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2005/09/28

アッフロ・コンピュータ

a_comp

 もともとパソコンやゲーム機も含めてコンピュータなる世界が苦手な僕は、仕事でアメリカーンなコンピュータ用語に大量にぶち当たると頭痛がする。オーオーピー?モデリング?デザイン・パターン?ここ数日はこの頭痛が続きっぱなしで、子供の頃に少々鼻が悪かったおかげで鼻水が脳に溜まって圧迫された小さい脳がさらにパンパンいってる。

 最近iTunesで無作為に選ばれた曲がちょっとアフロな感じだった。僕のコレクションとしては少数派なのでちょっとメモっておこう。

 1枚目はキング・カーティスの「ライヴ・アット・フィルモア・ウェスト」→amazon.co.jp。名盤なので何も言うことはないけど、勝手にシャッフルされて予期してないところでメンフィス・ソウル・ステューが来るとストレスも飛びます。最近ライノからたまげる値段で完全盤が出ていた。
 2枚目はリントン・クウェシ・ジョンソンの「Independant Intavenshan: The Island Anthology」→amazon.co.jp。ダブ・ポエットって知ってます?80年代のロンドンって暗かったんですよ。ミュージッククリップの背景ではよくバスや自動車が燃えてたし。
 3枚目はディジー・ガレスピーの「マンテカ」→amazon.co.jpでした。なんだか最初のマンテカ組曲からカッコよくて、今更こっちのガレスピーはうけないかな。僕は初心者だから許してね。

 ということで脳が復活したらまともなblog書きます。今は侯孝賢の「童年往事」を観て休めているところ。昨日はTVでビビアン・スーさんが岩下志麻さんを連れて台湾を案内してたしね。

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2005/09/23

H5N1型

tori_inf  予想通りなかなか仕事がバタバタしていてblogも遅れがちです。だからロクなことも書けない。

 2003年もこういう感じだったか、インドネシアのジャカルタを中心に鳥インフルエンザ拡大のニュースが入ってくる。今のところ鳥インフルエンザで死亡と確認されているのは4人で同様の症状で死亡している方が数名。感染者と疑われる人が数名。
 自己本位で言えば来月バリ島に行くのにまたかとかバリ島はまだ大丈夫とか美味しいベベは食えるのかってなるんだけどね・・・動物園で陽性の鳥が処分され、最近はジャカルタ在住の2歳の女の子が死亡したとか、感染者にちいちゃい子が多くて気分が良くない。早く治まってほしいと思う。

 さっきまで'88年の映画「ミッドナイト・ラン」を観てた。デ・ニーロは特に好きなわけじゃないけど、これは何回も観てる。DVDには秀逸な日本語吹き替えが無いのが残念だけど、気がはってる時や疲れてる時は優しい気持ちになれて良いね。

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2005/09/19

右耳が・・・

mimiga

 昔からレコードをかけると音が少し左によってるなって思ってた。だから長い間左側の音量を少し大きくミックスするレコードが多いのかなと思っていた。最近SHUREの一番安いカナル型のヘッドフォンを通勤に使用するようになって初めて分かった。右耳が少し悪かったのだ。な~んだ、ブライアン・ウィルソンよりはマシかな。

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2005/09/17

チャーリーとチョコレート工場だって!

RoaldDahl  ティム・バートン版「チャーリーとチョコレート工場」が公開されてからというもの嫌な気分になることが多い。
 たとえば僕の近くでその映画の話題を話しているので「そういえばジーン・ワイルダー主演の夢のチョコレート工場のDVD持ってるけど観る?」なんて言うといっせいに「ジョニー・デップが見たいだけなのに何言ってるの」と返ってくる。(結果は分かっているとはいえ)試しに「チョコレート工場の秘密っていう児童書も持ってるよ」というと、みんなウンザリとした顔で「だからジョニー・デップが見たいの!」となる。何度も遭遇、しかも男女問わずの反応。
 どうも彼らはロアルド・ダールの話なんかどうでもよくてデコラティブなジョニー・デップが見たいだけらしい。観たいじゃなくて、見たい。僕のような奴はウザイだけ。

 本来は腹を立てるほどのことじゃないけど今回はそうはいかない。背景を話せば児童図書館の「チョコレート工場の秘密(評論社)」→amazon.co.jpは子供の頃の愛読書で、大好きだからジーン・ワイルダー主演の「夢のチョコレート工場」→amazon.co.jpをDVDで持っているのだ。もちろんロアルド・ダールがワイルダー版にちょっと不満だったのも知ってたけど映像化されてるだけでも有難かったのだ。そういう人間にはティム・バートンとジョニー・デップのこの映画の話に参加する資格はないのだ。
 僕だってジョニー・デップが出演している映画のいくつか、たとえば「エルム街の悪夢」や「シザーハンズ」や「ギルバート・グレイプ」や「ナインスゲート」等はちゃんと映画館で観てるしジョニー・デップ嫌いじゃないよ。ティム・バートンの作品だってとりあえずは「ビートルジュース」からでよければ映画館でいくつか観てるよ。だいたいさ、ティム・バートンは以前にも「ジャイアント・ピーチ」ってロアルド・ダール原作のアニメ映画製作してるじゃん。まあ続けると余計に嫌われそうだからやめようと。

 ところでジョニー・デップと僕はかなり歳が近いわけだけど、年齢からいっても僕と同じように彼は子供の頃からこの原作のファンで、だから映画化したくてしょうがなかったんじゃないのかな?本当はもし子供だったらチャーリー役やりたかったんじゃないのかな?僕は小学生の頃、近所の駄菓子屋にあるトブラローネをワンカチョコのつもりで買ってたよ。良い思い出なんだけどなあ。こういう話はしちゃいけないんだろうな。

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2005/09/14

Unterbrechung

Unterbrechung  僕の仕事は結構景気が悪いはずなんだけど、最近やたらと仕事が舞い込んできて12月くらいまで山を突き破っている、困ったなぁ。それに今もちょいと余計な作業-来週のパーティーのBGM用CDを編集してる。いつblogを更新すればいんだろう。だから今日はまとまりの無い感じ。誰かも珍しくintermissionしてるしいいでしょう。

 最近は10月末に行くバリ島の準備に入ろうと、以前に行ったバリ島のことを思い出したりしてるわけだけど、最近起きたいくつかの災難はバリ島を含むインドネシアがもっと巨大な災難として経験してるななんて考える。

 米国を襲ったハリケーンは記憶に新しいけど'04年の12月に発生したスマトラ沖地震でインドネシア(特にアチェ)は13万人を超える死者を出した。数で比較するのはデリカシーが無いけど少なくとも米国の比ではない。アチェのその後はどうなったんだろう。まだ何十万人もの人々がテントで暮らし、燻っている自由アチェ運動と国軍の対立も何かありそうだ。

 今年の7月には英国での同時多発テロがあった。僕が2度目のバリ島に行ったのはジェマ・イスラミアによる犯行と思われる'02年の10月のクタのサリクラブ爆破テロの直後だった。「テロの現場まで行きましょうか」なんてバリ人の運転で近くまで行ったけどコーナーをひとつ曲がればサリクラブというところで気持ちが悪くなって引き返した。何から何まで50%ディスカウントだった。そんな立て札ばっかりっていうのは奇妙なものだった。
 まあ必ずと言っていいほどバリ島に行く時は何か事件が起きてるんだな。旅客機が墜落したり鳥インフルエンザ騒ぎがあったり。

 僕は先日の選挙の結果はひとつの災難だなんて思っているけど、前回行ったバリ島は大統領選の真っ最中だった。こっちは災難というよりインドネシア始まって以来の民主的な選挙という歴史に刻まれるイベント。「ユドヨノ現象」が起きて汚職まみれの政治を変えようという新風を国民が期待した選挙だった。政治には明るくないのでその後ユドヨノ氏が期待に応えられているかどうかは全く分からないけど。
 ところで日本とは物凄く関係の深いインドネシア故に今回の日本の選挙はかなり注目されていたらしい。サッカーのワールドカップでは韓国と違ってバリ人には全然話題にもしてもらえなかった日本だけど、今回の選挙のことはどうなんだろう。ちょっと聞いてみようと。

 ところで最近気になるのはバリ島から直行便が出てるスラウェシ島にあるサンデックっていう帆走カヌー。帆走カヌーのあるパンブスアン村にはマッカサルから300km以上北上しなくちゃならないのは子連れ旅の現状では辛い。今は無理だけど何年か後には行ってみたいものだね。そこまで足を伸ばさなくてもタイミングがあえばマカッサルで300kmを帆走してきたサンデックレースの軍団が見れるかもしれない。ちょっと沖縄みたい。かなりアバウトなレースらしいけど。

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2005/09/09

Hokule'a Unofficial Supporters of Nippon WEB

logo2

 タイガー・エスペリさんが亡くなって早いもので一ヶ月以上たちました。法要に合わせたわけではないけど、左サイドバーのリンクをロゴが出来たのを機会に「Hokule'a Unofficial Supporters of Nippon WEB(http://hokuplot.sytes.net/)」にしました。
 このサイトはホクレア号やその他の航海カヌーをテーマにしたメーリングリスト「pacificanoe(http://groups.yahoo.co.jp/group/pacificanoe/)」のメンバーでホクレア号の日本航海を応援しようと立ち上げたサイトです。ホクレア号の日本航海が延期となったのでまだまだ未完成ですが、来年予定されるホクレア号のミクロネシアへの航海などに合わせて充実していくでしょう。
 複数のメンバーで更新可能なサイトということでWikiで作成しています。まだ僕は写真を一枚提供しただけですが。
 お互い顔も知らずにネットだけで作っていくのは時間はかかるけど面白いですね。

 大事なことを書くの忘れてました。ロゴのデザインはslothさんです。

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2005/09/05

またまたまた台風

 ここ数週間ほど左足の土踏まずが痛い。ちょっと痒い感じもあるので血液循環が悪いのかも知れない。足底筋膜炎だとしたら外的要因より体力減退、加齢?。足首内側のツボを押すといいらしい。あと寝不足はだめらしい。土踏まずの反射区は腸らしいから最近トイレの回数が多いと思ったけど納得。春先からしばらく続いた激務で寝不足が続いたからなあ。

 後藤明さんのホームページを見ようと思って同社大学現代社会学部のページ(http://www2.dwc.doshisha.ac.jp/agoto/)に行くと「注意:あまり真面目に見ると船酔いして気分が悪くなります」と書いてある。文字や写真がユラユラ揺れてるわけだけど、ウィンドウサイズを小さくして少し下にスクロールしたら右のスクロールバーも上下に動いてさらに船酔い気分を味わえた。

 読みかけのヴィキイ・バウムの「バリ島物語」をテーブルの上に置いてたら息子がサインペンで落書きをしてくれた。食欲というか読欲が無くなりそうな絵だ。10月末に行くバリ島にあわせて少しバリ本を読もうとしてたところだったけど、まあいいか。
 僕たちのバリ島旅行の日程にあわせて義父ほか1名もバリ島に行くらしい。初バリにもかかわらずいきなりロスメンなところに泊まるというコースらしい。僕たちはリゾートよろしく高級ホテルで相変わらずノホホンとする予定。今度はFM3Aにパンケーキ付けてモノクロフィルムでも入れて行こう。

 で本当は何が言いたいかというと台風対応で徹夜です。明日もだろうか?また寝不足になりそう。

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2005/09/04

ハリケーン・カトリーナ

 今回のハリケーン・カトリーナによる災害を見て、被災した米国人を窮地から救おうなんて考えた事あるかな?スマトラの時は募金活動とか盛り上がったけど、ちょっと米国人となるとクールでニュースを見ているだけになってしまう。米軍がどうとか考える前に、やっぱりやばいよ何が出来るか考えなくっちゃ。被災した黒人貧困層に至っては長期的に絶望だろう。

 と思っていたら寺田直子さんのblogに「ニューオリンズが今、必要なもの」という記事が。参照下さい。

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 あまりこの手の記事を追いかけないけど、「富裕層にはマイノリティが沢山いるって知ってます?」など、被災とはあまり関係ない面白いことを書く人が結構いるのは相変わらずだね。

 ちなみに今回はスマトラ沖地震で甚大な被害を受けたインドネシアやタイ、さらにアフリカ諸国が支援を表明している。米国はこれを受け入れざるをえない状況。

 なんだか僕もイヤミな言い方してるな。

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2005/09/03

ピクチャーブライド

PictureBride  昨日は小田原で仕事だった。我が町~小田原往復の電車で読みきるのにちょうど良い本は無いかとカヨ・マタノ・ハッタ/マリ・マタノ・ハッタ著「ピクチャーブライド(キネマ旬報社)」→amazon.co.jpをを持って行った。小田原では蒲鉾を買って帰った。

 ピクチャーブライドとは第一次大戦直後に流行った写真だけの交換で嫁いで行く娘たち「写真花嫁」のこと。本書ではリヨという1人の女性がハワイ移民の男性のもとへ「写真花嫁」となって嫁いで行く。相容れない夫への気持ちの変化、サトウキビ畑での労働、活動写真、盆踊りなどハワイ移民の生活を描く。
 この物語は日系3世のカヨ・マタノ・ハッタさんのお祖母さんの実話をもとにしたもので、実際にはカヨ・マタノ・ハッタさん自身が撮った同タイトルのインディペンデント映画の映画本といったところだ。残念なことにカヨ・マタノ・ハッタさんは7月にカリフォルニアでの遊泳中の事故で亡くなった、47歳。

 あとがきで書かれているようにカヨ・マタノ・ハッタさんは物語の中で何度か出てくる、ハワイの農民たちの間でヒットした俗謡「ホレホレ節」を聴いたことで「暗い移民時代に彼女の祖母たちがたくましく明るく生きたことを知った」、それがこの映画につながったということだ。それがこの話の全てだと思う。

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