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2007/05/30

アフリカルチャー最前線

Africulture

 仕事の帰り、電車の待ち時間に水戸をぶらぶらしていたところ、何かアフリカに関する優しい(易しいではない)本を読まなくてちゃと思い立ち近くの本屋に入った。
 その時購入したのが故・白石顕二さんの「アフリカルチャー最前線(つげ書房新社)」→amazon.co.jpだった。

 この本は白石顕二さんが亡くなられてから編集されたもので「Do Do World」などに書かれた比較的新しいエッセイを集めたもの。白石さんはアフリカルチャーやカブラル思想などを日本に紹介した草分けの方で、サッカーのワールドカップやアフリカ映画ブームなどを境にささやかに盛り上がりつつあるアフリカルチャーの紹介を死の直前まで続けた。この本の最後には各界からの追悼の文章が載せられている。

 アフリカ大陸というのは未だに遠くて遠いトゥンブクトゥなところだ。日本でも若い世代の間ではアフリカ大陸をヒトククリとせずに国、地域ごとに異なる文化を認識する感覚が芽生えてきたが、僕などアフリカ大陸の国名を言われても場所が分かるのは3分の1にも満たない。それぞれの文化について何か答えろと言われたら手も足も出ない。

 そういうことなので僕はこれからアフリカルチャーの勉強をちょっとだけするのである。アフリカに行くというのは経済的に実現は難しいが、少しでも音楽を聴いたり本を読んだりすることに決めたのである。ラッキーなことにワールドミュージックのムーブメントが去った後アフリカ音楽は日本のインディーズシーンに残った。今では都市部に行けば純粋なアフリカ音楽からクロスオーバーなフォークまで聴くことは容易なのだという。となりの雑貨屋に行けばなんだか太鼓なんかも叩けるらしいし、相変わらず浅い感じだけどアフリカを取り入れていくことに決めた。

 みんな見に行っちゃってさ、僕もホクレア早く見たいな。

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2007/05/28

那須カレーライド

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 本日は昨年も参加しました日立~那須往復200kmライドに行ってまいりました。
 昨年はどんなコースか分からずあまい気持ちで参加して、最後の最後に迷子になって20kmほど余計に走り雨にうたれ、次の日に体をほとんど動かせないほど疲労しておりました。

 さて今年はほとんど踏み込むようなライドをしてない、というわけで今年は昨年以上に準備が出来ておらず、行けるかどうか前日のビギナーライドでチェックしました。

そして那須の結果は・・・

・半ば強制されてレーパンで走った。
・往路残り1~2kmほどで急に足が回らなくなりひとり休憩。(ハンガーノック疑惑に対して「あんなのハンガーノックじゃね~よ」とF氏)
・今年も100km走った直後に那須牛ステーキを食べる気になれずカレーライスに。
・復路、側溝でコケて膝を擦りむく。(これが一番迷惑をかけた)
・残り数キロの横風(北風)が凄すぎて死んだ。
・みんなに不安を与え続けながらも一応完走した。

 疲れてもう書けない。

(写真:「6月からアユ釣りが始まっちゃって暫くカヌーに乗れなくなっちゃうから、27日は那須に行けないです~」と言ってカヌーを積んでお出かけのHさんたちと途中で会うまだ楽しかった時間帯)

 ホクレアはどうなったかな?やっぱり周防大島経由?ホクレアのことは明日にすっぺ。

(追記)

 ホクレアは宇和島に入港したらしいですね。

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2007/05/26

ビギナーなしのビギナーライド

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 今日は2日連続ライドの1日目、久々のビギナーライドに参加した。しかし大人気の本ライド、本日も大盛況なのだがビギナーがいない。
 それにしても今日は暑かった。そんな暑いなか頭がボ~としてたのか、10km走ったところで半ズボンのチャックが70%開の状態だったことに気がつく。パリ・サンジェルマンFCのレプリカジャージを上に着てたから誰も気がつかなかった・・・らいいんだけど。
 明日は朝5時前に目が覚めればとりあえず那須200kmにチャレンジ。

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2007/05/25

XAYMACA

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 今日は息子3才が風邪をひいたので午後から子守。その息子にCOLUMBIA GP-3ポータブルプレーヤーのラスタカラー版「XAYMACA」を見つけられてしまったので渋々手近にあったレコードをかける。
 本日の音楽はキング・サニー・アデの82年(日本発売は83年)のアルバム「Juju Music」→amazon.co.jpがとミカ・バンドの「Live in London」→amazon.co.jpが。息子はキング・サニー・アデのほうが気に入ったらしく畳の上で踊るものだから針がとぶとぶ。

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2007/05/23

スッペダ号

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 今日は暑い。ホクレア号ステッカーをフレームに貼ったスッペダ号(またはスッペタ号、またはセベダ号)で自転車通勤(たった往復26km)をした。12月以来。

 チャド船長以下第1陣がハワイに帰るのだそう。横浜で会えると思ったけど寂しいね。お疲れ様でした。

(5/24 AM追記)

 ということでホクレアは広島です。観音マリーナに入ったんでしょう。僕のお粗末なトラッキングマップに日本時間05/24 09:17の位置を追加しました。

http://tornos.cocolog-nifty.com/blog/voyage/voyage2007-1.html

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Steve McQueen

Steve_mcqueen_1

 80年代を代表する名盤、プリファブ・スプラウトの85年のアルバム「Steve McQueen」→amazon.co.jpがリマスターで再発された。今日発売される日本盤はお財布と相談しましょう。

 Sony Music Onlineの「80年代の<ペットサウンズ>と称されるポップな傑作が充実の再発売!」はさておき、プリファブ・スプラウトはパディ・マクアルーンのソロを含め全てのオリジナルアルバムが傑作である(個人的には97年の「ANDROMEDA HEIGHTS」が一番好きなんだけどね)。その中でも多くのパディ節マニアを獲得するに至ったこのアルバムはもっとも人気が高い。ただのパンク&ニューウェーブ(笑)坊やたちもジミー・ウェッブやらバート・バカラックやらロジャー・ニコルズやらブライアン・ウィルソンやらお洒落音楽家たちを気にとめるようになった。

 今回の再発はDISC 1にオリジナル・アルバムをプロデュースしたトーマス・ドルビーによる2007年デジタル・リマスター盤を、DISC 2には今回の為にオリジナル・アルバム11曲中8曲をアコースティックで録音したバージョンを収録している。
 デジタル・リマスターはもともと完璧なミックスだったために大きく変えた印象はないが、良いヘッドフォンで聴くと小さな音が分離してはっきり聴こえる。ただもとから出来が良すぎる中での話。このアルバムの半分はトーマス・ドルビーのアルバムだ。
 アコースティック・バージョンはただのオマケ弾き語りではなくニューアルバム並みに力の入ったもの。基本的には「ANDROMEDA HEIGHTS」以降のパディ・マクアルーンでファンなら単独発売でも買うだろう。

 85年の思い出といえば、僕はその頃、千葉県富津火力発電所の建設現場で現場のおっさんたちと一緒に朝のラジオ体操をやって仕事に向かい、朝夕食付き3000円の民宿で就寝するまでみなさんと一緒に過ごしていた。どこに遊びに行けばいいのか分からないような所だったけど、民宿で出される毎日の食い放題刺身盛りがえらく美味しかった。
 そんなところに持っていたのが、まだまだ動いていた初代ウォークマンと「Steve McQueen」を入れたカセットテープ。ある日寝床でそれを聴いていると、同じ部屋に寝泊りしていたコンピュータ技師が「何聴いてんだ?」とヘッドフォンを取り上げ「なんだこれは?暗いぞ~。ユーミン聴けよ、ユーミン。」と言い放った。僕の知らないまったく別の80年代があったってこと。

 ホクレアは既に周防大島を出て宮島に向かっています。早々に着いてしまうのでしょうが、GPSによる現在地が出るのは明日の朝になると思います。

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2007/05/21

In the Studio

Inthestudio

 さて青春の音楽を懐かしむモードがますます強くなってきて、昨日から今日にかけてザ・スペシャル A.K.A.の83年のアルバム「In the Studio」→amazon.co.jpを聴いてる。
 あの頃の英国の荒れっぷりははたからみてても酷いもので、パンク以降の破壊的で混沌とした中での2トーンの活躍は音楽を超えて影響を受けた。
 同時期にアフリカン・アメリカンを中心に発展していたオールドスクール・ヒップホップに馴染めなかった僕もこっちは素直に入れた。不思議なもので(錯覚だとは思うけど)西アフリカ発ジャマイカン・フォーク経由でパンク合流の遠回りのこっちのほうがヒップホップよりアフリカに近い感じがしたものだ。
 それに不景気と人種問題がヒートアップしてた頃だから社会的な要素が強く、善意の間違いを繰り返しながら、このあたりからアフリカ大陸に対する認識が開けてきたムードもあったと思う。恥ずかしい話、僕などこのアルバムのヒット曲「Nelson Mandela」を聴くまでアパルトヘイトなんて良く分かってなかったくらいの無知だったわけだし。で家族によればその曲が90年代には単に踊る曲としてクラブの定番だったというから恐ろしい。
 当時は「War Crimes」のプロモーションビデオが好きだったなあ。ベータマックスから引っ張り出してみようと。

 でホクレア山口なんか盛り上がってるみたいで羨ましいね。ハワイからのlatlongも祝島手前で止まってるし、主要人物はみんな山口に行っちゃってんのかな。

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2007/05/19

当世今様民謡大温習会

Folkurus

 夜のジョグにでも行こうと思ったら、テレビで井筒監督の「パッチギ!」が放送されていて、面白くてついつい観入ってしまった。ジョグ中止。
 北朝鮮の歌「臨津江」からやがてフォーク・クルセダーズが歌う「イムジン河」が生まれるまでの松山猛氏の回想録をベースに映画化したものだけど、所々にフォークルの曲にあおられて泣けた。逆回転ソングと言われてた「悲しくてやりきれない」の誕生の話は以前から知ってはいたものの、オリジナル「臨津江」の歌詞の内容は初めて知った。もっと前に観ておけばよかった。

 フォークルでまたまた思い出すのが(前にも書いたなぁ)、僕が幼稚園の頃にザ・ビートルズのマジカル・ミステリー・ツアーのポスターを前で、叔父さんにフォーク・クルセダーズのLPレコードのジャケットを無理やり持たされて撮られた写真。そのロックぽさとは裏腹に僕のぼっちゃんカットが恥ずかしくてなかなか直視できない写真。
 そのアルバムが「当世今様民謡大温習会」→amazon.co.jp。ハレンチリサイタルってサブタイトルがついてる。「イムジン河」は入ってないけど「悲しくてやりきれない」が最後に歌われている。トーキング・ヘッズのライブ盤(LP時代の)「The Name of This Band Is Talking Heads」が出た時、ジャケットがフォークルのに似てるななんて思ったけど、フォークル以前にもあったんだろう。
 境界線コレクターだった高校の美術の先生に北緯38度線コレクションを見せられたことも思い出した。懐かしいな。

 ホクレアが福岡を出航したらしい。僕のお粗末なトラッキングマップで。

http://tornos.cocolog-nifty.com/blog/voyage/voyage2007-1.html

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2007/05/18

Chibite

Chibites

 7/7に代官山にて「ムビラサミットEast Vol.2」があるという。
 アフリカルチャーには詳しくないので説明は出来ないけど、ムビラっていうのはジンバブエの親指ピアノ。日本の親指奏者が集まり、ムビラに代表される東アフリカの各種親指ピアノの魅力を伝えるために演奏してくれるのだそうだ。(司会者も魅力的だし)是非行きたい。
 webサイトを眺めてたら、悪い癖でちゃんとした?ムビラ+カラバシが欲しくなってきた。しかし我が家の民族楽器類は息子たちによって既にズタズタにされている関係上、保存の問題をいくつかクリアしなければならない。

 我が家にあるCDからアフリカものを探してもホントに少ない。そのほとんどが超メジャー級アーティストのものばかりだった。そんな訳で1枚しかない親指ピアノもの、タンザニアの故フクウェ・ザウォーセ、97年のCD「平和を夢みて Chibite」→amazon.co.jpを聴いた。演奏されるのはイリンバにゼゼなどをのせたものなのでムビラとはまた違うのだろうけどアフリカ音痴なのでいいよね。リアル・ワールドものなので僕でも持っていた。誰か指南して~。

 ところでこのCD。1曲目のタイトルが「ヒロシマの悲劇 Sisitizo La Amani Duniani」。ホクレアが広島に向かう際に僕の頭の中ではこれが鳴っているに違いない。優しい音色の親指ピアノをバックに歌われる。

50年経った現在でも 我々は
ヒロシマの悲劇を想い 涙する
これで 全ては明白
・・・なぜ 学ばないのだろう?
戦争とは 非情な行為
それ以外に 言いようは無い
ヒロシマでの 大虐殺の後にも
赤ん坊は 肢体不自由 奇形の状態
障害を持ち 苦しみの中 生まれてくる
これで 全ては明白
・・・さあ 学ぶんだ

(日本盤ライナーノートより、訳:永田由美子さん)

すみません。日本盤が廃盤のため勝手ながら訳詞を載せております。掲載に問題がある場合削除いたします。

(追記)

76年のホクレア処女航海でキャプテンを務められたカパフレフア氏が亡くなられました。謹んでご冥福をお祈りします。

http://hokulea.aloha-street.com/?p=267

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2007/05/17

Casablanca Moon

Casablanca_moon

 昨日はスラップ・ハッピーの74年のアルバム「Casablanca Moon」→amazon.co.jpを聴いた。数年前まではよく聴いてたアルバムだけど、久しぶりに聴いてみると多彩な音色をスカスカの中に絶妙に練りこんだ感じがアンソニー・ムーアはやっぱりたいしたもんだと再認識。こっちがヘンリー・カウ・モードだとすればファウストと作った前衛的なお蔵入りオリジナル(後にはAcnalbasac Noomというタイトルで発売、Casablanca Moonを逆さにしたタイトル)のほうが今となっては分かりやすい気もする。
 ということで我が家に「Acnalbasac Noom」が無いことに気づきCDを注文。
 気の緩んだ懐かしの音楽聴きなおし編は続く。

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2007/05/16

Hot August Night

Neil_diamonds

 小学生の頃、親父がラックスマンの管アンプに4スピーカーを繋いで毎日のように馬鹿でかい音で鳴らしていたライブアルバムがあった。72年のニール・ダイアモンドのライブアルバム「Hot August Night」→amazon.co.jpだ。ウッドストックの3枚組と同じくらいまわっていた。
 子供の頃の僕はこれとプレスリーのライブの見分けが全然つかなかったけど、2枚組の「Play Me」で始まる2枚目はよく勝手にかけてロッキングチェアに揺られながら聴いた。ジャケットがボロボロだけどまだ我が家には当時のアナログ盤がある。
 80年代にUB40が「Red, Red Wine」のカバーをヒットさせた時は嬉しかったし、中学生でリチャード・バックの「かもめのジョナサン」を読んだときはニール・ダイアモンドがサントラやるなんてらしくないななんて思ったり。
 いつの間にか親父のCDラックにこのライブ盤のCDがあったので勝手にくすねてきた。聴いたらしんみりしてしまった。

 なんだか福岡は静かだね。ついつい内田さんの本読んじゃった。ということで毎朝、神峰公園をチャリで登ってます。

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2007/05/13

ネモフィラライド

 本日は前回のライドから1ヵ月半ぶり、日立のなぎさ公園を出発し久慈川サイクリングロードをちょっと走って東海村をぬけ、国営ひたち海浜公園の「みはらしの丘」に咲く400万本のネモフィラの花を見るというライドに参加しました。丘に花が広がってその中を列を作って歩くモンですから聖地巡礼って感じでキレイでしたよ。
 ライドの方は50km弱と短いライドだったんですが、冬を挟んでロードバイクに乗る間隔がますます開いてしまって、体力的には問題なくても筋肉と節々にきてしまいました。
 今日は家族が地元の大道芸を観にいくのでデジカメは家に置いてきて写真はありません。ちなみに今日のライド、ホクレア号航海2007のオリジナルステッカーをチャリのフレームに貼り、ホクレア号航海2007オリジナルTシャツを着ての登場となりましたが、この茨城ではなんのこっちゃなので何の宣伝にもなりません。足は回らないけど口だけはまわるように頑張りました。
 5/27の日立-那須往復200kmと6/23の日立-新潟270kmに体が間に合うようになんとかしなければ。本日肩がこってあまり書けんですたい。

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2007/05/11

Provision

Provision200

 最近は20代の頃に聞いてた音楽ばかり中心にかけてる。本日は音的にも何を今頃のスクリッティ・ポリッティ、既にこの世にいない2人のゲスト・ミュージシャンがあまりにも自然に溶け込んだ88年のアルバム「Provision」→amazon.co.jp。ラフ・トレード時代からバンド仲間の間で人気が高かったが、その頃からニョキニョキではじめたクラブなどで一躍人気が爆発して少し沈下し始めた頃のアルバムである。あっ、ちなみに2人のゲスト・ミュージシャンとはヴォコーダのロジャー・トラウトマンとトランペットのマイルス・デイヴィス。

 ちなみにこのアルバム。アナログ漬けだった僕がCDなるものを買って2枚目ということもあってとても記憶に残ってる。たしか横須賀の米軍基地などに出入りしてた頃で横須賀中央にあるレコード屋で買った。当時3200円。シングルの「Oh Patti」にいたっては、後にも先にもCDシングルを買ったのはこれくらいだろう。(ちなみに初めて買ったCDはマリア・マッキーのファースト・ソロ・アルバム)
 プライベートで隊の方と日米安保の話でよく盛り上がったことや米軍の方と日本人のおねーちゃんの追いかけっこの風景(茨城人には刺激が強い)やドブ板のホテルで寝てると度々パトカーで起こされたこととホーカー・シドレー ハリアー(たぶんⅡ)の飛んでる空を思い出すね。

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2007/05/08

ハワイのPCの時計(は問題ナシ)

 日本時間早朝4時15分5時36分にハワイ時間前日の7時47分GMTの前日19時48分(実はGMTだったことにさっき気がつきました。教えてよ~)、日本時間2時47分4時48分のホクレア号の現在位置が届いた。つまり実際の現在位置の時刻より約1時間30分ほど遅れて現在位置のメールが到着する。これはかなり良好な状態だと思う。
 実は今までPVSはヤップ発-沖縄到着までハワイ時間の6時8分頃と18時8分頃のGPSをweblogに公開していて、公開までの時間差にメールによる配信で+1時間30分~2時間、weblogとトラッキングマップの担当者がそれぞれメールに気がついて更新するのに+2~4時間でたとえば夜の現在位置はハワイ時間で22~24時頃、日本時間で次の日の17時~19時の公開が普通だった。
 そしてなぜか沖縄後はハワイ時間で9時48分、21時48分頃のGPSを公開するようになって、それぞれ3時間半ほど実際の公開が遅くなって夜の部は次の日の朝(日本では寝てる時間)にまわされるようになったり極端な時には1日弱の遅れになった。
 ちょっとこれではこちらのトラッキングマップの更新に影響が出てるし、最近は急にPVSのweblogで現在位置が発表されなくなってしまったので(実はミクロネシアレグでは発表時間がまちまちで夜中の更新を余儀なくされてトホホな時がありました)困ってしまい、PVSに対して発表時刻をもうちょっと早い時間に戻してもらえないかというお願いとPVSのトラッキングマップの更新が諸事情で止まっているとデータの取りようがないのでweblogでの再開をお願いした。
 するとPVSから即回答があり、僕のメールアドレスにホクレアの現在位置を直接メールで送信することになった。本当は僕のように個人でホクレアの現在位置を利用してる方は他にもいるはずだからweblogでの即時一般公開が理想だと思う。だから今までPVSに問い合わせなかった。
 とりあえず今回のメールのようにデータ取得までのタイムラグが1時間半程度に収まるようになった。ただし僕が更新するまでのタイムラグが加算されているのでPVSのトラッキングマップの更新時間と大差ないと思う。発表時間も2時間ほど早まった。早まって無いじゃん!あとはまだ来てない夜のデータがいい時間にくればいいのだけど。←やっぱり期待薄です。

 でこれまでは僕個人の話なのでどうでもいいことなんだけど、送られてくるメールの本文内に付加された送信時刻がハワイ時間から考えても10時間ほど前の時刻になっている。つまりメールの本文を生成している機器(ホクレアのGPSを受け取っているPCまたはメールを送信するPC。どちらにしてもハワイ時間)の時計が10時間ほど狂っているわけなんだけどそれはお知らせしなくてもよいだろうか?相手はハワイだからそんな些細なことなど気にしてないか。つまりGMTなのでハワイ時間と10時間ずれてて当たり前。こんなに打ち消し使ったの初めてだよ(泣)

(追記)

 ところで現在位置の配信メールを解読するとちょっと興味深い事実に気がつきました。上の時刻の話に嫌気がさしてここまで読んでる方は少ないと思いますが、かかわっている方々のプライバシーに直接触れない程度で書きます。
 1つ目は(当たり前といえば当たり前なのですが)送信衛星はORBIMAGE社のもので日本でも高解像度画像解析や漁業関係に使われている精度の高いデータです。このデータがまずPVSに配信されます。その次にPVS内でデータを選択しLatLongデータを僕を含め必要な方々に配信します(ここは手動なのでタイムラグが発生します)。
 2つ目は、僕はこの事実に感動したんですが、LatLongデータを受信する方は僕の他に2名おられましてこれはPVSのweblogを管理しているwebmasterの方とPVSのトラッキングマップを作られている方です。この方たちはお二人とも名前から察するに日系人の方です。つまり皆さんが見ているPVSのweblogはライターは別としても日本に所縁のある方々が管理しているわけです。アドレスから察するにPVS内の方ではなくて外部への委託かボランティアなのではないかと思います。4ヶ月以上運営しているわけですからこの長丁場最近は結構息切れしてるのではないでしょうか。日本で同じようにボランティアで無形の作業に携わってる方々も3ヶ月間日々時間との戦いをしています。かなりの労働力で奉仕しているわけです。ちょいと体裁が悪いとか更新が遅いとか手抜きをしてるとかやっちゃいけないことやっちゃったとか許せる範囲で大目に見てあげましょうね。マラソンも残り1/3ってところまで来ましたので。ではでは。

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2007/05/07

よう・そろーと老船大工

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 僕の母の実家は北茨城市大津町西町にあって漁業の町である。北茨城市は関東屈指の風光明媚な海岸線を持ち、五浦海岸などは岡倉天心が日本美術院研究所を移設し六角堂を建設、瞑想にふけった場所でまさに感動できる太平洋の風景がある。その他磯原方面に行けば野口雨情の記念館などがあったりで、車で1時間程度の距離に住む僕でも旅行に来た気分を十分に味わえる知る人ぞ知る観光地である。(郷土愛にあふれてるなぁ)

 そんな北茨城市の中でも特別にたまげる時期が来る。5年に一度行われる大津町の「常陸大津の御船祭(神船曳祭り)」である。次の本祭は平成21年5月3日だそうだ。神輿を神船に乗せて大津町を陸曳する。馬鹿でかい神船を大勢の男たちで揺らしながら進むその祭りは圧巻で、日本の海の祭りでこれに匹敵する迫力をもった祭りが他にあるのだろうか?と思ってしまう。
 本来は海上を曳いていたらしいがその場所が陸地と変化した今もルートを変えずに陸曳となっているらしい。

 その他に毎年行われる、大漁を願い新盆に故人の霊を数十隻のミニチュア木造船(2~3mほど)に乗せて海におくる「盆船流し」も他の地域では見られない行事だし、船に積んで海に数百の灯篭を流す「灯籠流し」もため息が出る光景である。
 僕も子供の頃は「盆船流し」や「灯籠流し」に参加して何度か漁船にも乗せてもらった。海のうねりでとなりの船が何メートルも頭上に昇ったり谷底のような海に何メートルも落下するの見て驚いたことを覚えている。母が亡くなってから少しずつ疎遠になって実家のほうでも人が少なくなって町の行事にはかかわりが無くなってしまった。ちなみに現在の「盆船流し」は沖に流さず回収するのだそうだ。

 ところで前回の本祭を最後に神船の老朽化に伴い新たな神船を造ることになった。1500万円の建造費を寄付で募り、現存する最後の3人の老船大工の手で全長15m重さ7トンの木造神船が今年完成し進水の儀が行われた。木造船が造れるのはこれが最後だと言われホクレアやミクロネシアのカヌーどころではない模様なのである。時代の流れとはいえ沖縄のサバニなどのように復興するというのは稀な条件が揃わなければありえない。他の漁村と同様この技術は確実に消えていくのである。

 祭りまでまだ2年もあるけど、なにやらこの神船をいつでも拝見できる施設が出来たらしい。まったく誰も教えてくれなくてその施設が今年の5月1日にオープンした「北茨城市漁業歴史資料館」、愛称はなんと「よう・そろー」。誰かがYouTubeなどでアップした動画を見ると展示してある神船が左右に揺れてるのだけどあれは本物?
 とにかく神船を保管するドックとしては異色。地味さを指摘してる人もいるけど県外からの観光客へのアピールなんて僕にはどうでも良い。
 連休は会津で超渋滞に巻き込まれてGWをきちんと味わえてそれはそれで良かったけど、「よう・そろー」のオープンを知らずに通り過ぎてたのは失敗だった。今度ばあちゃん家に行くときに観に行こう。

「大津町へようこそ」
http://www.geocities.jp/otutyou/

(写真)

実家の近所のおじいさんの盆船(ぼんぶね)。戒名入りの帆は故人を特定してしまうので少しぼかしてあります。藁で出来た大きな盆船が有名かもしれない。じゃんがら念仏踊りが行われ海に送り出される。

 

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2007/05/03

GPS fixes

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 PVSのトラッキングマップもweblogも現在位置の更新が時々止まってることがあるので、PVSのご好意によりハワイ大からダイレクトに現在位置を送信してもらうことになりました。
Thanks.

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2007/05/01

またサイパンダ

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 サイパン島に行くと涼しい早朝の散歩が楽しい。だけど今回は久しぶりのサンダルで2時間歩いたら足の親指の付け根にでかいマメが出来てしまって、いつものように調子よく歩けない。だから今回はすごく狭い半径でしか散歩写真が撮れなかった。

 散歩のときには必ず確認するお約束のマウ・ピアイルック(ピアイルグ)のご子息ヘンリーさんのカロリニアンカヌー。
 四六時中チャモリニアンの方々を確保しておかなければならない地球人村は日本人ツーリストが少なくなった今では運営が厳しく日本人ツーリストの多い時期に限定してオープンすることにしたらしい。そんな時期でもさらに人気が高いとはいえないカヌーのほうはやるのかどうかも分からないようだ。日本ではホクレアは少し人気が出てきたけどこっちはあまり分からないと思う。実はホクレアよりさらにカッコイイ。だから毎年同じでも写真を撮る。どうにか復活しないだろうか。

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 ところで家族のビーチ調査によるとサイパンのビーチでの「マニャガハ行く?」などの呼び込み屋はバングラデシュ人民共和国出身の方が多いそうだ。あるバングラの方の話はこんな感じだった。
「俺はこのサイパンでフィリピン人の女性と結婚してデザイナーをやってたんだ(ほら、と自分の着ているTシャツを指す)。だけど日本人観光客が減っちゃってさ。えっ?ノースが飛んでるだろうって?だってジャンボじゃないだろう。だから家族を養うために今はこんな仕事をやってんだ。えっ?日本人は減ったけど韓国人が増えたじゃないかって。分かってないなぁ。韓国のお客さんはサイパンに来ても金の流れは全部韓国企業で囲われてて地元に金が落ちないんだ。台湾も同じさ。日本は良かったよ~。彼らは個人で行動して現地に金を落としてってくれたからね。懐かしいなぁ。JALまた飛んでくんないかなぁ。・・・日本人来て~(子供をもっとつくったほうがいいななど、まだまだ続く)(最後に)タガマンの像と写真とってあげるよ(写真に僕は足しか写ってない)。」
 これはちょっと意外だ。僕がサイパン島に来るときの実感は日本企業にがんじがらめにされた旅行だ。それなのに韓国や台湾に比べマシだなんて。たしかに町を歩いてふらりと食事に行っても韓国人や台湾人のツーリストにはめったに会わない(現地在住の方は多い)のに、いざオプショナルツアーなどの光景に遭遇すると凄い人数の韓国人、台湾人のお客さんをバスやボートに乗せている。日本もそうじゃなかったのか?
 ところでこれは北マリアナ以外の出稼ぎ者の言葉。現地へ落とすといってもどこからかまた線が引かれてるものだと思う。選挙権のある現地の方には別な感想があるかもしれない。

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 ガラパンからちょっと歩くと林の中などに旧日本軍のトーチカや塹壕や井戸があったりする。ここは地面が蟹の巣だらけで歩くのに変に気を使う。

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 ガラパンからちょっと歩くと動かすにはちと大変そうなこんな船もあったりする。近くでは少年が釣りを楽しんでいた。この船が在るあたりの海岸はぼんやりするのに良い感じの公園になっている。

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 北に行く人はよく見てると思う(僕の家の近所にもあるような)セメント工場もある。これもサイパン島らしい風景だと思う。
 工場で思い出したけど、最近サイパン島では小さいサイズの新しいフリーペーパーが出ていた。今までは「ハファダイ」のコラムが唯一面白かったけど、この新しいフリーペーパーはまた面白くてなかなか読みたいと思う短いコラムがいつくかある。
 その中でサイパン島の縫製工場の閉鎖の話が載っていた。今までサイパン島は関税免除の恩恵を受けて対米輸出向けに縫製工場が繁栄していた。米国はそこで働くフィリピン人の安い労働賃金を問題視して北マリアナに警告を行ってきた。なのに中国のWTO加盟でサイパン島の縫製工場は競争力を失い米国がわざわざ警告しなくてもどんどん縫製工場は閉鎖し、ついに今回は千数百人を解雇する大規模な縫製工場が閉鎖されることになったらしい。
 解雇者の大多数がフィリピン人だとしてもこれはサイパン島全人口から考えて十分影響の在る人数だ。フリーペーパーとはいえこういう真面目なコラムは必要だなと思った。こういうコラムを読んだツーリストが増えることで旅行のあり方が少しずつ変化していくのかもしれない。
 他にも最近号はチャモロ、カロリニアンそれぞれの呼称が併記された北マリアナ生物ガイドや北マリアナ博物館館長による(ミクロネシアの航法師や鳥を描いた絵を通した)ミクロネシアのカヌー文化とマウ・ピアイルックら現代の航法師の話など面白い。もちろんフリーペーパーだからクーポンというか特典などもあるし編集者には今後もがんばってほしいと思う。

 ところで話は変わるけどフィリピン人のMちゃんと我が家族で彼女が以前働いていた飯屋で食事をしていたら、そこの女将さん(日本人)が通りすがり僕をちらっと見て「Mちゃん、あらごきょうだい?」と衝撃の言葉を発した。まあ多少僕の顔が濃い(しかし印象は薄い)のかもしれないが日本人にフィリピン人に間違えられるとは。
 昔、競馬で大穴を当てた先輩に関内の高級フィリピンパブに強制的に連れて行かれて、そこのフィリピン嬢に「あなたスペイン人とフィリピン人と日本人のクオーターでしょう。スペイン人の血の入ったフィリピン人であなたのような顔の人イマス。」とわけの分からないことを言われたことがあるがそれ以来だ。
 たしかにMちゃんはスペイン人の血が入ってるとはいえ、僕のほうはどうみても日本人にしか見えないはずだ。外国では物売りのおっさんからも日本語で声かけられるし。

(追加)

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白黒で虹を撮ったらただのスジだった。静電気で付着したほこりキズが・・・

(FUJIFILM KLASSE F2.6 38mm + 半年KLASSEに入れっぱなしのKodak BW400CNで撮影 現像時にフィルムの静電気が酷かったらしい)

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