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2005/11/29

サイクリング

 日曜日の朝。小学生時代以来久々にチャリで久慈川のサイクリングロードを走った。久慈浜~金砂郷まで片道20km、往復40km。紅葉があまりにきれいだったので途中寄り道いれて50km程度。小学生の頃は途中ザリガニ釣りなどしながら一日がかりだったのを、ヨボヨボの体に鞭打って1時間半。家に帰ってチャリを洗って少し休んで子供を抱いて昼飯を食べに行こうとしたところ・・・また腰が・・・トホホ。

 忙しくて全然更新できないよ!

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2005/11/22

ちょっとガンサを叩く

 先週の土曜日に航海カヌーを愛する人々によるオフ会があったのですが、急激に仕事が忙しくなり行けなくなってしまいました。誘っていただいたのに申し訳ありません。
 シミオン・ホクレア号に乗船しヤップ島~パラウ島を航海した林さん、ニュージーランドでシーカヤックのガイドをしておられるryuさん、いまだ謎の翻訳家?-若藻庵さんが集まって超マニアックな話を展開したかと想像すると残念でなりません。忙しくなった理由のそのひとつが今月はじめにバリ島でノンビリしすぎたことであることは疑いようがありません。ということで・・・いまだ激務中です。

bali01260020  今回のバリ島では何か楽器でも体験しようということになった。考えてみればバリ島に何回か行ってるのに音楽は聴いてばかりで演奏したことがない。若い頃に少しも楽器を触っていたことを考えるとこれは少しチャレンジすべきだろう-とウブド・レスタリに(実際は妻が)連絡をとった。ウブド・レスタリは日本人女性が経営するバンガローで旦那様がティンクリックという竹で出来た木琴のような楽器を教えているらしい。この旦那様から以前見たバリ島の旅行番組の中で田中律子さんがティンクリックを教わっていた。

 しかし連絡をとってみるとその日本人女性の方が今すぐにでも出産というただならぬ状態で、僕たちがウブド滞在中にティンクリックを教えることは保証できないとのこと。そのかわりガンサというガムランで使う青銅楽器の先生を呼んでもらうことになった。クンダンというガムランでは指揮者の役となる太鼓も教えられるとことだったが、ガンサより興味はあるものの、たぶんクンダンはスキルが高いだろうと勝手に考え初心者らしくガンサをお願いした。1人1時間の体験レッスン。

 ウブド・レスタリに到着するとすでに先生が待っていた。なんとスマラ・ラティの方らしい(写真が先生)。ということで心の準備なく唐突にレッスン開始。
 ガンサは5音階の鍵盤が2オクターブ並んでおり、最初は左から右へ叩き右から左へ戻る練習。右にむかって音程が高くなる。
 ところでこれが結構難しい。単純にバチを振り下ろして音を出せばとりあえずいいんだろうと思いきや(今までガムランの演奏を見てきて知ってはいたものの)右手で鍵盤を叩くのと同時に前に叩いた鍵盤を左手でミュートしなければならない。絶対に。一度叩いた音は中々減衰しないのでこうしないと妙な共鳴音が鳴ってしまう。頭で覚えようとすると混乱して演奏にならないのでこれは体で覚えるしかない。なんとなくミスがなくなるまでこの練習。

 鍵盤の往復がなんとか出来るようになると今度は簡単なメロディの練習に移る。メロディはトペンのメロディだそうだ。トペンは仮面のことで、仮面をつけた踊りのメロディ。
 ああ、これがまた大変。今までは一方向に叩く練習だったので折り返し地点や鍵盤の幅の変化に気をつけていればよかったけど今度は右に左に飛び跳ねる。ミュートする手は一つ前の鍵盤をつまむわけだからさらに混乱が増す。しばらくするとどうにか出来るようになってきた。それでも無心で演奏しているときはいいが、ちょっと何か考えるとメチャクチャになる。どんどんスピードを上げていく。
 最後は何のメロディか分からないがスタッカートばかりで構成された演奏。しかも途中で反転する。右手のバチのほうはスタッカートを描けるが、つまり具合を出すキモはミュートする手のほうだ。これは辛い。これは全くダメなまま練習終了-僕よりセンスのいい妻に交代する。いやあ疲れた。でもガンサって楽器は凄くいい音がする。自分で演奏するとその音の響きに含まれる音がひとつではないということに気がつく。うまく叩けたときは体全体に響いてくる。金属の振動で詰まった耳糞もスッキリしたようだ。
 お茶を飲みながら、次はクンダンを練習したいなと考える。

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2005/11/12

ギャニャールのブタマルヤキ

bali01260036  バリ人のM氏から「今度はどこ行きたいですか?」と実際はテロのおかげで少々錆びてしまった日本語で聞かれた。そういえば何度かバリ島に来てるのにバビ・グリン(豚の丸焼き)食ったこと無いな。
 ということで「バビ・グリンが食べたい」と伝えた。「えっ、バビ・グリン食べたこと無い?何回バリに来てるの?」といつものようにM氏は驚く。来るたびに「バビ・グリン食べたこと無い、ケチャ見たこと無い、モンキーフォレスト行ったこと無い(その他もろもろ)、何回バリ来てるの?」と無いが増えていく様子を口にすることをM氏は楽しんでいる。たしかに僕たちはメジャー級観光をあまりしてない。

 何処のブタマルヤキ(M氏の言い方)食べに行こうか、ということでM氏宅にも行くことだしM氏の住むギャニャールの町中にあるM氏御用達のブタマルヤキ屋に行くことになった。美味いと評判のギャニャール市場のブタマルヤキ屋ではなく町中のブタマルヤキ屋。では出発。

 ギャニャールへ到着し町を歩いていると、見慣れたM氏が超観光客な日本人家族を連れているのが面白いのか、町の方々が度々「今日はなんだよ?Mちゃん」みたいに声をかけてくる。
 ブタマルヤキ屋の前に来ると、香ばしいブタマルヤキの匂いと少々のドブ臭さと少々の埃臭さと香辛料の香りと妙な香水のような香りが混ざったバリ島らしい匂いが鼻へ流れてきた。いいね。

bali01260037  ところでバビ・グリンはやはりブタマルヤキだった。豚を丸ごと焼いている。この丸ごと焼かれた姿はかなり美味そうだ。昼少し前なのでブンクス(テイクアウト)の客が絶えない。
 店のオバチャンはカリカリの豚の皮を剥ぎ取ったり、内臓を調理したり、血の塊を焼いたりと手が休まることが無い。その外では煙草をくわえたオヤジが豚の串焼きやつくねを焼き続ける。「写真どんどんとっていいよ」ということで僕は写真を撮る。(あとからシャッター速度を誤って数枚露出不足となっていることが判明しガッカリ)
 で肝心のブタマルヤキはどうかというと最高に美味い。M氏はそこのブタマルヤキが大好物とのことで物凄いスピードでたいらげていた。M氏が「バリ人向けなので辛い」と言っていたラワール(色々ぐちゃくちゃ混ぜたバリ料理)も今まで食べたラワールの中で一番美味い。ご飯にチャンプルーすると凄く美味い。この爽やかな激辛と甘い炭酸コーヒーとの組合せも素晴らしい。満足。

 息子が退屈になってきたので息子を抱いて外を歩いく。「オレの娘の写真を撮ってくれ」とどこかの店のオヤジに言われ女の子の写真を一枚、息子が時計屋に興奮したので時計屋さんにまざってもらって写真を一枚、こっちであっちで写真を一枚。ギャニャールの町は楽しかった。

(写真はKodak BW400CNというお気軽白黒フィルム)

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2005/11/10

女性たちのガムラン バリ島

bali01280013  ウブドを散歩しているとタマン・サラスワティ寺院で女性だけで編成されたガムランの練習が行われていた。ちなみに女性ガムランと言ってしまうとガムランの音階を指してしまうことがあるので紛らわしい。

 本来、バリ島ではガムランを女性が叩くことはタブーだった。素人考えだが僕はバリ島がとても柔軟な文化をもった島だと思っている。だからガムランを女性が叩くようになるなんていうのも近年当然の流れなんだろうなと思う。
 しかしながら部外者が多くのバリ島の宗教・儀式に外部の人間が参加することは一見容易ではなくいくつかのタブーを守らなければいけない。しかしタブーを守ればよいだけだ。抵抗があればタブーを礼儀と解釈すれば分かりやすい。

 実は近代バリは昔から上手に欧米人をちょろまかして文化を守ってきた。戦時中を除けば、自分達の文化を時代の変化にあわせて修正していくところは、欧米に駆逐されてしまったポリネシアよりはるかに上手に立ちまわっている。また自分たちの文化を見直す運動も近年盛んに行われていて今はなかなか充実しているようにも感じる。

bali01280007 過去、欧米人によってガムランが譜面におこされピアノでスラッと再現されることに驚愕こそしても、それはあくまで欧米人の採譜方法であって自分達のガムラン音楽に関するスタイルを変えるわけではなかった。ただの昔話、面白話となっている。
 しかし僕たちが聞いているガムランのスタイルは昔からある伝統音楽のようで、実はその多くが近代の作曲家たちによるヒット曲や近年発案されたスタイルであることが多い。バリ島の芸能は生きた芸能であると言う点でこのあたりは大事だろう。
 特殊な例を除き特別な楽器を取り入れることも少ないが多少はある。欧米の楽器とのフージョンの優先度は低い。あるとすれば5音階や4音階のアジアの楽器との融合だろうか。そういう融合を目的とした音楽集団はたしかにある。

 今回行ったバリ島ではいたるところにペンジョール(竹飾り)が飾られている。そして正装をした人々が目に付く。ちょうどバリ島の暦の関係で合同火葬が各地で盛んに行われているそうだ。風を感じるバリ島らしい良い風景だった。こういう道を歩いているだけで結構楽しいのがバリ島なのだ。風にのって先ほどの女性たちによるやわらかいガムランの音色が聞こえる。

 ところで最初にタブーのことを書いたけど、waka moanaさんのタブー記事「タブーを取り除くのは誰か(http://voyaging-canoe.cocolog-nifty.com/hokulea/2005/11/post_c71b.html)」はもっと具体的で面白い。僕も大方同じことを考えているような気がする。気長に話さないと、話す相手によってはヒステリーを与えてしまう話、だけど。
 
(写真はKodak BW400CNというお気軽白黒フィルム)

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2005/11/07

テロ-清めの儀式 バリ島

 バリ島へ行ってきたので忘れないうちにしばらく旅行記でお茶を濁そう。

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 今回のバリ島も到着日は空港に近いトゥバンエリアに泊まった。JALが2時間遅れ真夜中の到着だったので正解といえば正解だったがちょっとした不安もあった。10月1日に爆弾テロのあったクタスクエアまでは歩いて15分くらいの距離だったし、そのエリアがオージー天国だというところ。

 到着すると空港で待っていてくれたウブドで宿を経営する日本人Kさんから「あなたの泊まるホテルからちょっと北に歩いたところが次は危ないって噂だから、そこでは買い物しないでね。」と忠告を受ける。
 従ってトゥバンにいた2日間のほとんどは白い巨体たちを眺めながらホテルで過ごし、外出は少しだけの買い物と食事。その買い物の1回はTシャツだったので、仕方ない・・北に向って歩き、次は危ないわよのエリアを横目にテロのあったクタスクエアに向った。

 クタスクエアに近づく、どうも様子が変だ。店がみんな閉まっている。マタハリの前まで来ると理由が分かった。テロが発生したラジャスというレストランの前で大規模な清めの儀式を行っているいるのだ。その時間クタの店屋は軒並み閉まっていて大勢のヒンドゥ教徒が儀式に参加していた。クタでこんな大勢のバリ人を見るとは思わなかった。
 儀式を行っている径数百メートルはテープで囲まれていてそのままでは入れない。セキュリティチェックを行っていた警察官から「こっちから入りなさい」と手招きされたので、そこで持ち物検査を受け金属探知用のゲートをくぐって中へ入った。テロ現場に行こうと思ったわけじゃないが手招きされて関心が表に出てしまった。不謹慎かもしれないが許して欲しい。

bali01260012  テロ現場の横まで近づいたものの、沢山の参加者や供え物に囲まれてよく確認できないが、以前ネットで見たようにベニヤに囲まれている。上のほうを見ると爆発した跡が確認できる。さすがに気持ちは抑えきれず写真を1枚撮るたびに手を合わせた。
 バリ島でこういう現場を見た後は不思議と乾いた気持ちになるものだ。儀式が終わり人々が散り始めて、テープが除去されて、なかなか開店しない店をみてると時間が止まっているようだ。
 ところで滅多にこないクタだけど、以前訪れたクタビーチはやはりテロ直後で閑散としており、前回は30分ほどクタスクエアに立ち寄ったに過ぎない。だから観光客でごった返すクタを僕は見たことがない。いったい本当のクタはどんなところなのか。

 今回短期間バリ島に滞在した印象だけど、案の定極端に日本人が少ない。欧米人旅行客も多少は減ってるだろうけど、普段なら旅行客の3人に1人くらいは日本人を見かけるはずなのに、今回は本当に100人に1人くらいの感じだ。日本人が慎重なのか欧米人が大胆なのか良く分からないが、世界的にも名高いテロ「地下鉄サリン事件(事件?)」では大勢の欧米人が日本に来ることを恐れ、バリ島のテロでは退かない。いつもは日本人に占領されているウブドの高級ホテルも欧米人に占領されている。とにかく判断基準は違うようだ。

 ところで今回の爆破は小規模だけど、ラジャスが人気店であり華人経営であるところはメッセージ効果を考えた結構意図的なテロだろうか。そんな情報をどこかで見かけた。日本人には伝わりづらいだろう。ついでにバリ人と話していると「ここではテロがない」「そこではテロがあるかも」など、僕には分からない判断もある。

 クタスクエアからの帰り道、今回の旅行ではじめてクタらしいものに出会った。道端に座っていたお兄さんが「葉っぱあるよ」と言って近づいてきた。よしよしクタらしいぞ。「葉っぱいらないよ」と僕が言うと、2才の息子が続けて「葉っぱじゃないよ」と返した。頼もしい。みんな日本に一生帰れなくなるからお兄さんの後について行っちゃだめだよ。

(写真はKodak BW400CNというお気軽白黒フィルム)

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2005/11/06

帰国

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 バリ島から帰国しました。

 ギックリとはこなかったけど息子を抱いて歩いていた時に腰を痛めた模様。自動車より自転車に乗ってるほうが体重が分散されて楽というのがなんとも・・・

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