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2005/07/29

感動を文章にすること

hanseibun  少し前、またも僕がお世話になっているblogで、「楽園ハワイ」な人たちにどう先住民の歴史を語りかけていけばいいかというテーマで山口智子さんの「反省文:ハワイ(ロッキング・オン )」→amazon.co.jp紹介していた

 僕といえば1年程前に山口さんの本が新刊本として平積みになっていたのは知ってはいたものの、タイトルから察するに過去に読んだものとの重複から読まなくてもいいかな、と手にしてなかった。最近、和歌山からの帰り、新幹線で読む本が無くなり上記のことを思い出して買った。本屋ではキチンとタレント本のところに納まっていた。
 ところで山口さんは僕と同じ歳なので、同年代の感覚として「楽園ハワイ」とは違ったハワイをどう表現しているのか気になる。

 山口さんのインタビューを読むと、ハワイ島のヘイアウでの日本のCM撮影!がそもそもの巡り合わせの始まりだったという。その時に撮影スタッフと話した「自分たちが見たい、知りたい、感じたいと思う“旅”」というテーマを実行した結果が「手紙の行方 チリ」と本書とナントカという映像作品。
 ハワイを相手にした場合「見たい、知りたい、感じたい」をどう料理するか、となるとここで扱った材料はは必然的なものばかりだったのだろう。当然コンビニに並んでる薄いガイドブックに馴らされた眼から見れば少々色違いな内容だけど、文章は彼女らしく軽やかで、そして浮かれている。だからレビューで指摘されてるような重い内容のものではないし、ペレが何回も出てくるところも愛らしい。

 僕はアラモアナでのショッピングを計画するのもニイハウ島に興味を持つのもホクレア号に興味を持つのもちょっとした違いでしかないと思う。今の経済構造では大方は「楽園ハワイ」になびいてしまう。彼女の文章を読めば新しい入り口を見つけ好奇心いっぱいの中、彼女が知らなかった(ホントかな?)ハワイを体験していくのが分かる。そういえば池澤さんの「ハワイイ紀行」だってあの歳でサーフィンとか始めちゃってハシャイデいる本だった。

 読んでいると「反省文」ってタイトルはハワイだけに謝っているのではなく、自分自身が抱えていた偏見に対して、それが偏見であったと思い知るたびに反省しているところに気がつく。その言葉が随所に出てくるのでへこんでしまう人もいるのかも知れない-こんな気持ちばかりでハワイを楽しめないよって。
 でも彼女は新ハワイに突入することで今までに無い充実感を味わい、素直に感動を言葉にしているだけなのだろう。池澤さんの本が今まで住んできたミクロネシア、ポリネシアの島々の中から鳥瞰的にハワイのエリアを切り取ったようなところがあるのに対して、「反省文」は彼女なりの変化をテーマにした内面からのアプローチなのだと思う。だから発展途上なところもあるかも知れないがそれでよし。つまりこれもハワイの楽しみ方なのだ。

 ところで僕はハワイマニアじゃないので、本を読み始めた時にちょっとした文章で躓いてしばらくノリが悪かった。「チャントとは(中略)ココナッツブラや腰ミノや火踊りとは無縁の、高尚な精神世界であったようだ。」。なんてことないようだけど、これではタヒチ人やサモアの人に申し訳ない。本人もそんなつもりはないのだけど冷静に読んでたつもりでも「またかよ!だからハワイ好きは!」と心を静めるのが大変でした。これ重箱の隅とは言わないよね。

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明日からサイパン行ってきます。超短期間なので部屋から海を見るか和食を食べる程度で帰ってきます。

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2005/07/25

jane beautiful 2

jane_beautiful_2  まったく僕のblogに似合わない本の表紙だな。出てからちょっと時間が経ってしまった感があるけど紹介します。

 怒られることを承知で言えば、ドーナッツが美味いって評判なので食べに行ったらセットに付いてきたクラムチャウダーがめちゃくちゃ美味かった。ということがあるようにこのムック本「Tarzan特別編集Jane beautiful2本当の「キレイ」な暮らし方(マガジンハウス)」→amazon.co.jpの125ページから始まる「<ホクレア>号に乗った、日本人女性からのレポート。海の健康を気遣ううちに、私の進むべき道が見えてきた。」を何人かの女性は読んだだろう。つまり女の子向けのムックである。

 実はWEB-Tarzanのこの本の紹介にもこのページのことは載ってなくて、waka moanaさん同様、この内野さんの記事が何て本のどこに掲載されているのか全然分からなかった。
参考に内野さんのエッセイは SWITCH系の「COYOTE No.4 特集 ハワイ・ローカルヒーローへの旅」→amazon.co.jpに「待ちわびた波 ――エディなら行くだろうと」、その前の「COYOTE No.3 特集 島を漕ぎ出で 」→amazon.co.jpに「ホクレア号乗船記2004 薄緑の光のレールの上へ」がある。「COYOTE No.4」のほうは以前ハワイ好きの方々のblogを賑わせていたから彼女のエッセイを読んだ方も多いと思う。

 ホクレア号にしてもエディにしても彼女のエッセイの題材は男性的とも思える。事実、航海カヌーの伝統は(女性たちの支えが大きいことはさておき)男性社会で受け継がれるし、様々な逸話は男性的ロマンに溢れている。
 でも僕はいつもこのことを女性にこそ知ってもらいたいと思っている。日本に向って運んでくるものはロマンばかりではない。文化、健康、平和、環境問題、教育と多様だし、僕自身が男性的な面にはあまり惹かれていない。たとえば息子に航海カヌーにちなんだ名前をつけたのは健康で健やかに育ってほしいという普通の親の願いからだったと思う。

 ところで何度も何度もこの話を聞き、毎回、耳にするたびに嫌な気持ちになるのが、内野さんもホクレア号でミッドウェーに行った際に眼にすることとなった、漂流物によるゴミの山だ。
 年間回収量が10トンにもなるこの漂着物のほとんどがアジア方面、特に日本から来る。waka moanaさんも書いてるとおりゴミの出所は一般の海水浴客のみならず漁師などの漁具もそうだ。そいうえば一部のココロない人とはいえ、近所の海で何時間も海に浮かんでいるサーファーの中には海上で食事をして包装を海に棄ててる人もいる。サーファーを例にあげて申し訳ないけど意外な人間がゴミを海に棄てているのである。
 もし僕の息子の名前が書かれたビーチボールが海に流れてしまって、それがミッドウェーに漂着したら、ボトルにメッセージを入れて流すような話ではなく、ただのゴミの山の一部でしかない。もうヨーロッパ人が海を大きなゴミ箱と形容してた時代は大昔のこと。ヒマラヤのように日本人登山家が捨てていったゴミを英国人登山家が拾い集めるような醜態はカッコ悪すぎる。
 気になるのはポイステをする人はこういうエッセイを読まないだろうと思えることだ。

 ところでまたも台風に向って和歌山へ行くことになった。とほほ。

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2005/07/23

タイガー・エスペリさんのこと

 タイガー・エスペリさんが亡くなった。

 僕はタイガー・エスペリさんに会ったことも無いし、実はヤポネシアン航海カヌー"カマ・ク・ラ"プログラムのこともよく知らない。特に"カマ・ク・ラ"についてはどんな状況なのかも分かっていないし、過去に調べてみようと思ったこともなかったと思う。長谷寺だって観光で2回行った程度だった。

 タイガー・エスペリさんが病に倒れたというニュースを聞いた前の晩、偶然にも「ホクレア号について語ろう!(右側真ん中あたり参照)」のタイガー・エスペリさんのところを読んでいた。この本を買った時から一番このページが好きだったから時々繰り返し読んではいたのだけど。だから他人事では無いような気がして面識も何にもないけど何か出来ないかと思った。でも祈るくらいの時間しかなく、彼の訃報を受けたのは間もなくだった。
 昨晩は不思議なことになかなか寝付けず、夜な夜な3時頃にPCの電源を入れ、その瞬間に訃報を受け取った。こんな感じだったからちょっと衝撃も大きかった。

 僕にとっては航海カヌーの意義を考えるということはこれからというところで、カヌー関係者とも何の縁も無くサーフィンもやらない、外国に行かない限り塩水とも縁が無い一般人としての立場でその意義を考えてみようと考えていた。これはちょっと遠回りなんだけど余計な縛りがない分彼らとは違った答えが出るんじゃないかとも思っていた。
 タイガー・エスペリさんのメッセージはそんな僕がストレートに受け取れるものだったと思う。

 もし手元に「ホクレア号について語ろう!」がない方は、「タイガーの願いを忘れてはいけない(http://hokulea2.exblog.jp/d2005-07-23)」を読んでみてください。

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2005/07/20

ミクロネシアの精霊

Lamotrek

 最近のアフリカ物も然り、口頭伝承というのは僕の最近のキーワードらしい。口から口へ語り継がれる口頭伝承は文字伝承では有りえない霊的な力を持っていると思う。

 7月の始め頃にwaka_moanaさんが「同情するならカネをくれ(http://blogs.yahoo.co.jp/hokulea2006/5913074.html)」という記事で、文化人類学者のEric Metzgar氏がミクロネシアはラモトレック島でのPwo(伝統カヌー航海士の称号を与える儀式)を映像化した「Spirits of the voyage」というビデオを紹介していた。waka_moanaさんはいつもビックリする量のリモート・オセアニアのカヌーに関する情報を紹介している。ホクレア号など航海カヌーに少しでも興味がある方は覗いて見ることをお勧めします。
 ということでさっそく僕も「Spirits of the voyage」を購入した。Eric Metzgar氏からの温かいメールも届いた。

 この「Spirits of the voyage」には、航海カヌーで有名なサタワル島出身のJesus Urupiy(2003年に亡くなられた)という高齢の航海マスターによるPwoの儀式が長時間にわたり収められている。これは大変貴重な映像で、Pwoの映像自体が貴重な上Jesus Urupiy氏亡き後のことを考えれば、残念なことにさらに貴重な映像になってしまうのではないだろうか。
 そしてそのひとつに口頭伝承がある。このビデオを観るとPwoの儀式は口頭伝承無くしては有りえない儀式だと実感する。

 Jesus Urupiy氏はビデオの中で古代ナビゲーターの歌を暗誦する。暗誦することによりそのスピリットまでもが伝承される。それはこのビデオが廃れ行く口頭伝承の重要性を強調するかのように何度も同じフレーズで登場する。しかし映像の中でも触れられいるように、現代においてはその多くが紙と文字に置き換えられているのである。
 もしホクレア号に興味をお持ちの方は、同様の話としてハワイでの、失われていたスターナビゲーションを思い出すのではないだろうか。
 そしてビデオは素晴らしく感動的だった。(英語が不得手な僕は妻にナレーションを要約してもらいながら観た。ただ意味が断片的にしか分からない映像だとしても大変面白いビデオだったと思う。)

 ところでこの「Spirits of the voyage」は、購入することによりラモトレック島のカヌー文化保存に貢献することになる。Eric Metzgar氏は売上の一部を以下の資金に充てているのである。第1段階は新しい航海カヌーの建造に(たった800ドルの重要性!)、そして第2段階はURUPIY VOYAGER PROJECTという伝統カヌープロジェクトを自立させるための資金となる。10年後、20年後にミクロネシアで航海カヌーがまだ帆走していたら、購入してみた価値があったといえるのではないだろうか。

 ところで「Spirits of the voyage」に映し出される海や浜辺の雰囲気はやはりミクロネシアなのだと実感してしまう。池澤夏樹氏の「夏の朝の成層圏」などでもとてもよく表現されているこの冷えた暑さはミクロネシア共通のものなんだなと実感した。このあたりにポリネシアとは違った意味で僕が惹かれてしまうところなんだけど。だからミクロネシアの精霊。

「Spirits of the voyage」はEric Metzgar氏のサイトからPayPalを通してクレジットカードで購入することが可能です。「Spirits of the voyage」以外のビデオ、CDもURUPIY VOYAGER PROJECTに充てられます。
http://tritonfilms.com/

waka_moanaさんblogにはさらに「Spirits of the voyage」の感想が「航海者の魂」と題してアップされています。
http://blogs.yahoo.co.jp/hokulea2006/7075758.html
または
http://voyaging-canoe.cocolog-nifty.com/hokulea/2005/07/post_b1b5.html

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2005/07/16

ルーツ

Alex_Haley  1週間ほどblogを更新しないで何をやってたかというと、少なくとも夜は、僕が中学生の頃に放映されちょっとした社会現象になっていた1977年のTVドラマ「ルーツ(ROOTS)」→amazon.co.jpを観ていた。
 ルーツが放映されていた当時、主人公であるクンタ・キンテの名前を知らない友達は皆無に近かったくらい話題だった(ちなみに僕はクンタ・キンテをキンタ・クンテと間違えて覚えていて、いまだにキンタ・クンテと呼びそうになるのが辛い)。クインシー・ジョーンズのテーマ曲も印象的で放映当時以来観ていなかったのにほとんどのメロディを覚えていた。ちなみに外務省のホームページでクンタ・キンテの出身地であるガンビア共和国の紹介文は「小説「ルーツ」のモデル国」の一言と簡潔すぎる。

 原作者のアレックス・ヘイリーは自分の7世代前にあたるクンタ・キンテにたどり着き原作を書き終えるのに12年を要した。クンタ・キンテが黒人奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられたときに、既に多くの黒人奴隷はアメリカ大陸で奴隷として生まれアフリカを知らない人々だった。このドラマの面白いところは黒人奴隷の苦難を描くだけでなく、自分たちのルーツ=アフリカを社会に初めて認識させたことにある。自分のルーツを意識することによる黒人たちの自己認識の確立である。それまで公には黒人自身にルーツは存在せず、また売られ流されてルーツを追跡することは困難だった。
 わずかながらもこのドラマ(または小説)に対しては脚色が多すぎるとの非難もある。しかし1個人のルーツを200年以上も遡りドラマを作るには、事実に基づくフィクションにならざるを得ない。ドラマを観ればアレックス・ヘイリーの温厚な人柄がそのまま脚色に反映されているのが分かる。

 アレックス・ヘイリーを知るためには、ルーツ以前に名声を博した大仕事プレイボーイ誌での大物への数々のインタビューがある。これは「アレックス・ヘイリー プレイボーイ・インタビューズ(中央アート出版社)」→amazon.co.jpにまとめられている。
 マイルス・デイヴィス、マルコムX、モハメド・アリ、マーチン・ルーサー・キングJr.、アメリカ・ナチ党のジョージ・リンカーン・ロックウェル、サミー・デイヴィスJr.、ジョニー・カーソン、クインシー・ジョーンズとインタビューする相手も凄い。それそれのインタビューの扉に「****との腹蔵のない会話」とあるように相手の個性、思想に動じないアレックス・ヘイリーの姿がある。そして彼らの対外的で大きなイメージの皮を破り個人を浮彫りにする。そして、このインタビューがもととなり「マルコムX自伝」が作られ、スパイク・リーが映画化した。もしこのインタビューがなければマルコムXはただの狂信的なブラック・モスレムの象徴で終わっていたに違いない。

 アレックス・ヘイリーはこれらの仕事をするまで20年間沿岸警備隊をしていた。その中で水兵仲間のラブレターの代筆をしている間に自分の才能に目覚め、上記のような仕事に結びついた。ルーツを発表したとき既にアレックス・ヘイリーは55歳だった。ルーツの原作はピューリッツァー賞を受賞し、アレックス・ヘイリーは1992年に他界した。絶筆はルーツの続編「マージング」で、これは自分に流れる白人の血、その家系をアイルランドまで遡った作品になるはずだった。
 1999年、沿岸警備隊で使用されるカッター船にアレックス・ヘイリーという名が付けられた。

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 余談だけどルーツ第6部ではチラッとKKKが出てくる。僕がKKKというと思い出すのはKKK書記フォレスト・カーターの「リトル・トリー」である。リトル・トリーはアメリカ先住民の話を白人至上主義者が書いた偽書として有名だがこのひねくれ具合はやばい。この感動的な本を読んでもうひとつの受難者、アメリカ先住民に興味をもった人たちは多いと思うけど、本を選ぶというのはなかなか難しい。

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2005/07/11

intermission(度々)

photo43

 蒸し暑さが続いてちょっと参ってます。頭が回らない。除湿の効かない事務所は机の上もベタベタ。よし今週は息抜きにblogの更新を休もう!音楽聴いたり映画を観たりリラックスして、少し運動してダルさをとったりしよう。旅行の計画でもしよう。
 もちろんネットは見てるのでお邪魔はするかもしれません。

(追記)
 日本の蒸し暑さはやはり特別。熱帯には何度行っても体調を崩したことなんて無いけど、暑い中横浜に1日行っただけでダウン。体を動かしたいと思って確認したところ2隻の川カヤックはまだ妹が保管しているらしい。気候がよくなったら川に連れて行ってもらおう。とにかく横浜で重い鞄を持って歩いたら肩こりがヒドイです。

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2005/07/07

ホクレア号

 朝は以下のようにノンビリしたことを書いてましたが、west2723さんblogの「Journey of Celebration(http://hokulea2.exblog.jp/d2005-07-07)」という記事にPVSとJapanese Cultural Center of Hawaiiによる航海コンセプトの原文が掲載されました。
 また、 waka_moanaさんblogには「VOYAGE OF CELEBRATION(仮訳)(http://blogs.yahoo.co.jp/hokulea2006/6308913.html)」と題して日本語訳が掲載されています。
 みなさん、ご一読を!成功すれば3月に沖縄に到着、その後順に那覇、屋久島、熊本、長崎、福岡、宇和島、大島、広島、和歌山、清水、横浜、東京、いわき、八戸、白老、函館と寄港する予定です。

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(朝)

 ホクレア号の2006年日本来航に関する具体的な動きがあったようです。もちろん大きなイベントなので必ず実現するといった保証はないのですが、僕自身はちょっと浮き足立った気分だったりしてます。今回はちょっといつもと違う感じです☆

 ところで僕のblogを見に来てくれている方々の中にはホクレア号がいったい何者なのか分からない方もいらっしゃるかもしれません。とりあえずGoogleあたりで「ホクレア号」と入力してみましょう。またはこのblogの左サイドのリンクからそれらしいリンクにいってみましょう。精力的かつ慎重にホクレア号とその他の重要な航海カヌーについてレポートされているblogサイトがあります。大きなカヌーは大海原を何千キロも航海します☆

 僕自身は航海カヌーを知ってから南国がただのリゾートだけの土地ではなくてそこに人々生活していることを実感し、そのことに対して多少注意深くなりました。誰かが住んでいるなんてもちろん当たり前なわけですが、ちょっとした意識の問題です。僕がblogを始めたのはそのあたりが出発点です。今では別な話題が大勢を占めてますが、正式にアナウンスがあったら僕もささやかながら協力させていただきたいと思ってます☆
 

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2005/07/04

アダムスキー型

 前回に引き続き、気合が入らないので胡散臭い話。

Close_Encounters_Of  映画「宇宙戦争」と「エピソード3」に乗じて立て続けに「未知との遭遇」と「スターウォーズ」がTV放映されていた。つけていたTVをボンヤリと眺めながら、たしか子供の頃にUFOをみたぞと思い出した。本物かどうかというとやはり怪しいことは怪しい。でも子供の頃にはみんな1つや2つUFOを見てるんじゃないかな。

 最初にUFOらしきものを見たのは小学1年生で友達と床屋の帰りの田んぼ道だった。友達の1人が「あっ、流れ星!」と言って夕暮れの空を指したので、みんなで空を見上げた。すると2つの流れ星がスーッと落ちてきて、なんと途中で上に上がって2つの光は絡みながら消えていった。鳥か何かかもしれないが動く速度は中々速くて、TVで「これはUFOか」って紹介されていたのに似ていた。未確認飛行物体なのでまあUFOなのだが。

 次にUFOらしきものを見たのは小学3年生で運動会の時だった。葉巻型の銀色の物体が山の上を飛んでいた。飛行船にしては近づいたり離れたり上がったり下がったりと結構動きが激しかったのでそれを見てたみんなでUFOだと叫んだ。今考えればやっぱり飛行船の類だと思う。未確認飛行物体なのでまあUFOなのだが。

 最後にUFOを見たのは中学1年生の時で祖父の家から自宅(アパートですが)に帰る夜道を1人で歩いていたときだった。アパートは山の入口でやや高い場所にあったから、星がよく見えた。屋上にのぼって望遠鏡で星を眺めたし、1時間も空を見てれば相当な数の流れ星が見れた。
 そんなところを1人で歩いていると頭の上の方が気になる。ある日の夜、頭の上を見上げるとそこにはUFOが浮かんでいた。何十メートルか上空を飛んでいるのだが親指と人差し指で○を作ったくらいの大きさに見えた、っていうことは相当大きい、10人くらいは乗れるんじゃないか?
 ここからさらに詳細を言うとみんな嘘だと相手にしてくれないのだが、このUFOはなんとアダムスキー型!だったのだ。しかもいくつも丸い窓!があった。下にいくつか球体も付いていた。そして僕をしばらくつけるように飛んでいた。いつ連れ去られるんだろうと考えた。
 だけど冷静に考えるとやはりこれは幻覚だったに違いない。何と言ってもアダムスキー型なんだから。家族にもさんざん馬鹿にされた。それに映画のように顔が半分赤くなったりしなかったし、デビルズタワーも頭に浮かばなかった。アダムスキー型には未知との遭遇のUFOのようなパワーはないのか。そしてアダムスキー型を見たとしても口に出してはいけない。アダムスキー型っていうだけでかなり嘘っぽい(嘘、見間違えが大半だろう)。アダムスキー型を目撃したと言ってはだめ。もっと別な形のUFOだったら良かったのに。

 そんなUFOが楽しい頃に近所の映画館でスピルバーグの「未知との遭遇」→amazon.co.jpを見た。初めて前売り券まで買って見た映画だ。東京の一部の映画館でしかドルビーシステムが効いてなかったなど東京中心な話も見かけるが、近所の映画館は頑張っていてフロントには大型スピーカーをドーンと置いて、左右の壁には何個かの小型スピーカーが貼り付けられて、車の移動する音など超サラウンドしていた。「未知との遭遇」を見たあとは「宇宙戦争」のような地球を攻撃する宇宙人って構図が陳腐で古臭い感じだったけど、今はひと回りして「未知との遭遇」や「E.T」のような映画はちょっとね、なんだろうか。

ucyu_message  その他に「未知との遭遇」の頃といえば、ちょうどマセ始めの僕は洋画やアメリカのTVシリーズに出てくる女優に夢中になった。「チャーリーズ・エンジェル」のファラフォーセット・メジャーズやミノルタのCMに出てたキャンディス・バーゲンや「バイオニック・ジェミー」のリンゼイ・ワーグナーやこの「未知との遭遇」に出てたメリンダ・ディロンとか。なんかこそばゆいな。
 話が脱線したついでに。その頃「未知との遭遇」に続いて「スターウォーズ」を観ようと意気込んだけど、何故かタイミングをはずしてしまい替わりに観たのが深作欣二監督の「宇宙からのメッセージ」→amazon.co.jpだった。あまり代替にはならなかった気がする。

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