2009/01/13

クロード・ベリ

Tchaopantin_bs

 フランスの映画監督クロード・ベリが亡くなった。ニュースでも伝えられたように、サルコジ大統領が「伝説的人物が亡くなった」と死を惜しんだ。クロード・ベリといえばロマン・ポランスキーの「テス」やジャン・ジャック・アノーの「愛人/ラマン」「小熊物語」、パトリス・シェローの「王妃マルゴ」などの製作者として有名だが、個人的には自ら監督したコリューシュ主演の映画「チャオ・パンタン」がとびきり素晴らしい。僕がフランス映画を観るきっかけになった映画、というか「チャオ・パンタン」は僕の好きな映画のベスト3に入る。
 ご冥福をお祈りします。

「チャオ・パンタン」→amazon.co.jp

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2008/10/29

トビウオ海道を往く

 先週末に海工房さんから製作番組のお知らせが来ました。
 同社製作のDVD「バハリシリーズ」はとても気に入ってます。もちろん「チェチェメニ号の冒険」も。
 でも「バハリシリーズ」なかなか新作が出ないのでヤキモキしてます。

 ということでメールからの抜粋です。

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番組名:プレミアム10「空飛ぶ魚を追って 赤道直下から日本5000キロの旅」

放映日:NHK総合 2008年10月31日(金)22:00~22:59

内容:
初速70km、飛行距離は100m以上。旅する魚トビウオは海面を飛び、熱帯、温帯の海を回遊する。
ミクロネシア、インドネシア、台湾、日本各地にトビウオ漁とその暮らしを訪ねるてみると、
トビウオ漁は、単なる漁労活動ではなく、人々の信仰や世界観が共通であることに気づかされる。
トビウオ漁に見る日本と太平洋の共通性は? トビウオが結ぶ日本と太平洋のつながりを追う。

取材地:イファリク島(ミクロネシア・ヤップ州)
    ソンバ/パンブスアン(インドネシア・西スラウェシ州)
    ガレソン(インドネシア・南スラウェシ州)
    蘭嶼島(台湾)
    島根県、三重県

語り:TARAKO
ディレクター;門田修
撮影;明石太郎、興正勝、杉浦由典、柴橋正
音声:吉田均
編集:熱海鋼一
音効:木村勝英
協力:うのやえこ、岩崎雅典
制作統括:宮澤京子、山本展也(NHK)
制作・著作:海工房、NHK
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2008/08/22

ホルスの大冒険

 スタジオジブリのファンではないのだけど、息子と観にいった「崖の上のポニョ」にいたく感動したので、そのイキオイで懐かしの68年の東映アニメ「太陽の王子 ホルスの大冒険」を借りて観た(演出:高畑勲、作画監督:大塚康生、場面設計:宮崎駿)。
 最後に観たのは小学生の高学年の頃だから30数年ぶりか・・・。

 とコレを見て長い間頭の中で混乱していた事が解決。子供の頃「ホルスの大冒険」と同じように好きだったアニメ映画に「雪の女王」っていうソビエトのアニメがあった(これも30年くらい観てない)。
 主人公のカイ少年は氷の欠片(ホントは鏡の破片?)で呪いをかけられ意地悪なやつに変わって雪の女王のところへ行ってしまう、それを幼馴染の少女ゲルダが探すという感じの話。なんだけど、困ったことに子供の頃から時々見てしまう夢でどうしてもカイ少年が女の子に変わってしまう。
 と「ホルスの大冒険」を久々に観たらその女の子の顔が「ホルスの大冒険」で善と悪の心の狭間で葛藤するヒロイン、ヒルダ嬢の顔だったといことが判明。雪の女王と悪魔グルンワルドもなんか似てるし、長く観てない間に2つのアニメが僕の頭の中でぐちゃぐちゃに混ざってしまってたんですナ。情けない。

 ところでさっき北海道みやげということで「じゃがポックル」という北海道限定のカルビーのお菓子をもらった。これがなかなか美味しいポテトスナックなんだけど、名前がなんだかアイヌぽいなと頭の中で勝手につっこんでたら、またまた「ホルスの大冒険」の映像が頭の中にうかんだ。
 たしかに「ホルスの大冒険」はアイヌの話がベースで服装なんかもそうなんだけど・・・
 でも設定は北欧とか東欧とか言われてるようだし、僕にとってはアイリッシュダンスかイギリスのフォークダンスのような村人たちの踊りのシーンのインパクトが強くて、さらにヒルダが持っているエンジェルハープの音色もそれっぽく、なので北欧でも東欧でもなく・・・また頭の中がぐちゃぐちゃしてきた。
 「崖の上のポニョ」の人魚姫とワルキューレのほうがまだ設定がスッキリしてると思う。疲れてるな・・・
 と思ったらキッチンでは「ウェールズの山(THE ENGLISHMAN WHO WENT UP A HILL BUT CAME DOWN A MOUNTAIN)」って映画を観てるし。

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2008/03/15

芙蓉鎮

Furongzhens

 たぶん・・頭が疲れているんでしょう、中国映画が観たくなりました。ということで久々に'87年の謝晋(シエ・チン)監督の映画「芙蓉鎮」を観ました。
 「芙蓉鎮」はタイトルと同名の架空の町で、文化大革命という時代に翻弄されながらもその苦難を超えて生き抜く、米豆腐店を営むひとりの女性(胡玉音/劉暁慶)を描いた大河ドラマです。映画は反右派闘争('57年の反体制狩り)、四清運動('63年から'66年の社会主義教育運動)、 文革('66年の紅衛兵結成~)、主人公たちが名誉回復する'79年までを芙蓉鎮という小さな町を舞台に描きます。小さな町と書きましたが(ホントに小さ いかどうかわかりません)湖南省のロケ地はこの映画の公開後に有名になり芙蓉鎮で通じるそうです。石畳の長く続く趣の有る場所で台湾の二・二八事件を扱っ た映画「非情城市」で有名になった九(イ分)とかぶったりします。
 謝晋監督本人は文革前から活躍している中国映画第三世代の監督ですが、'80 年代半ばから'90年代前半は第三世代から文革以後に映画界に入った新しい世代-第五世代の監督たちが同時代に歴史的な傑作を作っていた頃です。呉天明 (ウー・ティエンミン)監督の「古井戸(老井)」、田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)監督の「青い凧」、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「黄色い大 地」や「子供たちの王様」、張芸謀(チャン・イーモウ)監督の「紅いコーリャン」や「活きる」等等、なんだか凄いです。あの頃は中国映画に興奮しまくりで した。と、思い出しながら糞忙しい3月の疲れを中国映画で癒しているのでした。
(「青い凧」がDVDになっていないのがちょっと残念)
 しばらくマッタリとしております。

「芙蓉鎮 (全長・公開版)」→amazon.co.jp

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2008/03/03

マラノーチェ

Malanoche

 熊本から帰ってきてからどうにも忙しくて、PCの前からすっかり遠ざかっています。たぶん3月いっぱいこんな調子なんだろうなぁ。毎年の事だけど。

 家を修理した時に古い本棚を捨ててしまって本類を床に積み上げたまま放っておいたせいか、3ヶ月ほど本をまったく読んでませんでした。
 今回仕事で熊本に行ったおかげで、(かなり読書のスピードが遅い僕ですが)その間ジャック・ロンドンの「赤死病」、池澤夏樹の「やがてヒトに与えられた時が満ちて…」、グレアム・グリーンの「ヒューマン・ファクター」、パトリシア ハイスミスの「11の物語」の途中までと久々に読書が楽しめました。読みやすい小説ばかりです。日本人の月平均が1.5冊程度という事でもう少しで人並みです。

 そういえば熊本の小さい映画館でガス・ヴァン・サントの長編デビュー作「マラノーチェ」を観ました。昨年夏頃にシネマライズあたりでやってたヤツです。1985年の映画らしいんですがほとんど上映されてなくて幻の映画?だったらしいです。
 最近映画館といえば息子とアニメを観に行くくらいしかなかったので新鮮でした。カート・コバーンとか僕の苦手なあたりを撮ってるので食わず嫌いというかガス・ヴァン・サントの映画って観たこと無かったんですが、ビート詩人?ウォルト・カーティスのゲイな半自伝を映画化した「マラノーチェ」は良かったです。なんにしても処女作のパワーはあると思います。
 映画館には僕と松本零士風の映画が好きそうなおじさんと毎日映画館で夜を過ごしてそうなオタクな雰囲気の男の人と女性2人組ということでムードも満点でした。次の日は念願の熊本城にも行けたしネ(外国からのお客さんばかりでした)。

「マラノーチェ」→amazon.co.jp

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2007/10/18

熱闘!日本シリーズ1992

Lionsvsswallows2s_2

 まもなく今年も日本シリーズの季節になりますが、今日は最近入手したDVD「熱闘!日本シリーズ 1992 西武-ヤクルト」→amazon.co.jpを観ました。1992年の日本シリーズ全7戦のダイジェスト版97分です。
 球団名に「東京」がついてから何だか応援に気合が入らなくなった茨城在住のヤクルトファンではありますが、とにかくこの頃は本気で応援しておりました。雑誌「Number」の1992年日本シリーズ特集号も持ってるんだけど、耐震工事中で荷物をまとめてあるもんだから取り出せないのが残念。

 そういうことでこの日本シリーズ。結果的にスワローズはライオンズに4勝3敗で負けてしまうわけですが、勝ち負けなんてどうでもよくなってしまうほど壮絶な、プロ野球史に残る伝説のシリーズです。そんでもってパラやんこと岡林の力投に当時を思い出し目頭が熱くなってしまいました。

 ところで高田がスワローズの監督になるの?ガキの頃は高田の大ファンだったんだよなぁ。もらったサインボールは大事にしてたんだけど、引越しを何度か繰り返してるうちに紛失してしまったらしい。親父が棄てたんだとは思うけど。なんでも棄てちゃうしなんでも人にあげちゃうから。

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2007/08/31

The Sugarland Express

Thesugarlandexpress

 何故かここ数日スティーブン・スピルバーグの初期の監督作品を続けて観た。

 71年のテレビドラマ「刑事コロンボ/構想の死角」、71年のテレビドラマ「激突!」、75年の「ジョーズ」、77年の「未知との遭遇」、82年の「E.T」。
 そして昨日は74年の「続・激突! カージャック(原題:The Sugarland Express)」→amazon.co.jpを観た。スピルバーグの監督作品の最初の区切りが79年のコメディ「1941」だと思っているのだけど、DVD化されてないのかレンタル屋にないのでこれは当分観れそうにない。ということで一区切り。

 僕がスピルバーグの映画で特に好きなのが「続・激突! カージャック」。サスペリア2と並ぶとんでもない邦題がついているのが映画の価値を思いっきり下げてるようで嫌なので「ザ・シュガーランド・エクスプレス」にしようよ。
 「ザ・シュガーランド・エクスプレス」を観たのは何年ぶりだろう。とにかく扱いが地味すぎてかなり昔にTVで放送されたもののレンタル屋でもとうとう見かけなかった。僕がTVでこれを観たのはスピルバーグの映画だからではなくて主役がまだ20代のゴールディ・ホーンだったからなんだけど、それが思いのほか感動してしまった。その後スピルバーグの劇場映画デビューだと知った。

 養育権を剥奪された軽犯罪者歴夫婦が、子供を取り戻すためにパトカーをカージャックし巡査を一人人質にシュガーランドを目指すという(実際に起きた事件をベースにしている)今のスピルバーグの規模の大きいストーリーとは比較にならないくらいの小さなストーリーで、今時の映画に慣れた人には随分のんびりした内容に思えるかもしれない。しかも最初からカージャックが成功することは期待できないノリ。
 だけど僕にとっては何度も繰り返して観賞できるエッセンスにあふれていて、いささか脳の足りない夫が考える妻の幸せを目指して穏やかな悲劇のエンディングを迎えるまで目が放せない。久しぶりに見たわけだけど前回以上に多くのシーンに唸っていた。

 映像が素晴らしい。撮影監督はヴィルモス・スィグモンド。
 70年代のスィグモンドが撮影監督をしていれば映画はほぼ間違いなく傑作だろう。僕の好きな70年代の映画、ロバート・アルトマンのハードボイルド「ロング・グッドバイ」、ジェリ-・シャッツバ-グのニューシネマ「スケアクロウ」、ブライアン・デ・パルマのサスペンス「愛のメモリー」、スピルバーグのSF大作「未知との遭遇」、マーティン・スコセッシによるザ・バンドのドキュメンタリー「ラスト・ワルツ」、マイケル・チミノのベトナム映画「ディア・ハンター」はスィグモンド。その傑作たちの中でも「ザ・シュガーランド・エクスプレス」の絵は特に素晴らしいと思う。

 ちょっと映画漬け。

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2007/08/28

Ratatouille

 PIXERのアニメーション映画「レミーのおいしいレストラン(Ratatouille)」を観にいった。最近の映画館はトイレもションベン臭くないしイスも柔らかいし、なんか凄いな。館内に柱が立ちまくった木造の映画館で「八甲田山」を観にいった時とはえらい違い。

 あいかわらずPIXERは冴えまくり。フランスの「王と鳥」でも感じたけど従来のディズニーのなどのように子供に媚びてないというか子供を馬鹿にしてないというか子供用大人用の境界を無理に作りこまずに映画の質にこだわって作ってるところがPIXERの良いところだな。テーマが地味なんで最初はどうかと思ったけど「モンスターズ・インク」以来の感動があった。
 シェフになる夢を持つネズミ(レミー)が今は亡き天才料理人グストーの霊(幻影?)に導かれパリのレストラン「グストー」にたどり着く。そこで出会った料理の苦手な見習いシェフのリングイニと起こす奇跡を描いた作品。パリの風景がまたパリらしい。コレットっていう女性がバイクにまたがる姿やセーヌ川のほとりや。うちの息子4才もそこがルイ・マルの「地下鉄のザジ」と同じ舞台だってすぐ気がついて喜んだ。

 でも最後はアーネスト・ボーグナインが強烈なパニック映画「ウィラード(ウイラード)」並の大量のネズミが厨房を走りまわるもんだからネズミが苦手な人はダメかもね。PIXERということでリアルだし。

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2007/07/25

ツイン・ピークス ゴールド・ボックス

Twinpeakss

 久しくネットを離れておりました。

 で完全にミーハーです。5年ほど前にツイン・ピークス・ファースト・シーズンのDVDボックスを購入していたにもかかわらずこの「ツイン・ピークス ゴールド・ボックス【10枚組】【初回限定生産】」→amazon.co.jpを予約注文しちゃいました(結構値がはるのでAMAZONのクーポンがあって助かりました)。
 どうやら僕のようにダブっても注文してしまう馬鹿で不憫な人たちが他にも沢山いらっしゃるようです。たぶんデイヴィッド・リンチによるリマスターやショージアのTVCMなどが効いてると思われます。どうせなら「FIRE WALK WITH ME」も一緒にパッケージングしてくれると良かったんだけど。

 ちなみに現在持っているツイン・ピークス・ファースト・シーズンには音声解説が入っているしダブルRダイナー元オーナーのインタビューはじめ110分の特典など棄てがたいものがあったりします。

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2007/07/03

楊徳昌

Dybmherart

 僕の尊敬する台湾の映画監督、楊徳昌(エドワード・ヤン)氏が長い闘病生活を終えた。「クーリンチェ少年殺人事件」他素晴らしい作品のほとんどがまだDVD化されていないか在庫無しの状態だ。残念。

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2007/06/01

宝島

Takarajima_dvds

 中学生の頃に夢中になって観ていた日本テレビの「宝島」→amazon.co.jp
 「あしたのジョー」のスタッフがスティーブンソンの小説をアニメ化した。たしかこの前か次が「家なき子」だったと思う。大好きだったものだから数ヶ月前に毎日レンタルDVDを借りて羽田健太郎×町田よしとのテーマ曲にまたまた大興奮しながら鑑賞したのだけど、息子が最近観たディズニーの「トレジャー・プラネット」にご不満で僕が観ていたこれを思い出し、今日またレンタルするはめになってしまった。
 このアニメの凄い所は海賊ジョン・シルバーが原作と違ってカッコよく描かれているところだ。ある意味原作を超えてしまっている。

 で話が変わるけどホクレア号、横浜でのイベント内容が公開された。両土日にイベントをドカッと入れて平日はほぼ乗船見学会のみという横浜らしい贅沢な企画。僕は行けないけど平日にホクレアを訪れるとアタリクジを引くような気がする。
 しかし最後のシンポジウムに誰が出るのか知らないけど司会者だけ分かってるっていうのも奇妙な話。

http://www.yokohama-seafes.com/hokulea2007/event.html

 「亡者の箱まで、にじり登った15人。一杯やろうぜ、ようそろ~・・・」だっけ、dead man's chest。

(6/4追記)

「宝島」の話をしたばかりなのに羽田健太郎さんが亡くなってしまった。
ご冥福をお祈りします。

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2007/04/21

中華6連発と禅寺と自然薯

Funkuis

 ここ3日間、中国、台湾の映画を続けざまに6本観た。全部家にあるDVDだからもう何度も観てる映画だけど。その地域の映画のテンポがあって、これらの映画のテンポは(僕だけかもしれないけど)疲れた脳にかなり効く。最近は本業じゃない慣れないDNSサーバとかSMTPサーバとかインターネットサーバの構築などをしてて頭が疲れてた。
 そんなわけで観た映画は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の「風櫃の少年」→amazon.co.jpと「恋恋風塵」→amazon.co.jp、張芸謀(チャン・イーモウ)の「活きる」→amazon.co.jpと「あの子を探して」→amazon.co.jp、陳凱歌(チェン・カイコー)の「子供たちの王様」→amazon.co.jpと「北京ヴァイオリン」→amazon.co.jp
 でも行ったのは香港くらいで中国にも台湾にも行った事ない。こんな古い中国と台湾を観ても全然今は違うんだろうね。
 中国映画のDVDもうちょっと安くならないかなぁ。

そういえば・・・

 先月のThumbs Upでのイベントで内田さんが「お金が足りなければ禅寺にでも泊まればいい・・・」と冗談まじりにをホクレア基金のことを説明してたが、それを聞いた時に「じゃあ、いったい何処に泊まるんだろう」と思ってしまった。ホテルなんて味気ない所に泊まることになるんだろうか?ミクロネシアでもそんな感じだったようだし。
 僕がまだこの航海のメドがたってない頃に想像していたのは、ホームステイとかその類のものだったなあ。あるクルーは出航日に二日酔いがひどくてカヌーに乗れなかったり、そういうのを想像してたんだけど。だからちょっと禅寺にでも泊まってみるっていうのも悪くないかもしれない。激動のハワイ70年代をかけぬけて来た方たちもいるわけし特別違和感はないんじゃないかな。それにタイガーさんのこともあるし。

 それにしてもホクレア号の現在地の発表時間はそろそろ日本時間に合わせてくれないだろうか。もうかれこれトラッキングマップのために3ヵ月近く皆さんが寝静まった夜中の更新(暫くは1日4回現在地が出ていた)にお付き合いしててやっと慣れたかと思ったら最近は1日2回ハワイの朝と夕方に出してくるときた。いったい何処に向かってるつもりなんだろう。
 そういうわけでたぶん関係者以外で一番ホクレアの動き(そのものの事)に詳しいはずです。体で覚えてしまってるから(笑)。でも時々息抜きで休みます。予告として来週少し更新が止まります。PVSのトラッキングマップをご活用下さい。あっちがトラぶった時はスレーブサーバとしてこちらをご活用下さい。もう皆さんが勝手知ったる日本なのでミクロネシアの時のように勉強の為の情報とは成りえないと思うので。
(僕のblogがあまりホクレア関係の方々が見てないblogでよかった)

そういえば・・・

 六ヶ所村の再処理工場で耐震設計の計算ミスがあったらしいけど、最終的に隠蔽は個人の責任にされそうでちと怖い。
 そういえば僕の住む地域は土地柄、原子力関係に携わる多くの方々から、JCO臨界事故で被曝した方々(もうみんな忘れちゃったでしょう?)、家族が被爆し当然の権利として活動をしている方々、チェルノブイリの子供たちを受け入れていた近所のおじさん、電力給付金の恩恵を受けている世帯。そんな方々がごっちゃになって住んでいる。僕自身も何度か原子力関係の仕事をしたことがあってそういう施設に足を運んだことがある。みんな放射性廃棄物の入った例のマークの入ったドラム缶見たことある?何個ものそれに挟まれて仕事した事もあるなあ。
 仕事での係わりといえば下のほうで研究をされてたり、情報の一般公開作業に携わるような人たちなので良い人ばかりだったけど。それに六ヶ所村の制御部の設計に携わっていた方ともお話したけど途中でやめちゃった方だし良い人だった。
 とはいえとりあえず原子力事業の安全性に対してはその事故もあって否定的なことだけはおことわりしておく。でも被害にあうのは東京などの都市部に住む大勢の方々ではなくて僕たちのように田舎の原子力設備の近くに住む少数の住民なのでご安心を。
 JCO臨界事故の時は僕も外出禁止令とかいう国の馬鹿みたいな命令で家に閉じ込められたけど、ネットで放射線をモニターしてたらどんどんこっちに近づいてきてとうとう家の周りがMAXになってそれは恐ろしかった。今度は風向きとか考えて避難誘導をしてほしいものだ。
 それで上のThumbs Upのイベントではホクレア以外に六ヶ所村や原子力の話をしていたので、小冊子などを見て東海村の事とかに1行でも割いていたら購入しようと思ったんだけどテーマというかアプローチがちょっと違うらしい、載ってなかった。少し寂しい。話がそれた。

 六ヶ所村の自然薯は美味かったなぁ。

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2007/04/14

素敵な宇宙船地球号で海工房

 4/15(今日の時点で明日)の夜のテレビ番組「素敵な宇宙船地球号」で「ペットブームの光と影 Vol.3 光るメダカの驚異」と題して海工房さんの映像作品が放映されるそうです。
 今回の映像は内容からも同社のバハリシリーズというDVDシリーズの第2回作品に通じるものだろうと思います。
 ちなみに同じ映像でも龍村さんの作品はいまだ未見ですが、海工房さんのバハリシリーズは現在までの3作品が全て我が家にあったりします。

 現在までのバハリシリーズ

Baharis

第1回作品「パプアニューギニア・ニューアイルランド島から」
 ・イルカのくる渚
 ・小魚の罠
 ・森のガーデン
 ・貝貨の作り方
 ・ヤシの葉を編む
第2回作品「アジアの海から① 毒とバクダン」
 ・海の観賞魚はどこから?
 ・ナマコとコンプレッサー
 ・活魚海道
 ・漁師の料理
 ・バクダン漁
 ・講座「破壊的漁法とサンゴ礁」
 ・違法漁師を追え!
第3回作品「沖縄の海 ウミンチュとサバニ」
 ・海人のなんぽー行き
 ・素潜り集団追い込み漁
 ・サバニ・ヒストリー
 ・越来治喜のサバニ造り

 最近ありがちなエコエコ映像ではなく、人間と自然のかかわりを保存することがテーマというところが魅力的です。インドネシアの工房で作られたバナナペーパーのケースも素敵です。

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2007/04/05

王と鳥

Leroietloiseau

 だいぶ前に買って大事にしていたDVD、ポール・グリモーのアニメーション「王と鳥」のケース(昔のIVCのプラスチックケースタイプ)が息子3才の手によって少々破壊された。ここ1年ばかり彼のお気に入りとしてハードにかかっていた映画だったから、DVD自体にも結構な擦り傷が入っていた。

 さてどうしたものかと思っていたところに三鷹の森ジブリ美術館ライブラリーDVD第一弾としてデジタルリマスター版の「王と鳥」が発売されるという話を聞いたので早速予約。昨日DVDが届いた。
 購入したDVDは「王と鳥 エディシオン・コレクトール版」→amazon.co.jpというもので、パッケージがゴージャスというか・・・豪華デジパック仕様のDVD3枚組、ポール・グリモー展図録入りと、怖くて息子には触らせられない。結局、息子が自由にかけて良いのは相変わらずの傷ついたIVC版「王と鳥」になりそう(笑
 しかしジブリから出すというのは想像以上に気合の入ったもので近所の小さなレコード屋にも「王と鳥」がディスプレイされてたし、新聞広告やテレビCMまで出てる。恐ろしや。
 どんな映画かというのは映画「王と鳥」公式サイトを見てもらうとして、以前のIVC版と今回のデジタルリマスター版の違いはというと息子曰く「古いのは赤くて新しいのは青い。」で、やはりデジタルリマスター版はデディールがよく分かる。だから思わぬ発見もある。

 それにしても、やはりジャック・プレヴェールの詩による挿入歌は何度聴いても素晴らしい。サントラも買っちゃおうかな。

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2007/03/22

フラガール

Hulag_s

 今日は喫茶店でコーヒーを飲みながらスティーヴン・キングのサム・スペード風短編パロディを読んでいると、となりの席に恰幅の良い中国人女性と痩せた中年男性が座った。
 彼女は何やらけたたましく中国語で携帯電話に向かって怒鳴って(そう聞こえただけかも)いたが、それも終わると中年男性はブリーフケースから何枚かの図面を取り出した。
 特にそれを覗いたり話を聞くつもりもなかったけど、僕が読んでる本の横30cmくらいのところに図面が張り出していたので目に入ってしまい、それがスナックの平面図が何種類かということと、あまりに大きな声で男性と激論していたので、どうやらトラブルで共同経営だったらしく一番出資していた彼女がうん千万の借金を背負ってしまったらしい、ということが分かってしまった。
 そして男性の手が僕のテーブルの灰皿にのびてきて唐突に「いただきますよ」と了承も得ずにその灰皿を持っていこうとしたので、しかたなく「灰皿はあちらに沢山ありますよ」と教えると「いやあタバコ吸われないかと思って・・・」と男性が頭をかいたので、僕は2人がタバコをやらないのではないかと思って控えてたことを説明した。すると急に女性が笑い出し、そこからその2人は先ほどまでのキリキリしたムードも和らいで、さらにそこにもう1人、中国人の若い男性が入って世間話になった。-成功している青山の中国人の店とか、いわきの中国人の店の話やスパリゾート・ハワイアンズの話とか。

 そういうことでというわけではないけど、以前映画館までくりだして観た「フラガール」→amazon.co.jpをDVDで再度観賞した。
 内容とはあまり関係ない話だけど炭鉱町への入り口として使われていた橋は里川にかかっていた新落合橋だった。映画を観た人でその場所を知っている人なら誰でも気がついてたろうに僕の目は節穴で、DVDを観て家族に指摘されるまで分からなかった。よく自転車で通る橋(最近寒くてのってないだろうと言われそうだけど)である。南側の二股に道が分かれるほうを町の外側に、北側の1本道のほうを町側にしているところがいい感じ。田舎もんなのでこんなことで喜んでしまう。

 今日は頭が重いです。

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2007/01/23

いつか楽園で!

Ituraku

 下火になったと言われている今日この頃、家族そろって韓国ドラマにはまってる。2年ほど前にスカパーで放送していたらしいというそのドラマが「いつか楽園で! 」。そういえばその前にも「バリでの出来事」という韓国ドラマにはまっていたような。

 家族そろってこういうドラマが好きなのか2つとも似たような展開で、どちらも海外リゾートロケがあって、どちらも金持ちの我がままな御曹司と努力で上り詰めた男と普通の女性の三角関係がしつこく展開する。しっかりパターン化しているんだけどこれが観てるとやめられなくなる。だから是非は別として何回もレンタルして観るのはもったいないということで2つともDVDセットが我が家にある。

 おかげで我が家を韓国ドラマのファンと間違えて、韓国ドラマを録画したビデオを定期的に送ってくる人までいる。善意なのでまことに申し訳ないのだけど、この2つ以外は韓国ドラマをちゃんと見たことが無い。
 でも近所に最近になって急に「冬のソナタ」にはまりはじめた人がいるから、それに比べればまだ可愛いほうだなと考えてみる。

(つまり、こんな記事まで「Hokule'a Unofficial Supporters of Nippon WEB」の「Planet Hokule'a」に出てしまうわけでこれがさらに申し訳ない。フィルターとかないのかなぁ)

いつか楽園で! BOX
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0009JCW5S/tornose140-22
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0009JCW62/tornose140-22

バリでの出来事 DVD-BOX
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0006NKDIK/tornose140-22

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2006/11/20

地下鉄のザジ

Zazie

 息子3才が何故かルイ・マルの映画「地下鉄のザジ Zazie dans le metro」に夢中だ。フランス語なんて分かるはずもないのだが、カトリーヌ・ドモンジョ演じる10才の少女ザジのチョコチョコチョコチョコした動きが面白いらしい。フィオレンツォ・カルピの音楽もお気に入り。本来、子供の観る映画ではないと思うのだけどジーン・ワイルダーの「夢のチョコレート工場」と同じくらい楽しいらしい。ただし毎日この2つの映画のどちらかを強要されるため、他のテレビ番組が何も観れないというのは両親にとっては難。

「地下鉄のザジ Zazie dans le metro」

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2006/10/16

フラガール

 映画「フラガール」を観にいった。

 とにかく最後のタヒチアンダンスのシーンがとても迫力があって良かった。
 それに炭鉱住宅のオープンセットも良くできていた。舞台となる常磐炭鉱のあったいわき市と、僕の住む日立市も似たようなところで、こっちは銅山だが日立製作所が登場するまで日立鉱山に支えられた町である。やはり僕の親戚のほとんどは鉱山関係の仕事をしていた。閉山が決まると叔父さんたちはアフリカや東南アジアに飛んで行った。
 だから日立市民には映画の風景はとても馴染みのあるもので、地方の映画館としては珍しく賑わっていた。そしてそのほとんどがやはりご年配の方で埋められていた。みなさん手ぬるい福島弁に失笑しながらも、この茨城県北部からもほど近い、40年以上前の常磐ハワイセンター誕生物語(正確にはフラガール誕生物語)に3回ほど涙を浮かべていた。

 感動のシーンの一つが駅のホームで展開するが、これが那珂湊駅で撮影されたらしい。たしかに僕が子供の頃の常磐線の駅はこんな感じだった。冬になると車掌が湯たんぽを配ってくれた。他にも茨城県北部~福島県いわき市でのロケはいくつかあって(炭鉱住宅の撮影は北茨城市中郷で撮影された)、これは東京に住んでる方にはなんてことないだろうけど、田舎町ではちょっとした事件のようなものだ。僕の婆さんも50年ほど前に銅山で行われた石原裕次郎のロケの日を娘のように語っているし。

 パンフレットを眺めていたら常磐ハワイアンセンターの年表があって「ルアウ大食堂」がオープンとあった。「ルアウ」で「大食堂」だからその風景を考えただけでも恐ろしい。「お客様。14番ルアウへどうぞ~」とかやってたのだろう。

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2006/08/28

アメリカの友人

Amerikanfreund

 残念なことに「アメリカの友人」のセルビデオにカビが生えてしまった。ちょうどAMAZONのクーポン券が余っていたのでそれを使って再DVD化された「アメリカの友人」と「パリ、テキサス」を購入した。

 よりによってここ2週間はとても忙しく少々体のほうも壊れてしまった。そういうわけで今日も朝は体がだるくて午後から出勤した。そんな駄目な僕は寝転びながら届いたばかりの「アメリカの友人」を観賞した。
 ロードムービーは路上での事件でありヴェンダース流に移動と喪失も含め最後はアメリカに続くものとして、20代の映画に夢中だった頃の僕に強いインパクトがあった。
 そういうことで本日の駄目な僕にはピッタリの映画でとても素晴らしいサスペンス映画だった。「アメリカの友人」も「パリ、テキサス」も主人公に息子がいるのがこの歳になってまた泣ける。

 最近こんな調子でなかなかblog更新出来てませんがそのうち復旧します。

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2006/08/02

日立セントラル劇場のひととき

Hitachicent

 かなりローカルな話。
 先日は風邪で休んでいたが、夕方に少し持ち直して寝てばかりは辛いなと映画でも観ようとくりだした。銀座通りをとぼとぼ歩き映画の看板を見ると、日立セントラルで「ゲド戦記」という映画がやっている。日立セントラル?日立セントラルは休館しているばすだけど・・と思い看板を再確認。やはり営業している。
 最近、わが町の映画館が立て続けになくなった。町の映画館はすっかり元気が無くなってメジャー系の映画でつないでいたが、老舗の日立セントラル劇場がまったく映画を上映しなくなって、ついに映画館は一軒だけになった。そう思っていたのに日立セントラルはやっているではないか。「ゲド戦記」?アニメ映画は苦手というかよく分からないが日立セントラルに行こう。ということでめでたく、あの錘による自動閉式扉の付いたトイレの懐かしい日立セントラルで映画を鑑賞した。次はいつ体験出来るかわからない。

 ちなみに「ゲド戦記」というのは宮崎駿の息子が監督だとか、出来が良いの悪いの世間で結構賑わっているのは見終わってから分かった。実をいうと僕はアニメがよく分からないだけでなく特に宮崎アニメが苦手でなのである。女性キャラのパンチが僕には強すぎて、いけないものを見ているような抵抗がある。「ゲド戦記」のパンチはペリーヌ物語か未来少年コナンくらいで、これは助かった。
 とは言いながら音作りには関心した。海の音とかそういうのが良い調子に結構生々しい。それに対して音楽は過剰だった。たとえば映画の舞台になるポートタウンという町が眼下に現れたときに何故大げさな音楽をつけたのか、僕なら町の喧騒がすうっと耳に飛び込んでくるくらいがちょうど良い、と思った。思ったほどの抵抗も無く分かりやすい映画で概ね良かったと思った。

 そういえば関連してジブリがからんで渋谷でポール・グリモーのアニメーション作品「王と鳥」が始まったらしい。アニメファンじゃない僕でも以前からDVDを持っている。この映画は本当にお勧め。アニメーションの枠を超えた素晴らしい映像。古典。

 それにしても日立セントラル劇場に行けたのは良かった。格安料金でかよった往年の名画は忘れられない。僕にとってのニュー・シネマ・パラダイスといった感じかもしれない。

 ついでに秋にパラオにでも行こうと計画を立て始めた。ダイビングなしのパラオである。行こうと思って分かったけど結構パラオのガイドブックがない。やっぱりダイバーにしか人気がないのだろうか。

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2006/06/27

ノー・ディレクション・ホーム

No_direction_home_s

 マーティン・スコセッシ監督の「ノー・ディレクション・ホームNO DIRECTION HOME」→amazon.co.jpは1966年までのボブ・ディランを3時間以上の映像にまとめた映画だ。長いディランの歴史の中の最初のたった数年に3時間以上を使っているわけだから出てくるレアな映像の量は半端ではない。ディランの音楽とその変化に対するリアクションを激しいまでに感じることができる。ディランのプライベート映像に徹底したD・A・ペネベイカー監督の「ボブ・ディランDONT LOOK BACK 1965 LONDON」とは対照的だ。

 当時中学生だった妹に「なんで毎日ライク・ア・ローリング・ストーンばっかり聴いてるの?」と聞かれた日を覚えている。彼女はあまりに続くこの曲にちょっと退屈していた。それに僕は「世界最高のロック・シングルだから」とつまらない答えを返していた。
 結局、自分自身この曲がなぜ世界中で最高のロック・シングルと祭り上げられいるのか説明できなかった。スピーカーから出てくる音全てがただひたすらカッコよかった。「風に吹かれて」や「激しい雨が降る」や「イッツ・オールライト・マ」などの良さは説明出来るかもしれない。でも今聴いても「ライク・ア・ローリング・ストーン」はただカッコいいだけだ。カッコいいだけで世界最高のロック・シングルになるのだろうか。
 ロックバンドなどの経験があれば分かると思うけどアマチュアでさえ同じ曲を何回も演奏していると、その中には再現出来ないほど痺れる演奏をしてしまうことがある。「ライク・ア・ローリング・ストーン」はディランのレコーディングの中でそのもっともスリルのある一瞬をリリースした。この映画の一場面にあるアル・クーパーが飛び入りで(間違えないように8分の1拍遅れて)弾いたオルガンをそのままディランが採用したことは、それを強調する出来事だ。だから監督のマーティン・スコセッシは映画の中で導入の部分、アル・クーパーの演奏が特におぼつかない部分のオルガンを、さらに強調して使っていたかもしれない。デビューから現在まで一貫して一発録りを基本としているディランが狙っているものは明確だろう。

 映画のラストを1966年に設定すると、どうしてディランの有名なトラブル、トピカルソング/プロテストソング歌手というレッテルにまつわる話が中心になる。トピカルソング、プロテストソングと呼ばれるものはもともとフォークソングという音楽の主成分であるはずだ。ディランの作る曲はフォークソングとしての出来が良すぎた。そしてロックを取り入れた(しかもそれまでのロックバンドを凌駕する音量で)時もロックとしての出来が良すぎた。その変化に周囲は勝手に騒ぎまくるだけだ。

 映画の事からは早々に離れてしまうが、僕が初めてディランを聴いたのは「ディラン」という1973年のアルバムで、これはその前の「セルフ・ポートレート」のアウトテイクをレコード会社が勝手にかき集めてだしたアルバムだとされている。評判も悪く(というか評判など無く)たぶんCD化もされていないのではないだろうか(もしかするとブートレグ・シリーズにでも収録されているのかな?)。残念ながらつい最近、我が家にあったこのアルバムのオリジナルカセットテープがブッチッと切れてしまった。
 僕の親父がまさにディラン・ファンだったから(でも親父の好きなグレイトフル・デッドまでは好きになれなかった)小学生ながらリアルタイムに聴いたことは大きな影響だった。レコードを聴くのは親父の金頼りだったからオリジナルの「ライク・ア・ローリング・ストーン」にたどり着くまでにはまだまだ時間が必要だった。だから僕のディランのスタートは「西部のユリ」や「スペイン語は愛の言葉」などのカバーだった。でもカバーですら僕はディランに魅了されていた。何をしてそう思ったのかエルヴィスの「フール・サッチ・アズ・アイ」なんてディランの演奏に比べれば糞同然だった。
 その後「プラネット・ウェイヴズ」「血の轍」「欲望」「ストリート・リーガル」「武道館」「スロー・トレイン・カミング」と親父の買ってくるアルバムをリアルタイムに聴き続け、バイトでレコードが買えるようになった高校生の時に60年代のディランを買った。そして最初にあるように数年間「ライク・ア・ローリング・ストーン」を毎日のように聴いていたのである。でも(ディランの歌声を含め)サウンドばかりを聴いていたせいで歌詞を全然覚えられなかった。

 それから20年以上たってDVDを予約までして、いまだにこんな映画をみて「カッコいい!」と喜んでいるわけだから僕も世話が無いというか進歩がないというか、つき合わされている家族には多大な迷惑をかけているはずである。
 だからそんな僕の為にも今度は同じノリで是非3時間、70年代のディランも映像にしてほしい。70年代以降のディランは作品の重みがまた違う。変化し続けるディランを聴いてきたからこそ僕はさまざまな音楽を抵抗無く受け入れてこれたのだと思う。「ノー・ディレクション・ホーム」を観ながらディランに感謝するのであった。

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2006/06/22

オーマイガ

Otokogene

 先日、息子もうすぐ3歳が風呂場で小さい蛾が飛んでいるのを見つけて興奮していた。蛾の名前は「オーマイガ」だそうだ。
 最近は仕事をしてるかワールドカップを観戦してるか自転車に乗ってるかくらいであまり報告できることもなくblogもすっかりこの体たらく。
 でも映画も観たくなりワールドカップの合間をぬって「ブランク・ジェネレーション」と「男はつらいよ」「続・男はつらいよ」を借りてきた。

 「ブランク・ジェネレーション」のほうは1977年(くらいかな?)のリチャード・ヘル主演の映画。キャロル・ブーケやアンディ・ウォーホルも出てるしCBGBでのリチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズの演奏も鑑賞出来る、所謂こてこてのニューヨーク・パンクな映像。年齢的に僕も10代の頃は若気のいたりで、ほぼリアルタイムにこのあたりからパンク・ムーブメント、それ以降の音楽に巻き込まれたりした。ということでヘタッピな自分を思い出させる懐かしい感触。個人的にはザ・ヴォイドイズのギタリスト、故ロバート・クインのその頃からの禿げっぷりが気になった(どうでもいい話です)。ストーリー的にはかなりイマイチな映画だけど、その頃はどんな男女がモテていたかも分かるはず。

 そういえば観た順番がちょっと気持ち悪い。「男はつらいよ」を観て「ブランク・ジェネレーション」を半分観て、その後「続・男はつらいよ」を観て「ブランク・ジェネレーション」の続きを観た。こんな観かたは若かったら辛いだろうけど平静と観賞できるのは歳を取った証拠だろうか。「男はつらいよ」「続・男はつらいよ」は1969年の作品。ご存知「男はつらいよ」シリーズの第1作、第2作。結構この映画シリーズは昔から好きで、そのきっかけは中学校の映画鑑賞会で観た「男はつらいよ」と「無法松の一生」が面白かったところから始まる。
 何か対極的な存在ながらニューヨーク・パンクも葛飾柴又も時期を同じくして夢中になった懐かしい思い出なのである。主人公が二人とも社会に適応してないってところくらいは共通しているかも。
 さて今日(明日?)は頑張ってブラジル×日本でも観よう。というかその前にチェコ×イタリアも観よう。

「Blank Generation Richard Hell&The Voidoids」→amazon.co.jp
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000BDJ1V0/tornose140-22/
「男はつらいよ」→amazon.co.jp
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0009G3F52/tornose140-22/
「続・男はつらいよ」→amazon.co.jp
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0009G3F5C/tornose140-22/

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2006/02/12

牛8頭とリンゴー・キッド

JohNNyLiNGO-s

 ネタがないので暫く航海カヌー関係の話をしてませんでしたが、とりあえず家にネカせていたポリネシアンカヌーが出てくるファミリー向け映画を観たのでご紹介します。

 パトリシア・マガーの短編小説を映画化した、「ポリネシアの伝説~少年は海を渡る~(THE LEGEND OF JOHNNY LINGO)」→amazon.co.jpはポリネシアのマリオ島?を舞台にした作品で、実際の撮影はニュージーランドのオークランドで撮影されています。映画は全てポリネシアらしいとても美しい風景です。
 さて、この映画は以前にもモルモンの短編映画として撮られ、その他古い寓話をいくつか並べた宗教映画らしい構成の中の一角を担っていたようです。僕は宗教について大変無知なのでその辺について詳しいことは分かりませんが、少なくとも今回の「ポリネシアの伝説」のほうは90分の長尺映画で、そのような要素はなくポリネシアの寓話を基にした純粋な心温まるファミリー向け映画です。
 ひとつ付け加えるとTNI社が絡んでいるため映画の中に度々ノニジュースが出てきます。日本で一般に販売される前からTNI社からボーナストラックとして社長のメッセージ付き?!のDVDが「ジョニー・リンゴーの伝説」という邦題で販売されています。

 余談はさておき、オークランドで撮影されたその映画は全編ポリネシア色にあふれ、それだけで目の保養になります。
 ある嵐の日、マリオ島に1人の赤ん坊が乗った小さなカヌーが流れ着きます。酋長から神の贈り物としてタマと名づけられたその男の子は、しかし成長するにつれ度重なる災難の原因とされ、最後に労働力として酔っ払いの男の家に預けられます。その家には容姿が悪くいじめられっ子だけど元気のよい捨て子のマハナという女の子がいて、ふたりは固い絆を育んで成長していきます。
 しかしある日、この家でも厄介払いを受けたタマはマハナにいつか戻って迎えに来ると約束し島を出て行きます。そして海を流されたどり着いたところがポリネシア一の貿易商ジョニー・リンゴの島でした。タマはジョニー・リンゴのもとすっかり捻くれてしまった心を少しずつ開放し、やがてジョニー・リンゴの片腕として成長し大人になります。さてマハナとの約束は?タマの生い立ちは?などその後のお話は観てのお楽しみです。

 さて最後に本題のカヌーはというと、まずポリネシアの昔話ですから海のシーンはカヌーばっかりです。手先の器用なタマはマリオ島から出て行くときサーフボードのようなものに乗りパドリングをしながら沖にでます。そして積んでいたアウトリガーと帆を取り付けて外洋を航海します。その他小さいアウトリガーカヌーは沢山でてきますが、もっとも出まくりの大きいカヌーは貿易に使用する双胴の帆走カヌーです。それはホクレア号のように馬鹿でかく、なんとたった2人で操縦するのです!もちろん古代の航海術で針路を決めています。

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2006/02/06

パット・ギャレットとビリー・ザ・キッド

PAT_GARRETT-s

 待ちに待ったサム・ペキンパーの「ビリー・ザ・キッド 21才の生涯」→amazon.co.jpが届いた。この映画は僕が中学生の頃もっとも夢中になった映画の中の1本だ。この映画を何度も観ることになったその原因は、またしても残念ながら親父がボブ・ディランの大ファンだったからだ。この手の話からはどうにも逃げられない。

 ビリー・ザ・キッド役は「ミー・アンド・ボビー・マクギー」で有名なシンガーソングライターのクリス・クリストファーソン。この映画の本当の主役であろうパット・ギャレット役には足が長くて超カッコイイ(と当時は思っていた)スピーク・ラークのジェームズ・コバーン。そしてビリーにくっついて歩く若い男エーリアス役にお世辞にも演技が上手いとは言えないボブ・ディラン。この映画の素晴らしいサウンドトラックは全てディランによるものだ。全ての曲が全ての場面にマッチしていて最高のサウンドトラックになっている。その他、脇を固める俳優たちはサム・ペキンパー・ファミリーと呼んでもいい個性溢れる素晴らしい俳優たち…名前の出てこない全ての登場人物に深い人生観が割り当てられている。ビリーの恋人役マリアとしてリタ・クーリッジも出ている。
 サム・ペキンパーの西部劇としては、MGMの圧力や最悪のロケなど様々な事情がからみ彼の映画の中でも完成度はあまり高くないとのことだが、今回の初DVDは2005年に監督のメモなどから一部再編集した特別版である。主にパット・ギャレットの人間性に対する描写を強め、監督が望んでいた編集に近いという。たしかにオープニングからパット・ギャレットが30年後に暗殺されるカットがビリーの鶏を撃つカットに挟まり「おやっ?」と思う。

 フォート・サムナーでのんびり鶏を撃っているビリーに対して、仲間だったパット・ギャレットがシェリフになると告げるところから物語が始まる。そしてパットからの忠告を受け入れずに町に残ったビリーをシェリフとして追わざるをえなくなったパットの苦悩と追跡が始まる。追いかけるパット・ギャレットと逃げるビリー・ザ・キッド、彼らが通り過ぎる町で出会い命を落とす人間たちにそれぞれ用意されたシーンが素晴らしい。
 特に老保安官ベイカーが妻に看取られながら川に向かって歩き死ぬシーン、ここでディランの名曲「天国への扉」が流れ中盤の最高の場面になる。「天国への扉」はこのシーンのために書き下ろされた。曲は知っているがこの映画を観た事が無いという人たちはこの映画をみて、この曲がシーンと一体となって素晴らしい効果をあげていることに感動してしてしまうに違いない。(実際にはディランの曲の採用でひと悶着あったらしい)
 そしてもうひとつ、それ以上に素晴らしいシーンが筏のシーンだ。パット・ギャレットが川べりで寝そべっている前を筏にのった家族が過ぎていく。ストーリーにはまったく関連性の無い演出だが映画史上に残る美しさだ。この筏にのった男の名前は映画には当然出てこないが監督本人の名前がついていた。ペキンパーというと暴力描写やスローモーションが有名だがこの美しい描写こそがペキンパーの持ち味なのだということが分かるだろう。

 僕は中学生の頃、ボブ・ディランの役になりきって2人の物語を観ていた。ジェームズ・コバーンの身のこなしに憧れた。男性向け。
 機会があれば是非観てほしい1本。

(追記)

 今まで日本語吹き替えでしか観てなかったことに気がついた。ご存知ジェームズ・コバーンといったらこの人小林清志さんの吹き替えでパット・ギャレットがラスト近く「ばかやろー」って叫ぶところがホント観ていてゾクゾクきたんだけど、さて英語では「Nooooooooo!」だった。これはこれでゾクゾクした。そして最後はアンチ「シェーン」なんだな。ではお楽しみに、観る人いるかな?

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2005/09/17

チャーリーとチョコレート工場だって!

RoaldDahl  ティム・バートン版「チャーリーとチョコレート工場」が公開されてからというもの嫌な気分になることが多い。
 たとえば僕の近くでその映画の話題を話しているので「そういえばジーン・ワイルダー主演の夢のチョコレート工場のDVD持ってるけど観る?」なんて言うといっせいに「ジョニー・デップが見たいだけなのに何言ってるの」と返ってくる。(結果は分かっているとはいえ)試しに「チョコレート工場の秘密っていう児童書も持ってるよ」というと、みんなウンザリとした顔で「だからジョニー・デップが見たいの!」となる。何度も遭遇、しかも男女問わずの反応。
 どうも彼らはロアルド・ダールの話なんかどうでもよくてデコラティブなジョニー・デップが見たいだけらしい。観たいじゃなくて、見たい。僕のような奴はウザイだけ。

 本来は腹を立てるほどのことじゃないけど今回はそうはいかない。背景を話せば児童図書館の「チョコレート工場の秘密(評論社)」→amazon.co.jpは子供の頃の愛読書で、大好きだからジーン・ワイルダー主演の「夢のチョコレート工場」→amazon.co.jpをDVDで持っているのだ。もちろんロアルド・ダールがワイルダー版にちょっと不満だったのも知ってたけど映像化されてるだけでも有難かったのだ。そういう人間にはティム・バートンとジョニー・デップのこの映画の話に参加する資格はないのだ。
 僕だってジョニー・デップが出演している映画のいくつか、たとえば「エルム街の悪夢」や「シザーハンズ」や「ギルバート・グレイプ」や「ナインスゲート」等はちゃんと映画館で観てるしジョニー・デップ嫌いじゃないよ。ティム・バートンの作品だってとりあえずは「ビートルジュース」からでよければ映画館でいくつか観てるよ。だいたいさ、ティム・バートンは以前にも「ジャイアント・ピーチ」ってロアルド・ダール原作のアニメ映画製作してるじゃん。まあ続けると余計に嫌われそうだからやめようと。

 ところでジョニー・デップと僕はかなり歳が近いわけだけど、年齢からいっても僕と同じように彼は子供の頃からこの原作のファンで、だから映画化したくてしょうがなかったんじゃないのかな?本当はもし子供だったらチャーリー役やりたかったんじゃないのかな?僕は小学生の頃、近所の駄菓子屋にあるトブラローネをワンカチョコのつもりで買ってたよ。良い思い出なんだけどなあ。こういう話はしちゃいけないんだろうな。

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2005/08/28

ツール・ド・フランス 1985~1991

le_tour_de_france_m  あまりの懐かしさに「ツール・ド・フランス 1985~1991 7YEARS BOX」→amazon.co.jpを買ってしまった。

 このNHKのドキュメンタリーのおかげでバイク(自転車)のロードレーサーになるぞなんて思った人多いんだろうなぁ。特にイノーの時代からレモンの時代へ変わる'86年のツール・ド・フランスに興奮してバイク買っちゃた人。

 僕の場合、父の弟が自転車屋をやってたおかげで'85年の初回放送から観ることが出来た。せっかくイノーって名前を覚えてファンになったのにいきなり次の年引退で結構ショックだった。
 その後民放での毎日編集な放送に変わってインデュラインが連覇しまくっていた頃までツール・ド・フランスを観てた。
 だからこのDVDを観てると思い出すなあ、バイクに暫く乗ってないので忘れてたけど他にもこんな選手がいたよ。フィニョン、ロッシュ、デルガド、ケリー、キャプーチ等々。

 '91年のレモンのあまりの苦しそうな様子を観てて僕まで苦しくなったことを思い出す。どうみてもダメなのに番組の方はレモンに優勝のチャンスがあるかのごとく放送するのだけどそれがさらに苦しかった。その後レモンは急激に失速するけど、散弾銃による事故の後遺症による筋肉疾患なんて話もあった。

 インデュラインの時代になると毎回別の楽しみがあった。僕とインデュラインは同い年で二人ともツールの最中に誕生日を迎えるので、ツール中に行われるインデュラインのお誕生会をこっちでも密かに祝ってた。

 僕は80年代中頃ヨーロッパで人気のあったパナソニック(地味でいいでしょ)の練習用のバイクを長い間通勤に使ってたけど、その後MTBの時代になってタケノコのように沸いてきた一部の公園乗りのMTBの奴らに指を指されて笑われた。
 まだ少し若かったからバイクの世界にもそんなマスな時代が来てしまったのかとガッカリして乗るのを止めてしまった。中学生の頃手作りバイクを盗まれて暫くを除いて、小学生の頃から自分の部屋でバイクと一緒に寝てたというのにね。クソ真面目だったのね。まあレースに出ようなんて考えた事もなかったので僕も中途半端だったわけだけど。
 今は健康のためのバイク乗りが丁度良いと思ってる。

 番組はロードレースの予備知識がなくても楽しめるようにドラマチックに仕上げてある(チームプレイを強調してるあたりは日本人向け)けど、ロードレースの観戦に慣れてくると少々物足りない。そのあたりを補うためと、さらに放送時の誤りなど補正するために市川雅敏さんの「市川雅敏の眼」というのが付いている。これは面白いので出来れば音声解説でコアファン向けの解説を入れてあればと思った。値段は少々高くなってもいいから。

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2005/07/16

ルーツ

Alex_Haley  1週間ほどblogを更新しないで何をやってたかというと、少なくとも夜は、僕が中学生の頃に放映されちょっとした社会現象になっていた1977年のTVドラマ「ルーツ(ROOTS)」→amazon.co.jpを観ていた。
 ルーツが放映されていた当時、主人公であるクンタ・キンテの名前を知らない友達は皆無に近かったくらい話題だった(ちなみに僕はクンタ・キンテをキンタ・クンテと間違えて覚えていて、いまだにキンタ・クンテと呼びそうになるのが辛い)。クインシー・ジョーンズのテーマ曲も印象的で放映当時以来観ていなかったのにほとんどのメロディを覚えていた。ちなみに外務省のホームページでクンタ・キンテの出身地であるガンビア共和国の紹介文は「小説「ルーツ」のモデル国」の一言と簡潔すぎる。

 原作者のアレックス・ヘイリーは自分の7世代前にあたるクンタ・キンテにたどり着き原作を書き終えるのに12年を要した。クンタ・キンテが黒人奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられたときに、既に多くの黒人奴隷はアメリカ大陸で奴隷として生まれアフリカを知らない人々だった。このドラマの面白いところは黒人奴隷の苦難を描くだけでなく、自分たちのルーツ=アフリカを社会に初めて認識させたことにある。自分のルーツを意識することによる黒人たちの自己認識の確立である。それまで公には黒人自身にルーツは存在せず、また売られ流されてルーツを追跡することは困難だった。
 わずかながらもこのドラマ(または小説)に対しては脚色が多すぎるとの非難もある。しかし1個人のルーツを200年以上も遡りドラマを作るには、事実に基づくフィクションにならざるを得ない。ドラマを観ればアレックス・ヘイリーの温厚な人柄がそのまま脚色に反映されているのが分かる。

 アレックス・ヘイリーを知るためには、ルーツ以前に名声を博した大仕事プレイボーイ誌での大物への数々のインタビューがある。これは「アレックス・ヘイリー プレイボーイ・インタビューズ(中央アート出版社)」→amazon.co.jpにまとめられている。
 マイルス・デイヴィス、マルコムX、モハメド・アリ、マーチン・ルーサー・キングJr.、アメリカ・ナチ党のジョージ・リンカーン・ロックウェル、サミー・デイヴィスJr.、ジョニー・カーソン、クインシー・ジョーンズとインタビューする相手も凄い。それそれのインタビューの扉に「****との腹蔵のない会話」とあるように相手の個性、思想に動じないアレックス・ヘイリーの姿がある。そして彼らの対外的で大きなイメージの皮を破り個人を浮彫りにする。そして、このインタビューがもととなり「マルコムX自伝」が作られ、スパイク・リーが映画化した。もしこのインタビューがなければマルコムXはただの狂信的なブラック・モスレムの象徴で終わっていたに違いない。

 アレックス・ヘイリーはこれらの仕事をするまで20年間沿岸警備隊をしていた。その中で水兵仲間のラブレターの代筆をしている間に自分の才能に目覚め、上記のような仕事に結びついた。ルーツを発表したとき既にアレックス・ヘイリーは55歳だった。ルーツの原作はピューリッツァー賞を受賞し、アレックス・ヘイリーは1992年に他界した。絶筆はルーツの続編「マージング」で、これは自分に流れる白人の血、その家系をアイルランドまで遡った作品になるはずだった。
 1999年、沿岸警備隊で使用されるカッター船にアレックス・ヘイリーという名が付けられた。

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 余談だけどルーツ第6部ではチラッとKKKが出てくる。僕がKKKというと思い出すのはKKK書記フォレスト・カーターの「リトル・トリー」である。リトル・トリーはアメリカ先住民の話を白人至上主義者が書いた偽書として有名だがこのひねくれ具合はやばい。この感動的な本を読んでもうひとつの受難者、アメリカ先住民に興味をもった人たちは多いと思うけど、本を選ぶというのはなかなか難しい。

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2005/07/04

アダムスキー型

 前回に引き続き、気合が入らないので胡散臭い話。

Close_Encounters_Of  映画「宇宙戦争」と「エピソード3」に乗じて立て続けに「未知との遭遇」と「スターウォーズ」がTV放映されていた。つけていたTVをボンヤリと眺めながら、たしか子供の頃にUFOをみたぞと思い出した。本物かどうかというとやはり怪しいことは怪しい。でも子供の頃にはみんな1つや2つUFOを見てるんじゃないかな。

 最初にUFOらしきものを見たのは小学1年生で友達と床屋の帰りの田んぼ道だった。友達の1人が「あっ、流れ星!」と言って夕暮れの空を指したので、みんなで空を見上げた。すると2つの流れ星がスーッと落ちてきて、なんと途中で上に上がって2つの光は絡みながら消えていった。鳥か何かかもしれないが動く速度は中々速くて、TVで「これはUFOか」って紹介されていたのに似ていた。未確認飛行物体なのでまあUFOなのだが。

 次にUFOらしきものを見たのは小学3年生で運動会の時だった。葉巻型の銀色の物体が山の上を飛んでいた。飛行船にしては近づいたり離れたり上がったり下がったりと結構動きが激しかったのでそれを見てたみんなでUFOだと叫んだ。今考えればやっぱり飛行船の類だと思う。未確認飛行物体なのでまあUFOなのだが。

 最後にUFOを見たのは中学1年生の時で祖父の家から自宅(アパートですが)に帰る夜道を1人で歩いていたときだった。アパートは山の入口でやや高い場所にあったから、星がよく見えた。屋上にのぼって望遠鏡で星を眺めたし、1時間も空を見てれば相当な数の流れ星が見れた。
 そんなところを1人で歩いていると頭の上の方が気になる。ある日の夜、頭の上を見上げるとそこにはUFOが浮かんでいた。何十メートルか上空を飛んでいるのだが親指と人差し指で○を作ったくらいの大きさに見えた、っていうことは相当大きい、10人くらいは乗れるんじゃないか?
 ここからさらに詳細を言うとみんな嘘だと相手にしてくれないのだが、このUFOはなんとアダムスキー型!だったのだ。しかもいくつも丸い窓!があった。下にいくつか球体も付いていた。そして僕をしばらくつけるように飛んでいた。いつ連れ去られるんだろうと考えた。
 だけど冷静に考えるとやはりこれは幻覚だったに違いない。何と言ってもアダムスキー型なんだから。家族にもさんざん馬鹿にされた。それに映画のように顔が半分赤くなったりしなかったし、デビルズタワーも頭に浮かばなかった。アダムスキー型には未知との遭遇のUFOのようなパワーはないのか。そしてアダムスキー型を見たとしても口に出してはいけない。アダムスキー型っていうだけでかなり嘘っぽい(嘘、見間違えが大半だろう)。アダムスキー型を目撃したと言ってはだめ。もっと別な形のUFOだったら良かったのに。

 そんなUFOが楽しい頃に近所の映画館でスピルバーグの「未知との遭遇」→amazon.co.jpを見た。初めて前売り券まで買って見た映画だ。東京の一部の映画館でしかドルビーシステムが効いてなかったなど東京中心な話も見かけるが、近所の映画館は頑張っていてフロントには大型スピーカーをドーンと置いて、左右の壁には何個かの小型スピーカーが貼り付けられて、車の移動する音など超サラウンドしていた。「未知との遭遇」を見たあとは「宇宙戦争」のような地球を攻撃する宇宙人って構図が陳腐で古臭い感じだったけど、今はひと回りして「未知との遭遇」や「E.T」のような映画はちょっとね、なんだろうか。

ucyu_message  その他に「未知との遭遇」の頃といえば、ちょうどマセ始めの僕は洋画やアメリカのTVシリーズに出てくる女優に夢中になった。「チャーリーズ・エンジェル」のファラフォーセット・メジャーズやミノルタのCMに出てたキャンディス・バーゲンや「バイオニック・ジェミー」のリンゼイ・ワーグナーやこの「未知との遭遇」に出てたメリンダ・ディロンとか。なんかこそばゆいな。
 話が脱線したついでに。その頃「未知との遭遇」に続いて「スターウォーズ」を観ようと意気込んだけど、何故かタイミングをはずしてしまい替わりに観たのが深作欣二監督の「宇宙からのメッセージ」→amazon.co.jpだった。あまり代替にはならなかった気がする。

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2005/06/15

A ONE & A TWO

 久しぶりに楊徳昌(エドワード・ヤン)の「ヤンヤン 夏の想い出」→amazon.co.jpを観た。

YIYI  80年代~90年代にかけてつくられた台湾ニューウェーヴと呼ばれる一連の台湾産映画に世界中が注目し絶賛していた。侯孝賢(ホウ・シャオシェン)映画で廖慶松(リャオ・チンソン)や朱天文 (ジュー・ティエンウェン)が語るように、海外帰国組が持ち込んだ文化と台湾土着映画の融合、20年近く遅れたフランスのヌーヴェルバーグの影響による冒険的な編集とソフトランディングを両立させたバランスにより台湾が世界の映画文化をリードした。

 ニュースなどによると特に近年の台湾映画界は風前の灯らしい。
 50年代~60年代以降急激に縮小した日本の映画産業。日本に限らずアジア全域で50年代~60年代は映画産業が大きく発展し世界をリードするチャンスだったが、欧米に駆逐され観客はそれを望んでしまった。
 その台湾映画の出来のよさに比べ台湾国内でのハリウッドの攻勢やそれらに慣れてしまった観客のニーズとのずれは、世界からの注目に反比例するかのように歴史を繰り返すように映画産業を縮小に追いやっている。
 製作のほとんどは縮小し台湾ニューウェーヴ以前のアイドル映画に逆戻り、一部の文化映画は海外の資本をあてにするしかない。なんとか台湾映画を支えていこうとするボランティアによって支えられているように感じる。
 映画は相変わらず楽しく堪能したけど、同時にそんなことも考えてしまった。

 相反することを言うようだけど、興行的には良いかもしれない「ヤンヤン 夏の想い出」という邦題はひどかった。台湾映画のステレオタイプそのままだし、映画の内容とも合ってない。ヤンヤンは登場人物の一人でしかないし、第一、夏の想い出の欠片もない。楊徳昌はどう思ったんだろう。フォローすると日本ロケ時の日本人スタッフの働きは素晴らしかったと楊徳昌は言ってる。
 (たぶん日本では客が入らない)A ONE & A TWOというタイトルが示すようにこの映画はシンプルなストーリーの集合だ。殺人まで含めて平坦な日常に閉じ込めているが、登場人物の苦悩や動揺、心の変化、成長は大きい。癒しとかまったりとか懐かしさとは無縁だろう。誰かの台詞がこそばゆく感じたら、何年かネせてみるといいかもしれない。その時はちょっと観るのが若すぎたのかもしれないな。脚本家としての認識しかなかったけどNJ役の呉念眞(ウー・ニエンジェン)はいい味出してた。

 相変わらず本編の話が薄くてすみません。しかもまた台湾映画。

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2005/06/07

IKIRU

IKIRU  息子の風邪をもらってしまい、先週末から調子を崩してた。少し良くなってきたので昨日は横になりながら黒澤監督の「生きる」→amazon.co.jpを観ていた。黒澤作品は大好きなので体調が悪いときの娯楽としてよく観る。
 先月、選考方法はよく分からないがタイム誌で映画100選(今頃の話題じゃないですね)を発表していて「生きる」を含めた邦画4本が入っていた。今回「生きる」を観たのはそのせいかな。

 ケビン・コスナーじゃないが黒澤映画で何回も観てると言ったら「用心棒」だけど、しかし「生きる」のインパクトは凄い。黒澤監督が「生きる」を撮った年齢に近づくにつれ、あの若さで生きるも死ぬもないなと思っていたけど、そうでは無いってことに気がついた。

 大きな理由は僕の年齢が癌で死んだ母の年齢を超えたことだ。いつかは僕も癌で死ぬんだろうななんて長い間思っていたけど、母の年齢を超えた時点で訳が分からなくなった。
 本当に癌で死ぬの?とか、このまま長生きしちゃうんじゃないの?とか、せめて息子が大学を卒業するくらいまで?とか。健康には気をつけないとね。

 この映画によく引き合いに出される実存主義のような大袈裟なものはさておいて、たしかに余命を告げられた時点で僕はいったいどうなっちゃうんだろうと考えた。僕は死ぬことを知ったときの母の混乱をよく覚えているから、ここの主人公のように、そこから生きてみることがとても難しいものにも感じる。でもその状況になったときこの映画のことを考えたりするんだろうな。今からでもテキトウな人生にならないように心がけなくちゃね。

 そんなことを考えて観てるうちに風邪のほうはだいぶ良くなった。

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2005/06/01

汚れた血

 20代までに観ないと、というかその機会を逃すとその後はまったく意味を成さない映画があるとしたらこの映画だと思う。

MAUVAIS-SANG  先日、我が家の5年間使用したDVDプレーヤー(既にヨレヨレだったけど)が息子に破壊された。新しく購入したDVDプレーヤーの動作確認にレオス・カラックスの「汚れた血」→amazon.co.jpを入れてみた。久しぶりに見る映像だったけど強烈だった。24~26才で撮った映画とは思えないし、その年齢でしか撮れない映画だった。86年、フランス映画、1600万フラン、アルフレード・バウアー賞。

 読めないCahiers du Cinema誌を読み、当時全盛だったシネマライズやらユーロスペースやらに足を運んだ人たちで80年代後半から、ちょっとしたカラックス・ブームになった。僕も同じように「汚れた血」をわざわざ田舎から出てきて観てしまった。その後、遅れて前作「ボーイ・ミーツ・ガール」→amazon.co.jpも公開。
 91年だったか92年だったかアレックス3部作の最終作「ポンヌフの恋人」→amazon.co.jpがヒットするまでにヌーヴェル・ヌーヴェル・ヴァーグはちょっとした全国区になった。大雑把には女性はジャン=ジャック・ベネックスの「ベティ・ブルー」を観て、男性はカラックスの「汚れた血」を観るって感じだった。本当に大雑把すぎるかな、でもカラックス曰くこの映画で一番気を使ったことがジュリエット・ビノシュを綺麗に撮ることだったからね。

 疾走する愛、愛の無いセックスで感染する病気「STBO(STBOはSIDA=エイズをひねったもの、今なら考え物だね)」、ハレー彗星の接近による異常気象。
 作品を語るときには幼少期から説明しなければならないカラックス。ミレーユ・ペリエ、ジュリエット・ビノシュと当時の恋人を主役に据えて、本名であるアレックスと言う名の登場人物に実らない恋を3作も連続でさせてしまうカラックス(ポンヌフの恋人の最後はシナリオとは全然異なることは有名)。
 まったく気味が悪いくらいナイーブすぎて熱すぎて、冷静になってしまった人間には入り込めないかもしれない映画。しかし映画のラストまで疾走する愛を貫き通すこの映画は、奇妙に交じり合った芸術性と相まって20代の人間には鮮烈な印象を与える。弱々しいところに共感できたのがそんな年齢だったなと思い出した。今では気恥ずかしい話。

 とDVDプレーヤーでラストシーンを繰り返してみながら考えてしまった。ビノシュが手を広げて疾走するシーンの間にジュリー・テルピーのオートバイの足元がワンカット入るところで気持ちが盛り上がるのが分かった。

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2005/05/31

キリング・フィールドと権力と栄光

killingF-SP  以前、ローランド・ジョフィの「キリング・フィールド」について書いた。そのころのDVDは出来がいまいちだったことで購入をひかえていた。最近になって画質も少し良くなって特典もついて、ついでに字幕もON/OFF可能になった「キリング・フィールド スペシャル・エディション」→amazon.co.jpがリリースされた。だから買ってみた。

 カンボジアと言えばで今だ引っ張り出されるシドニー・シャンバーグ。「キリング・フィールド」は彼のピュリッツアー賞受賞作(1976年)「Death and Life of Dith Pran.」を元にした奇妙な男の友情を描いた映画である。何回も観ているのに不覚にもまた涙が出てしまった。男の友情で涙が出たのは20年も前のことで今回は「アンカ(ポル・ポト率いる革命組織)」に疑問を持ち始めたあるクメール・ルージュの男が、自分の息子を主人公であるプランに託して殺されてしまうシーン、そしてその幼い息子も地雷の餌食になるシーンでいってしまった。子供をもつとこんなところがとても辛くなる。
 ベトナム戦争に端を発する米軍による相次ぐ誤爆、米軍の撤退、アンカを中心としたクメール・ルージュによる虐殺までを映画の中に順序よく描いているから、当時カンボジアに何が起きていたか理解しやすい。友情がテーマでもこちらに目が向いてしまうのはしかたがない。
 文革前夜、毛沢東による農業社会主義とその弾圧を目にしたポル・ポトがいかにカンボジアでの虐殺に及んだか、また西側を中心とした自由主義がどれだけ不甲斐ないヨレヨレなものだったか。そんな両陣営のダメぶりもバックに描いている。シャンバーグの米国人的な嫌らしさも特典によれば意識的に描かれているらしい-なるほど。それでも共産主義幻想から覚めたばかりの時代の映画だからまだまだ先は長いよといった感じだ。映画はまだまだ中途半端な西洋観なのだと思う。そいうえばローランド・ジョフィ、次の映画が「ミッション」だなんてどうしてなんだろう。

 平行して、意識的ではなかったけど、1930年代にメキシコで起こった共産主義革命によるカトリックの弾圧を描いたグレアム・グリーンの「権力と栄光(ハヤカワ文庫 ep)」→amazon.co.jpを読んでいた。カンボジアもそうだし中国もそうだけど共産主義幻想の高まったあの時代はいたるところで多かれ少なかれ同じ悲劇が繰り返される。共産主義だけではない台湾の2.28事件を描いた侯孝賢の「悲情城市」のような白色テロもあった。なにか僕には理解できない力が働いて人間を殺す。どんな理由であれ人殺しは嫌だよ。ということでこんな映画を観たり本を読んだりしてしまうのかなとも思う。
 ところで「権力と栄光」(解説によるとカトリック的に力と光)は、なかなか理解の難しい(抵抗もある)カトリシズムないくつかの小説に比べ格段に理解しやすいし面白い。名匠ジョン・フォード監督の「逃亡者」の原作だが、著者も述べているように「逃亡者」のほうはちょっとおかしな脚色がされているようだ。原作の意図を180度捻じ曲げたような、まあ1960年代以前の西部劇のようなものらしい。インディアンは共産主義者ということか。辛いよね。

 ところで何か変だなと思ったら、今読んでるナギーフ・マフフーズの「渡り鳥と秋」(季節はずれ?)はエジプト革命、細かく言うと1952年のスエズ運河でのドンパチから始まる。そういうつもりで読み始めたわけじゃないのにね。

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2005/05/23

ロマン・ポランスキー短編全集

 先週は徹夜をしたり出張に行ったりでなにかと忙しかった。家に帰ってノンビリとするのにうってつけかなと思い「ロマン・ポランスキー短編全集」→amazon.co.jpを観た。ポランスキー研究なんて結構流行ってたから詳しいことはそっちとして、ポランスキーについてちょっとだけ。

POLANSKI  いつ頃だったか覚えてないけど随分昔に「へルター・スケルター」という映画をTVで観た(タイトルはビートルズのあれだね)。なかなか気分が重くなる映画で1969年のシャロン・テート殺害事件がテーマだった。有名な話だけど、殺されたシャロン・テートはポランスキー監督の当時の妻で、ハリウッドにある友人宅でチャールズ・マンソン・ファミリーによって殺害された。
 ポランスキーは当時、映画「ローズマリーの赤ちゃん」が成功していたが、(文字にするのも気が滅入るな)殺されたシャロン・テートは妊娠8ヶ月だった。アメリカには今だフラワー呆けした連中にチャールズ・マンソンにイカレてる人間がいるらしい。怖い話だ。

 ポランスキーはフランスでポーランド人の父とユダヤ人の母の間に生まれた。その後ポーランドに移住したが母親が収容所に送られ息を絶える。そのポーランドでの経験が「戦場のピアニスト」に反映されているらしい。

 ポランスキーのこのDVDはポーランドはウージの学校時代の作品が半分以上を占めている。「水の中のナイフ」が出来るまでの道のりを順番どおり収録している。
 特にウージ時代の「タンスと二人の男」はポランスキーの現在に至るまでの作品の中でも傑作とされるもので、海の中から現れた箪笥を担いだ二人の男が箪笥を担いだまま町を歩き、さまざまな出来事を経由してまた海に帰る。箪笥に貼られた鏡の演出も含め現在のポランスキーに繋がっているのがよく分かる。そしてやはりコメダの音楽が素晴らしい。映画音楽ファンやジャズファンに言わせれば初期のポランスキー作品といえばクシシュトフ・コメダである。残念かつ奇妙なことにコメダは「ローズマリーの赤ちゃん」の音楽によるアカデミー授賞式に向う途中で事故により亡くなった。

 なにかとタブロイドな話が多くなるけど、ロマン・ポランスキーのつくる映画はそういうネタと一緒に並んでもおかしくない稀有な映画だと思う。シュールに感じる幾つかの部分はそういった体験とそれらの追体験表現の試行とも感じてしまう。だから初期の作品は観て面白い。重い映画だと勘違いされると困るので弁解すると、出張帰りの疲れた頭にはとても優しい映画だったし、短編集を観ることそのものが15年近くお休みだったので何か懐かしい気分だった。

 最後にまた非道徳な話だけど、ポランスキーは過去アメリカ滞在中にクエイルードを使った未成年に対するレイプを行い、今だアメリカに入国出来ない。被害者であるサマンサ・ガイマーさんの話は興味深い。レイプで拒絶反応しちゃう人はとりあえずこのあたりを読んでからポランスキーの映画を観た方がいいかもしれない。どこで相殺していいのかよく分からない混沌とした人だね。

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2005/04/25

侯孝賢傑作選その後

 10年ほど前、開港したばかりのKIX行きの電車を泉佐野駅のホームで待っていた。僕より少し年上のHさんが「ねえtornosさん(仮名)、ホウ・シャオシェンの映画観たことある?」と聞いてきた。思い出してみると他人から侯孝賢の名前を聞いたのは初めてだった。
 とりあえず「恋恋風塵」と「悲情城市」は何回か観ていたし、以前Hさんの趣味の写真をちらっと見せてもらい何枚かが「川の流れに草は青々」の1シーンみたいだなと思っていたから、そのあたりの話をすると「侯孝賢好きなの?だったら個展を笠間でやるから来てよ」と言われ笠間へ行った。

 その頃は侯孝賢風味の写真を撮る人が結構いたように思う。田んぼの中に子供を添えてロングショットで撮ったりしたような写真だ。いかにもつくりましたって感じを受ける人も多いだろうが、そういう写真を撮りたくなる気持ちは分かった。侯孝賢のロングショットがあまりに魅力的だからだ。
 「恋恋風塵」のインタビューで主演の王晶文が「引き算の監督」と表現してたけど、引き算というのは難しい。説明となるものが整理されて引かれていく。80年代以降、台湾から来た映画は全体として引き算の映画が多い。引き算の上にロングショットで事象がずっと遠くで発生するから気持ちを入り込ませるにはちょっと苦労する。しばらくするとこの感触に慣れてきてその風景を含めたロングショットの映像全体がストーリーを表現していることに気づく。ロングショットっていうのは沢山のものを写しこむわけだから実は引いたものを補って余るほどの足し算になる。映像全体で映画を語らせようと苦心する李屏賓を代表するそれらのショットは圧倒的だった。だから僕でさえ以前はロケ地、たとえば九[イ分]などに行ってみたいなんて思ったくらいだから、侯孝賢映画のロケ地は観光地となった。

 予約した「侯孝賢傑作選DVD-BOX 80年代篇」が届いて久しぶりに初DVD化された「恋恋風塵」と「童年往事」を観た。初めて「恋恋風塵」を観たときは僕も20代で感情が入りすぎて泣いてしまった。しかし今回は冷静に観ることとなった。それを知ったとき少し恐ろしい気もしたが、何故だろうと悩みながら結局は何時の間にか映像に集中できるようになると、侯孝賢作品で以前は感じ取れなかった活力を感じるようになった。ついでに最近の中国などでのデモ映像などでゲンナリしていたところを立て直してくれるような効果もあった。侯孝賢のさらりとした映像に登場する日本統治、二・二八、大陸での内戦などのエピソードはナショナリズムを煽るつまらないニュース映像とは別のものだ。最後に残ったのは兵役の感触が実感できない自分だったけど、これは日本にいるかぎり解決できないことだと思った。

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2005/04/21

おとなしいアメリカ人その後

 この一週間、変なウィルスにやられてた。熱が出た後、体中が筋肉痛になる。病院の薬(風邪でしょう)は全然効かなくて熱が退いてからは筋肉痛からくる頭痛を和らげるのに市販の頭痛薬が良かった。現状はやや回復。

 ところで何にも出来ないのでTVを観てるだけの毎日。おかげで中国各地で起きているデモのニュースばかり見ることになる。
 僕自身は中国映画の大ファンなのでデモの映像を見てると少々困惑する。とは言っても中国映画が絶頂期だった天安門事件前後の映画が中心だけど。その頃の民衆の気持ちと今のデモに参加する人たちにはどの程度の違いがあるのか数々の一揆も含め計り知れない。それに相変わらず地上波だけではどうも具体的な情報がつかめない。自由な報道が出来ない中国も、現状のような報道が主体の日本も大雑把に言ってあまり違いが無いような気もする。第三国の報道とかに期待するしかないのか-その点はいくつかのblogが力を割いているようだから読んでみよう。
 しかし中国政府もうまくやらないと陳凱歌が「子供たちの王様」で描いていたような中国何千年もの悪循環を自らまた断ち切れずに終わってしまうんじゃないのか。

billted  TVはデモのニュースばかりではなくて、テレビ東京の例の昼の映画で「ビルとテッドの大冒険」→amazon.co.jpを放映していた。これはちょっと良かった。いわゆるキアヌ・リーヴス週間だったらしく「ビルとテッドの地獄旅行」→amazon.co.jpも期待したけど、こっちは放映されなかった。80年代のノリには救われる。
 そのノリで、久しぶりにTUTAYAに行って映画を借りて観た。
 でも店に並んでいるタイトルを眺めても何がどのような映画で何が話題になっているのかさっぱり分からない。だから、たまたま想像がついた映画「愛の落日」→amazon.co.jpを借りる。グレアム・グリーンの原作「おとなしいアメリカ人」を読んでいたから。9月に読んでの今だけど原作のほうは大変面白かったので頭の中にもかなり残っていた。

q-a-movie  監督のフィリップ・ノイスは前作の「裸足の1500マイル(Rabbit Proof Fence)」からクリストファー・ドイルと組んでいる。ドイルというと香港映画ってイメージが強いが「サイコ」のリメークあたりから香港の外に活躍の場を広げているらしい。個人的には隔離同化政策下の混血アボリジニ姉妹の脱走劇というシンプルなストーリーにドイルの広角レンズがうるさく感じて、もっと落ち着いた撮影のほうがテーマが伝わっていいのにと思っていたから今回も少し警戒していた。
 結果としてはレンズを覗き込んで歪んだ顔で語るようなこともなく、レンズより手持ちのブレが気になったくらいで、ドアを開けて部屋に入る男~パンの間、広角で歪んだ部屋の様子を見せて~主要人物の3人をフレームいっぱいにとらえて止める、などはドイルらしい情感を表現した良い部分だと思った。

 ところで映画は原作の主要なエピソードは全ておさえて100分程度と丁度良い長さだった。大まかには国の関係と人間関係が比喩の掛け合いになってる。
 なんであんな枯れたマイケル・ケインがベトナム人のおねーちゃんとイチャイチャしてるのかとかは、原作を読んだ人間が隣にいるといいかもしれない。欲を言えば見張り塔の一連のシーンはマイケル・ケイン扮する主人公の心境を詳細に描写するところだから、もう少しじっくりやってもいいとは思った。
 映画で描かれるインドシナ戦争~ベトナム戦争への流れは最近の戦争を考える上でちょっとした参考になると思う。あとグレアム・グリーンらしいカトリック・ネタとか。

 最後に、不思議なことに立て続けに別の人間の著作でグレアム・グリーンに遭遇した。「おとなしいアメリカ人」を5回読んだグレアム・グリーンかぶれのアンソニー・ボーディンの「世界を食いつくせ!」とポール・セローが生前過ごしたアンティーブのアパートを訪ねる「ポール・セローの大地中海旅行」。前者は肉が大好き、後者はベジタリアン(でも魚は食べる)だった。

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2005/03/30

侯孝賢傑作選

ho80
 思わず予約してしまった「侯孝賢傑作選DVD-BOX 80年代篇」→amazon.co.jp。侯孝賢監督が80年代に撮った作品が入っている。入っている4本の映画「恋恋風塵」「童年往事」「冬冬の夏休み」「風橿の少年」は個別に出ててもたぶん買ってただろうし、「恋恋風塵」も「風橿の少年」もDVD化はまだまだと思っていたから正直嬉しかった。内容は物が届いたら。
 しかし相変わらず台湾/中国映画の値段といったら。残るは揚徳昌(エドワード・ヤン)の「嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」だな。

【訂正】
初DVD化は「恋恋風塵」と「童年往事」でした。「風橿の少年」はDVD化されたことがあったらしいです。

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2005/02/15

999円

phantom
 最近テレビで「オペラ座の怪人」のCMがかかっているせいで、ブライアン・デ・パルマの、「ファントム・オブ・パラダイス」→amazon.co.jpを思い出しDVDを購入してしまう。それが999円。この安いシリーズにはどうも魅力的な映画が多くてメル・ブルックスの「ヤング・フランケンシュタイン」→amazon.co.jpもついでに購入。なんだかどちらもパロディ映画でかつ快作。ちなみに僕は特にホラー映画やスリラー映画のファンではありません。

 「ファントム・オブ・パラダイス」は「オペラ座の怪人」の設定こそそのまま-かつ-まるで別物。オタク的に色んな映画に対するオマージュぶち込み過ぎ。なんとポール・ウィリアムスが出ているし音楽も全編ポール・ウィリアムス。ロジャー・ニコルズとかカーペンターズとかモンキーズとか聞いてる人は分かるでしょ。Someday Manとか次のアルバム(名前忘れた)とか地味にいい作品を書いてた。「ファントム・オブ・パラダイス」あたりを境に変わってしまったような人。

obsession
 僕は男らしくデ・パルマのファンなので初期作品は一通り観ているつもりだけど、変に安っぽい魅力に溢れていて麻薬のように立て続けに観てしまう。特に70年代の「悪魔のシスター」~「ミッドナイトクロス」位までと80年代の「ボディ・ダブル」あたりか。
 カメラもどこまでパンするのかと思ったらグルグル回る、なかなか止まらない。何回転した?なんて話題になる。「愛のメモリー」でも「ミッドナイトクロス」でも「ボディ・ダブル」でもクルクル回る。デ・パルマ作品で僕が一番好きな「愛のメモリー」→amazon.co.jpのラストなんかクルクル回っている間に感動して涙が出てしまった。

 メル・ブルックスのほうはそのうち。

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2004/12/24

黄色い大地

kiiroidaiti
 今更ながらだけど内閣府から発表された世論調査も韓国への親近感は過去最高らしい。対する中国への親近感は過去最低になった。そんな韓流ブームの時に、僕が最近観ている映画といえば中華圏のものばかり。実はあまりの韓流ブームに、映画にかぎって言えば、良い作品も悪い作品もなんでも流れ込んでいる印象で、出遅れた僕は韓国映画にはなかなか手がつけられない感じなのです。

 ということで風邪で体調を崩しながら、「子供たちの王様」に続いて、またも陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「黄色い大地(原題:黄土地)」→amazon.co.jpのDVDを入手した。昔ビデオで観て以来だなあ。間に「北京ヴァイオリン」も観たけどそっちは観てる人沢山いるからいいでしょ。ところでDVDの売り方が撮影を担当している張芸謀(チャン・イーモウ)を全面に出していて陳凱歌どこ?というのが日本のマーケティングの心配なところ。これは陳凱歌の記念すべきデビュー作にして中国映画の傑作。

 陝西省北部、黄土でおおわれたその極貧の土地に八路軍の工作員が民謡の採集にやってくる。採取された民謡は共産党の宣伝歌として利用される。映画は、その男が世話になる家族の若い娘が八路軍の工作員に恋をして、やがて悲劇へと展開する。陝西省北部における結婚は金銭と娘をトレードする売買婚が普通であり、その中に八路軍の工作員が持ち込んだ自由な結婚観に対する憧れと困惑が展開する。
 たしかに張芸謀のカメラワークは素晴らしい。陳凱歌の落ち着いた映画の展開と相まって張芸謀の初監督作「紅いコーリャン」よりはるかに説得力がある美しい映像だと思う。特に黄河の映像。趙季平(チャオ・チーピン)の迫力ある音楽も素晴らしい。
 「子供たちの王様」のように多く暗喩は含んではいないが、内側から観れば共産党賛歌。外側から観ればその逆。ただし第4世代のように批判も湯気のたったものではない。中国第5世代映画。

  ところで僕のことを中国好きと勘違いしないで下さい。中国には行ったこともありませんし、特に今行きたいほど惹かれてません。行ったのは中国返還前の香港が関の山。中国映画が好きなだけです。それにしても風邪早く直らないかな。

 (忘れそうだった今日はクリスマス・イヴか!、年賀状どうしよう!と思うクリスマス・イヴ)

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2004/12/14

ハワイといったらタオテ・シノト

 インフルエンザの予防接種に中ってあまり体調が良くなかったので、ちょと時間が経ってしまった。だから全然タイムリーじゃない話。

 前回の「世界ふしぎ発見!」に、僕のアイドル、タオテ・シノト(ハワイ、ビショップ博物館の篠遠博士)がでていた。動くタオテ・シノトである。この人、水木しげるに似てるなと感動した。彼を知らなかったらハワイはただのハワイだったに違いない。ということでやはり釣り針の話だった。
(僕のblogでの関連ページ→ポリネシアを掘る

 カホオラウェ島が紹介されたのも良かった。この島かなり気にはなっていたけど、現在の映像を見たのは初めてだった。近くのラナイ島ではドール社、プランテーション事業の顛末、高級リゾート三昧。そしてこちらは不発弾があちらこちらに。どちらもハワイ。

 まだ体調いまいちです。横浜にて。

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2004/11/18

メロディ

melody.jpg
  予約していたDVD「小さな恋のメロディ」→amazon.co.jpが届いた。僕がこれを書く前に、既にいくつものblogでとりあげられてたので補足程度に。

 子供の頃これを何回も観て、マーク・レスターの役には共感できなくて、いつもジャック・ワイルドの役になりきって観ていた。この二人、映画の後半で少し険悪な感じになってしまうけど、最後にあっさりジャック・ワイルドがおれてしまって、子供ながらになにか解せない、とても歯痒い気持ちになった。
 小学生の頃の女の子って男の子より体が大きくて、そう、ずっと大人だななんて感じてたのがそのまま映画になった感じ。特に墓場で女の子達がミック・ジャガーのポスターにキスしてるシーンはとても象徴的。
 リチャード・ヒューソン(フィル・スペクターにそそのかされてビートルズのザ・ロング・アンド・ワインディング・ロードのオケをアレンジした人 )の音楽が愛らしくかつロマンチックで、なんとなく後半バカラックぽいいい感じで(と勝手に感じて)、個人的にはipodに入れた「小さな恋のメロディ」のサントラの中からリチャード・ヒューソンの部分だけ抜き出して聞いたりしてる。
 DVDはまだ観てないけど、この歳でどう感じるのやら少し心配。
 それにしても「ジェレミー」もDVD化されるんだから、そろそろ「フレンズ ポールとミシェル」もDVD化してくれないかな。

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2004/11/15

ラマになった王様とランブルフィッシュ

 息子1才4ヶ月が先週から風邪をひいて1週間ほど調子が悪いです。共働きの我が家なので息子を保育園に預けられない時は二人で交替で仕事を休むことになって、外出もあまり出来ないので家でテレビでも見てるしかありません。
 ということで息子が風邪の間に観た映画2本。

NewGroove.jpg
 1本目は、2000年のディズニー映画「ラマになった王様」→amazon.co.jp。ジョブズのピクサーがディズニーを牛耳ってる間にディズニーオリジナルでささやかに出てきた映画で、ディズニーらしくないと評判の、特にディズニーファンでない僕にしてみれば十分ディズニーらしいディズニーアニメ。
 突出したキャラクターはないけど、50年代までのチャレンジディズニーな雰囲気があって結構気に入りました。原題の「The Emperor's New Groove」のほうはイメージにピッタリでラマになった王様なんていう底に沈みそうな邦題にしたのかよく分かりません。
 ある意味辛いくらいのノリと弾けぶりで、古代インカとの結びつきはどこから発想できたのか分かりませんが、少なくてもディズニーはまだ早いだろう息子もノリが良いせいか、テレビを前に四股を踏んだり拍手をしたりしてました。

RumbleF.jpg
 2本目は、1983年のフランシス・フォード・コッポラ監督の「ランブルフィッシュ」→amazon.co.jpです。これを最近観るきっかけになったのは、僕が10代終わりか20代初めに映画館に観にいったときのパンフレットをダンボールの中から妻が発見したためで、彼女のリクエストで近所のTUTAYAで借りてきました。当時妻も観たらしく、妻が観たとしたら中学生ですからどう映ったんでしょうねこの映画。ついでに大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」のパンフレットも見つかって、これも借りようということになったのですが、近所のTUTAYAにはありませんでした。
 全編モノクロに水槽のランブルフィッシュだけ超パートカラー(黒澤明の天国と地獄より念入りでないような超パートカラー)で描く青春不良映画。80年代版「エデンの東」とか「理由なき反抗」といった感じの映画。コッポラ作品の中でもこの映画好きだって言う人は多いですよね。僕も当時は世代的にもなんか共感して観ていた気がします。特に色盲のモーターサイクルボーイ、ミッキー・ロークはめちゃくちゃ格好いいと思って、その後猫パンチでがっかりさせられるとは思いませんでした。
 パンフレットに踊るキャッチフレーズ「ケンカなんてくだらない。恐怖を勇気にすりかえてるだけだ。」、「俺たちはもう振り返らない。」、「弟よ!この町を出て、海へ行け。川にそって行けば、海に出られる・・・・。」etcが僕も若かくて成熟していなかったことを思い起こさせてくれます。

ということで今日も家にいてテレビ東京でやってる1983年の武田鉄矢主演「刑事物語2 りんごの詩」を観ています。

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2004/09/15

黒澤明 よみがえる巨匠の現場

kurosawa-s.jpg
 フィギュアは趣味じゃないのですが・・・
 QBGから「黒澤明 よみがえる巨匠の現場」なるものが出ていて、僕は大の黒澤ファン、というわけで3体ほど買ってみました(海洋堂もの)。

 今回は「用心棒/椿三十朗篇」。調子よければ「七人の侍」とか続くのでは。
 箱から出てきた3体は、「桑畑三十朗(彩色版)」、「黒澤監督(白黒版)」、「新田の亥之吉(白黒版)」。本当は「新田の卯之助」がほしいところです。さらにラインナップにはないけど東野英治郎が演じてた権爺があるとね。東野英治郎抜きでは用心棒は成り立たないからなあ。

 とどうでもいいことか。

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2004/08/31

子供たちの王様

kodomo.jpg
 '89年の第二次天安門事件がきっかけで、それまでほとんど興味の無かった中国のことを知ろうと思った。いくつか買った本の中に陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「私の紅衛兵時代―ある映画監督の青春(講談社現代新書)」→amazon.co.jpがあった。
 陳凱歌が文革時代の下放体験を綴ったもので、新書っていうのはダイジェスト版みたいな偏見があるから、陳凱歌の初めての長編が最初から新書では少し勿体無いのでは?と思う内容だった。

 「私の紅衛兵時代」が出版された'90年当時、僕は陳凱歌について何一つ知らなかったが、彼はそれまでに'84年の「黄色い大地」'85年の「大閲兵」、'87年の「子供たちの王様」という3本の作品を撮っていて、4作目である「人生は琴の弦のように」を撮っている最中だった。
 とにかく文章に引き込まれて「全ての映画を観てやる」と思ったのだけど、田舎のレンタルショップの実力か、観れたのは「黄色い大地」だけだった。ちなみに「黄色い大地」の撮影は彼と同期の張芸謀(チャン・イーモウ)。
 その後「覇王別姫」あたりから(陳凱歌ファンからみて)商業的と受け止められそうな作品が続いて、いつのまにか僕も興味を失っていたが、最近の「北京ヴァイオリン」で思い出した。そこで陳凱歌映画がDVD化されていないかチェックしていると8月21日に「子供たちの王様(原題:孩子王)」→amazon.co.jpがDVD化されたので購入した。

koueihei.jpg
 「子供たちの王様」は「私の紅衛兵時代」を翻訳した刈間文俊さんが字幕をやっていたので、DVDの特典は少なかったが14年ぶりにその新書が特典がわりに役に立った。
 観てみると映画らしい映画だなと感じた。ストーリーは単純で文革時代に雲南省の山村に下放していた主人公”やせっぽち”が中学校の教員として就任する。”やせっぽち”は教育も途中で下放され、教員の経験など無いのだがそこは文革時代、「労働者が教壇を占領する」である。文革時代の劣悪な教育現場で、”やせっぽち”は党の教育方針を無視した教育を展開する。
 一見、山村の素晴らしい風景を舞台に、文革批判映画と子供たちと教育に対する喜びを表した感動映画をミックスしたような映画だが、その背景にはもうひとつ大きなテーマが流れている。
 それは刈間さんも新書の後書きで指摘しているように「昔、お山がありました。お山にお寺がありました。お寺の和尚がはなしました。昔、お山がありました。・・・」という回文を暗唱するシーン、360度ゆっくりとパンするカメラワーク、全てを焼き尽くす野焼き、誰もいなくなった教室の風景等々。なにをやっても同じ地平に戻ってきて全てがリセットされてしまう中国の歴史の悪循環を表すショットが画面のいたるところに挿入されているのである。これが単純なストーリーに深みを与えている。

 陳凱歌及び原作者の阿城(アー・チョン)はこの映画のように雲南省の山村に下放した経験がある。「私の紅衛兵時代」の第5章「青山―野焼きそして新生」はこの映画を紐解くテクストが多く含まれる。今の中国が循環のどのあたりにいるのか、それとも悪循環を抜け出しているのかはよく分からない。

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2004/08/24

オーストラリアの「誓い」

gallipoli.jpg
 オリンピックの中継を観ていて一本のオーストラリア映画を思い出した。ピーター・ウェアー監督の1981年の映画「誓い(原題:Gallipoli)」→amazon.co.jp。思い出した理由は主演の二人の役が短距離ランナーだったからに過ぎないけど。第一次大戦下のオーストラリアが舞台。

 ピーター・ウェアー監督は「ピクニック・アット・ハンギングロック」や「刑事ジョン・ブック 目撃者」、「グリーン・カード」を撮っている日本でも人気のある監督だし、ましては主演はメル・ギブソンだからこの映画もっと注目されてもよさそうだが、この映画の認知度は低い。Amazon.co.jpにもカスタマーレビューは一件も無いし。
 ところ変わって本国オーストラリアでは空前のヒットを飛ばし、オーストラリアを代表する名作とされている。この映画を観たとオージーに話したら随分興奮した。

 原題であるガリポリは、現トルコのガリポリ半島のことで第一次大戦の激戦地である。(現在はリゾート地として有名。ギリシャも近いから思い出したというのは無理がある?)
 英国本国がこの地域での戦闘に苦戦するなか、オーストラリア・ニュージーランド自治領はアンザック軍団を構成してガリポリ戦線に参加し大量の犠牲者を出した。
 映画はメル・ギブソン演じるフランクとマーク・リー演じるアーチーの二人のアスリートの友情と、彼らが参加することになる部隊の激戦の様子を描く。

 アーチーは同胞と戦うことを夢見る田舎の青年。対してフランクは戦争にはなんの興味もないパース育ちの青年。カーニバルのレースで出会った二人は少しずつ友情を深める。若すぎて入隊できないアーチーは年齢を偽って騎兵隊に、彼に心を動かされたフランクは歩兵としてそれぞれ入隊。訓練での再会後フランクも騎兵隊となって二人揃って前線に向かう。そして足の速さを買われたフランクは伝令となるが・・・。なかなか衝撃的な結末をむかえる。

 当時オーストラリアには徴兵制はなくこの戦争に参加した二人も志願兵である。プロパガンダに踊らされるように戦争に参加していく若者達を描いた映画は多いが、この映画はオーストラリアが舞台と言うことで多くの戦争映画とは少し異なった面が見れるかも。戦闘のシーンはかなり少ないので戦争映画が苦手な人でも面白いかもしれない。オーストラリアのこういった自国の歴史を見直すような映画が80年代以降、今に至るまで多く作られているところが少し興味深い。

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2004/07/28

タヒチとマーロン・ブランド

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 ボラボラ島でジープ・サファリに参加して島を巡っていた時のこと。ドライバー兼ガイドのフィリップ(仮名)がジープを運転しながら、海に突き出た一棟のバンガローを指さして「マーロン・ブランドの別荘です」と言った。それは意外に地味な別荘で一般の人も貸別荘として利用できる。

 今月初めに俳優マーロン・ブランドが亡くなった。死亡直後は彼の遺産相続(2160万ドル)のことが話題になり、不動産にタヒチの小島が含まれるなどということも出ていた。これはボラボラ島で見た別荘のほうではなく、タヒチ島沖40kmにある小さな環礁「テティアロア環礁」のことを指している。
 テティアロア環礁は12あるモツ(小島)のほとんどが無人で、人が住むのはマーロン・ブランドが建てたテティアロアビレッジというアコモのあるモツ・オネタヒだけ。マーロン・ブランドは「戦艦バウンティ」のロケでこの環礁に魅了され、さらに映画をきっかけに共演者タリタ・テリピアと結婚した(3度目の結婚、タリタともその後離婚)。
 テティアロアはポマレ王朝の時代に王室の別荘があった。当時は太った女性が美人ということだから、妃となる女性は結婚式までテティアロアで生活し、大量の食事をとらされていたとのこと。

 7月4日の「くまにちコム」の新生面という短いコラムでマーロン・ブランドが取り上げられていた。「作家の三島由紀夫はマーロン・ブランドが大好きだった。(中略)、三島は『八月十五夜の茶屋』のブランドを「味があり、絶品に近い」と激賞している。」というのは知らなかった。
 マーロン・ブランドは日本が舞台の映画に二本出演している。「八月十五夜の茶屋」と「サヨナラ」→amazon.co.jpである。僕は「サヨナラ」のほうはDVDで持っているが、たしか「八月十五夜の茶屋」のほうはDVD化されていないと思う。沖縄を舞台にした映画でブランドは通訳の役を演じている。
 さらに「くまにちコム」ではテティアロアについても書いている。「環境保全を最優先とした夢のリゾート地の建設に乗り出す。映画よりもその島に建てる風力発電機のデザインの方に夢中になった。二十年かけて作り上げたこの夢の島もハリケーンに二度襲われ、ついえるが▼『ゴッドファーザー』、『ラストタンゴ・イン・パリ』、『地獄の黙示録』に出演したのはその夢のプロジェクトのためのお金が欲しかったためだったという。」
 テティアロア環礁にあるモツ・タフナ・ラヒは通称バード・アイランドと呼ばれアジサシ、軍艦鳥などの海鳥の生息地として欧米人に人気が高い。マーロン・ブランド亡き後はどうなるんだろう。
 現在、テティアロアへのツアーは中止されいるようだけど、彼のこととは関係なく滑走路の問題らしい。

 池澤夏樹氏の「夏の朝の成層圏」→amazon.co.jpというロビンソン・クルーソーのパロディで、遭難した主人公が無人島で初めて出会う人物マイロン・キューナードはマーロン・ブランドをモデルにしている。設定も超大物俳優。アルコール依存症を治療するために無人島に別荘を持っている。無人島とマーロン・ブランドの神秘的な部分が、それまでプリミティブな生活を送ってきた主人公以上に調和していて、テティアロアでの彼と重なる。
 小説の舞台は実のところタヒチではなく、たぶんミクロネシアのマーシャル諸島と思われる。だから小説のほうはマーシャル諸島らしい結末をむかえる。

 追悼の意味もこめて、AMAZONのクーポン券が余っていたので「ゴッドファーザー DVD-BOX」→amazon.co.jpを購入した。遅ればせながらゴッドファーザー3部作を続けて観た。3部作のうち1作目しか観た事がなかったが、それも中学生以来だったのでまったく記憶がめちゃくちゃだった。3部作全てが面白かった。これは続けて観たほうがいい。ゴッドファーザー本編より、コッポラの音声解説で語られるマーロン・ブランドのほうがタヒチに魅了される男という感じがする。

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2004/07/27

タヒチと映画

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 映画のことが続いているのでついでです。南国を舞台にした映画はやはり気になるのでDVD化されてないのかチェックしています。観てみたいものの中から今回はタヒチものです。タヒチものはフランス映画とかイタリア映画が多いですね。それにしてもなかなかDVD化されないですね。「めぐり逢い」とか「バウンティ号の反乱」とか「南太平洋」など有名どころはいつでもあるのに。他にも沢山あるんでしょうね。

「チコと鮫」

 監督:フォルコ・クィリチ
 出演: アル・カウイ
 1962年公開

 ボラボラ島を舞台にした少年と鮫の物語、文明批判、名作。フランチェスコ・デ・マージの音楽がいい味を出してるらしい(写真はそのサントラ)。フォルコ・クィリチ監督は「最後の楽園」とか他にも観たいのがあるんですが。
 この映画は'79年にフランク・C・クラーク監督によって「少年と鮫」という邦題でリメイクされています。「チコと鮫」より少し新しいボラボラ島が舞台というのは気になります。音楽はフランシス・レイなんですね(何かと音楽のことばかりですみません)。

「タヒチの男」

 監督:ジャン・ベッケル
 出演: ジャン=ポール・ベルモンド、ミレーヌ・ドモンジョ
 1966年公開

 ジャン=ポール・ベルモンド主演の女たらしものコメディです。音楽をミシェル・ルグラン(シェルブールの雨傘、ロシュフォールの恋人たち等々)がやっている以外はその程度の(つまりはジャン=ポール・ベルモンド主演らしい)映画のようですが気になります。

「タヒチの誘惑」

 監督:フランコ・ロッシ
 出演: エンリコ・マリア・サレルノ
 1965年公開

 この映画情報薄いんですが観てみたいです。文明批判を交えたロマンス物といった趣です。

「ハリケーン」

 監督:ヤン・トロエル
 出演: ミア・ファロー
 1979年公開

 巨匠ジョン・フォード監督が撮った'37年の傑作パニック・ラブロマンスのリメイク。ジョン・フォードの古いほうはDVDになってます。しかもジョン・フォード版はそのオープンセットの巨大さが今も語り継がれる歴史に残る映画です。対してこのリメイク版は失敗作、凡作と散々。お金つぎ込みまくりのディノ・デ・ラウレンティス製作(レッド・ドラゴン、フラッシュ・ゴードン、気狂いピエロ等々)。音楽は巨匠ニーノ・ロータ。当時この映画が話題になったとき、これがニーノ・ロータの遺作だと聞いた記憶があります。
 しかも舞台がサモア?(ロケはボラボラ島らしいんですが)

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2004/07/26

ナイルに死す

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 (旅の話はさておきで中途半端に古い映画の話ばかり続いてます。このところのあまりの暑さに頭がゆだって色々考えられないゆえの手抜きです。)
 中学の夏休みに、勢いでアガサ・クリスティーの推理小説を何十冊か読んだ。クリスティーが無くなったばかりでカーテンとかスリーピング・マーダーなどの最後の作品が翻訳され、どんどん文庫化していたのでつられて読んでいた感じもあった。読みやすかったせいもあるだろうけど、これほど続けざまに本を読んだのは後にも先にもこの時だけかもしれない。

 その時期にクリスティー作品の中でも特に分厚い「ナイルに死す」がジョン・ギラーミン監督によって映画化され「ナイル殺人事件」→amazon.co.jpという邦題で公開された。映画館に観にいった。
 ジョン・ギラーミンがタワーリング・インフェルノやキングコングなどのパニック映画を撮っている監督だというのは、子供ながらもとりあえず知っていたのでナイル殺人事件もそういう派手な映画になるのかと思っていたら、原作のイメージを損なわない良く出来た映画だった。ピーター・ユスチノフのポアロはよく評判が二分されるけど僕は好感触だった(そのころのポアロといったらアルバート・フィニーくらいでBBCのドラマはもっと後だし)。

 その頃は、この映画を観たおかげでエジプトに行きたいと思っていた。ダイナミックにエジプトの遺跡を見せる映像は上質な観光ガイドだった。ロイス・チャイルズとサイモン・マッコーキンデイルが馬に乗ってピラミッドにむかうシーンなんてニーノ・ロータの雄大な音楽とも相まってどんなピラミッドの映像より魅力的だっし、なんといっても映画のようにナイル川を船で上りたいと思った。カルナックやアブシンベルなどの遺跡やホテルに至るまで本当に行きたくなるような映像で、ミア・ファローやジェーン・バーキンやデビッド・ニーブンなどオールスターキャストも豪華だった。
 クリスティーは二十歳の頃にカイロで社交界デビューしていて、その時の体験がこの作品に華麗な設定を加えている。世界中を旅したり、二人目の夫マックス・マローワンが考古学者だったせいもあって、クリスティーの幾つかの作品は旅情を感じるものが多い。映画化されたものの中でも大掛かりなオリエント急行殺人事件、ナイル殺人事件、地中海殺人事件、死海殺人事件など設定が全て旅に通じている。地中海殺人事件なんて観ると、欧米人はこんな贅沢なリゾートを楽しんでいたのかと思ってしまう。羨ましい反面、誰を犠牲にしているかを考えるとあまり見習いたくはない気もしますが。

【追記】

 それにしてもDVDまた品切れのようです。
 ついでです。僕がクリスティーもので一番好きな映画はビリー・ワイルダー監督、マレーネ・ディートリッヒ主演の「情婦」→amazon.co.jpです。僕が観た映画の中でも10本の指に入ります。

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2004/07/25

チャオ・パンタン

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 また映画話。似合わないとは思うが、フランスの映画雑誌の日本語版「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」を91年の創刊時から購読していた。数年で早々とフランス映画に疲れてやめてしまったけど。とにかく80年代半ばから90年代半ばはフランスを中心としたヨーロッパ映画にはまっていた。雑誌をみるとそのころを賑わせていたダニエル・シュミット、レオス・カラックス、スティーヴン・ソダーバーグ、エリック・ロメール、アッバス・キアロスタミ、エドワード・ヤンとかの名前がとても懐かしい。その頃のことを考えると自分の青臭さが少し恥ずかしい。

 僕のフランス映画の始まりは少し遅くて83年のクロード・ベリ監督「チャオ・パンタン」あたりだと思う。実際に見たのは少しあとだった。時々チェックするけど良い映画にもかかわらずこの映画は品切れどころかDVD化すらされていない。ビデオではリュック・ベッソン・セレクションとしてしばらく前にでていた。
 パリにはちらっと行ったけど、本当にちっらとだったので舞台になるアラブ人街には行けなかった。どの観光地も同じだけど彼らも平穏に過ごすためにツーリストのため場所と実際の生活圏はある程度分けている。行こうと思えば行けるけど僕が行ったときは「そっちは行っちゃだめだよ」の世界だった。でも何がしかの映画のせいか、パリの18区など今ではパリ好きの行きたい場所のひとつになってる。行った人によればこれこそパリなんだと言う。パリは移民の町だなんて言う。

 「チャオ・パンタン」は、夜のガソリンスタンドに勤める中年男ランベール(役はフランスのコメディアン、コリュシュ)とアラブとユダヤのハーフである若者ベンスサンという孤独な二人の交流と、パンクヘア(こういう人たちを当時のヨーロッパで沢山見かけた)のローラという女の子を交えての復讐劇。永遠に記憶に残るラストシーン。
 物悲しいトーンで映し出されるパリの下町がとても魅力的に見えて、これが味わえるようならパリに行ってもいいなと思った。

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2004/07/23

アカバにいます?

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 少し前に家族宛てに知り合いのイギリス人から「今ヨルダンで仕事してます。」とeメールが入っていた。添付されてた写真にはたしかにアカバの風景が写っていて、何の仕事をしているのか分からないがヨルダンにいるのはたしかなよう。
 さらに「アラビアのロレンスの舞台になったところです。」と紹介している。イギリス人としては直球的発想だと思う。アメリカ人ならぺトラ遺跡をもって「インディー・ジョーンズ」なのだろうか。

 それにしてもデビッド・リーン監督の「アラビアのロレンス」→amazon.co.jpのDVDを買って観たばかりだったから偶然だった。「アラビアのロレンス」はさすがに有名すぎて説明するに及ばないけど、久々に観たら、昔々テレビで放送された「アラビアのロレンス」をカセットテープに録音し(もちろん音のみ、趣味ではなくてたまたまです)何回も聞いてた中学生の頃を思い出し、オープニングの映像がカセットの音と共にかすかに記憶していた映像とまったく同じだったことに感動した。
 映画でも描かれるトルコに対するアンフェアなイギリスの戦い。中東の国境のあの変な形。映画をその国境を作っていたころの或る日の記録として観ると、今の中東はそのころ以上に酷いんじゃないかと考えてしまう。

 しかしヨルダンは観光地なんだなあとツアー情報を見て思う。アカバなんてマリンツポーツのメッカ!だし。(マリンツポーツのメッカとあるパンフレットに書いてあった。中東まできてメッカ以外の場所をメッカと言うのは勇気がいるよね)

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2004/07/22

キリング・フィールド

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 先日、会社の同僚と男だけで旅行に行くとしたらどこに行きたいか、という話をしてたらカンボジアかなんて話になった。
 男同士の旅なんて共通の目的でもないかぎり自然と行く場所が限定されて、アンコールワットとかボロブドゥールとか遺跡を見に行くなんて案しか出てこないし、男だらけの旅行が見苦しいのは自分たちがよく知っているので大概成立しない。

 カンボジアの名前がでたので、じゃあカンボジアが舞台の映画は、と超ストレートにローランド・ジョフィ監督の「キリング・フィールド」→amazon.co.jpを挙げた。ちなみに同僚が挙げたのは一ノ瀬泰造のことを映画にした「地雷を踏んだらサヨウナラ」。もちろん2人ともクメール映画などは一切知らない。
 「キリング・フィールド」は、クメール=ルージュ支配下のカンボジアに派遣されたニューヨークタイムズの記者シャンバーグ(ピューリッツァー賞を受賞した)と通訳兼ガイドのプランの友情を感動的に描いた映画(とはいっても映画の大半は一緒にいない)。
 後半のほとんどは、状況の悪化したカンボジアで脱出できずにシャンバーグと離れ離れになったプラン(離れ離れになるシーンは強烈だった)の強制労働、脱出劇が中心となっていて当時のカンボジアの異常な状態を伝える。最後はタイの難民キャンプでのシャンバーグとの感動の再会で幕を閉じるが(粗筋を言ってすみません)、軍のジープのラジオからウィングスのバンド・オン・ザ・ランを流した後、再会のシーンでジョン・レノンのイマジンを流すという超映画的演出で、映画だったんだという目が醒めるくらいのリアリズムだった。このころのローランド・ジョフィ監督らしい映画。
 プランを演じたハイン・S.ニョールは、クメール・ルージュ下で悲惨な生活を実体験した元医者の素人俳優だったけど、映画公開後ロサンゼルスで射殺されるという悲しいおまけもついてしまった。

 公開当時、少年漫画雑誌に「キリング・フィールド」が特集されていたのをみて、僕は恐怖映画か、はたまたヤコペッティの世界残酷物語やクリマティのグレートハンティグのようなショッキングやらせ映画なのかと勘違いした。人骨の道を歩くとかそんな紹介が目立ったせいだと思う。
 ちなみにローランド・ジョフィ監督は南米でのイエズス会の活動を描いた「ミッション」→amazon.co.jp(ジェレミー・アイアンズ、ロバート・デ・ニーロ主演)というカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した作品を撮っているが、この映画の日本での宣伝文句も「滝の上で起こったことは誰にも語ってはならない。」などという、内容を誤解してしまいそうなものだった。この頃の日本での映画の宣伝といったら!
 最後にプノンペンのチュン・エク村にある大量虐殺センターにある慰霊塔は、この映画にちなんでキリング・フィールドと呼ばれているらしい。行ったら是非見たいと思う。
 (しばらくぶりにAMAZONでチェックしたら)また在庫切れ?

【追記】

 ところでジャッキー・チェンが作りたいと言ってるクメールのための映画って実現したらどういう内容の映画になるんだろうね(ラスメイカンプチア新聞日本語版の4月の記事から)。

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2004/07/06

ジャック=イヴ・クストー

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 小学生の頃、日テレの「驚異の世界」という番組が大好きで毎週のように見てましたが、その中でもジャック=イヴ・クストーものが大好きでした(海洋探検だったか海底探検だったか)。クストーはダイビングをやっている人なら知ってるでしょう、あのアクアラングを発明したフランスの海洋学者のクストーです。よく家族で「クイズ・タイムショック」とチャンネルの取り合いになりました。

 「驚異の世界」は70年代の番組でしたが、クストーは50年代に、海洋ドキュメンタリーの金字塔というべき映画「沈黙の世界」を撮っています。なんとルイ・マル(死刑台のエレベーター、地下鉄のザジとかの監督)も共同監督として参加してます。横道にそれますがルイ・マル作品では「ルシアンの青春」が好きです。この映画、カンヌ映画祭パルムドールを受賞してますが、ドキュメンタリーのパルムドール受賞というとマイケル・ムーア監督の「華氏911」が記憶に新しいですね。ずいぶん趣が違いますが。
 ちなみに「沈黙の世界」は「ジャック=イヴ・クストー 3つの世界」→amazon.co.jpというDVDボックスセットに収録されています(今は品切れ?)。このボックスセット、「沈黙の世界」の他に「太陽のとどかぬ世界」、「世界の果てへの旅」が収録されていて大変興味があるのですが、少し値がはるので躊躇してしまいました。僕自身が持っているのは、NHKが販売した「沈黙の世界」のVHSで、時代を感じるナレーションが泣かせます。DVDのほうはどうなんでしょうか?

 家の近所にジャック=イヴ・クストーの名前にあやかって店の名前を付けたイタリア料理屋(なんでフランス料理じゃないの?)があったのですが最近店名を変えてしまいました。悲しいです。
 内容のことまったく書いてないですが許してください。とりあえずこれで海に潜りたくなりました。実際はダイビングのライセンス取得計画は頓挫したまま時が流れています。クストーに影響されてダイバーになった方は沢山いるんでしょうね。

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2004/06/22

フレンズ ポールとミシェル

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 ルイス・ギルバート監督の映画「フレンズ ポールとミシェル」。僕にとって青春映画ってなんだろうと考えた時には必ず出てくる映画。DVD化はされていないし(というかDVD化される見通しもないだろう)、サウンドトラックもエルトン・ジョンの「レア・トラックス」というさえないジャケットのCDに収められてるだけなので、今回の写真はアナログ盤サウンドトラックのジャケット(秀逸)。

 15歳のポール(ショーン・バリー)と14歳のミシェル(アニセー・アルヴィナ)の愛の逃避行。裕福な家庭に育ちながらも父の後妻とその連れ子とうまが合わずいつもぐれているポール。父を亡くし従姉を頼ってパリに出てきたミシェル。その二人が出会い、そして逃避行、結婚、妊娠、出産と展開しラストはちょっと切ない。70年代は「小さな恋のメロディ」や「リトル・ロマンス(これは少し時代的に後ろのほうかな)」など少年少女による逃避行ものが作られたように、ある意味メルヘンティックな映画の時代だったわけだけど、出産までいってしまうという、その時代にしても抑制を振り切っているこの映画はなかなかセンセーショナルだったらしい。

 僕がこの映画を初めて観たのは、たぶん小学6年生の時で、父親が上記アナログ盤サウンドトラックを持っていたおかげで、この映画がテレビで放映された時には自然に映画を観ていた。父親としてはサントラはいいとしても映画の内容が小学生には早いと考えたらしい。父親にはだいぶ注意されながら屁理屈をこねて観た。その後もビデオテープ(ベータマックス!)に録画し父親に隠れて何度も観ていた。
 僕はちょうど小学6年生から中学1年生にかけて母親を亡くしたが、ショックで父親は頻繁に飲みに出かけていた。だから中学生の時の僕の日課は飲み屋まで父親を迎えに行くことだった(おかげでグルメ三昧だったけど)。そのせいか少しぐれていて逃避行願望があった。映画の逃避行先であるアルルの美しい風景や闘牛の映像、さらに少年でありながら働いて生活費を稼ぐその姿を目にして映画が心にシンクロしていたのだと思う。中学校の音楽の時間には歌のテストでこの映画のテーマ曲を歌ってしまうほどの入れ込み具合。

 数年前ビデオを借りてみたら、以前は鼻についていたポールの身勝手さもなにか愛らしくみえた。また観たいのでDVD化されることを望む。さらにサウンドトラックも独立したCDで出てくれればと思う。「レア・トラックス」にはオリジナルとは異なる曲順で収録されているし、オリジナルジャケットには愛着がある。

【びっくりした。カテゴリを映画・テレビにしたつもりが経済・政治・国際になってた。修正】

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2004/05/28

水木サン大全

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 疲れてたのかなあ、予約してしまいましたDVD「水木サン大全」→amazon.co.jp。水木サンとは漫画家水木しげるのこと。変わった趣味だと思わないで下さい、僕は妖怪ファンというわけではありませんが水木しげるの大ファンなんです。紫綬褒章を受賞したくらいの人だからファンでも問題無いでしょう。僕は先生という言葉を使うのが苦手なのですが、僕にとってはまさに「水木しげる」は先生です。知り合いから「吉祥寺の横断歩道を渡っている水木しげるを目撃した」なんて聞いた時は本当に羨ましく思ったものです。以下にAMAZONの内容紹介。

酔うほどに幸せ。水木サンが大いに語らう、食らう、笑う。此度は、妖怪漫画でも、エッセイでもなく、水木しげる本人が映像を通して語り尽くす。聞き手は、鬼才、荒俣宏。水木サンの溢れんばかりの魅力を惜しげもなく。幸せ過ぎて、意味もなく笑いが込み上げてくることでしょう。魅力濃縮怒涛の70分、作画風景も特別収録。

しかも聞き手は荒俣宏ですから完璧です。鳥取の水木しげるロードに行きたいよ。

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2004/05/12

AMAZONでいつもおすすめ商品トップの月夜の願い

 AMAZONのおすすめ商品DVDを見ると、いつもこの陳可辛(ピーター・チャン)監督の「月夜の願い」→amazon.co.jpがトップにきます。この現象を解消すべく「月夜の願い」DVDを購入。さすがにトップにはこなくなった、と思ったら次は「裏街の聖者」がトップに!AMAZONは勝手に僕をトニー・レオンのファンだと判断しているらしい。男で彼のファンだなんて言ったら僕の近所ではゲイと思われるかもしれません。トニー・レオンは王家衛(ウォン・カーウァイ)監督の「ブエノスアイレス」のイメージもあるし。
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 内容は香港版「バック・トゥ・ザ・フューチャー」って言われてます。恋愛劇ですが、どちらかというと男同士(父子)の友情を描いていて、温かい気持ちになれるファンタジーです。原題が「新難兄難弟」とはこちらのほうが映画のイメージです。この映画は「UFO」という会社が製作してますが、「UFO」はピーター・チャン他若い映画人が集まって作った会社で設立当時は結構話題になりました。ピーター・チャンが僕と同年代だったので、29歳で映画制作会社の社長だんなんて凄いバイタリティと当時感心した覚えがあります。ついでですが、ピーター・チャンは「君さえいれば/金枝玉葉」という大ヒット映画も作っていて、これ日本でもかなり話題になりましたよね。
 超おすすめではないのですが、当時を思い出せるし買ってよかったと思ってます。AMAZONのいいなりです。

 前回が「悲情城市」だったし、これではまるでアジア映画の紹介サイトです。

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2004/05/11

再集計開始ということで悲情城市を観よう

 台湾総統選の再集計が開始された。陳水扁総統の就任式が行われる20日までに結果を出すことが必須なので、その頃には盛り上がっているかもしれないけど今のところ静かな感じ。ということで台湾といえば侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の89年の映画「悲情城市」→amazon.co.jpをまた観ようかなと考える。
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 日本が戦争に負けたところから始まり、2.28事件へなだれ込んでいく様子を林家という1つの家族を中心に描き、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞をこの映画がとったことでアジア映画ブームが起きたわけだから観ている方も多いでしょう。林家の四男で聾唖者の文青を演じたトニー・レオンもこれで中々の演技派ではないかと認識されたし。(映画の中で文青という名前を日本語読みしますが、僕はこの響きが好きで自分の息子に似た響きの名前を付けてしまいました。)
 侯孝賢は大陸から来た外省人で「童年往事」、「恋恋風塵」と経て「悲情城市」に至り、外省人としての孤独感から台湾人としての自覚を得るまでを、映画を作ることで確認しているかのよう。ただ最近の台湾人というか台湾の変化を見てると、侯孝賢が糞真面目なイタリア人職人のように、まるで奇特な台湾人に見えてしまうのが物悲しい。
 本当は「童年往事」、「恋恋風塵」もあわせて観るのがいいんだろうけどどちらもDVDになってないので「悲情城市」のみで我慢。

 そういえば楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件とか、僕が夢中になっていた頃の台湾映画がDVD化されていないのだけど、韓国映画ばっかりじゃなくてこっちもDVD化してと思う今日この頃。

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2004/05/06

カリキュラマシーンその後

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 「カリキュラマシーン」のDVD BOXを購入したことについて少し前に書きましたが、その後のカリキュラマシーンについてです。(知らない人御免なさい)
 「カリキュラマシーン」についてあまり知らない方はこちら→株式会社バップをみて下さい。忘れていた方も思い出すかもしれません。簡単に説明すると1974年から1978年まで平日毎朝放映されていた15分の子供向け教育番組です。「ゲバゲバ90分」のスタッフがそののりで子供番組を作り、キャストも宍戸錠、吉田日出子、藤村俊二、渡辺篤史、常田富士男、岡崎友紀、フォーリーブスなど超豪華メンバーで、かなり際どいというか今では放映できないような強烈でシュールなギャグを、(当時としては)物凄いテンポでやっています。放映期間に子供じゃなかった人や生まれてなかった人にはピンとこないかもしれませんが、何年か前(訂正:10年ほど前)に放映していた「ウゴウゴルーガ」って番組は「めざせカリキュラマシーン」という感じだったらしくテンポについてはかなり近いものを実現していました。しかしギャグや教育的なレベルに関しては「カリキュラマシーン」には及ばないという感じです。

 ということでDVD BOXのほうですが、最近我が家に10ヶ月、3歳、5歳、6歳と4人の子供が同時に集まる機会があったので、「カリキュラマシーン」DVDをかけてみました。結果としては6歳の子供は映像に釘付けで(一言もしゃべらず)約4回放送分(1時間)集中したあげく脳味噌が疲れて倒れてしまいました。残りの子供は音楽とか派手な映像には反応しましたがそれまででした。まあみんなパーランクー(沖縄の太鼓)とかボーラン(アイルランドの太鼓)とかでんでん太鼓とかの我が家の太鼓群に夢中だったというのはあるのですが。ちなみに妹の旦那は、「あいつの頭はあいうえお」とか歌いだし、帰りはビデオを持って帰りました。
 ちなみに大人がみても、24話も続けてみるのは「8時だよ全員集合」のDVD BOXなみに辛いです。ちなみに結構売れてるらしいです。
(最近、旅とかに関係ない話ばかりで御免なさい。)

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2004/05/01

カリキュラマシーン ベストセレクション DVD-BOX

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 「渡辺篤史の建もの探訪」をみると、いつもカリキュラマシーンをみたくなってたので、「カリキュラマシーン ベストセレクション DVD-BOX」→amazon.co.jpをAMAZONで購入してしまった。気が付かなかった、発売からすでに10日以上経っていたらしい。
 バップから発売されている(た?)ビデオ、「ベストギャグコレクション」や「ベストソングコレクション」のように特番だったりセレクションものでは無く、選りすぐった回をそのまま入れてるらしい。これで以前ビデオをみてたまっていたフラストレーションも解消されるかも。

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2004/04/21

威勢のいい頃の香港映画が観たいのですが

 せっかく暖かくなってきて頭も南国モードだったにもかかわらず、最近気分の重いニュースが多くてどうにもすっきりしない。僕はそんな時、いつも香港映画が見たくなる(何故か広東語の響きがヒーリングなんですよ)。ということで最近のテレビでチャウ・シンチー監督の「少林サッカー」が放映されていたので、ついつい観てしまった。
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 で自分がもってるDVDはというと同じくチャウ・シンチー監督の「0061北京より愛をこめて!? 」→amazon.co.jpツイ・ハーク監督の「金玉満堂 決戦!炎の料理人」→amazon.co.jpの2枚しかない。ジャッキー・チェンも無いし(香港に行った際は彼の家やポリスストーリーのラストシーンで使われたデパートも見に行ったのに)、ブルース・リーも無いし、ピーター・チャンとかのUFO製作の頃の映画(UFOなんて始まったときは期待しました)も無いし、とっても流行ったウォン・カーウァイとかも無いし、チャイニーズ・ゴースト・ストーリーも霊幻道士(幽幻道士は台湾製ですよね)も少林寺も無い。
 そしてAMAZONで何か生きのいい香港映画のDVDはないかと探していたのに、何故か悲しいイー・トンシン監督の「つきせぬ想い」→amazon.co.jpを購入してしまう。本当は「Mr.BOO!」シリーズとかにしようと思ったのに。だからってアニタ・ユンのファンと勘違いしないでほしい。

 とにかく威勢のいい頃の香港映画が観たい。ところで威勢のいい頃の香港映画っていつごろの映画なのだろう?

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2004/04/07

007で日本の異国情緒を楽しむ

 最近、「ラストサムライ」やソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」などの日本を舞台にしたアメリカ映画のおかげで、やや日本への感心が高まる中(貿易摩擦の減少やイラクへの自衛隊派遣がアメリカ人に良い印象を与えてるせい?)、僕が個人的にもっとも異国情緒が楽しめた映画を紹介しようと思う。

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 その作品は「007は二度死ぬ」→amazon.co.jp。でご存知007シリーズの1967年の日本を舞台にした作品。20作品を数える本シリーズ中ワーストに限りなく評価が低い(というかこれは日本での話で、海外では評価が高いらしい)。しかしマニア度はかなり高く007ファンどうしでこの作品は話を始めたら話題が尽きない。(という僕は007ファンなのか)
 内容は007おきまりのパターンで、米ソ直接対決を引き起こそうとするスペクターの陰謀を暴くべくジェームズ・ボンドが日本に乗り込むというもの。ジェームズ・ボンド役はこれを最後にボンド役を辞めようとカツラまでとってみせたショーン・コネリー。共演に丹波哲郎、若林映子、浜美枝、ドナルド・プレザンス他。特に丹波哲郎はショーン・コネリーより遥かに格好良い。これを機会にテレビ番組の「キーハンター」に繋がっていったらしい。

 少しだけ内容を紹介すると、香港で一度死んだことになったボンドは潜水艦で日本に乗り込むのだが 潜水艦からウェットスーツ姿で日本の海岸に上陸し、(もちろんウェットスーツは脱いで)最初に訪れるところが銀座である。人力車が走り、様々なネオンで満ちた銀座はどこか別のアジアの都市に来たようで目が釘付けだ。そして国技館では相撲を観戦しながらの情報交換。関取もスパイの仲間らしい(それにしてもこの独特の臨場感が素晴らしい、「アラビアのロレンス」のフレディ・ヤングの撮影だというのはAmazon.co.jpのレビューを見て初めて気がついた。納得)。
 また、情報提供者であるヘンダーソン氏の部屋やスペクターの仲間であるオーサト化学(ホテル・ニューオータニ)の社内のレイアウト、インテリアの和洋折衷、無国籍ぶりは現代のデザイナーズ・ホテルだのなんだのを遥かに越える見応えがあるデザインだ。
 さらに東京の地下鉄を走る列車が丹波哲朗扮する秘密警察タイガー田中の基地になっていたり、お風呂ではビキニ姿の女性たちにマッサージを受けたり、柔道着を来た忍者が姫路城の敷地内で稽古をしていたり、新燃岳の火口湖にスペクターの基地があったり、オープンのトヨタ2000GTが走り回ったり、ヘリコプターに付けた凄く大きな磁石で敵の自動車を引き上げると東京湾に落としたりやりたい放題でつっこみどころが多すぎる。とにかく外国人のイメージする可笑しな日本が満載なのである。
 日本人に変装し漁村に紛れ込み、そこで日本語を話してもまったく誰も外国人とは疑われないほど日本語に堪能なジェームズ・ボンド。彼の目をとおしてみた日本は異国情緒たっぷりだ。

 ということでこれを見たあとは(日本人であっても)この世界の日本に行きたいと思うことうけあいである。これを見て実際に日本に来る外国人もいるに違いない。しかし現実の日本はこの映画ほどは面白くないに違いない。いやハトバスに乗れば話は別か。

(追記)

 これだけ面白い映画を撮ったルイス・ギルバート監督。彼は僕が子供の頃大好きだった14歳の少女と15歳の少年の恋を描いた「フレンズ ポールとミシェル」も撮っている。何故か僕の記憶に残る監督です。
 それにしても「007は二度死ぬ」のDVD、期間限定サービス価格は終わりですか? 

(さらに追記)

 脚本がロアルド・ダールとは!豪華スタッフ。

(訂正 04.12)

 この記事を書いた後DVD見直したのですが、どうもジェームズ・ボンドが使っていた日本語の回数は記憶してたよりずっと少なくてしかもつまらない日本語ばかり。日本語に堪能との表現は訂正です。でもやっぱり面白かったですよ。

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2004/04/02

たぶんもっとも人気のある旅番組は結構教育的

 余談だけど、この旅番組というのはあの「あいのり」のことで、この歳にも関わらず何故か家族そろって観てしまう。なかなか行けない色々な国や場所が見れるというのが僕的には大きくて、ヨーロッパや北米などの白人社会以外のところを周っている時は特に釘付け(ブータンとか)になってしまう。

 先日の「あいのりスペシャル」では南アフリカに入ったが、そこで気になることが発生。運転手のドミニクさんがみんなを自宅へ案内することにしたのだ。そこでみる彼の家はゴージャスの一言。これが南アフリカでは標準的な家だという。
 この時点で僕の怒りはいきなり沸点を越えた。おいアパルトヘイトはどうした、どうして今も白人はこんな家に住んでるんだ、黒人の住居がどうなってるのか知ってるのか、と心の中で叫び、そこにのこのこ入っていくメンバーに悪態をつく。スペシャルAKAの「ネルソン・マンデラ」が頭の中を駆け巡る。

 しかしそのあとの展開で、僕はまんまと騙された沸点の低い男となってしまった。結局このあとドミニクさんはみんなをタウンシップに案内する。ドミニクさん、わざと最初にゴージャスな白人の家を見せておいてそのあと黒人たちの住むタウンシップに連れて行ったのだ。そしてアパルトヘイトでの体験を話し、今もなお問題が山積みであること見せつけたのだった。一本とられた「あいのり」と感心。

 それにしても本当にメンバー全員、ドミニクさんのお宅に連れて行かれたときには何も感じなかったのだろうか。それとも展開を考えて編集でカットされていたのだろうか。もし本当に全員何も感じなかったとしたら日本の学校教育はやっぱり問題あるんじゃないかと思ってしまうのは熱過ぎか。

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ということでダンボです

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 何故「ダンボ」→amazon.co.jpかというと最近「ダンボ」のDVDを購入したから。何故買ったかというと僕はディズニーの中で一番「ダンボ」が好きだから。9ヶ月の息子に近い将来観せるために少しずつディズニーなどの子供向けのDVDを購入しようと考えたが結局最初は親の好みが出てしまった格好。

 ディズニーを代表する作品だからストーリーを説明する必要もないが、生まれた時から大きな耳のせいでいじめられ、息子をかばって暴れた母親は檻に入れられ親子離れ離れに、しかしその大きな耳を使って飛べるようになったダンボは最後に一躍人気者となるという映画。

 子供の頃から何回も観てそのたびに元気をもらっていたような作品だが、大人になって観てみると別な感じで面白い。「ファンタジア」などの陰に隠れて、ディズニーの中でも比較的低予算で作った作品なので背景の作りこみが甘いなどと感じながら、まったく逆に低予算ならではの実験的というべきシーンもある。ダンボがお酒の入りの水を飲んで酔っ払って見てしまう有名な「ピンクの像」のシーンなどは手塚治虫もビックリのシュールなもので、これが60分強の短い話に相当長い時間を割いているは驚きだ。(時代背景もあって人種差別的な描写もあるところも手塚的?)

 それにしても心温まる素晴らしい映画なのでまだ観てない人は観てみよう。(といっておきながら僕は特にディズニーファンではないですけど)

 ということで9ヶ月の息子の前でなんとなくかけていたら何の反応もない。まだまだこれは早いんだろう。「ファンタジア」にいたってはベソをかくしまつ。
 そして僕はと言えば今回は生まれたばかりダンボが何故か息子に似てるのではないかと親ばかな感想をもつに至る。

(しかし、このサイトにダンボのDVDの画像はあわない感じがするなあ)

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2004/02/27

ナージャの村、東海村

 昨年、写真家:本橋成一氏の映画が2本DVD化されていた。映画のタイトルは「ナージャの村」と「アレクセイと泉」、内容的に僕の住む地域と関連性があると思い購入した。

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「ナージャの村」 監督:本橋 成一 (ポレポレタイムス社)→amazon.co.jp
「アレクセイと泉」 監督:本橋 成一 (ポレポレタイムス社)→amazon.co.jp

 この2つの作品は、1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故による放射能の拡散によって、地図から消滅した2つの村を舞台にしている。「ナージャの村」の舞台となるベラルーシ共和国のドゥヂチ村は、チェルノブイリの風下にあったために強制移住区域となり300世帯以上暮らしていた村が映画の時点(1997年)には6世帯に減少し、村は地図上から消えた。
 映画は、時折チェルノブイリ後を感じさせながらも、ほとんどはそれを感じさせない。ドゥヂチ村の美しく素朴な風景、生活を写している。その映像はとても綺麗で、映画館のような大画面でみたら息を飲むことだろう。ドゥヂチ村の素晴らしさに引き込まれていくに違いない。ドゥヂチ村の人々は生まれ故郷を愛し、残った6家族は放射能を理由に村を棄てることをしなかった。また、村を出て行った人たちも最後は死んで村に帰る。
 何故そのような村がチェルノブイリの犠牲になったのだろう。電力を大量消費しているはずの某大都市ではなくドゥヂチ村のような素朴な村だったのか、テクノロジーの犠牲としてはあまりにも大きい気がする。

 僕は茨城県東海村で臨界事故が発生したとき(1999年)、東海村の南に隣接する町に住んでいた。すっかり原子力発電所のある生活に溶け込んでいたし周囲にも原子力発電に関係する知人も多かったことから、安全性に対して麻痺していたかもしれない。
 臨界事故が発生すると、10km圏内への立入り制限及び外出禁止令が出された。僕の住んでいた地域は10km圏内であったため、僕は家から出られなくなり、インターネットで環境放射線モニタリング情報→核燃料サイクル開発機構をチェックし、自分の家の周りの放射線量が上昇していくのに驚いた。僕の住んでいた地域は風下だった。外出禁止令とはなんだったのだろう。放射線は家の壁を貫通するし、何故風上への避難ではなかったのだろう。チェルノブイリというものが既にあったのに。
 僕の友人の家族は臨界事故の現場が見えるところに住んでいた。友人の妻は妊娠中だったが低線量被曝が確認された。

 チェルノブイリも東海村も既に風化しつつあるように見えるが、現在、僕の住んでいる町では以下のような活動を地道に続けている方がいる。みなさん(とはいっても見ている人は限られているだろうが)の周りでもこのような活動をしている方たちがいるのでないだろうか?

  http://www.k-mariko.com/sukuokai/top.htm→チェルノブイリの子どもを救おう会

 ベラルーシ共和国の放射能汚染地帯に住む子供たちを、日本に招待し健康回復の手助けをしている。事実、この活動によって子供たちは来日の時より元気になって帰っていく。以前「チェルノブイリの子どもを救おう会」の主催で「ナージャの村」が上映された。また東海村では、別の方たちによって「アレクセイと泉」が上映された。

(旅ねたからちょっと離れて)

【2005/09/09追記】

チェルノブイリの子供を救おう会のページが無くなっていた。おじさん高齢だったからなぁ。

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2004/02/16

サーフィンについて

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 78年のアメリカ映画に「ビッグ・ウェンズデー」→amazon.co.jpという映画があった。(監督はジョン・ミリアス)
 ジャン・マイケル・ビンセント、ウィリアム・カットの主演で、62年のカリフォルニアのモントレー(実際の撮影はハワイ・オアフ島のサンセットビーチ)を舞台にしたサーフィン映画である。ウィリアム・カットはドラマ「アメリカン・ヒーロー」にも主演し女性からの人気が高かった。
 当時僕は中学生で、映画は少し遅れて観た。80年頃で高校生だった。
 監督自身の実体験をベースにカリフォルニアの3人の伝説的なサーファーを描いた映画で、ベトナム戦争による中断、そして時代が流れ、彼らは過去のサーフレジェンドと化してしまった現代に、老いた体で伝説の大波「ビッグ・ウェンズデー」に挑戦するというサーフスピリットと友情を描いた映画である。
 当時日本ではサーフィンはあまり一般的ではなかったと思う。僕が中学生の時にはスケートボードブーム(当時はローラーサーフィンとも呼ばれていた)で僕は骨折をしながらもスケートボードに夢中になっていた(すこし早めの横乗り体験といえば格好よいね)。そのころ良いスケートボードはあまり無く、近所に1軒だけあったサーフショップでボードを製作してもらい性能を競い合った(とはいっても中学生だからペイントやベアリングとかの方で盛り上がっていたが)。

 アメリカでは既に60年代にはサーフィンは一大ブームになっていた。たとえば、映画「地獄の黙示録」→amazon.co.jpでは、
---シーン:
映画前半の準主役的登場人物、キルゴア中佐は部下にサーフィンのチャンピオンがいたことをきっかけにベトナムはバレルの海岸で敵からの砲撃の最中、部下にサーフィンをさせる。(しかも自分達が落としたナパーム弾が起こした風で波が立たなくなったオチ付き)
---
のように。
 日本で本格的にサーフィンブームになるのは80年代中頃からで、この時のサーフィンのイメージは想像していたビッグ・ウェンズデーのようなものではなく、たとえばナンパであるとか丘サーファーといった類のものが横行し、実際にはサーフスピリットをもった人たちも大勢いたのだろうが、そちらばかりが目に付いてファッションばかりを追う姿に幻滅した。

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 それから20年弱が過ぎ、最近は不思議なことにサーフィン文化に遭遇することが多くなってきた。(未だにサーフィンはしてない。)
 旅のスタイルが20代の頃の「都市を歩く」から30代になり「自然を歩く」にシフトしてきていた。当然ビーチを歩くことも多くなり、サーフィンに遭遇することも多くなってきた。
 たとえばバリ島にはウルワツという素晴らしいインサイドウォールのポイントがある。オーストラリアの若者は成人の儀式としてバリ島を訪れる。ハワイにはノースショアー、ワイメアベイという世界有数のビッグウェーブが立つ聖地と言われる場所があり、ポリネシアトライアングルの中心にはサーフィン発祥の地であるタヒチがある。(ハワイで出会ったある若者はサーフィンのために働いていて、タヒチへの熱い想いを語っていた。)
 これらの場所を訪れることによってそれまで日本では感じなかった、パドリングをして沖に向かい、そして波が来るのぼんやりと待ち、波に乗ればジェントルにコースを決めていく、競争の無い競技性と精神性をみたと思う。それともそれを感じ取れるようになったのだろうか。
 そして日本へ帰るとそれらの土地に関する本を読み、そこでまたサーフィンの話に出会う。(マリファナが絡まない)サーフトリッパー達の話は非常に興味深い。なかなか奥が深いのである。日本では余計なもので沢山装飾されていたものが非常にシンプルなものになり、かなりの偏見が払拭された。そういった目で見たときに日本でのサーファーも随分変化してきたのではないだろうかと感じる。

 僕は旅が好きなように写真を撮ることが好きである(というか旅をした時だけ写真を撮る?)。初めの頃は香港やバンコクなどのアジアの都市のエネルギーに魅せられ灰色のビル群とそこに密集する人間、時折入る原色のオブジェクトを舞台に撮っていた。それに疲れると南の島で放電しながら誰もいない海を撮り、やがて島で暮らす人々、生活に目が向けられるようになった。小さな島は1つの国をスケールダウンしたようなもので日本のような大きな国ではスケールが大きすぎて気が付かないことが手にとるように分かる。写真に収められる人間もせいぜい指で数えられるくらい。だからサーフィンの存在にも目を向けられたのかもしれない。
 サーフィンをフレームに納めるのは非常に技術が必要だろう。しかし今度、旅の途中でサーフィンに遭遇したら写真にしてみようと思う。海に身を任せ、何者とも戦わず、ただ大自然と融合するためのまったく稀有なスポーツを、感じる写真を取りたいと思う。

【追記】

 だったらサーフィンにチャレンジしてみたらと言われそうだがどうだろう。僕を知っている人は無理するなよと言いそう。因みにサーフィン文化を語るには相当初心者のため不適切な表現や間違いがあるかもしれないけど御免なさい。映画も「エンドレスサマー」→amazon.co.jp「イン・ゴッズ・ハンズ」→amazon.co.jp「ブルークラッシュ」→amazon.co.jp「ローカルボーイズ」→amazon.co.jp「ショック・ウェーブ」→amazon.co.jp「バリ・ハイ」→amazon.co.jpその他多数の映画を差し置いて「地獄の黙示録」を引き合いに出すとは申し訳ない。

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