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2009/07/31

ケチャ バリ島2009

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 少し遅い昼食を近所のウブドラヤですませ宿に戻ると、僕たちの泊まっている建屋の1階に昨日までのオーストラリアのお客さんに替わって上海からのお客さんがチェックインした。
 ちょっと疲れが出たらしい、僕がローカルニュースをTVで見ながらベッドでうとうとし始めると妻と息子はプールに向かい、少ししてからそれを追いかけるように1階の上海ボーイが大きな声で何かを喋りながらプールに向かって行った・・・というところから家族が戻ってくるまで寝てしまって記憶が無い。(上海ボーイやプールについては妻から報告があるかもしれません)

Dscf5456_2  ところでウブドでの芸能鑑賞を息子が楽しみにしていたので、行き当たりばったりで行くか、と2人で夜の7時過ぎに外出した。ウブドなら毎日何かの芸能がやっているはずなので、王宮までの間にはチケット売りが沢山いるはずだ。
  JL.ハノマンを歩いていると、さっそくチケット売りに遭遇。近所のタマン・サリ寺院でまもなく開始のケチャ、ファイヤー&トランス・ダンスのチケットだった(サンディ・スアラというグループが週に2回もやってる)。
 そういえば「ケチャは観たことがないなァ」と思い、宿に近いしいいんじゃないかということでチケットを購入。心配があるとすればガムランは大丈夫だったがジェゴクの低音にはビビッていた息子だ。

 さてケチャというのは、シュピースの時代にバリを紹介するための映画用に考案されたということで、レゴン式のラーマヤナの踊りに、サンヒャン・ドゥダリという憑依儀礼の男性コーラス技法をガムラン代わりした伴奏で構成される。最後にトランス状態の裸足の男性が炎の上で踊るサンヒャン・ジャランというのが加わったり、グループによってラーマヤナの部分が異なったりとそれぞれがユニークなケチャとなっているらしい。なんだかレゴン自体にサンヒャン・ドゥダリの影響があったりなんて記述もあるし、実は何だかよく理解してない。

Dscf5469_2  会場はほぼ満席状態でほとんどがオージーの客で占められていた。僕と息子はステージ右端の一番前で観賞した。僕たちの後ろでアイスクリームを食べながらはしゃいでいるのはオージー女子4人組。
 始まるとケチャのインパクトはとても穏やかなもので、それから本来の憑依儀礼を想像するのは容易だった。ただ横から観ていたためかラーマヤナの踊りはいくぶん退屈で(たぶん前から観るものなんだと思う)、男性コーラスのみの時のほうが神秘性が増して良かった。他のグループを観ていないのでなんとも言えないけど。
 後半は男性コーラスの輪を解除して、男性と女性の混合コーラスで少女たちが立ち位置を固定して踊りだした。ここからはサンヒャン・ドゥダリに近い演出のようでいい感じだ。最後にココナッツの殻に油をかけたものを燃料にした炎を地面に均し、サンヒャン・ジャランが始まった。馬に跨った男性は燃えたココナッツの殻を蹴飛ばし、時々中央に陣取るオージーたちに届くように蹴飛ばす。観客が盛り上がる。

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 公演が終わるやいなやエンドールを見ずに帰る映画館の客のように、あっという間にお客さん全員が帰ってしまった(遅いし、お腹もすいただろうしね)。
 僕たちといえばサンヒャン・ジャランでトランス状態で跳ね回っていた男性(しばらく地面に座ったまま放心していた)に呼ばれたので、ココナッツ煤で真っ黒になった足に触り、そして握手をして帰った。息子はとっても楽しかったらしい、よかったよかった。

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2009/07/29

ウブド散歩 バリ島2009

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 4日目。

 さて今回のバリ島旅行は1日おきにイベントを入れて残りの日を宿周辺でノンビリするという大雑把な日程を考えていた。なので本日はウブドでノンビリの日である。
 朝食が終わると妻は前の日に予約していたペルティニンなるテガル・サリ系列のマッサージ屋に出かけていった。ということで残った僕と息子は近所をちょっと散歩することにした。

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 歩いたのはプンゴセカン→プリアタン→JL.ハノマン→サッカー場→JL.モンキーフォレスト→モンキーフォレスト。2時間弱のコースで6才なりたての息子も途中弱音をちょっとだけ見せたがよくついて来た。
 特に何があったわけでもないが、プリアタンのコンビニ(ミニマートだったかサークルKだったか)でアイスを買ったら「メルシー」と言われたのが忘れられない。「サンキュー」じゃなくて「メルシー」だ。さすがはプリアタン。今の季節フランス人はいないぞ。
 後は工事現場のおやじと空に日本地図を描きながら茨城の位置を確認したり、コマネカの前にいつもいるタクシードライバーのおっさんと数年前のコマネカ前タクシードライバーたまり場全盛時代を懐かしんだりした。

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 最後にワルン・ニョナ・ダナでナシ・チャンプルをブンクスして宿に戻るとまもなく昼飯の時間だ。

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2009/07/28

ティアラ・デワタで夕食 バリ島2009

Dscf5371  息子6才は絵を描くのが好きだ。しかし絵を描くための道具を持ってくるのを忘れた。やはり部屋のテレビでスポンジ・ボブやBEN 10ばかりを観てるのは良くないな。ということでバリ・アート・フェスティバルを後にして、道具を買いにデンパサールのティアラ・デワタ(大型スーパーマーケットというかショッピングセンター)へ向かった。

 バリ人M氏が「この駐車場は難しいです」と嘆きながら無事ティアラ・デワタに駐車し、2階の文具売り場に行った。そして無事ファーバーカステルのコネクター・カラー・ペン20色とスケッチブックを購入。これで明日から息子はお絵かき三昧だ。ありがたい事に泊まっているバンガローは部屋が広く息子も好きな場所(主に床)で自由に絵を書く事が出来る。

 ということで夕食はこのままティアラ・デワタのフードコートで食べることにした。このフードコートでの注文方法は、各店で食べたい物を注文し伝票をもらい最後にレジで精算する方式。後はテーブルに座って待っていれば注文したものを持ってくる。(英語が通じるかどうかは店によってかなり微妙)

 そこで注文したのがこれ

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(1)ミー・アヤム・パンシッ

 普通にミー(麺)・アヤム(鶏)・パンシッ(ワンタン)である。麺の上に自分の好みの量のワンタンの入ったスープをかけて、サンバルで辛味を加える。ミーとかバッソは3時のおやつみたいなもの。だから昼間食いすぎたと思ったその日の夜はこれくらいが丁度いい。

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(2)ルジャッ・チングル

 妻がこれを注文したんだけど、もともとはM氏の奥さんの大好物でオススメされた。「野菜がたっぷりでダイエットの時にいいね」。
 で中身はキュウリ、かるく茹でたモヤシ、かるく茹でた何かの葉っぱ、お餅みたいな何か、の上に(バリ島でよく言う甘辛いルジャッのソースではない)ピーナッツベース(らしい)の不思議なコクのあるソースがかかっている。サテのソースともちょっと違った感じだった。
 ここまでだったら、ただのモヤシサラダのピーナッツバターソースがけみたいなものだが、気になるのは残りのチングル。そう気になるチングルは「牛の鼻」なのである。ということで「牛の鼻」のスライスが入った特製野菜サラダなのだ。「牛の鼻」の食感はレバーとマッシュルームの間くらいの感じか。貴重なものを頂きました。ジャワ料理。

 バリ3日目終了(残り5日)

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2009/07/27

バリ・アート・フェスティバル(2) バリ島2009

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 バリ・アート・フェスティバルは芸能鑑賞目的以外の人でも楽しいお祭りだ。ステージ以外にもバリ島各地の民芸コーナーや相当な数の屋台や出店があり、見て周っているだけでかなりの時間をつぶせる。M氏には「ここの食べ物はちょっと危ない」とは言われたけど。

 会場となるアートセンター中心の建物に登って会場を見渡すと、出店エリアの奥に(僕の勝手な思い込みでは)バリ島と結びつかないものがあった。観覧車だ!。見た目はかなり貧弱な感じだが回る速度が異常に速い。野外ステージ前の広場でノンビリしていた家族に知らせ、早速その場所に向かった。

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 そこは観覧車だけでなく、微妙なサイズのメリーゴーラウンドや、足で回すぐるぐる回る乗り物、とりあえず電動で動いてるらしい動物列車などがあり、それぞれにお約束のどこかで見たことがあるようなキャラクターが描かれている。

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 そういうことで僕たちは勇気をもって観覧車に載ることにした。1人1回=4,000ルピア(約40円)。
 短い行列に並んで観覧車に乗り込むと、やはりそれはただの鉄パイプで出来た篭で、それだけでちょっとしたスリルがある。しかも観覧車にしてはえらく速い。遠くから眺めてた時より遥かに速い。しかも何回転もする。1回、2回、3回、4回・・・5回目にはいつ止まるのかなんだか不安になってきた。見える景色といえば出店の長い屋根とドブ川ととなりの家で洗濯をとりこんでいるおばちゃん。つまり乗ってから分ったけどこれは観覧車ではないな。
 この乗り物の動力はチャオプラヤー川(メナム川)を走る遊覧ボートに取り付けられた剥き出しのランボルギーニのエンジンのような代物で、人が乗り込むときはおにいさんがドッドッドッドッドッドッと鳴っているそのエンジンのスロットルを絶妙に落とし、もう1人の男が手で回転を止める(ように見える)。止まっている間、僕たちは風に吹かれながら宙吊りになる。
 そして予想以上の時間を楽しみ約10回転をもって終了。なんだか元気が出てきた。

 その後は7時過ぎまで中央広場で夕涼みをして(これがなかなか至福の時間だった)、バリ滞在期間中にもう一度バリ・アート・フェスティバルに来ることにした。

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【注意事項】
この期間中はトイレを使用するのに1,000ルピア(約10円)がかかる。香港の公衆トイレのように、出る時に入口付近に座っているおじちゃん、おばちゃんに渡す。M氏いわく「このお祭りは何でもお金かかるから」「普段はトイレは毎日使ってるわけじゃないから、あまりキレイじゃないから」だそうだ。

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2009/07/26

バリ・アート・フェスティバル(1) バリ島2009

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 トーパティ村の果物屋でアイスを食べながらくつろいでいると、あっという間に夕方の5時になろうとしていた。今度はデンパサールの東側にあるアートセンターに向かった。
 毎年6月中旬からの約1ヶ月間はこのアートセンターでバリ・アート・フェスティバル(PKB=ペスタ・クスニアン・バリ)が行われる。バリ各地の芸能が毎日入れ代わり行わるバリ芸術の祭典で、普段僕たちが観る観光客の為の芸能とは違ったまさにバリ人のためのお祭り。せっかくこの時期に来たのだから行かないわけにはいかない。

52460013_2  とは言ってもこの芸術祭、フェスティバルの雰囲気を大いに味わえる大きな野外ステージ(音響も素晴しい)でのイベントは夜の部が中心で、会場周辺の混雑ぶりは半端じゃない。うまくやらないと来るのも帰るのも大変な事になりそうだ(特に土曜の夜は危険)。
 なので本当だったらゆっくり夜の部の芸能を堪能したいところなんだけど、その時間までは息子も我慢できないだろうし、今回のバリ旅行では芸能鑑賞には固執しないで祭りの雰囲気を楽しめればよしとした。

 夕方の6時30分頃。野外ステージに人が集まり始める。開演まではまだまだだけど大きな会場は既に半分くらいはうまっている。弁当売りや飲み物や動き出してまるでプロ野球でも観戦している気分。
 野外ステージでリハーサルが始まった。今日はギャニャールVSバンリのゴン・クビャール合戦が行われる。物凄く気合の入ったリハーサルで、関係者や野次馬がステージにあがってその演奏を見守っている。なんだが僕もうずうずしてきてステージにあがって拝見。やっぱり観たいな~これ。まっ我慢我慢。

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2009/07/24

大スカワティ王宮 バリ島2009

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 昼飯の後はスカワティの市場だ。僕はスカワティの市場が嫌いだ。まず買い物があまり好きではないのでやることがないし、人は多いし、暑いし、臭いし。1時間で参ってしまう。
 しかし今回は妻が会社から依頼されてる大量の買出しをしなければならない。一度にものを買うならやはりスカワティだ。さすがの僕も3回目ともなれば慣れで案外いけるかもしれない。とは思ったが・・・

Dscf5351  妻がM氏と買出しに行っている間、僕は息子を連れて市場の周辺を散歩することにした。途中テ・ボトルでも飲んで水分を補給すれば1~2時間くらいはなんとかなるだろう、と始めた散歩だが5分も経たないうちに息子がその臭いに参ってしまった。しかたなく市場の近くで臭いもなく暑さをしのげるところはないかと探した。

 2人で目眩を起こしながら、市場のおねえちゃんが小さな門をくぐって入っていくその後ろをついていくと、なんと臭くもなく暑くもない素晴しい場所にたどり着いた。周りをよく見るとスカワティ市場のすぐ反対側だ。
 そこで僕は空に舞う凧を眺めながらノンビリして、息子はその敷地内にある闘鶏用の鶏と追いかけっこ。広い敷地を抜けると日陰な民家の狭い通りを散歩し無事1時間を過ごした。

Dscf5357  市場に戻ると買出しチームはまだ戻っていない。暇でしかたがない息子にせがまれしかたなくiPhone登場-市場の前でゲームをやり始めた。持っていて良かったと言うべきか。しかしiPhoneというのが良くなかった。やはりiPhoneはバリ島でも有名なのである。
 1人の子供がiPhoneに気がつき僕たちの周りをうろうろし始める。すると他の子供や親たちも僕たちの後ろにまわってはゲームを覗き込み、目が合うとニヤッとして少し離れる。そしてまた近づいてくる。そんなやからがどんどん増えてきてそのうち掏(ス)られるんじゃないかと内心ヒヤヒヤだった。息子はゲームに夢中でお構いなし。スカワティの市場でゴルフゲーム。最後の極めつけは台湾からのお客さんたちで、1人のお兄さんは実に熱心に僕たちに張り付いていた。

 ところで日本に戻ってから写真を確認すると、僕たちがノンビリしていた場所の門の所にPURI AGENG SUKAWATIと書いてある。勝手に王宮にお邪魔してしまったらしい。どうりで闘鶏の篭が沢山あったわけだ。無断で入ってしまって申し訳ありませんでした。

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2009/07/23

凧渋滞 バリ島2009

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 パダン料理屋で食事をしていたらなんだか外が喧しくなってきた。
 外へ出てみるとトラックの荷台に巨大なものを積んでいて、それが電線に引っかかりそうになっている。それは巨大な凧だった。
 どうやら数日後にサヌールで行われる巨大凧揚げ大会の練習に行く途中らしい。その大会はこれより遥かに大きな凧も登場するようだ。時期があえばこの凧揚げ大会を是非観てみたい。数百ものこのスケールの凧が空に揚がるんだから(1回に上がる数には限度はあるだろうけど)きっとすごいに違いない。

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  一人の男がトラックを降りて、電線をかわすためのナビゲーターになる。ドライバーは小刻みにハンドルを切る。荷台に乗って凧を支えているメンバーたち。道端には近所の野次馬がどんどん集まりこのスリリングな様子に「オー!」「アァ!」と反応する。この騒動で後ろには車やバイクがどんどんたまり渋滞を引き起こしている。

 さてそれからしばらくしてトーパティ村(デンパサールの東)の果物屋でアイスを食べていると、また同じ凧が前を通過した。練習の帰り道だ。帰り道もまた大渋滞を起こしながら走っている。きっと凧揚げ大会が終わるまであちらこちらでこの凧渋滞が起こっているに違いない。

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2009/07/22

パダン料理 バリ島2009

Dscf5345  お腹も減ってきたので昼食をとるためにM氏宅を後にした。昼食の後はバリ島でもっとも体力を失うことになるスカワティの市場だ(恐ろしい)。

 ところでこの日の昼食は日本にいた時からほぼ決めていた。それが「パダン料理」。
 パダン料理とはスマトラはミナンカバウ族の料理のことでパダンとは西スマトラの都市の名前である。インドネシアではポピュラーな料理でバリ島でもどの町に行ってもパダン料理屋を見かける-なんだけど僕は今までパダン料理屋に行った事が無かった。今回M氏に連れられて来たパダン料理屋はチュルックにある「バトゥブラン」だ。

 この店はギャニャールの街中にある小さくて薄暗いパダン料理屋に比べると明るくて大きめな店。パダン料理屋の中でも美味いと評判の店だ。僕たちが日本人だということで気を使ってここにしたのだと思う。とは言っても立地からもあまり普通の観光客が来る様なところではなく、この日の客層もタバコをふかした地元のおっさんたちばかりである。そしてパダン料理屋はムスリム、ということで奥には礼拝の部屋も見える。

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 ところでパダン料理というと客のテーブルに全てのおかずが並べられて、手をつけたおかずの分だけ料金を払うというシステムを想像するけど、ここはショーウィンドーに並んだ料理を選んでご飯(ナシ)を盛ったプレートにのせてくれる、所謂ナシ・チャンプル・システムだ。バリ島のパダン料理屋ではこのナシ・チャンプル・システムも多い。そしてM氏はテーブルに並べられる本来のパダン・システムは嫌いなんだそうだ。理由は「システム上請求された金額が正しいかどうか分からない時がある。だから騙されることもある。」からなんだとか。バリ人でもそうなんだ。

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 でそのパダン料理。昔からあるようで実はバリ島でポピュラーになったのは比較的最近だという彼の話はちょっと興味深い。少なくともM氏が若い頃にはパダン料理屋なんて近所に無かったそうで、初めてパダン料理屋で食事をしたときは(外国人観光客同様)緊張したそうだ。M氏いわくパダン料理がブームになってあちこちに出来始めたのは10数年前のことらしい(ホントかなァ)。とはいってもM氏の実家はたしかシガラジャ(ブレレン)の方で店がそのあたりには無かったということだけかもしれない。僕のブレレンのイメージはオランダって感じだし。

 パダン料理は辛いと言われるけど、おかずの辛さとソースの辛さを組み合わることで辛さの調節は融通が利く。写真は全体的に赤っぽいほうが僕が注文した辛いセット。黄色っぽいほうが妻が注文した辛くないセット。まあ辛いとはいってもたいした辛さではないと思う。しかしこのカレー風味のソースは美味い。そしてフォークやスプーンは棄てて右手で食べるのが絶対に美味い。
 まあワルンが町の食堂だとすればパダン料理屋はさしあたって町の中華料理屋といった感じだろうか。

 ちなみにM氏一家の大好物はスパゲティ(パスタとは言ってない)らしい。次は美味しいバリ人に人気のスパゲティの店に連れて行ってくれるだろうか。

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2009/07/21

目標は毎日マッサージを受けること:其の1

tornosの妻です。家族でのバリ島旅行はスケジュール的に今後しばらくはお預けになりそう。ならばとことん楽しまなくてはもったいない。日本ではお金が出せないけれどバリ島なら気軽にマッサージ三昧を味わえる。
「絶対にマッサージ屋とSPAにいっぱい行ってやる!」これが私には最大の旅テーマ。

もちろん予算には制限があり、ガイドブックにあるようなお店でアロマオイルマッサージ1時間・50ドル、なんてとても手が届かない。これでも「日本に比べたらかなり安くて
贅沢気分を味わえる」と人気が高いみたいではありますが、、。
結果として、毎日とはいかないまでも、合計6回とかなり満足な頻度でマッサージed。

①成田空港第2ターミナル内でリフレクソロジー20分間・20ドル
早くも成田からやってしまいました。初めてですよ、空港でなんて。なんて贅沢!店内は暗めの照明でラベンダー系のアロマが漂い、ヒーリング音楽が流れていました。けっこう込んでいて、どうやら私以外の客は全員アメリカ人のようです。彼らには全身指圧が人気でした。体のサイズが違うのに料金は同じかよー、スタッフ大変そう、、、、と。
それにしても20分なのにとても密度の濃い、ハイパー足揉みテクニック!痛そうにするたびに、担当のお姉さんが「これは腸のツボですね。」とか「ここは眼の疲れです。」と小さな声で教えてくれます。おかげで機内での浮腫がかなり楽チンでした。

②到着翌日の朝、レギャンの宿泊ホテルから2軒となりで30分間・3万ルピア(約300円)
朝食後に近所をブラブラして、パーマ屋で再びリフレクソロジー。通常は1時間・5万ルピアのところ、30分間で済ませたかったので割高でもOKにしました。夫の担当はおかみ、
私は若いお姉さん。最初にボウルで両足を洗って貰い、ニベアを塗りながらグイグイと
痛気持ちよく揉んでくれます。途中、何度となくおかみからお姉さんへの「もっとこんな風に」というピンポイント指導が繰り返されます。ムダ話も一切せず、集中して揉んで貰えてリフレッシュできました。リフレクソロジーは手軽でいいなー。

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③3日目の朝、恒例のガイドM氏と再会。夫が肩や背中が疲れているという話をしたので
ここぞとばかりに私もマッサージ行きたがりアピール!。M氏は即座に「近くにいいスパがあります。行きましょう。」と、われ等が価格帯を確認する前に到着。お店の名前は
”バリラトゥ”です。写真にあるように、立派な建物、、、周囲は癒される田んぼビュー。
どうもM氏はわれ等の財布状況を誤解しているのか、または日本人だからある程度キレイなお店でないといけないと思っているのか、、、とりあえず過去の経験からコミッション目当では無いと思います。

入店すると冷たいおしぼりと飲み物のサービス。受付の男性は日本語が上手です。ボディスクラブやストーンテラビー、若返りフェイシャル、痩身トリートメント、デトックスマッサージ、、、、豪華なラインアップが並びます。われ等は10万ルピア(約1000円)以上は高いと感じてしまう貧乏性なのになーー。 結局、一番安い頭と肩のマッサージ1時間・30ドルを2人とも選びました。後でシャワーを浴びるのは面倒なのでオイルは無しとお願いしました。

部屋に案内されると、田んぼを通る清々しい風が気持ちよく、担当の女性達も黙々とマッサージを開始。途中、オイル登場!? ベッドにうつぶせで横たわっていたので塗られた時にはすでに遅し。でもオイルが無いと調子が出ないようだし、まあ良しとしましょう。
バリニーズマッサージは結構しっかりと力を入れてツボもとらえてくれるのでナイスです。
夫も書いていましたが、息子が生まれる前に2人でバリに来ていた頃の感じを思い出しました。ああー!ある程度の金額を出さないと、この贅沢は癒し感は味わえないのですよ。

マッサージ終了後は、オープンエアのシャワースペースで開放感を味わい、全身サッパリとして大変気持ちよかったです。オイル有りで正解。最後に温かいジンジャーティーを頂きました。
受付スペースに戻ると、M氏と息子も散歩から戻っていました。その後30分程、息子は受付の男性と遊んでもらい、夫とM氏は田んぼの前でお喋りをし、私はモタモタと日焼け止めを塗ったりしていました。

あー、気持ちよかったーー!

其の2に続く

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1時間2000ルピア バリ島2009

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 バリ人M氏宅に行くと奥様が風邪をひいていた。ジャムゥ(インドネシアの漢方)を額や手首、足首に塗っている。もうだいぶ良くなったみたいだけど「熱が出ても仕事を休めないので、私が毎日車で送ってました」とM氏。
 ちなみにM氏は以前勤めていた日系のツアー会社が解散した後は、自分でトヨタ・キジャンの中古車(90年代後期モデル)を購入し観光ドライバーをやっている。「私が毎日車で送ってました」ということは今は仕事がヒマだということだ。

 たしかにこの時期はオージーやキーウィ、ジャワ人の観光客は非常に多いがそれ以外の国の観光客(日本人を含む)は夏休み前ということもあって本当に少ない。いつでも旅行をしていると思っていたフランス人やドイツ人をまったく見かけない。ということで彼もヒマすぎて最近は主夫をやっている。奥様がウブドの老舗レストラン&雑貨屋で頑張っているとはいえ子供たちも大きくなってきてちょっと経済的に厳しんじゃないかな。でもそれをあまり悲観してないのがバリ人なのだが。

 ということでM氏宅の敷地を見渡す。いつもなら裏手の貸家のご家族にぼちぼちと会うはずなんだけど敷地内には近所のガキどもしかいない。どうやらひとつの家族は子供の進学に合わせてデンパサール(バリ州の州都)に引っ越してしまい、もうひとつの役所勤めのご家族もこの長い休みを使ってデンパサールの実家へ泊まりに行ってるのだそうだ。

 ところで近所のガキどもは彼の家で何をやっているかというと、それがプレイステーション2(3ではない)だ。M氏宅には何とプレイステーション2が3台もあり、それが近所のガキどもで満杯なのである。そしてよく見るとプレイステーション2が繋がったモニタの上に2000ルピア(約20円)の張り紙が・・・

 M氏の説明では「2000ルピアは1時間の電気代としてもらってます。」「大きいテレビは電気代が高いので1時間3000ルピア。」「町のゲームセンターでプレイステーション2(3ではない。3をバリ島で見た事が無い)を1時間やると6000~7000ルピアで2000ルピアはお得。」「町のゲームセンターは不良がいるのでこちらの方が親たちは安心。」とのこと。
 ちなみに不良の見分け方を訊いたところ「服装は普通の人とあまりかわらない」「目が違います」らしい。これでは僕たち外国人には分らないかも。

 ところでこの私設ゲームセンターを管理しているのは息子のヤンナ君。ということでこの日以降、僕たちから「オーナー」と呼ばれることになった。でもヤンナ君、このためにいつも家にいるのは辛いらしく遊びに行きたくてウズウズしている。なのでパパが留守番をしてくれるこの時期は彼にとってはいい感じなのだ。勉強をするのがちょっと嫌いなヤンナ君は相変わらず料理関係の仕事を目指している。

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2009/07/15

熱帯とコケ

tornosの妻です。夫は出張、、、調子にのって書いてしまおう。
私は苔が好きです。日本の苔庭を見ると興奮してしまいます。

バリ島は熱帯なので、あっと言う間にコケが生えるのでしょう。
雨上がりに日差しが戻り、石像に繁茂したコケから雫がしたたる様子はとても趣があってしみじみとします。
それでこの頃気付いた事があります。トイレやお風呂にも同じ勢いであっという間にコケが生えるみたいなのです、、、。
パダン料理屋のトイレ辺りから確信し始めたのですが、手桶に水を入れて洗い流してしまうスタイルのトイレ(お風呂場でもある場合多し)はコケ向きな温度+湿度!しかし暮らしている人は割りとそのまま放置している模様。日本で言えば、お風呂場の天井にいくつかカビの黒い模様が出て来て、「たいして目立たないからまあいいか」みたいな。

それと前後して、ウブドのバンガローに移って最初の衝撃だった、バスタブ周囲にむっしりと生えている「コケ」の塊!、、、コケは大好きだけど私、バスルームのコケは馴染めないーーー。
ということで、スタッフにキレイにしていただきました。お願いするとニコニコしてイヤな顔もせず、すぐにやってくれました。
でもきっと、日頃余りにも身近すぎてコケの存在が気にならない感覚なんだろうなー。
レギャンのホテルでもトイレにコケが生えていたしな。

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夏休み? バリ島2009

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 ギャニャールのバリ人M氏宅に向かった。何回彼の家にお邪魔しているか忘れてしまったが、最近はすっかりツアーのコースに組み込まれている。なんど来ても広場の周りをぷらぷらして微妙な変化を発見するのが楽しい。今回の変化といえば広場の前にちょっとしたフードコートというかワルンが数件ならんだエリアが出来ていた。こういうところで何か食べたいなどというとM氏から「ちょっと食べない方がいいね」と言われるのが毎度の事である。

 車の中でM氏と話していて初めて知ったのだけど、ちょうどこの時期の学校は学年末の長い休みなんだそうだ。彼は「夏休み」と言っていたがさすがにバリ島、なにをもって夏と言ってるのかよく分からないがここは南半球、どうやらオーストラリアなども長い休みらしい。ということで妙にクタ地区が華やかだったその原因は、浮かれオージーの群れとバリ島に訪れるホリデージャワ人で溢れていたからだった。そういえばスカワティの市場の前を通った時もジャワ人のツアーバスが何台も並んでいて、その込み具合を見てこの後にスカワティに行くことを考えるとちょっと恐ろしいと思ったものだった。

 ところで個人でバリ島に来るジャワの方は別として、ジャワ人の団体さんはいったい何処に泊まっているんだろう?彼に確認してみると「デンパサール」だと言う。どうもジャワ人の団体さんはホテルに泊まるのではなく、ツアー会社がデンパサールのアパートメントを建物ごと借りてそこに泊まっていくのだそうだ。そこからツアーバスで観光するので、突如ジャワ人の団体さんが現れることになるらしい。

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 ということで今回のバリ島旅行は、この夏休み?期間だけの特典をいくつか体験できたのだけど、明日から4日間宮城へ出張。戻ってきたらバリ島の続きをだらだら再開します。

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2009/07/14

高級マッサージ バリ島2009

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 3日目の朝。

 安いアコモにしてはまともな朝食(チョコレート・ジャッフル、バナナ・パンケーキ→以後トーストに変更、オムレツ、フルーツサラダ、パイナップル・ジュース、コーヒー)をバルコニーのテーブルでいただいくと、バリ人M氏が迎えに来た。

 彼とは初めてのバリ旅行の時からのお付き合いで、最初は日本人経営の某現地ツアー会社のガイドだった。数年前にその会社が解散した後は個人のドライバーとして僕たちを希望の場所へ運んでくれる。しかし個人商店になって以来会うたびにどんどん格好がラフになってくる。今回は彼の妻が勤めるウブド某有名店のTシャツにビラボンの短パンにサンダルという出で立ちで、バリ人としては普通かまともな方だが以前のパリッとしたシャツはとうとう消えてしまった。(シャツはジャワ風襟ではなくバリ風襟)

 あまり具体的なプランを立てていなかったので「マッサージがしたいな」と伝えるとM氏のキジャン(車です)はなんとすぐ近所の高級スパに止まった。近すぎる。最近は100,000ルピア以上するところは全て高級だと思っているからちょっと戸惑ってしまった。
 乳母車時代からの付き合いの息子はすっかり懐いていたのでM氏と2人で猿森へ。で僕と妻は1時間の肩&頭マッサージ。ところでやはり金を払うと同じマッサージでも違うものである。丸い穴に顔を埋めて田んぼからの風の流れを感じながらのオイルマッサージ(オイルは使うなといったのに)は、すっかり忘れていた-ホテルや食事やスパに金を使いまくっていた最初の頃のバリ旅行を思い出させた。とても気分が良かった。朝なので空いていて終わった後の田んぼ前のベンチでの一服も気持ちよかった。
 そしてマッサージ大好きの妻は翌日のマッサージを今度は近所のテガル・サリに予約に行った。(テガル・サリは人気のアコモですね。テレビが無いので候補ではなかったけど)

 そして最初のメーンイベント会場ギャニャールのM氏宅へ向かう。はたして1年でどう変わっているのだろうか・・・

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2009/07/13

プンゴセカン バリ島2009

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 本日は僕の誕生日、なんだか冴えない年齢になってしまったよ・・・。

 ウブドに着いたその日はすっかりノンビリとしていてバンガローの近所をちょっとうろついた程度だった。あとはほぼ昼寝(夕寝)とバルコニーでのコーヒー&シガレッツ。
 このエリア(プンゴセカン)は華やかではないが、ある意味ジャラン・モンキーフォレストやウブド王宮近辺より便利なくらいだ。日本食を食べたければウブドラヤや影武者があるし(ウブドラヤのざるうどんは美味しくて息子が現地料理が辛くて厳しい時に助かった)、安くて美味いワルンやルマ・マカンもある。インパクトには欠けるが安心して食べられるツーリスト向けのレストランも何件かあるし、スーパーもベーカリーもスパも美術館もある。プリアタンもニュークニンも近いし散歩も楽しそうだ。なので次もこのあたりに泊まろうと思った次第。

 さて明日からゆっくりとバリ始動です。

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2009/07/12

ウブドへ バリ島2009

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 さてやけにビラリシが長くなっている気もするけどまだ2日目。
 ホテル近くのパーマ屋で足マッサージ(3万ルピア)を受けてたら(この女将のスタッフへの指導の厳しさが見ものだったのだけど)、早々に部屋に戻り出発の準備。12時には待ち合わせどおりに次のアコモ、ウブドのTunjung Mas Bungalows(トゥンジュン・マス・バンガローズ)のスタッフ-マデ君が迎えに来た。僕1人で混乱するんだけどホテルの名前は岬のTanjungではなくて睡蓮のTunjung。

 クタからウブドへの道はドライバーによって微妙に異なるので1時間ゆったりと風景を眺めながらの移動はなかなか楽しい。今回やけに目に付くのは(前に書いたけど)選挙のポスターや旗。それに今までに体験した事の無い人出と渋滞。町の雰囲気も、今までのどの過去より華やかな感じで、この時期がいつもと違う事はすぐ分る。たいしたことではないけど、それについては後日バリ人M氏に解説してもらう。

Dscf5374_2  今回はウブドでの宿泊先を決めるにあたって、1.過去に泊まったジャラン・モンキーフォレスト/チャンプアン/クデワタン/プネスタナン以外の場所(ニュークニンやプンゴセカン等)にする、2.部屋にテレビがあること(息子の希望。ローカルでOK)という条件を設定した。1だけだったらいくらでもあるんだけど、2を入れると選択肢が結構絞られる。その中でも連絡のレスポンスが良いところにした。

 トゥンジュン・マス・バンガローズに到着。ここはバンガローとあるように全6部屋の小さなアコモで、ウブド中心からやや南のプンゴセカンにある。レストランも無いしホテルではない。料金はVilarisiの倍弱くらいで、参考に宿泊経験のある同等の広さの高級ホテルKomaneka resort(コマネカ・リゾート)の1/3~1/4の料金程度である。もちろん高級ホテルと比べてはいけない様々な点が存在するわけだけど、結論としてはコストパフォーマンスが高いアコモだった。
(ただし本アコモのウェブサイトは最近Googleのセーフブラウジング診断に引っかかっているようなので本blogからのリンクは入れません。6月は大丈夫だったんだけどねぇ)

 ということでここからウブドです(といいながらほとんどギャニャールとデンパサールだったけど)。

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2009/07/10

STAY AT ビラリシ

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tornosの妻です。愛するビラリシの続きを書かねば落ち着かない衝動に駆られて再び
お邪魔します。

そんな訳で、ヒトとして偉業を成し遂げたと言わんばかりな達成感の中、ビラリシがすでに愛おしくて仕方が無い。

以下、I love ビラリシ なポイントを記します。

 バスタブがある!シャワーのお湯がちゃんと出る!しかも、よくアリがちな、シャワー
ヘッドから太いお湯が一本ジョボジョボ、、、では無くてしっかりと、パァーっと、
お祭り気分で踊るようにお湯がシャワーっている!
全身が脂汗にまみれたわれ等(というより私だけですね)は世界一クリーンな気分。

 さっぱりして、荷物をほどきながら室内をキョロキョロ。
おー、これは!?
家具類は茶系でクラシカルな超ヨーロピアンだ!しかもイタリアを彷彿させる、というかイタリアン家具なの? ネコ足の家具たちよ、なぜこの部屋に来てしまったのか。

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 カーテンは突然だが真っ黒なサテン生地。カーテンを開けたらビックリ!窓がステンドグラスになっていますよー。
息子はこのステンドグラスに感動し、「美しいお部屋だねー。ずっとここに泊まりたい!」と言う位の惚れこみぶり。

 バルコニーはそんなに広くないけれど、ここもヨーロピアンな金属製の囲いで仕上げられていた。そして、ブーゲンビリアの大きな鉢植えが置かれていた。さっきからギャップが激しくて、どうにも揺さぶられっ放しであります。

 シングルベッドに寝相の悪い息子と2人で泥のように眠り込んで夜はオシマイ。


 翌朝、フロントで朝食クーポンを受け取りレストランへと向かいました。レストランは
窓が多くて明るい感じでした。そしてここでも沢山のステンドグラスが息子を感動の渦へと誘ってくれた次第です。われ等は外のテラス席に座り、一息ついてホテルを外から見上げたら、、、まあ、ステキ。

Dscf5232_2 オーナーはイタリアのビラを再現しようとしたのかなぁ、、、、。

朝食はホテル代のわりにメニュー豊富で、ビュッフェ式(これはインドネシアンね)。満足度がさらにUPであります。

 部屋に戻る前に、せっかくなので洞窟に橋がかかったテーマパーク式通路を通ってプールエリアを見に。通路だけを見ると物凄い意気込みを感じる仕上がり。しかしプール本体は小さいよ。
それでもここがイタリアだとしたら相当スタイリッシュに映るに違いない。

 ついでに屋上のガーデンも覗いてやる!鼻息荒くエレベーターに乗り、開いたら目の前はすぐに芝生と木々の緑あふれるルーフガーデン! でも太陽光線が余りにもエネルギッシュ過ぎて1分程で退散してしまいました。本気で日焼けをしたいお客様にはビーチよりもプライバシーがあるし、かなりリラックスできる場所ではなかろうか。

ヤルなぁーー ビラリシ。また来るよーー!

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2009/07/09

ROAD TO ビラリシ

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Tornosの妻です。夫の隙を狙ってお邪魔いたします。グダグダで済みませんが書かせて下さいね。

まず、次のバリも最初の宿はやっぱり「ビラリシ」にしたいと心に決めております。
ビラリシlove。

①初めはホテル割引サイトで予約を取ろうと試みを。日本の会社が運営していて現地スタッフも日本人。しかし、、、返事が来ないぞ??  これでもか!と計5回の催促メールを出し、本部にもメールしちゃったぞ。そしたら待ちくたびれた頃バリから返事が来た。
「連絡が遅れまして、とんと見当もつかない程に反省しております。」、、、、うーん日本語すら怪しいよ。しかもホテルサイトのレートより高かったんでがっくし。それにしても待っていた自分は随分とのん気でありました。

②こうなったらホテルに直接予約だす。空室あった!カテゴリーも希望通り。3人で寝るからダブルベッドの部屋をリクエストするも、即確認メールが届きひと安心。。。うぅー、最初から直接にすればいがったです。

③デンパサール空港に到着し、テキトー丸出しタクシー運転手にしつこくチップをねだられながら、ビラリシに着いた時には、深夜だしネバ暑いし脳がクタクタで「早く部屋にとおしてちょーだーいぃ!」以外には何も考えられなかった。最後の力を振り絞りチェックインじゃー!受付にまっしぐらです。

④ホテルの受付には笑顔のおにーさんが立っていた。うおー!とうとう来たよビラリシ。ここまでの苦労も疲れも吹っ飛ぶよ。ウフフ、まったく随分ジラされちゃったじゃないのよ。さっそくですが「マイネームイズ○○○。うぃーメイド ア りざべーしょん!! 」

Dscf5263_2 そしたらおにーさん、「予約した際のメールを印刷してきましたか?」と一言。
そんなの知らない。無いとどうなるの?

「無いと困ります。んーーーーーーーー、仕方ないですね。どこかで印刷して来てください。」
どこかって、どこ? 自分のPCは日本の自宅なのにどうやって印刷したらよいの?

いろいろゴネて20分間位かかったでしょうか、、、とりあえずルームキーを渡してもらえました。疲労困憊。息子は終始心配そうに私達を見つめていました、、、。

カギを開けたら そこは ダブルでは無く、 ツインルームでした。トイレに緑の苔が密生していて、便座は割れていました。
でもそんなのはどうでもいいんです。部屋に入れた瞬間の達成感が全てを満たしてくれました。ああ、、、ビラリシlove。

(写真撮影:息子)

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2009/07/08

インドネシア大統領選 バリ島2009

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 ちょっと番外編。

 今回のバリ島旅行ですぐ気がついたのは、あちこちに立てられた大統領選立候補者のポスターだ。初めてまともな選挙が行われた2004年のバリ島旅行はホントに選挙一色の雰囲気だったが、5年ぶり2回目の今回は「選挙の手順が2回になった」とバリ人M氏が言っていた。そしてポスターやら旗やら前回よりもかなり派手にやってる印象だ。相変わらずスシロ・バンバン・ユドヨノとメガ(ワティ)の対決だが、前回はユドヨノ陣営だったユスフ・カラも立候補していた。
 現地では圧倒的に現職ユドヨノ有利の雰囲気だったが、投開票の今日、やはりユドヨノに決まりそうだ。
 ちなみに写真はマスコミ嫌いと言われているメガワティがめずらしくメディアを前に演説しているニュース映像。と思ってパチリ。

 また次から旅行記に戻りま~す。

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2009/07/07

今年もバビグリン バリ島2009

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 Vilarisi Hotelの朝食をすませたらハーフウェイ方向へ散歩。と、しばらく歩いていたら何だか海に近づいている気配が感じられない。
 僕をマレーシア人だと思って近づいてきた物売りのオジサンに海への道を尋ねるとまるで反対のジャラン・レギャン近くに来てしまったようだ。どうやら寝ぼけてホテルの建っている向きを勘違いしていたらしい(マレーシア人と思われたのは初めてだ。マレーシア人の特徴ってどんなだろう)。
 オジサンに帽子とメガネを買わないかと言われたが(ここで妻がLaut=インドネシア語で海の発音をオジサンから習う)、とりあえず12時にチェックアウトするまでに海を眺めて飯をブンクス(テイクアウェイ)してフットマッサージをしなければならない。その場を離れて海に向かった。
 朝のハーフウェイと言うかレギャンビーチの南端はクタビーチのような派手さはないが清々しくて気持ちがいい。ビーチパラソルのレンタル屋が「ここよりクタビーチのほうがいいよ」となどと言いながらも「1時間レンタルしていけ」と商売していたのがなんだか矛盾していて可笑しかった。

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 ジャラン・ムラスティのアートマーケットに戻り、昨年もブンクスしたバビグリンをまたブンクス。昨年食べた時はカレー風味の味付けがとても美味しくてとても気に入ったんだけど、やっぱりここのソースはナベの中をみてもかなりカレーだった。どういう計算なのか分らないけどバビグリン2人前+アクアのボトルで25,000ルピア(250円くらい)。この美味さだったら結構安いんじゃないかと思う。

 その後、近くの店で30分のフットマッサージを受けて(これが上手だった)ホテルに戻った。

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2009/07/06

Vilarisi Hotel バリ島2009

 7度目のバリ島旅行。

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 さて初日は最近のパターンでバリ島到着日は空港に近いところに1泊だけのホテルを予約。そのホテルがクタとレギャンの境にあるジャラン・ムラスティ(というか本当はどこが境なのか僕には分りません)のアートマーケットの南にのびる細い路地上にあるVilarisi Hotel(ビルディングタイプのホテルのなのでカタカナ表記はヴィラリシではなくてビラリシが適当だろうナ)。
 このホテルのクラスは安いパックツアーでよく使われるホテルだけど、どのホテルがいいのか分らない・・6歳の息子も連れてるし・・ということでこのクラスなら百戦錬磨のボスザルにいくつか大丈夫なホテルを教えてもらい(以前教えてもらった飯屋が美味かったし)その中からビラリシを選んだ。ボスザルの基準が何処にあるかはよく知らないのだけど、買い付けに便がいいとか、ビンタンを飲んでぶっ倒れても何となく大丈夫だとか、スタッフとトラぶったことがないとか、色々あるのだと思う。
 僕も妻もある程度のレベルのアコモまでなら全然平気なので心配はないけど、ちょっと心配なのは息子。息子は前回のバリ島で泊まったバンガロー(ロスメンとホテルの間)にテレビが無い&部屋の照明が暗いがご不満だった。それがなんだか面倒で息子さえ問題がなければ問題なし。結果-もちろんホテルと名のつくくらい場所なので息子6歳も大変気に入りテレビでおさるのジョージが放送されていた(インドネシア語)こともあり「ずっとここでいいよ」と言っていた。ですがムードを求める人、当然ハネムーンには向いてませんョ。

(最初の写真:部屋の中 黒いカーテンがよく寝れます。)

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(2枚目 バルコニーからのビュー 正面 もちろんもっと良いプールビューの部屋もあります)

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(3枚目 バルコニーからのビュー 南 朝ずっと先の建物のバルコニーでずっと踊ってるお姉さんがいました)

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2009/07/05

帰国しました

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 バリ島から帰ってきました。
 観光地らしいところにはほとんど行ってませんが結構充実した家族旅行だった気がします。帰りの飛行機ではあまり眠れなくて、、、かなり眠いです。ぼちぼちと報告します。

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