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2006/12/31

パラオ5

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 パラオではダイビングについで人気のロックアイランドツアー。特に穏やかな海をカヤックでゆったりと進むこのツアーは本当に楽しかった。今回はIMPAC(http://www.palau-impac.com/)さんにお世話になりました。

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 パラオの海は素晴らしく、途中楽しい無人島でのランチやマリンレイク(いくつかあるらしい)での静かな時間が忘れられない。3才の息子を真ん中に乗せてのカヤックに最初は大丈夫かと思ったけど、あまりの気持ちよさに息子はカヤックの上で寝てしまい皆さんの注目を浴びていた。(ウォータープルーフのカメラをホテルに忘れて写真が無いのが残念)
 

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 しかしこんな小学生でも参加できるようなカヤックツアーでさえも内田正洋さんの「シーカヤッカーズ・ハンドブック」を読んでいたのが所々役に立ったのはたしか。内容も楽しく読めてこれは必読。
 ところで慣れない餅つきで握力が無くなってちょっとキーボードがうまく打てない。カヤックツアーについてもっと書きたいけどまた別の機会に。

(ちなみに写真の方はかなり日焼けしてますが現地人ではなくてIMPACのtakaさんです)

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2006/12/29

パラオ4

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 現地在住の日本人の方が「台風が来たらイッパツで吹き飛びそうな家ばかりでしょ、パラオは」と言った。さらに続きがあった。「でも台風はパラオより北で出来るからパラオには直撃しませんよ」とのこと。沖縄で「本土では沖縄って台風のイメージがあるけど本島には台風なんて滅多にこないんだよね」なんてタクシーの運ちゃんが30分くらい延々と沖縄話をしていたのを思い出した。
 ところでコロール市外を歩いていると平日だというのに昼間からバーベキューをやってるご家庭が多い。サイパン島やテニアン島の方々が台風で家が吹き飛んでも次の日にはバーベキューをやってるくらいバーベキューが大好きなのは知っていたがパラオもなのか?ついでに失業率も心配してしまう。それにしてはノンキなんだけど。

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 コロールもちょっと裏に入ると沢山のタロイモ畑が目に付く。ミクロネシアらしくタロイモはパラオの食文化とは切っても切れないものだが、日本統治やアメリカからの物質攻勢もあって米食(輸入米)に圧倒されている。日本統治の影響でパラオ語には様々な日本語が残っているが「ベントー」もそのひとつ。本当に日本の弁当のようにして食べている。
 ところでタロイモ畑を見ているとやはり畑の世話は女性が行ってる。ミクロネシアの伝統というかなんというか、ハワイなどのように大の男が「ハワイの伝統だ」と頑張らなくてもこの風習が存続しているわけ。

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 ところでパラオに行った方は、やけに多い日本の中古車をみかけては指差しては楽しんでると思う。本当に多い。ところでコロールのゴミ収集車はこの「クリーン栃木」だ。この車何台もあるのかな?いたるところで「クリーン栃木」を見かける。
 さて問題はこのゴミ収集車の行き先。これはミクロネシア各島で同じように問題になってると思うけどかなり酷いらしい。そういえばタヒチのボラボラ島に行った時に何が一番ショックだったというと山でおっさんが大量のゴミ燃しをしてたことだ。黒い煙が忘れられない。

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2006/12/28

パラオ3

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 クリスマス直前ということでコロールの建物は電飾で飾られ町を歩く人々の挨拶は「メリー・クリスマス」「ハッピー・ホリデー」とクリスマスムードでいっぱいだった。この期間のパラオ公園では毎日どこかの学校がクリスマスイベントを行っている。

 パラオはコロールしか歩いてないけど想像よりはるかに都会だった。「サイパンに比べても都会ですね」なんて現地ツアー会社の方に話したら「そうですかあ?田舎ですよお」なんて返ってきたけど、僕のこのコロールに対する感想は、ローカルの生活圏とツーリストが歩く場所がほとんど切り分けられていないというところから始まって、その生活圏が都会なのである。
 たとえばサイパン島やグアム島などでツーリストが歩く場所にはたしかに土産屋やアミューズメントやホテルやら立派な建造物が沢山建っているけど、そこはローカルの生活空間ではなくてあくまでツーリストの空間。ローカルの生活空間はたとえばそれらより南側に離れた場所にありそれらはコロールほどの町を形成していない。
 ただこれは人口のほとんどが集中するコロール限定の感想で他の州には該当しないと思う。コロールから離れれば離れるほどミクロネシア本来の姿に近づいていくんじゃないかと思ってる。

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 パラオはその全人口の7割がパラオ人であるにもかかわらずちょっとコスモポリスの様相がある。ミクロネシアに共通するようにフィリピン人の出稼ぎが非常に多いのはさておき、北マリアナなどに比べて俄然ツーリストの国籍が多様である。(あくまでミクロネシアとしては)
 台湾に近いため軍事的戦略も含めて国と国の関係が緊密で台湾人のツーリストが多い。それに韓国人の団体ハネムーナー。いつものように日本人。そしてハワイ、マジュロ、チュークを経由してアメリカ大陸からくる人たちもかなり多い。そして地理的にも近いオーストラリア人、サイパン島やグアム島にはほとんど現れないホリデー好きのフランス人、ドイツ人も歩いている。おかげで東側のルートはかなり気になるし、パラオの地理的な面白さを実感する。

 それにしてもこのコロールって町はかなり面白い。コロールでさえもちょっと歩けば日本統治時代の遺物が沢山残っているのが分かる。ミクロネシアの中でも特に南洋庁のあったパラオらしいところ。
 その日本とのかかわりというところで、歴史的にもパラオの人々は日本に対して強い関心を持ってるということは興味深い。対して日本人はといえばパラオがどこにあるのかすら分からない人が多い。この違いは悲しい。
 とりあえず今回のホクレア号の航海をきっかけにミクロネシアと日本の想像以上に強い結びつきを理解していただければと思うのだけど。

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2006/12/27

パラオ2

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 パラオ公園。たぶんパラオに来たほとんどの方がこの前を歩いてると思う。ここにある集会場の壁にこんな絵が描かれている。アバイもしくはアバイを模した建物にはカヌーが描かれていることが多いが、このパラオの国旗の他にもうひとつ描かれている旗はなんだろう。パラオの16州旗にもこのデザインはなかったような。
 6つの星の真ん中にアジサシのような鳥が羽ばたいている、パッと見てスターナビゲーションを思わせる美しいデザイン。6つの星を用いてる旗はパラオをはじめミクロネシアのいくつかの州旗などに使われてるから珍しくはないのだけど。なんの旗だろう、誰か教えて。

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 そのパラオ公園の近くには日本語で「パラオ公園」と書かれた石碑がある。裏を見ると「昭和御大典記念××」と書かれているから、このパラオ公園は昭和天皇即位(昭和3年の即位の大礼)を記念して造られたということになるのか。78年近く経ってるわけだ。そのパラオ公園、当時の面影はないだろうが市民の憩いの場になっている。良いねパラオ。

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2006/12/26

パラオ1

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 パラオ前後にかけての話。

 中学生の頃に夢中になって観ていたNHKのTVアニメ「未来少年コナン」全26話を28年ぶりに観た。以前宮崎アニメはちょっと苦手なんて書いたけど、リアルタイムにはまっていたのでこのアニメ(とパンダコパンダ)は別格。僕はTVアニメの最高傑作ではないかと未だに思っていて再確認の為に思い切って全話を観てみた。

 「未来少年コナン」はアレグサンダー・ケイの「The Incredible Tide」をベースにしていて、偶然僕はアニメの放送前に「大津波」というタイトルの日本語訳版を読んでいたが、時代を反映してどんよりと冷戦ムードと神がかりが印象的な原作だった。アニメでは原作の邦題が「残された人々」というジュニア・ノベルズになっていて、もしかすると少し印象が違うのかもしれない。
 とにかく宮崎駿はこの原作の設定を大幅に変えて、科学文明の果てによる地球の崩壊から自然と共存する人類再建の始まりまでを人間の出会いと成長を織り交ぜながらたいへん豊かな表現力をもって完成させている。

 ところで宮崎版では主人公の少年コナンを超大自然児に設定し、想像でしかないけどその舞台を描く際にモデルとして、どうやらミクロネシアやポリネシアなどオセアニアの島々を大胆に取り入れているように思えるのである。
 たとえばハイハーバーという島の入り江はまさにパラオのロックアイランド(パラオ松島)だし、ギガントという巨大戦闘機やファルコという飛行艇のデザインはマンタやエイの類だし、バラクーダ号という帆船も出てくる。バラクーダ号の船体部分のデザインはたしかにバラクーダに似ている。インダストリアという戦前の遺物をとりまく海の中は沈船などまったく太平洋戦争のなれの果て。極めつけはコナンが残され島を出る際に作る船がアウトリガーカヌーだし、オープニングに出てくるカヌーもくり抜き船だ。ハイハーバーの村がヨーロピアンなことを除けばアニメ全体がミクロネシアなムードでいっぱいなのである。雲とか海とか全てにおいて。
 ちなみにアニメでは超磁力兵器により地球が崩壊する年が西暦2008年なのであと2年。

 そういうわけでパラオに着いたら「ハイハーバーじゃん!」と思ってしまったのである。

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2006/12/25

JBが!

JBが死んじゃったぞ。JBが!元気だったのにいきなりお亡くなりになったらしい。何歳だかよく分かってなかったけど73歳だなんて結構若死にじゃないか。こりゃこりゃJBボックスかけるようなのかなあ。

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帰国しました

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 パラオから帰国しました。初めての場所だったので良く整理出来てませんが、とても暑くとても楽しいところでした。日本ではダイバーの聖地のような扱われ方ですが、どうもそれは間違いのようです。多くの方が十二分に楽しめる場所ですね。楽しくてホクレア号がここに寄港するなんてすっかり忘れてましたよ。パラオからも近いことですし出来れば次のミクロネシアはミクロネシア連邦のヤップ島に行きたいですね。

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2006/12/15

ぱら男へ行ってきます

Palau

職場にて

「tornos(仮名)、来週どこ行くんだい。」
「ぱら男です。」
「なんかクーデターがあったみたいだけど気をつけろよ。」
「それはフィジーじゃないですか・・・」
「そうそう犬にかまれないように気をつけろよ。」
「狂犬病ですか?」
「そう、狂犬病流行ってんだってね。」
「それはタイとか中国とかアッチのほうじゃ・・・」
「じゃあ、ぱら男ってどこにあるんだい。」
「ガムの下の方ですね。」
「どこ領だっけ?」
「独立国ですよ。」
「どっかに占領されてなかったっけ。」
「アメリカですよ。その前は日本で・・・」
「そうか日本か。」
「その昔には南洋庁が置かれてたんですよ。アメリカと激しい攻防があったんですよ。」
「硫黄島か!」
「じゃなくてぱら男です。」

ということで月曜からぱら男へ行ってきます。

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2006/12/13

ホクレア号出航までもうちょっとですね

 いつの間にかホクレア号の出航まで1ヶ月を切ってしまった。3年ほど前のblog立ち上げ時から時々はホクレア号、ホクレア号なんて書いていたわけだから嬉しいことは嬉しい、けどまだ実感が湧かない。まあ出航するまでこんな状態なんだろうなぁ。

 考えてみれば、そもそもホクレア号に興味を持ったのもたまたまフレンチ・ポリネシアへのぼせ旅行に行ったからであって日本に来るからではなかったから、日本に来るっていうのはこりゃ僕にとっては事故みたいなものだ。途中でちょっと寄ったハワイも最初は表面だけを見て2度と来なくてもいいやと思ったくらいだったし、特にホノルルなんて金を出していくような場所には思えなかった。ポリネシア人の町じゃなくてヨーロッパ人の出来損ないが造った特に取柄も無い町って印象しか無かったから。以前読んだカラカウアの面白い話とちっともリンクしなかった。
 それを変えたのが偶々知ったホクレア号だった。

 とにかくホクレア号はハワイを含むポリネシアを見る為の大きな窓になった。特に造られた時代がベトナム後の世界のムードに妙にしっくり来て、これが僕にとってはどうにもこうにも都合が良かった。そしてエディ・アイカウがザ・バーズを歌えば、それが尚更にハワイを知るための鍵になった。インドネシアやミクロネシアほどすくえば何でも出てくるわけではないけど、ホクレア号の物語を知って瞬間的にホクレア号があるからにはハワイには何かがあると確信出来るようになった。

 ホクレア号によってミクロネシアとポリネシアが結びついた瞬間はもっともエキサイティングだっだと思う。ただ1人のナビゲーターを連れて来ただけで海面から太平洋上の島々が競り上がって馬鹿でかい大陸を作り始めたような衝撃だった。
 それが日本まで続くものなのかどうか、ホクレア号が来たからというだけでそれが素直に繋がるとは到底思えないし、現在のところとてもそれは過去のポリネシア巡礼とも異なり、今更ホクレア号の能力を見せるものでもありえない。さりげなく小さなモノリスを運んで来てしまうのかもしれないし、そんなことは無いかもしれない。

 とにかくヤップ島からパラオに向かう短い時間とパラオでの比較的長い滞在で何かしらモードが切り替わり、ゆっくりではあるが次第にそれが伝わってくるはずだと思っている。それまでハワイ恩返しの旅を優しく見守ろう。

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2006/12/12

はじめての沖縄7

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 沖縄最終日(11月13日)。本日の行事は全員レーパン禁止のツーリングです。本部半島の付け根から程近い古宇利島まで行って帰ってきます。
 コースは沖縄美ら海水族館付近から本部半島を海沿いに北上し今帰仁村、名護市と通過し、橋を使って奥武島、屋我地島、古宇利島へと渡ります。帰りは同じルートを戻ります。約70km。

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 天気は生憎の曇り空でしたが、走るには丁度良い日差しだったと思います。サトウキビ畑の間をぬけたり綺麗な海を眺めては沖縄気分を満喫しました。
 問題があるとすればまたしてもカメラ係となったことです。集団ツーリングのカメラ係って分かります?写真を撮るだけの為に幾度と無くアタックし、先頭集団をぶっちぎっては遥か前方から写真を撮るために待ち構えるわけです。みんなレースの翌日もしくは酒の飲みすぎでへたれててほんとに助かりました。

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 そして古宇利島はかなり小さな島なので誰でも軽く一周できます。車もほとんど走っておらず気持ちよく走れました。その後しばらくビーチで呆けて、帰り道は超大盛りのソーキそばで苦しみ、最後は僕のちょっとした暴走で隊を乱し、ホテルに着いたら大急ぎで自転車を袋詰め。そして休むまもなく空港直行です。

 初めての沖縄としてはずいぶん沖縄らしくない旅となりましたが、なんといっても久々の集団旅行?は本当に楽しかった。

Sabani

 帰りの那覇空港では、安本千夏さん執筆のやいま文庫「潮を開く舟サバニ」を入手。池間島の舟大工・新城康弘さんのお話です。これは探していた本でしたから空港で見つけられてラッキーでした。

(おわり)

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2006/12/11

はじめての沖縄6

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 ぼんやりしていたら沖縄から1ヶ月が経ってしまいました。今更の再開なんですがさっさと終わらせます。

 さて「ツール・ド・おきなわ」レース当日。宿の前を通過する自転車軍団を見届けた後、備瀬を散歩し朝食をすませ、自転車に跨り皆のゴールを確認するために名護市内に向かいます。
 備瀬から名護までは西海岸沿いに約20km。簡単な道のりで起伏も少なく沖縄初乗り出しにはちょうど良い感じです。しかも前日と違って風も幾分弱まり温暖な気候の中気持ちよく走れます。電池も切れてついでに充電器も忘れ使い物にならなくなったデジカメを置いて、途中本部港近辺の写真屋さんでレンズ付きフィルムを2本購入。

 名護市内に入ると沿道でレースを応援する沢山の人たちが突然目に飛び込んできて、まさに男子チャンピオンレースの先頭が最後のコーナーを曲がるところです(先頭は田代さんという方ですね)。いきなりお祭り状態突入。それにしても今朝早くホテル前で見届けた軍団が、散歩をして朝飯を食べて名護までサイクリングしてる、たったこれだけの間に200kmの距離を走りきってしまうんですから凄いです。あのコースを平均40km/hでぶっ飛ばしてきたわけですね。まあ僕がノンビリしすぎてたという話もあります。

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 とにかくかなりの観客が自転車に乗って応援に来てるものですから(僕もその1人です)、会場は自転車でごった返してます。しばし子供たちの一輪車レースなど眺めながら時間をつぶし、その後ゴール付近でO2応援団(1名ですが)と無事合流。店長カメラを受け取り写真撮影開始です。
 しかし撮影場所は悪くないのですが、やはりレースを撮り慣れていないせいか全然フレームに収まりません。ついでにあまりに沢山の方がゴールしてくるのでO2レース隊を発見するのに一苦労。メモリを無駄に消費しました。ついでに自分のカメラでほとんど撮影をしなかったのでblogに写真を使おうとしたら手元にレースの写真がほとんどありません。当然沖縄での自分の写真はありません。

 それにしてもゴール後の皆さん、レース直後とは思えないくらい生き生きとした表情でちょっと羨ましかったですね。夜は皆さん緊張から開放され沖縄料理を食べながらの楽しい打ち上げ会となりました。
 明日は(もともと僕は持ってませんが)全員レーパン禁止のツーリングです。

(とりあえずもう1回だけ続く)

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2006/12/03

竹谷プロ&古谷師匠を囲む会

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 先日はMTB全日本チャンピオン竹谷賢二プロと竹谷さんを支え続けて10数年古谷師匠を囲む飲み会が、大甕は助六で行われたのでめでたく参加させていただきました。
 飲み会の前にはMTBライドとバイククリニックが行われ、竹谷さんによる論理的かつマイルドなバイククリニックを見学しました。今後の走りに影響を与えそうです。

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 さすが400ワットなら5時間、200ワットなら24時間(いつ寝るんだ!)クランクを回し続けられる男、凄いペダリングで圧倒されます。

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 ちなみに飲み会の方は、あまりの乱れっぷりにblogに載せられない写真ばかりになってしまいました。今日の今頃は竹谷さんと皆さんはロードライドの真っ最中なはずですが、皆さんあんなに飲んで体の方は大丈夫なんでしょうか?僕はついていけないので辞退します。

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