賞を受賞し瞬く間に紀行文学の傑作という地位を築いた。

 パタゴニアの大地でチャトウィンは(訳者あとがきをそのまま引用すると)「ヨーロッパからの移民たち、パタゴニア王国建設を夢見た男、アメリカを逃れたギャング団(かの有名なブッチ・キャシディとサンダンス・キッド、その恋人のエタ・プレイスの三人組だ)、ロシア人亡命者、空想家、天才学者、アナーキスト、今はもうほとんどが死に絶えた先住民のインディオ、そしてこの旅の水先案内人とでも言うべき最重要人物、チャトウィンの祖母のいとこであるチャーリー・ミルワード船長・・・・・・。」を追う。

 取材とテキストとユーモアが、鳥瞰的に境界無く細かいパズルのようにミックスされる。未開の地に絶えた人々の個の歴史を紐解きそしてパタゴニアの大地へ帰る。チャトウィン流-霊との触接である。
 とりあえず子供の頃にサム・ペキンパーの映画や「明日に向かって撃て!」などに夢中になった僕は、ブッチ・キャシディのエピソードなどで興奮し、しかし本当に面白いのは、本のきっかけとなったチャトウィンと血のつながるチャーリー・ミルワード船長を追うところからだった。ここから明らかに私的になる。そういう興奮が伝わってくる。

 補足的に終わるけど、アボリジニのソングラインを取材するチャトウィンの(これまた)傑作「ソングライン(めるくまーる)」→amazon.co.jpはいささか私的思いから脱せず、ソングラインをスターソングのように解釈するといった文明人的な過ちを犯す。移動する動物としての哲学とその信仰の不完全さを証明するほどにチャトウィンは「歩く神様」を崇拝していた。ちなみに僕も「歩く神様」を崇拝してる(ただ歩くのが好きなだけ)。

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2004/07/20

ナショナル・ジオグラフィックのバリ島

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 僕の家族が、地元の英語講師でサーファーでバリ島好きのオージーと、バリ島について話していた時のこと。たまたま我が家に「「神秘の島 バリ」→amazon.co.jpというナショナル・ジオグラフィックのDVDがあることを話をしたら、そのオージーにえらく受けてしまったらしい。
 なぜかというとナショナル・ジオグラフィック誌から連想される読者層がヤッピーな人たちだかららしい。そしてこのオージーはヒッピーあがりの中年で、彼はリチャード・バックの薄い小説で十分と思っていたのか、黄色い背表紙がずらっと並大きなぶ本棚を趣味の悪い壁紙のように想像したにちがいない。バリ島のクタはヒッピーやサーファーの町だったわけだし。

 ちなみに僕はといえば、ナショナル・ジオグラフィック誌の日本語版を創刊号から5年ほど購読した。本棚の一部が黄色い背表紙で埋まったので少しはその雰囲気は分かる。引越しとともにダンボールに詰めて(重かったので)解約した。内容は日本のグラフ誌より、文章は楽しいし写真は綺麗だし、オックスフォードやエルサレムなどの楽しいおまけの地図などは今でも時々見たりする。
 という訳で、ナショナル・ジオグラフィック・テレビジョンをDVD化したこの「神秘の島 バリ」は少し情報が古いがよく取材されていてバリ島をきちんと紹介している。ありそうでなかなか無い映像。個人的にはお薦め。真面目なDVDです。それにしてもまた在庫切れ。

【追記】
 先週いきなり始まった風邪、おかげで山積みになった仕事の片付けに追われているうちにすっかりブログのことを忘れていた。

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2004/07/12

カラカウア王のニッポン仰天旅行記

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 プーコさんの「プーコのハワイ生活」の「航海カヌー「ホクレア」、2006年に日本に航海予定!」という記事のなかに、カラカウア王が日本に来たときのことが書かれていたので、それ関係の本持ってたなあということで「カラカウア王のニッポン仰天旅行記(小学館文庫)」」→amazon.co.jpの紹介です。

 カラカウア王のつるの一声で始まった、寄港地に日本を含む、ハワイ王朝世界一周を記録したものですが、荒俣 宏氏が翻訳してるせいなのか、カラカウア王自体が魅力ある人物だったのか、それとも随員であった著者のアームストロングの欧米人特有の変なユーモア(ポストコロニアル調とも言えなくは無い)でつづったせいなのか、非常に面白い記録になっています。本の位置付けが映画「ラスト・エンペラー」的な感じと言えなくもありません。
 初めて手にして9年近く経ちますが、当時、その珍道中ぶりにワクワクして読んだことを思い出します。
 実際のこの旅はその面白さとは裏腹に、表の目的は移民要請となってはいますが、実際は欧米との不平等条約の改正を目論んだハワイ、日本双方の思惑がからんだものとされています。その後カラカウア王の死去、リリウオカラニ女王の幽閉と続き、欧米人社会の圧力によってハワイ王朝は衰退し、ドール大統領によるハワイ共和国の成立によりハワイ王朝は終焉をむかえます。面白いながらもそれを考えるとカラカウア王の言動、行動ひとつひとつが非常に悲しい響きに変わります。
 この本にはちょっと残念な点があります。原作は世界一周全てを記録しているにも係わらず、タイトルのとおり日本に寄港した際の記録を翻訳したにとどまっていることです。大変な量になるとは思いますが、全てを読めればさらに新しい事実に出会えるかもしれません。
 ハワイと日本の関係を知る上でもお薦めです。(今、品切れ?)

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2004/06/24

モフタル・ルビス

hateshinaki.jpg
 (今週はなんとなく横道にそれてますが)
 インドネシア文学の事ということで最初は何にしようか、プラムディヤ・アナンタ・トゥールとモフタル・ルビスどちらにしようか迷ったが、特別な意味も無く今回はモフタル・ルビスの「果てしなき道 アジアの現代文学3(めこん)」→amazon.co.jpに。インドネシア文学なんて普通の人にはあまりなじみが無いはずだしあまり翻訳もされていない。しかしバリ島を含めインドネシアに行く人も多いし、日本との歴史的なかかわりも深いと思うのでチャンスがあれば目を通してみる価値があると思う。

 第二次世界大戦の終結により、悲惨な日本による軍政から開放されたインドネシアは、スカルノらによってインドネシア独立宣言をする。再度、植民地化をねらうオランダとの戦闘が各地で発生し、やがて国際社会の非難によりオランダが撤退するまでのインドネシア独立革命の時代。「果てしなき道」は、その時代を舞台に一人の教師の心の中をたどる。彼の目を通じて、大きな力によって翻弄されるテロリストたちを見ることが、独立をもぎとった経験の無い僕のような日本人にどのように響くか。少なくともこの本を読んでからは、現在の国際的感心の中心にすむ中東の人たちの思いの、ほんの一部ではあるが理解できるような気がしてくる。
 ジャーナリストでもあるモフタル・ルビスは「戦う文化人」とよばれているように、その文章一つ一つが痛い。その鋭い社会批判によって彼はスカルノ政権によって逮捕される経験もしている。小説はインドネシア人の苦悩をインドネシア人そのものに対する批判でオブラートのように包んだ。押川典昭氏の訳もインドネシアらしい独特の語調の強さをそのまま日本語化しているよう(それともこの人の癖?)、英米文学の訳になれた人たちにとっては新鮮かもしれない。

 時々このあたりを舞台にした本や映画に出会うと、事実関係よりも敗戦国日本らしい主観が読後の不快感につながる時がある。そんな時はモフタル・ルビスの本を読んで少し補正する必要があるかもしれない。僕自身は戦争とか政治の話は苦手だけどこれは文学の話。

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2004/06/16

沖縄には行った事無いのですが

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 半年以内にバリ島へ行くことは決定してるけど、その前に沖縄に行こうと思っていた。今回は事情もあって断念。タイトルにもあるとおり僕は沖縄へ行ったことが無い。それでも沖縄へ行く準備と称してちまちまと沖縄情報を収集中。

 このCoralway編集「沖縄島々旅日和 宮古・八重山編 とんぼの本(新潮社)」→amazon.co.jpは気楽さと深度のバランスが気に入ってる。ただし宮古・八重山周辺の主な島をほとんどカバーしているわけだけど、ガイドブックとして使えるかと言うとあまり使えないかもしれない。何故かというと各島に1つから2つのエッセイが載っているだけだから。それに少し旅情報を足している。何故そういう体裁かというと、この本は日本トランスオーシャン航空の機内誌「Coralway」に掲載されたエッセイから、優れたものを選りすぐって集めたものだからである。編集物なりの弱点はしかたがない。
 執筆陣は沖縄、島といった観点から見てなかなかの豪華さ。沖縄音楽プロデューサー?の黒川修司氏、沖縄在住(フランスに住むらしいけど)作家の池澤夏樹氏、「宙ノ名前」で著名な天体写真家の林完次氏、人気作家の椎名誠氏その他多数。写真も上記の林完次氏他、沖縄といったらの垂見健吾氏、イリオモテヤマネコといったらの横塚眞己人氏他多数。
 通して読めば沖縄エッセイを腹いっぱい食べるっていう感じで、晴れた日なんかに細切れに読めば、飛行機に乗って機内誌を読みながら目的地へ着いたら何しようなんてワクワクしている雰囲気を味わえる本だろうか(そのままだけど)。

 兄弟本として「沖縄島々 風便り 本島と周辺の島編 とんぼの本(新潮社)」→amazon.co.jpもある。こっちは未読。

【補足】

「池澤夏樹氏がフランスに移住」というのはくるり@南国読書さんの情報です。

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2004/06/15

写真難儀

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 先月、ふくちゃん♪の*BALIモノBLOG*「サワサワ(求龍堂)」→amazon.co.jpという本を紹介していたのを見て即購入。色々手をつけてる本があったのでやっと最近読み終わった。「サワサワ」はバリ島を舞台に前半を写真家の高橋ヨーコさんの写真、後半を音楽学者の中川真さん(NHKの「音のかなたへ」などで見たことある人もいるでしょう)の小説で構成されている。中川さんの小説のほうはバリの音を文章で表現するための実験的小説のようで内容も短いのでちょっとした散歩気分で読める。音にとらわれすぎて詰めの甘い感があるが、それが小説家ではなく音楽学者中川真さんらしく愛嬌があるといったところ。

 ふくちゃん♪も「写真がいいです」と言うとおり、僕も高橋ヨーコさんの写真が素晴らしいと思った。実は高橋ヨーコさん自身のことは何の情報も持っていなかったので情報収集をしようと軽くネットで見た限り、彼女は東南アジアとの接点が感じられない写真家(プライベートでは分かりませんが)で、考えてみれば「サワサワ」の写真はバリ島写真というより高橋ヨーコさん写真といった趣を感じる。なんのタイトルも説明もないしある意味ただ見ているだけなんだけど、中川真さんの小説より時間をかけてみることになった。

 僕自身のことを言うと写真を撮るのが結構好きで、あまり多くはないけど一回旅行に行くとフィルムを10本くらい撮る程度の好きという感じ。家に戻ってプリントするとなんでこんな出来なんだろうと思うことが多いけど、まあいいやということで次も何の進歩も無い。
 色んな人の写真を見て色々と考えてみるけど(写真を直感で見れてない証拠だね)、高橋ヨーコさんの写真を見て思うのは、失礼ながらも女性らしいということ。写真を女性男性と当てはめて考える時代じゃないけど、やはり女性は日常風景を撮るのが上手い。実はどんな光景も大体は日常なんだけど、写真に収めたときにそれが日常風景写真として力を持つのが女性に多いと思っている。実際はデジカメやデジカメ内臓携帯、TOYカメラなどの日常的適合カメラの普及で、女性問わず男性の撮る写真もそっちにシフトしてきている感じだけど。

 上の話に関連して、フレーミングについてふと思ったこと。写真撮りの基本的なことだけど、一眼レフでフレーミングをする際、ファインダーを覗きながらフレームの4隅を確認し被写体が全体の何パーセントくらいになったか確認してシャッターをきる訳だけど、仕上がりを見ると思ったより被写体が小さい。僕の場合理由は明らかで、被写体を見つめていると脳味噌が勝手に被写体をデジタルズームしてしまうために「ちゃんと大きく写ってるぞ」なんて勘違いしてしまうため。よく言われるように慌てず一歩踏み込んで撮影することになる。でも最近はこれもいいかと言い訳がましく、僕はその効果を見込んだ風景を撮ることにある程度まかせることにすることも覚えてしまった。退けば退くほど日常の光景がただの風景に変化していく。どこで止めるかここ数年分わかってきて自分なりによしとした写真になってる。ただしプリントは大きく。
 それに対して踏み込めといったら予想以上に前に踏み込むと女性的写真になるのではないかなと思う。なんと言っても僕の周りではマクロとか好きなのは圧倒的に女性だし。旅行とか行っても「あの蓮の花素敵」なんてすぐ小さなものに反応するし。かないません。

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2004/06/07

バリ本ではなく池澤本

 以前、同じ池澤夏樹のハワイを舞台にした小説「カイマナヒラの家」のことを紹介しましたが、自分なりに少しばかり公平に、ということで池澤夏樹がバリ島を舞台にした小説「花を運ぶ妹(文芸春秋)」→amazon.co.jpについて紹介します。池澤夏樹については一時夢中になって、普段はめったに同じ小説家を続けて読まないのになぜか立て続けに20冊くらい読んだことがありました。その中でも印象に残っている1冊だと思います。文庫にもなっています(「花を運ぶ妹(文春文庫)」→amazon.co.jp)。

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 画家である兄・哲郎はバリ島で麻薬のおとり捜査に引っ掛かり逮捕されます。ご存知のとおりインドネシアの麻薬に対してはかなり厳しく彼も場合によっては極刑という状態に置かれます。そして紛らわしくもパリから妹・カヲルがかけつけ救済劇を展開します。「花を運ぶ妹」のストーリーを要約すればこんな感じでしょうか。
 池澤夏樹には「夏の朝の成層圏」や「マシアス・ギリの失脚」というミクロネシアを舞台にした傑作小説があります。実はそのために読む前から池澤バリは大丈夫?と心配していました。自分の体験からも実感としてミクロネシアとバリ島は、南の島という以外なんの共通点もないまるで別の世界だったからです。
 しかし結局この小説も池澤小説を代表する傑作だったわけです。相変わらずの池澤らしい濁りの無い文章、そしてなによりも映画にたとえると非常に洗練された編集により仕上げられた作品、そんな感じの小説でした。
 哲郎の章とカヲルの章を交互に展開し、しかも二人は10年近く会っていなかったという物理的に離れた状況を作り、さらに池澤味というか、哲郎の章では哲郎が哲郎自身を「おまえ」と二人称で語りかける徹底振りです。しかもカヲルは最後の方までバリ島が嫌い、といかバリ島に馴染めないわけです。このため小説を読んでいる間中感じる、バリ島にいつになっても着地できない飛行機のような奇妙な浮遊感を生んでいます。バリ賛歌の多いバリものの中では少し異質な感じです。
 おかげでバリ島らしい描写は少なく、実は池澤夏樹自身はバリ島については・・と勘ぐってしまうほど奇妙なバリ島素人感で溢れている感じです。しかし期待するバリ物とは異なるのに、ねっとり感あふれるその他バリ物とは一線を画した面白さがあるところが池澤夏樹の力量かなと思います。だから、これはバリ本ではなく池澤本です。

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 参考ですが、「花を運ぶ妹(文芸春秋)」の元ネタには「未来圏からの風(Parco出版)」→amazon.co.jpという本があります。龍村 仁によるテレビ・ドキュメンタリー「未来からの贈り物」に同行したときの様子を欠いたものですが、ヒマラヤ、アラスカ、ニューイングランド、バリと旅をします。
 その中でダライラマ、星野道夫、フリーマン・ダイソンらに会います。「マシアス・ギリの失脚」や「楽しい終末」という未来に向けて比較的テーマの重い本を書いた後、彼はある壁にぶつかってしまったようです。これからの自分を探るべくこのテレビ・ドキュメンタリー・ツアーに参加したようですが、それは非常に意味のある旅だったようです。
 「未来圏からの風」をさかいに彼の書くものは「カイマナヒラの家」や「花を運ぶ妹」のように救いのあるものに大きく変化しているようです。どう辛い未来にうまく付き合っていけるかそこへのヒントがあるように思われます。この中に「花を運ぶ妹」を書く下敷きとなった取材の時のことが収録されています。バリ島が好きな人たちにとってはあたりまえのことが書かれているに過ぎませんが、本を通して読むことで印象は大きく変わります。お薦めです。

【追記】

 実は池澤夏樹氏の本を紹介するときに、その強い政治的な発言のせいで少し躊躇してしまうことがあります。そのあたりどう表現していいのか分からなかったのですが、南国読書さんの記事「池澤夏樹氏トークショー&サイン会」に実に良い表現があったので、申し訳ありません勝手にトラックバックさせていただきました。

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2004/06/01

ホクレア号が行く

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 またホクレア号を取り上げてしまった。ナイノア・トンプソン自身の初の著作という「ホクレア号が行く―地球の希望のメッセージ(ブロンズ新社)」→amazon.co.jpが出ていたので早速読んでみた。ナイノア・トンプソンが読者に語りかけるような文章なので、山内 美郷によるインタビューをリライトしたものだと思われる。モンティ・コスタによる美しい写真も豊富で1時間もあれば読み終わる。

 tarzan特別編集「ホクレア号について語ろう」という記事でホクレア特集の紹介を書いたように、以前に比べてホクレア号はマイナーかつマニアックな話題では無くなってきている。むしろハワイを話すうえでは最重要項目のひとつ。だから僕の緩慢なBLOGでわざわざ取り上げなくてもいいかも、と最近思ったり。もっと距離の近い人たちが沢山ウェブ上で紹介しているし。

 サブタイトルにもあるとおり、ナイノア・トンプソンが語るのは「地球の希望のメッセージ」。南の島が好きになるとこの感覚が良く分かる。たとえばハワイ・ロア号の材料となる木を調達するエピソードでアラスカのインディアンと接続することが、彼のメッセージを説得力のあるものにする。ハワイ文化を語ることで地球全体を考えさせる。この中で語られる話は、既にさまざまな雑誌で紹介されているものだけど時系列に並べるとさらに良い。読んで間違いはないと思う。

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2004/05/18

香港グラフィティ

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 前回、ガイドブックについて少し書いたせいか、自分が初めて買ったガイドブックを思い出した。ガイドブックの名前は86年に出版された「香港グラフィティ(みずうみ書房)」→amazon.co.jpという本で僕はこれ一冊を持って初めての海外旅行先である香港に行った。この本たぶんもう売ってないけど、豊富な写真と特長のあるイラストで不思議な味わいのあるガイドブックだった(他にグラフィティシリーズとして台湾、韓国、南の島などがあった)。

 ページをめくってみるととても懐かしくなった。僕はこの本に書いてあるそのままに、啓徳空港のチェックインで女性検査官の電気棒によって股間をくまなくチェックされ、地下鉄のステンレスシートに座って停車の度にシートの端から端までお尻で滑り、ジャッキー・チェンがポリス・ストーリーで滑り降りた永安百貨を見に行って、沢木耕太郎の深夜特急のように九龍と香港島を結ぶスターフェリーにアイスクリームを食べながら乗船し、肉入り月餅を食べながらセントラルを歩き、竹の足場で造るモダン建築に感嘆しながら、中央市場のその強烈な臭いと床全体がまな板と化したスプラッターぶりに香港人の食に対する貪欲さを目の当たりにして、日曜名物のフィリピン人メイドの大お食事会をかき分けながら、印鑑屋の屋台が並ぶ文華里で特大印鑑を作ってもらった。考えてみれば普通の香港4泊5日だけど。
 香港のことをろくに知らずにこの本一冊だったから、これが全てっていう感じだった。それが最初。

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2004/05/17

旅行ガイドブック

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 昨年、息子が生まれたために中断していた海外旅行(実はマイレージを使うためにサイパンに行ったけど)、しかも約2年ぶりという久々のバリ島旅行を9月に控え、準備とばかりにバリ島関係のガイドブックや紀行書、雑誌、インドネシア語講座などを引っ張り出す。

 バリ島はご無沙汰だったのでほとんどの本はダンボールの底や本棚の奥(本棚に入りきらないので一段を前後2重に活用。あまり読まないものは後ろに入れている)なので面倒くさいと思いながら探す。まあバリ島関係といっても色々あるものだと思う。
 あらためて見てみるとガイドブックが結構面白くて、やっと翻訳版のでた「ロンリープラネット バリ島」→amazon.co.jp、ちっともわがままじゃない「わがまま歩き バリ、ジャワ、ロンボク」、まるでホテルジャンキーな「地球の歩き方リゾート バリ島」、なかなか地味な「JTB ワールドガイド バリ島」、その他お馴染み「まっぷる バリ島」、「るるぶ バリ島」等々。
 バリ島も何回か行ってるとガイドブックなどあまり見なくなってしまうものだが、久しぶりとあってペラペラとページをめくっていると感慨深い。ガイドブックに頼った旅行なんて醍醐味を半減させるだけだなんていう人もいるけど、僕はどうやらガイドブックに頼る派なのか、色んなところを○で囲んだりアンダーラインを引いたりしている。これを見ると初めてバリ島に行く時はここに行きたかったんだとか、当時はこんなところに興味があったんだとか、なんだか手探りのバリ島という感じが思い出されて新鮮な気持ちになる。最初の頃の気合を入れた頃が懐かしい。今では海外旅行は近場の温泉に行くより気楽な感じになっている。でも今度は初めて子供を海外に連れていくということで出発前から脳味噌を使わなければならず、それが嬉しい。

 さて手元にせっかくロンリープラネットの翻訳本があるので、ファミレスのメニューのように写真満載の日本のガイドブックと比べてみようと本をひろげる。よく雑誌の紀行文なんかで「日本のガイドブックはだめ、僕は旅行にはいつもロンリープラネットを持って行く」みたいなことが書いてあるので。
 たしかにロンリープラネットは興味深い、スマラプラ周辺に「日本人洞窟(ゴア・ジュパン)」という場所があるが、これが紹介されている。短い紹介文の最後にこう書いてある「立ち寄る価値はほとんどない」と。ちなみに僕のもってる日本のガイドブックにはこの「日本人洞窟」が紹介されているものはない。どんなにつまらないところでも僕たち日本人にとっては、オーストラリア人よりは名前からしても立ち寄る価値があるかもしれない場所なのに。いきなり考えてしまった。

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2004/04/22

セバスチャン・サルガド

 最近の世界情勢のおかげか、ニュースなどで現地で活動するフォト・ジャーナリストなどを取り上げることも多くなってきた。そんな時に僕が思い出すのはセバスチャン・サルガドである。といっても知名度も高いし、写真展も終わってしまってタイムリーじゃないし、今ではなんとなく戦場とは縁の遠い感じだけど。
 少しは写真を嗜んでいるつもりだったので1994年に「WORKERS」、2002年に「EXODUS 国境を越えて」といった写真展を観に行ったがなかなか度肝を抜かれた。なんというか躍動感とは正反対の感じで悲惨な写真もかなりフラットな印象なのだが、それゆえの緊張感というかずっしり重いものを感じた。「WORKERS」の頃なんかサルガドの写真を真似る(といか憧れと言うか影響を受けたと言うか)人たちも多かったと思う。
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 マグナム脱退後は、フランスを拠点にAMAZONAS imagesを立ち上げ、またユニセフの特別代表となってフォト・ジャーナリスト単体としての活動よりも、さまざまなプロジェクトへの関わりが多くなっている。僕がここで活動内容に触れていないのは、難民や貧困などをテーマにした活動が写真本来とは違った議論をサルガドの周りで展開してしまっているのを度々聞いているから(「WORKERS」の頃と「EXODUS 国境を越えて」の頃では随分と写真展の客層も変わっていた)。重要な活動を行っているのだが、個人的には作品そのものをじっくりと見てみるほうがインパクトが強いと思う。もちろん現在の展覧方法も悪くないと思うけど。

写真集、けっこう値がはるのでとりあえず以下に一部紹介。

「Workers: An Archaeology of the Industrial Age」→amazon.co.jp
「Migrations: Humanity in Transition」→amazon.co.jp

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2004/04/19

アテネに向けて、村上春樹は椎名誠か

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 8月から始まるアテネ・オリンピックに向けて以前行ったギリシャ旅行を思い出すべく、家にあるギリシャ関係の本を読み始める。そしてついに昨日から柄にも無く村上春樹の「遠い太鼓」に突入した。
 僕は村上春樹不適合者で、十代の時に熱狂的な春樹ファンの友達から「1973年のピンボール」をたぶん強制的に読まされたのを手始めに、その年は自分の思いとは裏腹に村上春樹年間となってしまった。なってしまったというからには馴染めなかったわけである。面白くなかったわけではないけどどうも僕の貧乏臭い生活感とはちとずれていたんだと思う。そして何故かその友達はその頃熱狂的なブライアン・イーノのファンだった。「Music for Airports」や「Ambient 2」を聞かされ、僕は村上春樹と聞くとフィッツジェラルドとかサリンジャーとか思い出すわけでもなく、ビートルズやチャーリー・パーカーが聞こえるわけでもなくブライアン・イーノの電子音がシュー、ピーピーと聞こえてしまう悪い相乗効果で悩んでいた。
 ということで「遠い太鼓」に戻ると、これは読んでなかった。小説ではなくて紀行文である。出だしのほうの「いくつかのポジティヴな理由があり、いくつかのネガティヴな理由があった。いくつかのプラクティカルな理由があり、いくつかのメタフォリカルな理由があった。・・・」のようなところは気持ちが入らないところだが、何だか読みやすいではないか。だがなんで読みやすいのか途中で気がついた。村上春樹を僕は(僕の親父の大好きな)椎名誠に変換して読んでいたのだ。失礼ながら椎名誠の「あやしい探検隊」の気分で読んでいたのだ。どっちがどっちかよく分からない。写真の村上春樹も椎名誠に似ているではないか。だがこのフィルターのおかげでだいぶ読みやすい。ちょっと気取った椎名誠。そして「あやしい探検隊」シリーズ中、最高傑作の雰囲気だ。これで村上春樹アレルギーも解消できるかもしれない。アテネの焼き栗売りを思い出してきた。

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2004/04/16

ポリネシアを掘る-補足リンク

 「ポリネシアを掘る」で紹介した篠遠博士は「やしの実大学」→外の学長ということです。このサイトはポリネシアに限らず太平洋全地域の面白い情報が得られるのでよく活用してます。
 その中のポリネシア講座の中で「「楽園考古学」の一部を読むことができます。また「ハワイの神話と伝説」→外にもリンクが貼られているのでそちらに興味がある人はどうぞ。

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ポリネシアを掘る

 ハワイなどポリネシアの文化を知る上で必読というかお勧めという本がある。それは「楽園考古学―ポリネシアを掘る(平凡社ライブラリー)」→amazon.co.jpという本で、ハワイのビショップ博物館の特別研究員で太平洋考古学の第一人者、篠遠博士(前にも書いたとおり僕は彼の大ファン)と作家荒俣宏(トリビアの泉のほぼレギュラーなのにほとんど喋らないですね)による対談形式になっている。
 考古学とはいっても自分は門外漢だからといって敬遠する必要はない、内容はかなり充実しているが対談形式だし篠遠博士の半生を追っているような内容なので読む敷居はかなり低い。聞き手の荒俣宏になった気分(結構抵抗あるかな)で読めばいい。
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 篠遠博士は日本では知る人ぞ知る存在であるが、タヒチではタオテ・シノト(タオテはタヒチ語でドクター)という名前で親しまれている有名人。1924年生まれだからもう80歳。カリフォルニア大学バークレー校に留学するためにアメリカ本土に向かう途中、ハワイで途中下車し、そのままエモリー博士についてポリネシア研究にはまってしまった面白い経歴の人だ。
 土器のまったく出てこないハワイで、釣り針に着目することでポリネシアの考古学を発展させ、マラエやヘイアウなどの数々の遺跡を発掘し、ファヒネ島においてはついにあのホクレア号を越える25mに及ぶ大きさのカヌーを発掘した(ポリネシアン・ポンペイと呼ばれている)。このことが現在のハワイやタヒチのアイデンティティの盛り上がりに大きく影響している。それと同時に本書は最近のハワイ人による過剰な運動にも警鐘をならしているところも感慨深い。

 とにかくこれを読んでポリネシア文化の奥深さにふれてみることをお勧めする。続き物として「南海文明グランドクルーズ―南太平洋は古代史の謎を秘める(平凡社)」→amazon.co.jpも発売されている。

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2004/04/14

「カイマナヒラの家」を読みたくなりました

 最近暖かくなってきたせいか、やっと頭が南国モードになってきました。(そういえば冬の間は南国ネタは厳しかった、読み直すと文章もそれを反映してますね)
 頭もかろやかになってきたところで”ハワイ”でブログを検索していると小仙さんのHawaiian Sketchesという記事に目がはいり(2週間も前の記事にトラックバックしてすみません)、サーフィンをやってる友達にも薦めていたので、それでは最初のハワイ本は池澤夏樹の「カイマナヒラの家」ということにしました。

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 「カイマナヒラの家―Hawaiian Sketches(ホーム社)」→amazon.co.jpはカイマナヒラ(この呼び方を使うところが池澤夏樹らしいというか、1940年代生まれというか)に建つチャールズ・W・ディッキー設計の1936年に建てられた家を舞台にしています。チャールズ・W・ディッキーについてはあまり詳しく分かりませんがハレクラニ・ホテル、ナニロア・ホテル(ヒロ)やシティ・ホールなど幾つかのハワイの建築に携わりました。おかげでこの小説は現代を舞台にしながら、ハワイのある時代のイメージを引っ張ってくることに成功しているように思えます。
 実際の家はバブル時代に購入した日本企業が管理に手を焼いているという話を何年か前に聞きましたが(今はどうなったのでしょう)、小説の中でも管理人とその家に集まってくる人たちのエピソードを連作短編形式で語っていて、連作短編形式というその軽やかさが池澤夏樹の流れるような文章と相まって清々しいハワイの雰囲気をうまく表現しています。これは池澤夏樹自身も語っていたようにバリ島を舞台にした「花を運ぶ妹」では使えなかった手法かもしれません。
 そしてサーフィンですね、池澤夏樹もサーフィンを中心に置いています。ここで語られるサーフィンはサーフィンをしたことのない僕にとっても非常に魅力的なもので、禅的というか地球と一体化するようなその雰囲気は、僕が今まで出会った無口なサーファー達が語ってくれなかったものです。

 池澤夏樹の南国モノというとそれまではミクロネシアであり、その少し寒々とした南国のイメージが彼にあっていると思っていて、ポリネシアを取り上げたのは少し不思議な感じがしました。ですからそんなムードのままに読んだ「ハワイイ紀行」以上に後から読んだこちらのほうがハワイの深みを感じることができました(実際のところ彼はタヒチにもいたことがあるわけですからポリネシアを語れても不思議ではないのですが)。
 ほとんど会話が中心の小説なので池澤夏樹のスムーズな文章に誘われてすぐ読み終わってしまいますが余韻はかなり長いです。芝田 満之氏の写真も何回も見直してしまいます。一度読んでしまうとパラパラとめくっただけでハワイに行きたくなります。

 ということで本棚を見てみると池澤夏樹の本が27冊あって、僕はもしかすると彼のファンなのかと少し悩みます。最近はイラクやアイヌと少し南国がお休みのようですが、そのうち南太平洋の方にも足を伸ばして下さい。

(たしかに旅のおともには文庫版の「カイマナヒラの家(集英社文庫)」→amazon.co.jpがいいかもしれないですね)

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2004/04/09

tarzan特別編集「ホクレア号について語ろう」

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 僕の知らない間に雑誌Tarzanの特別編集として「ホクレア号について語ろう」→マガジンハウスが発売されてました。ハワイ、タヒチ間を航海したアウトリガーカヌー「ホクレア号」の大特集になってます。
 キャッチフレーズは「あなたの知らない、もうひとつのハワイ」。以下のように内容を紹介しています。

ホノルル空港のイミグレーション。 あの広い部屋に入ると、 左手に不思議なカタチをした船の 写真が飾られています。 「あの船は、いったい何だろう?」 そんな疑問をもった『ターザン』は、 やがて言葉にならないほどに壮大で、 ロマンチックな物語に出会ってしまいました。 リゾートの向こうに見える 本当のハワイをお届けします。

 僕のこのブログは「ハワイアン航空ホクレア号」という記事で始まりました。その後「サイパン島とカヌー」と続きましたが、僕なりの憧れのハワイやミクロネシアの文化を1年くらいかけて記事にしていこうと思って始めたのがきっかけでした。
 この雑誌にはダイレクトにホクレア号やそれにまつわるハワイの魅力を満載しています。大変お買い得なので是非手にとってほしい。新しいハワイの魅力に知ることになるでしょう。
 僕が書こうとしていた内容のかなりのことがこの雑誌には書かれていますが、僕は僕なりに少し離れた視点で記事を書いていこうと思います。

 そういえば、尊敬するビショップ博物館の篠遠博士がでかい写真で載っていたのがとても嬉しかった。

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2004/03/25

英国人作家のデリー紀行

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 先日、ウィリアム・ダルリンプル著「精霊の街デリー―北インド十二か月(凱風社)」→amazon.co.jpという本を読み終わった。この本は1993年に英国で出版され日本では1996年に翻訳出版された。11年前の本だからまったくタイムリーではない。

 大英帝国時代、英国人作家は植民地政策推進の産物として魅力無い国内から国外にテーマを求め多くのトラベローグを残した。ミステリーのような娯楽作品ですら、たとえばクリスティーの「ナイルに死す」のように植民地を舞台にしたものが流行った。同じ島国でかつ植民地政策に走った日本ではあるがそのような文学は極端に少ない。今では日本人も海外に多く出かけるようになったが英国の域には達していないようだし、そのような文学を求める声も少ない。対して現代英国では一時面白い作家を失った時期もあったようだが70年代後半から90年代を通して盛り返し面白い紀行文学を書く作家が増えていた。(この傾向は米国にも多少飛び火していた)
 残念なことにそれらの作家の作品を読もうと思うと日本語に翻訳されたものはかなり限定され(小さな出版社の努力によるものが多い)僕のように田舎に住んでいると探すのも一苦労だ。ネット上でそんな本が出版されていたのかと気が付いて、既に絶版もしくは限りなく絶版に近い品切れになっていることが多くがっかりする。
 ここで取り上げるダルリンプルも故チャトウィンやオハンロンなどには及ばないものの?英国では人気のある紀行作家である。僕にとっては翻訳されているだけでも嬉しいかぎり。当然ベストセラー作品だが、読んでみると何故これがベストセラーなのか疑問に思う人もいるだろう。しかし読んで得る情報は日本の平たい文章による新書などを読むよりはるかに刺激的に脳に入る。ある英国人が「英国人は知識的な刺激のある本が好き」とは言いさらに「日本人の読書は読書といえるのかと」と言ったのは言い過ぎかもしれないが。

 この本はデリーでの1年間に及ぶ生活体験(とはいっても取材に4年を要しているらしいが)を9月から8月までの時系列に並べ書かれている。
 ここでは本の内容について詳しく書くつもりはないが文章は英国人特有のユーモアのオンパレードである。かといってオハンロンほどやりすぎではない。むしろ真面目にユーモアを効かせてしまうところが(支配されていた側のインドには不本意だろうが)大英帝国時代の作品のようだ。読み進めば進むほど過去へ遡るような感じで彼は考古学趣味ジャーナリストそのものである。ところでユーモアとい点に関して僕は米英の紀行文学で注文したい点がある。現地人の英会話の可笑しさをユーモアとして盛り込むことだ。時々は良いとしてもあまりやると相手を見下しているようだ、たとえ相手の英語が変でも文章化する際はまともな言葉にしてほしい。
 実はこの本を読むまでインドのこと(特にデリーのこと)をあまり理解していなかったらしい。インドに関する沢山の情報は耳に入っていたはずだが役に立っていなかったようだ。作者はニューデリーのシーク教徒のアパートに住みそこを拠点に取材を行っている。この本ではニューデリーとオールドデリーの違いについて、パキスタン分裂とその後について、インディラ・ガンディー暗殺後のシーク教徒虐殺について(これは本当に痛ましい事件)、ムガール文化の没落について、スーフィズム(イスラム神秘主義)について、なんとヒジュラ(日本では両性具有とか変な認識があるけど)について、マハーバーラタについて、そして植民地時代の英国人の阿呆ぶりについて面白く上手にまとめ上げている。ヒンドゥー教徒、シーク教徒、イスラム教徒が同じ場所で生活しその微妙な関係から、現在中東から伝わってくる情報では分からなかったイスラム教の一面も浮き彫りになっている。中東ではコーランに厳格なイスラム原理主義の台頭によって活動が難しくなっているスーフィズムもデリーでは生きている。神秘的なものが純粋主義に駆逐されるところはキリスト教も同じかもしれない。デリーから見て西また西で世界の注目を浴びている事象を考えてみるのもいいだろう。

 余談だが前回のサイパン旅行の最終日、僕たちは雨の中博物館へ向かった。その時のタクシーの運転手はデリー出身のインド人だった。出稼ぎといえばフィリピン人を思い出すがインド人もなかなか多い。この本を読んだ後だったらもう少し彼の故郷について、また何故サイパンで仕事をしてるのかなど少し踏み込んだ会話が出来たのにと思う。彼はデリーの中でもニューデリー出身だったしそういえば髭は生やしてなかった。この本では作者のお抱え運転手はパンジャブのタクシー運転手だ。シーク教徒の彼は髭を生やしていたが。

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2004/03/12

「熱帯の旅人」からガムランを思う

 前回記事をアップした直後、ウィルス性嘔吐下痢症とやらになってしまいダウン。記事をアップするするのがおくれてしまっただけでなく体力の衰えとともに気力もダウン。ということで2回につもりがとりあえず1回ですみません。内容も未完結まとまりのつかないメモ状態でとりあえずアップします。
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 コリン・マックフィー著「熱帯の旅人(PARCO出版)」→amazon.co.jpからの抜粋と自分のガムランに対する思い込みと照らし合わせてみる。

 最初に登場するニョマン・カレールは幾つかのガムランの楽団長をつとめていて知識人としてマックフィーのガムラン研究に大きく影響を与えている。

バンジャールにはガムランのセットが三組あり、彼はその全ての楽団の長を務めているとのことだった。一つはレゴンの楽団、もう一つはガンドロンの楽団・・・・・・。  「ガンドロンっていうのはなんですか?」と私はきいた。  「レゴン舞踊に似ているのですが、少年の踊り手が女装して踊るのです。家々の戸口から戸口へ門付けしてまわったり、道で踊って金をもらったりするのです。(以下省略)」【楽団長の来訪】より

 いきなり演奏ではなくて踊りの話。男が女装して踊るというバリ島のダンスのねじれた面が書かれている。ガンドロンを見る機会はなかなかないだろうが、色々と探していると恋愛話を男性の踊り手によって表現するとあっても女装するという文献が見当たらない。どっちが本当か分からないが、必ずといっていいほど観ることが可能なクビャール・トロンポンという演目は男装した女性の踊りを男性が踊り、踊りのみならずトロンポンという楽器を演奏するといったさらにひねくれもの。しかし日本でもそういった性格の芸能も多いので理解しやすいと思う。それにしてもクビャール・トロンポンを考えながら観てたらなにか少し頭が変になりそうだったことを思い出す。

 ニョマンとの会話を通して、年がら年じゅう、芸能三昧に明け暮れていた王宮の内情が少しずつつかめてきた。かつてバリの芸能は王族というパトロンによって支えられていた。彼らの多くは回教徒から逃れてバリ島に渡ってきたジャワの貴族たちで、妻や妾や兵士や職人、それに役者や楽士までも連れてきて、ジャワ王朝の豪奢な暮らしを素朴ながら楽しんだのだった。  しかしそうした宮廷生活も今や過去のものになりつつある。政府経営の質屋には、王家が手放した銅鑼、宝石をちりばめた短剣、冠に金の指輪などが、戸棚いっぱい詰まっており、ロッキングチェア-、鏡、傘立て、花かご、電話などの品々で飾り立てられているありさまだ。【楽団長の来訪】より

 これまた演奏ではなくて当時の王宮の内情の話。バリ島の芸能が王宮のものから一般のものに変化していくあたりを簡単に説明しているが、民主化にあたって様々な国で同じようなことは経験していると思う。王宮などで演奏されていたときは対象は一部の人間なので音楽的な前衛性は求められていなかっただろうが、一般に下りてくるとアグレッシブに発展する。モーツァルトのような作曲家がいればさらに加速する。音楽とは関係ないけど没落後はチョコルドやアナック・アグンなどのクサトリアの方々もホテルなどを経営して収入を得なければならないなんて英国の貴族のよう。
 この後、ガムランが一般化しゴング・クビャールが登場したばかりの当時でも既にスマル・プグリンガンに対する危機感が語られる。このころからゴング・クビャールとスマル・プグリンガンある種対立した存在として現在まで続く。ガムラン体験者の話などを読むと、ゴング・クビャールはいざ知らずスマル・プグリンガンを習得する(または教えていただく)にはちょっとしたハードルがあるように感じる。

 当時ブラバトゥの王宮には二組のガムランがあったと、ニョマンは二〇年前を思い起こした。宮殿の外庭には大ガムランが置かれ、これは儀式や来賓を迎える時だけ演奏された。中庭には小さな銅鑼と鍵盤楽器で構成されたもっと繊細な作りのガムランがあり、音も滑らかでやさしく、ロマンティックな曲を演奏するのに使われた。このガムランは「スマル・プグリンガン」すなわち愛の営みの神スマラの名前を持つもので、心に甘くささやきかけるようなやさしい音色で、毎晩、弾いては休み、休んではまた弾く、というふうに夜更けまで演奏し続けたという。【楽団長の来訪】より

 スマル・プグリンガンの説明。ゴング・クビャールの激しさに慣れている人も、このイメージでスマル・プグリンガンの演奏を聞けばゴング・クビャールに対するもの足りなさが優しさに聞こえるかもしれない。プリアタン村の有名なTirta Sariはスマル・プグリンガンの楽団だし。スマル・プグリンガンを復活させるなんてガムランが一般に下りてきてゴング・クビャールという流行音楽が生まれることとまるで相反するようなことだがこのあたりがバランスというもの。竹のガムランであるジェゴグも昔から延々と受け継がれてきたわけではなく長い間途切れていたものが最近になって復活した。スウェントラ氏という人物の努力のたわもの。だから伝統音楽というよりもっと洗練された演奏になっている。スマル・プグリンガンも単純に王宮芸能の復興というよりもっとアカデミックな掃除が行われ洗練されて再登場したのではないかと思う。

ところが最近になって、音楽は村の若者たちにとって、儀式や踊りのためというより、もっと別の関心事になりはじめていた。事の発端はバリ音楽のニューウェーブともいえるクビャールという派手な音楽が大流行したことにある。(中略)  しかし(ニョマンいわく)、クビャールのほうは爆音のようなもので、音が消えてしまえばあとにはなにも残らないという。【楽団長の来訪】より

 こんなニョマン・カレールの不安をよそに現在に至るまでクビャールは主流のまま、当時ニューウェーブと表現されたものはすっかり定着してしまった。バンジャールどうしの張り合いも凄いようでバリ人の気質が伺える。そういえばバリ人に限らずインドネシアの文学を読むとその攻撃性に少し怯んでしまう。ウブドのあるホテルでドアが故障してそれを修理している間、スタッフの一人が盛んにPura Desa Kutuh(クトゥ村寺院)は最高と絶賛し、友人がそこのメンバーであることを自慢していた。ガムランは一種の自慢大会なのかもしれない。

 マックフィーは影絵芝居を見に行く。おなじみのワヤン・クリ。

 私は夜通し聴き続けた繊細な音楽を思い起こした。その楽器は耳慣れない奇妙な響きを持っていて、名状しがたい激しさがあり、神秘的な影の動きを音に翻訳しているかのようだった。四人の弾き手が2人ずつ向い合って座り、鉄琴のような鍵盤に、目にも止まらぬ速さで上へ下へと槌を走らせる。それはいうならば四台のピアノを完璧に音を合わせて合奏しているような光景であった。【影絵芝居】より

 ここでロットリングの演奏を初めて耳にする。四台のピアノを完璧に音を合わせて合奏しているような光景というのが西洋音楽からみてかなり神がかった演奏であることを表現していると思う。そういえばこの感触が強ければ強いほど僕なんかは(演奏において)素晴らしいと感じてしまう。初めて観たガムランよりその次にみたガムランの演奏が際立っていたのもこれが大きいと思う。ガムランを演奏してみないかぎりこのように西洋の楽器を比喩してみなければならないところが歯痒い感じ。それが今後も続く。

「影絵のランプは太陽だよ」  ほの暗い建物にイダ・バグース・アノムの声が響く。 「幕は空だ。影絵芝居を司る神はイスワラ神」  息をついで、 「これをダランのからだに置き換えると、ランプの光は目のなかにあり、炎は肝臓、煙は声、ランプ油は脂肪で、芯は骨髄、人形の軸は腱にある」

 帰る道々、この小さな王国の人形たちは、まるでチェスのコマにそっくりだと思った。のちに知ったところでは芝居の登場人物も同様だった。すなわち話の筋は、左の力と右の力の引き合いという単純な内容で、登場人物はこの二つの力のいずれかに明快に区分けされて勝ったり負けたりする。悪魔の手口はとうの昔に割れているから、最後には必ずや悪しきはくじかれ、調和がもたらされる。結末にはらはらすることもなく、芝居を長くするのも短くするのも自在である。終わり善ければすべて善し。望遠鏡のように伸びたり縮んだり、急の雨ならすぐに幕となり、あわてふためくことはない。【影絵芝居】より

 影絵師イダ・バグース・アノムの表現が素晴らしく、このような感性はそのままガムランの演奏にも当てはまるのではないかと感じた。その後のマックフィーの影絵芝居に対する解釈は微妙かもしれない。このように勧善懲悪ではなく善が負ける時もあるというのが面白いという話もある。ただ影絵で演じられる話自体は既に決まったストーリーで、長い眼で見れば最終的には勧善懲悪で落ち着いているのか。どうもストーリー自体は勉強不足でなんとも言えない。このあたりを哲学的に論じている本もあるので目を通すべきなのか?
 左の力と右の力の引き合いというのはガムランの演奏にも感じることだし(押し合いではない感じ)そのあたりは核融合で爆発するような音楽ではなく力の調和という雰囲気。ダイナミックスの付け方も音の数を重ねるのではなく、弾き手ひとりひとりが個別にダイナミックスを調整しているようにいつも感じた。楽器の数で全体的な音量は変わるけど、4人で演奏しようが40人で演奏しようが持ち味があまり変わらないのがガムランだと思っているのは僕だけだろうか?でもケチャなんてある程度人数がいないと様にならないから僕の解釈は間違っているかも。

 以下はニョマン・カレールのバリ音楽の解釈。

 つまりバリの音楽はこう解釈することができる。幹となる音の高低があって(これは楽譜に書き記すことができると思う)、ここからメロディーが生まれ、種から植物が育つように発展する。音楽に輝くような魅力と動きを添える装飾の部分は「カンティラン」と呼ばれ、枝先に咲く花にたとえられる。ちなみにこれを踊りにうつしてみるならば、踊り子のからだは幹で、頭や腕はメロディーであり、指先は踊りに金箔をほどこす花である、とニョマンは説明する。 「つまり花の部分に指導者の創意工夫が生かされ、それによって楽団の質が決まるのです。幹は変わりませんけれども、演奏のスタイルはしょっちゅう変化しています。私が子供の頃王宮で聴いた音楽は、もっとゆっくりで音色がやわらかく、素朴な響きでした。その当時に比べると今の音楽はずいぶん難しくなっています……」【ガムランの調べ】から

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 ガムランを論理的に分解した説明というか、本来ガムランと踊りは表裏一体であって、踊りの無い演奏であっても表現することは踊りに例えられるということか。僕はこの本を初めて読んだ時「カンティラン」と呼ばれる部分に非常に興味をもったことを思い出した。何せ「花の部分に指導者の創意工夫が生かされ、それによって楽団の質が決まるのです」とあるのだから。実際にガムランを観賞しているときも花の部分は頭を離れなかった。指の動きであるのなら確かに目で追える。ただそれもどのように創意工夫されているのか、単純に踊り手の技術力の差だけではなく楽団の質が決まるほどの工夫が施されているというならばそれをはっきりとさせたいフラストレーションをいつも感じている。誰かすっきりと教えてほしい。
 「カンティラン」というとガムランの説明ではガンサの中で高音部を受け持つ楽器のことで、そいつが演奏しているフレーズを「カンティラン」と単純に考えていいのだろうか。とすると完全にガムランは音程によって役割が決められているということ。メロディーよりカンティランが楽団の性格に影響を与えるところは西洋音楽のアレンジ法とは異なるところで面白いかもしれない。しかも「カンティラン」は「ウガル」というメロディーを受け持つ楽器の倍のリズムを刻む。というように楽器によってリズムの刻みがそれぞれ異なり、それが組み合わされうねりを作るものだからまるでミニマルな音楽と錯覚してしまう人もいるだろう。だが僕自身はフレーズ反復のミニマルとはだいぶ感じが異なるのが実感。だって覚えれば一曲まるまる主旋律なら口ずさめてしまうものね。

 作曲するといっても、バリ人のやり方はいわゆる作曲とはかなり違っていた。つまり音楽は個人の感情を表出させるのではなく、儀式や芝居の伴奏という機能を持っており、作曲という行為は創作ではなく、すでにあったものを発展させることを意味した。新しいメロディーが生まれることはきわめて稀で、新しさの中身は内容ではなく形式だった。つまりこのメロディーは前に聴いたのと同じだなどという批判はまったく的外れなのだった。  しかしロットリングは別だった。彼は文字どおり未知の旋律と形式を生みだしていた。(以下省略)【天才作曲家ロットリング】から

 つまりこのように何か未知の物を生み出しているそんなガムランを聴きたいと思っている。(日本版であればロットリングの曲は幻のバリ・ガムラン ビノーのスマル・プグリンガン→amazon.co.jpで聴くことができる。たしかにいつも聴いているガムランとは違う、解説は日本でのガムラン第一人者である皆川厚一氏、彼の著作「ガムラン武者修行(PARCO出版)」→amazon.co.jpは「熱帯の旅人」と並ぶ素晴らしい本。)

(未整理)
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 尻切れトンボのようになってしまったけど体力的限界のためここで中断。でも少し漠然としていたガムランを少しまじめに考え始めたのはよかったかもしれない。そのうち本当にガムランのことが語れるようになったら自分自身の言葉で書いてみようと思う。

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2004/03/08

「熱帯の旅人」からガムランを思う(序)

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 先週の「世界ふしぎ発見!」がバリ島だったので(普通ウェブログなら次の日にはアップしてるよね)僕のモードがバリ島ということで前回に引き続きバリ島に。
 それにしてもタイトルが「神の島」とは!グラハム・ハンコックの「神々の指紋」などを取り上げてきた同番組が、多神教であるヒンドゥー教徒の多いバリ島で「神々」ではなく「神」という単数形を使ったことに考えてしまったり(グラハム・ハンコックとかぶるのを避けたのかなあ)、草野さんの「マリンリゾート」という言葉に感動したり、出題内容がバリ好きな人なら全問正解確実の中で全問正解一人も無しというのも、まだまだバリ島いけるなとお茶の間的な会話をしながら、久々のブラウン管(液晶にシフトしつつある現在)で見るバリ島を満喫、明日にでもバリ島に行きたい気分。アグン山に始まった同番組、アグン山には登った経験はないけども普通の登山道と違ってほぼ山頂に向かって直線の登山は3142メートルという標高以上に大変そう。

 そしてバリ島とは関係無いけれど日曜日「常夏ガール」を見るとなんとホクレア号の話が!いつも「海はいいねえ」なんて程度にリラックスして見ていた同番組だけど自分が取り上げていた内容なので今回は真剣に見てしまった。(「ハワイアン航空ホクレア号」→本サイト内「サイパン島とカヌー」→本サイト内参照)
 新聞もとらずテレビガイドも買わず、いつも行き当たりばったりでテレビを見ているので本当は色々見逃しているんだろうな。今回の2つの番組で気に入ったのは、一般的な認識としてどちらもビーチリゾートのイメージが強いところなのにビーチ以外の話題を取り上げていたところ。「常夏ガール」ではハレアカラの山頂で星を眺めるなんて羨ましい。

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 長々と本題とは違うことを書いてしまったが、前回の「ガムランの夕べ」→本サイト内でガムランについて漠然とした感想しか述べられなかったのは何故か、ガムランのことを色々忘れていたために表現の手段が限定されてしまったのではないかと思い、初心に返ってコリン・マックフィー著「熱帯の旅人(河出書房新社)」→amazon.co.jpを軽く読み返した。そして自分自身のためにも文章を引用しながらガムランを思い出してみようと考えた。少なくとも僕の言葉でガムランの説明をするより断然いい。引用を使うと長くなりそうなので2回程度に分けることになるかな。それにしても読み返してみて大竹昭子さんの訳はとても読みやすくバリ好きには是非読んでほしいと思う。

 薦めておきながら「熱帯の旅人」は品切れ状態、中古市場や図書館に行かないと見つからないかもしれない。ということでコリン・マックフィー(1901~1964)について簡単に説明する。彼はカナダのモントリオールで生まれ、ジュリアード音楽院で音楽を学び、あるときガムランのレコードを聴いて魅了され1931年にバリ島に向かった。(その音楽は「ガムランのルーツ」というレコードに入っているらしい、CD化もされている)。そしてサヤン村に家を建てガムランの採譜、そして複雑なその音楽の分析、そしてアナック・アグン・グデ・マンダラ(通称:グンカ)やニョマン・カレールたちとともにスマル・プグリンガンの復活に尽力する。本書の他、「Music in Bali」という大著を残した。「tabuh tabuhan」というガムランを取り入れたオーケストラ曲を作曲している。彼のテキストはバリ島の音楽学校でも使われていたらしい。

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 また、「熱帯の旅人」以外では大竹 昭子、東海 晴美他共著「踊る島バリ(PARCO出版)」→amazon.co.jpも1990年本として貴重な本なのだけどこちらは絶版。河出書房新社さん、PARCO出版さんまたそのうち出版してね。

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2004/02/20

写真家による本2冊

今回は写真家による本を2冊紹介する。実は2人とも写真展にも行ったことは無いし写真集も所有していない。でも本の内容に感動してしまったので。(たまたま連続で読んだ2人の作家が写真家だっただけ)

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「旅をする木 」 星野 道夫 (文春文庫)→amazon.co.jp

 多くの方が知っているように、星野道夫はアラスカを中心に動物や自然を撮りつづけた写真家でファンも多い。1996年にカムチャッカ半島でヒグマに襲われ40代半ばで亡くなった。この「旅をする木」は写真が一切なく、作家としての星野道夫を堪能できる。アラスカの自然をこれだけ豊かに表現できるのかと溜息がでた。非常に厳しい自然を相手にしているはずなのに、その優しさがとても暖かく南国好きも僕もアラスカの大地へ行ってみたいと思ってしまった。1つ1つは短いエッセイだが33編のエッセイはまるで繋がっているかのよう。
 この本が非常に素晴らしいところは、アラスカの大地の描写の素晴らしさのみならず、彼を取巻く人々の描写が非常に愛に満ちたものだからだろう。彼のアラスカ行きのきっかけとなったモーブリイの空中写真そして彼との偶然の出会い。遭難した友人のこと。つねに危険と隣り合わせのブッシュパイロットのその陽気さ。
 この本は友人の死や星野道夫自身の死も含め死というもを考えずにいられない。何人かのブッシュパイロットが立て続けに事故で無くなり、仲間が死んでいく様子をいくつかのエッセイをはさみ展開するが、次は自分であると星野道夫自体は考えていたのだろうか。いずれ自然の中で死んでいくことを覚悟していただろうに、妻をアラスカに呼んで、そして新しい命の誕生に希望を描いているところは思わず涙がでてしまった。僕自身も子供を持ったばかりなので自分たちや子供の未来も含めて気持ちが混乱してしまった。
 15年近く前、僕はヨーロッパに行ったが、その頃はヨーロッパに行くためには通常北米アンカレッジを経由した。その時飛行機の窓から見た雄大な氷河群、ユーコン川の美しい風景は今でも強い印象として記憶に残っている。彼はその大地を舞台に活躍し、そして死んでいった。
 数日前、電車の中で1人の初老の女性がこの本の単行本を読んでいたのを見かけた。きっと星野道夫とともに雄大なアラスカの大地を踏みしめていたに違いない。
 実は僕自身はネイチャーフォトと言われる写真はどう観賞してよいのか分からなかった。その良さに気づかず、ただ動物などの被写体を追っているだけの単純な写真ではないかと敬遠していた。この本を読み終えた後は、彼の写真から、(自然、風景を含めた)被写体の静かな息づかい、その驚くような奥深さが感じられるようになったと思う。

  http://www.michio-hoshino.com/→星野道夫公式サイト

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「アジア家族物語―トオイと正人」 瀬戸 正人  (角川ソフィア文庫)→amazon.co.jp

 文庫化される前は、ただ「トオイと正人」というタイトルだった。瀬戸正人は「バンコク、1983」、「Living Room, Tokyo」等の写真展が示すとおり星野道夫とは対照的な作品を撮る。残留日本兵である父とベトナム系タイ人の間に生まれ、幼少時代をタイ国のウドーンタニで過ごした。本の内容は、父の帰国とともに日本へ渡り、タイ国での名前である「トオイ」から日本名である「正人」になり、やがて自分のルーツを辿るようにバンコクへ、ウドーンタニへ、そしてベトナムへ行くという自伝的小説である。テーマはよくあるルーツ探しの話の1つで本作品の良さを伝えるのは難しい。
 軍曹だった彼の父親はビルマ戦線に合流するため、ラオスで待機しているところで終戦をむかえた。そして下仕官以上は処刑されるとの噂から密林に逃げ込み、やがてタイ国のウドーンタニにたどり着いた。そこでベトナム人として生活し(ベトナム人社会に守られ)、写真店が成功し、「トオイ」が生まれ、やがて日本に帰国し、そこで父親が再度写真店を営み「正人」は写真家の道を進む。
 一見波乱万丈のようではあるが、この時まで「正人」は周囲の流れにそって生きていたにすぎない。日本での生活にも比較的早く馴染み(母親とは対照的に)、学校などでいくつかの差別にあうが、比較的スムーズに「トオイ」から「正人」なったといってよい。むしろ「トオイ」を失うのが早かった。その分どうやって「トオイ」を取り戻すかが後半のテーマになる。
 その後半はとてもエキサイティングで、かつ非常にノスタルジックで、そしてカオスでもある。アセチレンの匂 いをきっかけに「トオイ」を取り戻し、自分のとるべき道を発見し、そこからのスピード感ある展開はとても写真家の文章とは思えない。だが、彼の写真を見て、そこにある匂いの揺らぎを感じたときに写真も文章も共通化した魅力をもっていることに気が付く。

 彼自身、文庫化にあたってのあとがきで以下のように述べている。

 ぼくは(トオイ)が(正人)という日本人になった時の間を思い出すことができない。しかし、(正人)が(トオイ)を発見した刹那の匂いをありありと憶えている。 (マサト)もすぐそばにいた。3人そろって、そして3人して並んで、その重たくそ して濃密すぎてどこへも拡散できないでいる匂いを嗅いでいた。

 この本の中には沢山の記憶の匂いが言葉となって詰まっている。

  http://www2.odn.ne.jp/~cdr08020/→瀬戸正人web Gallery

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2004/02/02

アフガニスタン文学

 アフガニスタン-もちろん行ったことはないのだが、最近は欧米文学以外の翻訳ものを探していて印象に残ったので(それにしても、意気込んではみたものの欧米以外の地域の書籍があまりにも翻訳されていないので少し残念)

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「灰と土」 アティーク・ラヒーミー  (インスクリプト)→amazon.co.jp

 僕がこの本を読んで感じたことは、2001年当時僕はアフガニスタンやイスラムについて何も理解していなかったということだった。
 ストーリーを要約すると、ソ連軍の侵攻により家族を奪われた老人が衝撃波によって耳が聞こえなくなった孫をつれ炭坑で働く息子に会いに行くというもの。僕は中で描かれるであろう1970年代後半のソ連軍による侵攻と2001年の事件を重ね合わせ読み始めた。僕はその悲惨さをドラマチックに描いているものと単純に考えていたが読後感はまったく異なるものだった。
 この本は老人ダスタギールに「きみ」と呼びかけ、ダスタギールの現在過去そして夢の中までをも追いかける。その中で描かれていくのはアフガニスタン人の倫理観であろう。特に「王書」を引き合いにだした過去のエピソードや復讐といったキーワードは日本人の倫理観と大きく異なる。話自体は100ページ程度で字も大きいから短時間で読めるが、人によっては若干の抵抗を感じながら読み進めなければならないかもしれない。これはイスラム文学の独特の味付けのせいかもしれない。初めてアフガニスタンへ行ってその土地の食べ物を食した場合同じような味がするのだろうか。
 この本がアフガニスタン文学の中でどのように評価されているのか素人の僕にはまったく分からない。しかし海外の現代作家の著作がなかなか翻訳されない日本にあってアフガニスタン文学であるこの本はその中でも貴重であると思う。
 アティーク・ラヒーミーは映像作家で文章は非常に映像的である。アフガニスタンからフランスへ移住し本書はダリー語で出版された。その後フランス語で出版され注目されることとなった。映画化もされ2004年中には公開予定である。僕が本を通して感じた炭坑へのトラックを待ち続けるダスタギールと砂埃の舞うアフガニスタンのその風景は、どのように描写されているのだろう。過去に目にしたアフガニスタンの映像とどのように違って見えるのだろうか。

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