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2006/08/31

You're Gonna Make Me Lonesome When You Go

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 昨日から僕の家族は仕事が忙しい僕を置いてサイパン島に行ってる。息子も3歳なりたてにして4度目のサイパン島。バリ島2回も入れれば早6回の海外旅行。この2つの場所は子連れにとっては魅力的で、もっと別な場所にも行きたいが思いつかない。

 さてサイパンに行った家族は今回カロリニアンカヌーに乗りたいと言っていた。カロリニアンカヌーはサイパン島の先住民カロリニアンの帆走式のアウトリガーカヌーで同様のものがミクロネシア一帯にある。廃れてしまったが先住民チャモロにも帆走カヌーの文化があった。同様にハワイを含むポリネシア一帯にも帆走カヌーの文化があった。ハワイについては一度ほぼ完全に廃れてしまったがハワイアンルネッサンスとミクロネシアの技術をもって復活した。その代表的なカヌーがホクレア号で遠路遥々ハワイ発、ミクロネシア経由で日本に来る予定である。このカヌーはカヌーというイメージから想像するものとはまったく容も大きさも異なるもので車の屋根には乗らないし引っ張れない。といいながら僕も見たことがない。ハワイ好きだと思われてるフシもあるけど2日弱しか行ってない。

 サイパン島では地球人村で本格的なカロリニアンカヌーを気軽に体験できるアトラクションがある。そのカロリニアンカヌーはホクレア号でナビゲーターを務めたマウ・ピアイルック(ピアイルグ)の息子さんが造られている小さいが本格的なもの。

 それでそのカロリニアンカヌー。最近はどうもやや不定期営業で僕の家族は乗れないかもしれない。事実前回もスタッフがお休みに入って乗れなかった。人気がないとかやる気がないとか別な仕事で忙しいとか理由は色々考えられるがサイパン島ってだいたい3~5日くらいの旅行になるから行った日にアウトだったら大概乗れない。ちょうど夏祭りも終わったようだし、はたして家族はこれを体験できるのだろうか。

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2006/08/28

アメリカの友人

Amerikanfreund

 残念なことに「アメリカの友人」のセルビデオにカビが生えてしまった。ちょうどAMAZONのクーポン券が余っていたのでそれを使って再DVD化された「アメリカの友人」と「パリ、テキサス」を購入した。

 よりによってここ2週間はとても忙しく少々体のほうも壊れてしまった。そういうわけで今日も朝は体がだるくて午後から出勤した。そんな駄目な僕は寝転びながら届いたばかりの「アメリカの友人」を観賞した。
 ロードムービーは路上での事件でありヴェンダース流に移動と喪失も含め最後はアメリカに続くものとして、20代の映画に夢中だった頃の僕に強いインパクトがあった。
 そういうことで本日の駄目な僕にはピッタリの映画でとても素晴らしいサスペンス映画だった。「アメリカの友人」も「パリ、テキサス」も主人公に息子がいるのがこの歳になってまた泣ける。

 最近こんな調子でなかなかblog更新出来てませんがそのうち復旧します。

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2006/08/17

那須牛

2006_08170069  8月15日のなにやら大いに賑わっている今年の終戦記念日。茨城県は日立市から栃木県の那須まで自転車で往復200kmを走った。200kmも走れば自慢できそうなものがblogに書くにはどうにも調子が悪い。

 実のところ60km程度のビギナーライドが過去最長距離で、その60kmで1回足をつっているし前回のライドの時もちょっと最後にそんな気配があった。ということは今回はその3倍強の距離を走るわけで必ず僕の身に何か起きるに決まっている。

 たしかに最初の上り坂で横っ腹が痛くなった。これはライド前夜、蒸し暑く寝苦しさのあまりバタバタ動き回る息子に頭を何回も蹴飛ばされ、通算2時間しか眠れなかったツケがまわってきたのだろう(と言い訳)。で上り坂を押して歩くという新しい自転車の乗り方を披露し、以後、馬頭の坂道は何とかトロトロと走りきり皆様にあまりご迷惑をかけずに那須に着いたつもりだった。

 ところで那須牛。今回は那須牛を食べに那須に行ったのである。着いてみてまず分かったのは、僕のようなへたれ状態で那須に着いた人間はステーキなんて食える胃の状態ではないのである。そういうわけで消化が少しでもよいハンバーグを注文。ステーキが食える人は凄いのである。さらに隣でNAKANOさんが食べてたカレーライスがやけに旨そうだった。

 帰り道は走りながら終始「ああ、これ以上なにも問題がなければいいなあ」と考えていた。上り坂に入るとへたれぶりを出来るだけ目撃されないようにとりあえずサーッと一人で下に人が見えなくなるまで上って、上のほうで追いつかれるまで給水しながら休憩し・・を2回繰り返し最後の上り坂までなんとやりきった・・・とここで油断したのが運のつきだった。その後は下り基調の楽な道のり、少し走ればいつものビギナーライドコースとついつい調子に乗って快調に鼻歌を歌いながらとばしとばし何故か293から間違って(何故?)118に乗ったことに気がつかずそのまま5km以上コースを外れて久慈川ではない川を見てしまったのである。だいたいお買い物コースの118に乗ったことにに気がつかなかったのはよほど疲れていたのか浮かれていたのか。恥ずかしい。

 そういうわけで一緒にライドしてくれた皆様には多大なご迷惑ご心配をかけてしまい今現在も気を引き締めている状態なのであります。

 ところで今回のロングライドでは収穫もあった。今回はかなり意識してギアを軽くして早く回すことを心がけた。皆さんがおっしゃるとおりロングライドでは効果覿面で予想以上に疲れず、あの乳酸がグワッってくる感じもほとんどなかった。上りが途中でスタミナ切れになるのはやはり煙草が悪いらしい。恐れていた筋肉痛も2日たった今日はほとんど残っていない。

 それにこれからの研究課題が2つ。1つは那須の長く緩い上り坂で時速20kmくらいで1列に走っていた時にどうにもこうにもギア比が合わずに調子が悪い。あと少し早いペースならあっていたと思うけどインナーでの変速はギア比の変化が大きくてこれが結構疲労の原因になる。それに(僕だけ?)疲れてくると左足のビンディング、パッチン!がうまくいかないときがあってパッチンを失敗するとこれが結構疲れた筋肉にくる。

 とこれが僕のジョイフルファンライド那須牛でしたが・・・最近耳にしたバイシクルパーク腰痛って・・・どのあたりで通じるのでしょうか。

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2006/08/11

ボーダーボーイズ

Klouisphilippes

 (今更ながら)先月の「ミュージックマガジン」誌がネオアコ(ネオ・アコースティックなる和製英語)特集だった。内容は随分ひらったい感じだったけど次はパーフリ(こっちも略してみよう、何か嫌な響き)の特集だというし、そういう甘い音楽を聴きたくなった。

 82年~85年頃のネオアコCDを何枚か引っ張り出して聴いた。正確にはネオアコとは言えないが今日はルイ・フィリップのトラットリア(近所のイタリア料理屋のような)編集盤「I Still Believe in You」を通勤の音楽にした。ちなみにこのCDをAMAZONで確認するとユーズドで9,500円と馬鹿みたいな値段がついているのでリンクは張らない。ボーダーボーイズ時代の4曲が効いてるのだろうか。ちなみに僕の家族は当時ボーダーボーイズとウォーターボーイズを混乱して聴いてしまって、あまりのイメージの違いに絶句してしまったそうな。

 トラットリアで思い出したけど、フリッパーズ・ギターが出てきた頃にバンドの縁でたまたま後の小山田圭吾夫人の嶺川貴子さんに三鷹で会った。ちょうどその時は音楽の未来を考える!恒例朝まで飲み会をしていたようで、その後のとある音楽のムーブメントを考えると興味深い。

 音楽好きなら知ってるとは思うけど、ネオアコは80年代に南青山あたりで流行ったお洒落ロック(悪くとらないでね)で、クレプスキュールやチェリーレッドや一部ポストカードなどの小さなレーベルを好んで聴く人たちを指すためのカテゴリだったと思う。お洒落は服装までは届かなくて、むしろみんなの服装は着慣れないものを着てしまった新卒のお兄さんのような感じだった。ちょっとロックよりに針が振れたかと思うとそのアーティストは相手にされなくなるというまずい傾向もあった。

 ちなみに僕も「ナイフ」を出した頃のアズテック・カメラのライブに行った。「ミュージックマガジン」誌のインタビューでロディ・フレイムが「思い出のサニー・ビート(原題はObliviousだけどよく言われるように強烈な邦題)」のギターソロはラブのトランペットソロのパクリだよと言っていたが、当時僕が感じていたネオアコの本質をとても簡単に表現している。僕も時々そういう欲求に支配されていた。
 さらに思い出してみれば当時はネオアコのみならずネオサイケなどもあったし、映画の方もヌーベル・ヌーベルバーグでなんだかオマージュの塊で作られたような時代だった。その後90年代は過去の音楽をそのまま貼り付けるまでに発展した。

 それで「I Still Believe in You」だけど、時々若い自分を思い出して恥ずかしいが、ルイ・フィリップはデートのお供のとても良いと思う。恥ずかしいついでにボーダーボーイズEPの曲順に並べて聴いてみた。

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2006/08/02

日立セントラル劇場のひととき

Hitachicent

 かなりローカルな話。
 先日は風邪で休んでいたが、夕方に少し持ち直して寝てばかりは辛いなと映画でも観ようとくりだした。銀座通りをとぼとぼ歩き映画の看板を見ると、日立セントラルで「ゲド戦記」という映画がやっている。日立セントラル?日立セントラルは休館しているばすだけど・・と思い看板を再確認。やはり営業している。
 最近、わが町の映画館が立て続けになくなった。町の映画館はすっかり元気が無くなってメジャー系の映画でつないでいたが、老舗の日立セントラル劇場がまったく映画を上映しなくなって、ついに映画館は一軒だけになった。そう思っていたのに日立セントラルはやっているではないか。「ゲド戦記」?アニメ映画は苦手というかよく分からないが日立セントラルに行こう。ということでめでたく、あの錘による自動閉式扉の付いたトイレの懐かしい日立セントラルで映画を鑑賞した。次はいつ体験出来るかわからない。

 ちなみに「ゲド戦記」というのは宮崎駿の息子が監督だとか、出来が良いの悪いの世間で結構賑わっているのは見終わってから分かった。実をいうと僕はアニメがよく分からないだけでなく特に宮崎アニメが苦手でなのである。女性キャラのパンチが僕には強すぎて、いけないものを見ているような抵抗がある。「ゲド戦記」のパンチはペリーヌ物語か未来少年コナンくらいで、これは助かった。
 とは言いながら音作りには関心した。海の音とかそういうのが良い調子に結構生々しい。それに対して音楽は過剰だった。たとえば映画の舞台になるポートタウンという町が眼下に現れたときに何故大げさな音楽をつけたのか、僕なら町の喧騒がすうっと耳に飛び込んでくるくらいがちょうど良い、と思った。思ったほどの抵抗も無く分かりやすい映画で概ね良かったと思った。

 そういえば関連してジブリがからんで渋谷でポール・グリモーのアニメーション作品「王と鳥」が始まったらしい。アニメファンじゃない僕でも以前からDVDを持っている。この映画は本当にお勧め。アニメーションの枠を超えた素晴らしい映像。古典。

 それにしても日立セントラル劇場に行けたのは良かった。格安料金でかよった往年の名画は忘れられない。僕にとってのニュー・シネマ・パラダイスといった感じかもしれない。

 ついでに秋にパラオにでも行こうと計画を立て始めた。ダイビングなしのパラオである。行こうと思って分かったけど結構パラオのガイドブックがない。やっぱりダイバーにしか人気がないのだろうか。

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2006/08/01

マッピ山

 サイパン島でバイクアドベンチャーなるツアーに参加したのは、息子が生まれたばかりだから3年前のこと。
 バイクアドベンチャーというのはサイパン島の北にあるマッピ山(250mくらい)からGIANT製のMTBで下山するツアーである。これが予想以上に面白かった。自転車に乗る前にまず余興。毎年のように事故があるらしいグロットでダイバーからすれ違いに「今日は海が荒れててやばいよ」と言われながもシュノーケリングを行い、移動してバードアイランドの景色を眺め、自転車の準備が出来たらマッピ山頂上付近にあるスーサイドクリフから少し上ってそれから一気に下る。
 途中で道をはずれ、すれ違う白人トレッカーと挨拶を交わし、タガンタガン(豆の木)のジャングルを抜け、バンザイクリフ、ラストコマンドポストと巡る。最後はビーチでバーベキューをして解散する。

 唐突だけど先日、野村進著「日本領サイパン島の一万日」を読んだ。
 タイトルほど重い話ではなかった。日本による国連信託統治時代のサイパン島。そこに住む庶民の生活を、山形からの集団移民の中から2つの家族を中心に移民から繁栄、戦争、収容所での生活までを時間軸に沿ってを丁寧に描いている。ガラパンの様子がとても詳細でこれは良い本だと思う。取材量も半端じゃなかっただろう。
 僕のいつもの癖で、あまり描かれていないチャモロ、カロリニアン、沖縄の人々、朝鮮半島の人々、その他少数の欧米人の当時の様子も知りたくなるのだが、そこまで書いたら1000ページにとどいてしまうだろう。

 この本は前半のガラパンを中心に詳細で生き生きとした庶民のレポートから少しずつ扇情的な雰囲気を持ってくるが、特に終盤、主人公の一人、山口百次郎が藤田嗣治の戦争画「サイパン島同胞臣節を全うす」の前で崩れてしまうところでバイクアドベンチャーで見たマッピ山周辺の風景を思い出してしまった。その絵に描かれているのは所謂その他一般の戦争画ではなく民間人のマッピでの悲劇を描いている。戦争画にはあまり良い印象はないがこの絵は少し違うようだ。

 そんなわけで最初に話したバイクアドベンチャーのコースは「生きて虜囚の辱を受けず」を真に受けて多くの民間人が玉砕したマッピ山周辺なのである。MTBでガンガン走ったタガンタガンのジャングルは、始末できないほどの死体を覆うために米軍が種を空中散布して出来たものだ。

 土曜日のビギナーライドに高校2年生が初参加した。夏休みに自転車で茨城~秋田を往復するらしい。やはり若いというは素晴らしい。僕の経年劣化した肺と経年劣化した足では全然追いつけない。僕だって高校生の頃はテントを背負ってロードバイクらしきもので栃木の山にキャンプに行ったもんだ。僕だってあの頃は無理なんて言葉は知らなかったんだ・・・ぞ高校生。鍛えてればよかった。

 ところで最近分かったことだけど、ビギナーライドを一緒に走っている方で複数の方がこのblogを見てるらしい・・・。余計なことを書かないように気をつけなくては。まずはキーワードの見直しを。

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