ここ1週間で出張が2回(神奈川)あったので電車の中でポール・セローの本を2冊読んだ。1冊目(横浜)は短編集「ワールズ・エンド(世界の果て) 」。イギリスやらプエルト・リコやらアフリカのどこかやらドイツやらフランスやらを舞台にささやかな異国体験。ほとんどは外国に行ったことがある人ならなんとなく思い当たるような感覚を巧みに表現している。村上春樹氏が翻訳をしているということでちょっと躊躇したが、なんのことはなく中身はポール・セローだった。
2冊目(小田原)は返還直前の香港を舞台にした長編サスペンス「九龍塘の恋」。香港には2回ほど旅行に行ったけど、2回目の香港旅行が返還直前の頃だった、ということもあって非常に気になる小説だった(11月に星野博美さんの「転がる香港に苔は生えない」を読んだばかりだったし)。ただ如何にも3泊4日程度のパック旅行らしく動いたので九龍地区は彌敦道(ネイザンロード)を中心に尖沙咀から旺角程度までしか歩いたことがない。ので九龍塘の恋の舞台になる九龍塘には行ったことがない。もうちょっと北東、九龍城の西にある高級住宅地なんだそうだ。
とにかくこの小説に描かれる香港が、これまた今まで収集してきた返還前後視点集とはまた微妙に異なるところが収穫だった。
ところでポール・セローの本は以前にも「ポール・セローの大地中海旅行」、ピーター・ウィアー監督ハリソン・ フォード, リバー・フェニックス主演で映画にもなった「モスキート・コースト」それにブルース チャトウィンとの共著「パタゴニアふたたび」を読んだんだけど、今回の2冊を加えてますます彼の他の本が読みたくなった。とは言ってもよく言われるようにポール・セローの小説はたいがい結末が無いまたは後味の悪い結末といったカンジで、ハッピーエンドにしろ悲劇的にしろ整理がついた結末を望んでいる人には向いていないとの事。なのでオススメしたいがオススメはとりあえずしないです。
全然関係ないけど小説を読んでてちょっと混乱してしまって少しの間、先に進めなくなったところがあった。それが「九龍塘の恋」の中で主人公(香港生まれのイギリス人)と中国人(大陸の人)が九龍の龍の読みについて話しているところで、普通話では「ロン」と読み広東語では「ルーン」と読む、なので九龍塘は広東語では「カオルーントン」と読むというところ。これが僕の頭の中の記憶、つまりおきまりの広東語は「ガウロンGau2lung4」、英語は「カオルーン、カオルンKowloon」、北京語では「ヂウロン、チュゥロン」に余計な混乱を与えてしまった。
ということでちょっとwebで検索すると、GaやJiは無気音ってことで濁音ではないんだけど濁音のように聞こえる人もいる-という難しい話。ということで広東語を聞いた場合、白人にはKowloonに聞こえるというのは分かるとして、少しゆとりを持って考えると昔の日本人はもしかすると評判の悪い「クーロン」に聞こえたのかもしれない。で結局ガウロンの発音が難しい人はカオルーンがいいんじゃないかということで読書も先に進めることが出来た。なんか最近はつまんない事が気になって仕方が無い。弱ったかな。
「九龍塘の恋」→amazon.co.jp
「ワールズ・エンド(世界の果て) (村上春樹翻訳ライブラリー)」→amazon.co.jp
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