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2007/11/30

ガラスの家

Garasunoies

 現代インドネシア文学の傑作、プラムディヤ・アナンタ・トゥールの「ブル島4部作」の最終巻「ガラスの家」を読んだ。プラムディヤは2006年の4月に既に亡くなってしまったが、第3巻である「足跡」が1998年に翻訳出版されて以来、続く「ガラスの家」はいつになっても出てこなかった。2007年8月に待望の「ガラスの家」が「めこん」から出版された。

 この本を読むにあたっては現在のインドネシアの原型が形成されるオランダ植民地時代後半からの歴史を簡単でもいいから知っていると良いと思う。ということで簡単に並べてみる。こうやって並べてみると、なんて絵に描いたような歴史なんだろうと考えてしまう。

オランダによる強制栽培制度の導入&植民地化(オランダ領東インド)
ナショナリズム運動の拡大
ドイツ国占領下によるオランダの弱体化
日本軍の侵攻及び軍政支配~第二次世界大戦日本軍降伏
スカルノらによるインドネシア独立宣言~イギリス軍&オランダ軍の最介入介入~独立戦争~独立
マレーシア対決政策による国際社会からの孤立、経済政策の失敗
9月30日事件(軍事クーデターの失敗、スハルトによる共産党勢力の掃討、インドネシア共産党の壊滅)~スカルノの失脚
スハルトへの大統領権限の委譲~開発主義(開発独裁)政権、東ティモールの軍事併合
アジア通貨危機、民主運動~暴動、スハルトの失脚
スハルト政治の清算と民主化への流れ、東ティモールの独立
初の国民直接投票による大統領選挙(2004年)

 そういえば2004年にバリ島へ行った時にバリ人M氏に午後の観光案内をお願いしたところ、丁度この選挙の投票日で投票に行く都合上、観光は午前中に強制されたんだっけ。彼はスシロ・バンバン・ユドヨノに入れたのかメガワティに入れたのかとにかく選挙熱は凄かったのだ(脱線)。

 「ブル島4部作」の舞台はナショナリズム運動の拡大~ドイツ国占領下によるオランダの弱体化の時期にあたる。主人公ラデン・マス・ミンケは当時「サレカット・イスラム(イスラム同盟)」を結成したプリブミ(非華人系原住民)のジャーナリスト、ラデン・マス・ティルトアディスルヨをモデルにしている。その他の登場人物も実在の人物をモデルにしたものが多く、フィクションとノンフィクション、メロドラマ(主人公は女たらしである)とナショナリズムが交錯する中にスハルト時代を思わせるいくつかの仕掛けが組み込まれ、単純な大河小説とは味わいが異なる。

 実際にプラムディヤは9月30日事件の直後に共産党員ではないにもかかわらず政治犯としてブル島へ10年間流刑された。そのブル島で書かれた大河小説がこの「ブル島4部作」であり、出版された4部作全てがインドネシア内では発禁処分となり、読んだ者まで逮捕されるという事態となった。
 反して国外に持ち出されたこれらの本は多くの国々で翻訳されプラムディヤの作品は世界的な評価を受けることになった。

 最後の「ガラスの家」はこれまでの主人公ミンケの語りから一転して、ミンケらナショナリストを弾圧、コントロールする側であるプリブミの官僚パンゲマナンの口から語られる。
 また「人間の大地」から読み返さなきゃいけない。

「人間の大地 上 (プラムディヤ選集 2)」→amazon.co.jp
「人間の大地 下 (プラムディヤ選集 3) 」→amazon.co.jp
「すべての民族の子 上 (プラムディヤ選集 4)」→amazon.co.jp
「すべての民族の子 下 (プラムディヤ選集 5)」→amazon.co.jp
「足跡 (プラムディヤ選集 6)」→amazon.co.jp
「ガラスの家 (プラムディヤ選集 7)」→amazon.co.jp

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2007/11/29

ヒロシマ

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 突然ですが広島出張から帰ってきました。本当ならホクレア(古代ポリネシアで使用されていた航海カヌーを復元。今年2007年にハワイから日本までを航海)が広島に到着する頃に行う予定だった作業が延期。最近急に日程が決まって今週行ってきました。

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 広島に行くのは初めてで、帰り際に念願の平和記念公園に行ってきました。
 2005年はテニアン島での平和式典に被曝者の方が初めて参加することになったのですが、偶然、僕が泊まっていたサイパン島のホテルで広島から来ていた関係者の方とお話をする機会があったり、翌2006年には実際にテニアン島の原爆搭載地点に行ってたので、「やっと行った」という順序が逆な感じではあります。

テニアン島の平和式典
http://tornos.cocolog-nifty.com/blog/2005/08/post_2dc9.html
テニアン島北半分
http://tornos.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_3161.html

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2007/11/21

2度目の沖縄3

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 50kmレースがゴールするまで1時間半。チャリで遠出するには時間があまりありません。ということで大会会場近くの21世紀の森ビーチ横の海を見ながら1時間ほどぼんやりして過ごします。このあたりの海も本土に比べれば十分に綺麗。

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 そろそろ時間かな、ということで58号と本部循環線がぶつかる宮里交差点?にロードバイクに乗って移動します。
 昨年のレース観戦で本部から自転車で降りてきた時に、大きく弧を描いたこの交差点がゴール前に比べとても見通しがよく長くレースを楽しめることを知ったので。この交差点を抜けるとゴールまで500mの直線になりゴールスプリントが始まりハラハラします。また大きな交差点なので自転車が通過しない隙を狙って車両を通すその交通整理がさらにスリリングかつちょっと殺気立ってます。

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 そして戻ってきました50kmレディース。しかも初挑戦のO2女子Sちゃんが第2集団の先頭付近にいます。こりゃ凄い。それに続いて同じく初挑戦の50kmシニアレースのUさんも帰ってきます。完走おめでとう。・・・とここで薄暗い頃からの撮影でフラッシュを使いまくり&レース撮影での連射しまくりでデジカメの電池切れ。
 ということで残念なことに大会会場の昼食券で食べた中身汁(中身は豚肉の内臓)の写真もその後ゴールするO2の皆さん(店長、F師匠、Aさん、Kさん、N選手)の写真もありません。Kさんは昨年足きりで完走出来なかったので完走した時の写真が撮りたかった。

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 レース後は自走でホテルに戻り少し寛いで「どなんち食堂(だったかなあ)」で夕食です。2年目で慣れたせいかレース話もよく分かって飲み会も面白かった。店長とは来年は300kmサイクリングにでもチャレンジしますか!なんて話になったり。今度はレースじゃなくてもいいからイベントに参加してみたい気持ちになりました。

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 ホテルに戻るとなにやら面白いことをやってましたので一緒に手拍子などで参加してきました。

(続く)

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2007/11/16

2度目の沖縄2

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 レース当日の朝は4時過ぎに起床。2日連続の早起きです。レース前の緊張で眠れなかった方もいたようです。僕にもちょっと緊張が伝染してました。

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 O2+αからレースへの参加は、200km市民レースに1名(N選手)、130km市民レースに6名(店長、F師匠、Aさん、Kさん、Hさん、K貴公子)、50kmシニアレースに1名(Uさん)、50km市民レディースレースに1名(Sちゃん)。それに今回はチャレンジサイクリング90kmに2名(マダム、T?さん)が参加。応援は僕1名。

 ということで朝5時に130km組はスタート地点(国頭村道の駅)へ向かってバンにチャリを載せて出発。200km&50km組はスタート&ゴール地点(名護市民会館)へチャリ自走で出発。サイクリング組は少し遅れて出発した模様。
 そして200km&50km組は何故か(というか当然)僕が牽いていくことに。たかが10数キロの距離とはいえ、暗いうえに海風が強くレースに出る方々を牽いてる緊張感もあって(「遅せーぞ」など幻聴が聞こえてきます)、9月15日のダイエットライド以来のロードバイクは少々堪えました。

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 名護市民会館に着くと薄暗い中にレースの熱気が伝わってきます。建屋前の各レースのプラカードに並ぶようです。STARTが早い200kmのN選手は早々に何処かに行方をくらましその後名護市民会館内では発見出来ず。どこかで瞑想していたとの噂も意外にも列のかなり後方にいたようです(「200kmのスタートはあまりスピードが出ないし・・・」とかなんとか)。そんなこんなでUさん、Sちゃんもそれぞれの待機場所へ移動。

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 さて出場選手たちは子供たちの太鼓とパーランクーの演奏に送られSTART地点へ移動。スターターのピストル音を合図にカテゴリー毎にスタートを切っていきます。我らがN選手はいったい何処にいるのやら・・ついに市民200kmもスタートを切ります。ツール・ド・おきなわ初チャレンジのUさん、Sちゃんもスタート。行けー。みんな本部に向かって消えてきました。

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 そういえば昨年の僕は本部のホテルでのんびりと朝食をとって散歩して、その後ホテル前を通過するO2選手を応援し、そのままコースを逆走して20数キロをレース並み超高速で下って名護市民会館に向かったんだっけ(下るのはパワーいらないからね)。

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 その後チャレンジサイクリングに参加のマダム&T?さんを発見しお見送りをしました。
 さて50km組が戻ってくるまで1時間半。どう時間をつぶそうか?早起きしたからなぁ、1日が長いぞきっと。夜は夜で飲むんだろうし・・・。腹が減りました。

(続く)

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2007/11/15

2度目の沖縄1

 グアム一人旅キャンセルから急遽O2のツール・ド・おきなわツアーに参加させていただいた昨年、に引き続きコナンさん(130km市民レースに出場予定だった)が事情により参加できなくなったその代役として今年も急遽O2のツール・ド・おきなわツアーに参加させていただきました。もちろんレースなど出られる実力はありませんので今年も応援で参加です。

 とりあえず写真で綴る(誤魔化す)1日目です。

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 名護に到着すると早速昼食です。昨年に引き続き「宮里そば」。込み合っていた為か僕たちのテーブルは注文したそばがいつまで待っても運ばれてきません。お店のおばちゃんに確認すると「すっかり忘れていた」模様、すぐ出てきました。写真は<沖縄そば>。味は前回と一緒です。急いでる時は骨の無い<ソーキそば>のほうが食べやすいです。昨年のように<沖縄そば>三昧に陥らないよう気をつけたいところです。

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 昼食後は大会会場でレースの受付(僕はコナンさんの受付&キャンセル)を済ませ、50kmレース(シニア&女子)に参加する皆さんはレンタカーに乗ってコースの下見に、僕を含め残りはホテルに直行して自転車を組み立てます。
 僕のようなレースに出ない人間は組み立てもあっという間ですが、皆さんじっくりと自転車を組み立てます。自宅から羽田まで自走にチャレンジしてパンクしたF師匠はパンク修理。タイヤに結構大きな裂け目が出来てます。というかレースに出るのにタイヤを取り替えずに修理レベルでいいのかと・・・

 宿泊したホテルの部屋からの眺めです。たしかに海が見えます。

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 が、本当の正面はこちら。工事ビューです。

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 各各、大浴場で疲れをとったりプールバトルで疲れを蓄積して過ごすと夕食の時間です。
 そして本日の夕食は「名護曲」。

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 アヒル好きの僕はアヒルのナチョーラ汁定食+オリオンビール(生)+とうふよう。沖縄は味噌汁定食など汁物の定食が美味いって事は聞いてたけど、このアヒル&海仁草(ナチョーラ)汁はまことに美味。やっぱり南国で食べるアヒルの肉は最高です。とうふようはあまり癖の無い誰でも食べれる程度のもの。もう少しイッちゃってるくらい臭いやつのほうが好きだなぁ。ほら日本で「ブルーチーズです」なんていってレストランなんかで出てくるふぬけたヤツでよくがっかりしたりするでしょう?我慢して食べるくらいの臭さが結果的には美味しかったりするんですよね。

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 ホテルに戻るとあとは各各レース前のモードに入っていきます。前回はレース前夜のピリピリした感じを強く感じたんですが、今回は前回に比べて肩の力が抜けた感じが良い感じ。明日は天気が良いといいね。

(続く)

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2007/11/05

今年もツール・ド・おきなわ応援隊

 11月10日~12日はまたまた今年も「ツール・ド・おきなわ」の応援にO2ツアーに参加することになりました。
 1週間前の予報ではありますが、今のところ天気はまあまあ良さそうです。今回は昨年のようなレース翌日のライドは計画されてないので、自転車でどこをぶらつくか今から考えなくちゃいかんです。とにかくたっぷり楽しんできますネ。

 家の工事で埃にまみれていた自転車をほぼ2ヶ月ぶりに掃除しました。やれやれ。

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