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2005/06/30

2073年

 ぼんやりHotwired Japanの「巨大化する『Google』にひそむ危険性」って記事を読んでいた。
 記事の内容より「Googleは35年後に期限が切れるクッキーを送り込んできている」ってところに関心を持ち、自分のPCのInternet Explorerのクッキーの有効期限を見てみた。時々どこのサイトがどんなクッキーをよこしているのかチェックはしてたけど、そういえば有効期限は見てなかったな。
 ということでたしかにGoogleのクッキーは有効期限が2038年の1月19日だった。コンピュータの2038年問題イッパイに合わせてあるのね。
 でもgoogleより凄い2038年問題をものともしないクッキーがあって、某「映画**」ってサイトのクッキーは2073年だった。ちなみにWikipediaで調べたところ2073年は「伊勢神宮、第65回式年遷宮」以外は何もないし、ついでにGoogleで検索してみると空想サイトばっかり。そんな年に設定されているわけです。
 でもね、当然2073年まで物理的にもクッキーが残っているわけないけど心意気だけは伝わってきたぞ。クッキーで心意気を伝えることが出来るなんて発見でした。

 どうでもいい話でした。

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2005/06/28

Musical Baton

 先日、東京出張に行った僕の妻が"特急スーパーひたち"の中で「説明書付きのティン・ホイッスル(お湯で温めてマウスピースの位置を調整してチューニングしてからじゃないと使えない安っぽいアイルランド製の笛、良い音がする)」と「ブライアン・ウィルソンのスマイルDVD」を持って喜んでいるおデブちゃんを見かけたらしい。
 これが数年前の僕と体格を除けば一緒だと気味悪がってた。この2つは音楽的にも関係は薄く、滅多にこの状況は作られない。ということは明らかに彼は音楽オタク予備軍だろう(この程度で喜んでるようじゃ予備軍だよね)との事。
 ただし残念なことに僕はオタク道を抜け出して、今は純粋に音楽を楽しむ一般道に切り替え中。

 小仙さんからMusical Batonが渡ってきました。過去に誰からも合コンのお誘いもチェーンメールのお誘いもなかった僕に来るくらいだからMusical Batonは既に末期にあるに違いない。
 例のごとくチェーンの元ネタを探すべくさかのぼってみようと思ったけど、いつになっても中々変な外国人にたどりつかない。膨らんだり萎んだりまったくネズミ式になってないし、途中では大量のネコの写真の中を潜って行かなければならなかった。blog上で一番氾濫している写真は何かと聞かれたら、僕はネコ!と答えますね。
 それにしてもこんなことでも無ければ、見なかっただろうblogを沢山見れてなによりでした。みんな音楽に詳しいね。聴いたこともないのが沢山あった。

 以下はMusical Batonの回答です。

Total volume of music files on my computer (私のコンピューター上の音楽ファイルのボリュームの合計。→Amikai訳)

 5711曲 17.39GB 

 PCでは音楽聴かないしCDをリッピングなんて面倒なことは苦手だけど、iPodのために家にあるCDの半分位を入れたと思う。重複は大量。随分とCD、レコードは処分したので(しかも良いものからとられた)全部PCに入れたらCD整理したくなっちゃうかもね。ああ、でもやっぱりPCでは音楽聴きたくないな。

Song playing right now (歌は今ちょうど遊んでいます。→Amikai訳)

MB_OnHer-007  今遊んでるわけじゃないけど、通勤のとき最後に遊んだのが「女王陛下の007(On Her Majesty's Secret Service)」のサントラから「クリスマス・ツリー(Do You Know How Christmas Trees Are Grown?)」だった。ジメジメと暑い空気の中でのクリスマスソングだったけど、南半球のクリスマスってこんな感じなんだろうな。僕にとってクリスマスソングっていったらビング・クロスビーでもジョン・レノン&ヨーコ・オノでもなくて昔からこれなんです。

The last CD I bought(私が買った最後のCD。→Amikai訳)

MB_Guero  最近あまりCDを買ってないので、新譜という意味では普通すぎて面白くないベック(Beck)の「グエロ(Guero)」が最後だったと思う。「オディレイ(Odelay)」みたいで良かったけど。
 少し前に会社の同僚と沖縄ソバを食べていたときに、同僚から「tornosさん(仮名)、私、90年代はほとんどリアルタイムに音楽聴いてなくて、どんどん年代さかのぼっていったっていうか、今はブルースとかなんですよね。ベックとか全然意味分かんなかった。tornosさん分かります?ベックって。ジェフ・ベックじゃないですよ!」って言われたのを思い出した。彼は僕より若いのだけどね。ベックってデルタ・ブルースとかカエターノとか、たぶん僕らくらいの年代が哀愁を感じるアプローチをとっていたと思うけど。オヤジ度を共有してほしかったのだと思う。

Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me(私が私を非常に聞くか、それは私に非常に意味する5曲の歌(調子)→Amikai訳)

 これは難しいです。せっかくの小仙さんからなので映画のサントラで思いつくものをあげます。5曲に絞るには時間がないな。とりあえず皆に愛されやすいところから11曲程度。思い出した順番で書いているので子供の頃観て印象に残っているか、最近観て印象に残っているかどちらかでしょう。

1.映画「私を愛したスパイ(The Spy Who Loved Me)」から「私を愛したスパイ(Nobody Does It Better)」

MB_TheSpyWLM-007  かなりの名曲ですよ。歌はカーリー・サイモンでなんといっても曲はマーヴィン・ハムリッシュ、歌詞は作詞といったらでお馴染みキャロル・ベイヤー・セイガー。
 中学生の時にたぶん一番よく聴いた曲だと思う。Nobody Does It Betterっていうタイトルも大人っぽくて良いと思う。ブリジット・ジョーンズの日記の2作目でも挿入されたって言うのは本当?複雑な気持ちだな。
 このあたりのことはこちらの記事で(http://tornos.cocolog-nifty.com/blog/2005/01/007.html

2.映画「カジノ・ロワイヤル(Casino Royale)」から「恋の面影(The Look Of Love)」

MB_Casino_Royale  やはり007が好きということで。歌はダスティ・スプリングフィールドでなんといっても曲はバート・バカラック、歌詞は作詞といったらでお馴染みハル・デイヴィッドです。
 サックスで始まる後半のカラオケがまた素敵です。ベースコードとかかなりのお手本ぶりです。映画は出演者のわりにドタバタしてたな。これをカルト映画って呼ぶには抵抗があるぞ。

3.映画「ベン(BEN)」から「ベンのテーマ(BEN)」

MB_BEN  歌は最近無罪になったマイケル・ジャクソン。曲はウォルター・シャーフ、歌詞は作詞といったらでお馴染みドン・ブラック。
 この映画は「ウィラード」っていうネズミが人間を襲うパニックものの続きだけど、ベンは男の子とネズミの友情を描いた感動ものにストーリーが変化していく。この2本、子供の頃には何回もTVで放映されていた。ウィラードのほうはちょっとしたカルト的人気があるらしい。カルト?

4.映画「夜の大捜査線(In The Heat Of The Night)」から「真夜中のバラード(In The Heat Of The Night)」

MB_inTheHeatOfTheNight-mc  歌は最近亡くなったレイ・チャールズ。曲はクインシー・ジョーンズ、作詞は誰だったかな?
 主演のシドニー・ポワチエは白人社会に愛嬌を振りまきながらも映画界における黒人の地位向上に貢献したという感じの人です。そのアプローチのため全ての黒人から絶賛されているというわけでないらしい。同じクインシー・ジョーンズが音楽を手がけた伝説的TVドラマ「ルーツ」のほうはマルカムXとうまくいってたようだけど違いが分からないな。
 このあたりのことはこちらの記事で(http://tornos.cocolog-nifty.com/blog/2005/02/post_4.html

5.映画「フレンズ ポールとミシェル(Friends)」から「フレンズ(Friends)」

MB_friends  歌と曲は最近同性愛者宣言をしたエルトン・ジョン。作詞は当時の相棒バーニー・トーピン。でもサントラにおける最大の功労者は乗り気でない2人の曲をうまくアレンジしてまとめたポール・バックマスターだと思う。
 この映画は親に隠れてコソコソ観た記憶がある。僕も10代で子供を作ってしまうんじゃないかと心配したけど結果は30代だった。
 このあたりのことはこちらの記事で(http://tornos.cocolog-nifty.com/blog/2004/06/post_14.html

6.映画「ナック(The Knack ... and how to get it)」から「メイン・タイトル(Main Theme)」

MB_Knack  これじゃなくてもいいんだけどジョン・バリーの大ファンなので!ジョン・バリーのことはいずれ。

ジョン・バリー(改行対策)
ジョン・バリー(改行対策)

7.映画「スカイ・ハイ(Sky High)」から「スカイ・ハイ(Sky High)」

MB_sky_high  ジグソーの超有名曲かつこの曲くらいしか有名じゃないけど、他にいい曲があるし一発屋じゃないのですよ。主演は一回だけ007でジェームズ・ボンド役をやったオーストラリアのモデル、ジョージ・レーゼンビー。ミス日本のようなミスター・オーストラリアとかなんとかだったような気がする。
 何年か前飲み屋で一緒に飲んでた2人がそれぞれサントラ盤のシングルとミル・マスカラスがジャケットのシングルを持っていて、どっちのほうが価値があるかって話になった。どっちもあまり価値がないように思った。

8.映画「マルチニックの少年(Rue Cases Negres)」から「渡し舟チ・ブク号(Bac Ti-Bouc)」

MB_Rue_Cases_Negres  カリブ海のフランス領マルチニックを舞台にした映画。なかなか良い映画だと思う。機会があったら観たほうがよいです。
 この曲はマラヴォワですがサントラ全体がビギン・ナンバーやアフロで満たされかっけぱなしでOK。夏なんかいいんじゃないかな。少し真面目になってきたぞ。

9.映画「カッコーの巣の上で(One Flew Over The Cuckoo's Nest)」から「バスで海岸へ(Bus Ride To Paradise)」

MB_cuckoo  ジャック・ニッチェが好きなので。ジャック・ニッチェはピアノのフレーズにすぐ分かる特長があるよね。
 このあたりのことはこちらの記事で(http://tornos.cocolog-nifty.com/blog/2004/11/post_13.html

10.映画「カプリコン・1(Capricorn One)」からタイトル曲(なんていうんだ?)

MB_Capricorn_One  子供の頃、ジェリー・ゴールドスミスのこのサントラにはかなりドキドキした。何これ?凄いリズムトラック!セスナにしがみ付いたり、男の子のための映画。ピーター・ハイアムズの傑作。僕は「猿の惑星」よりこっちの方が好きだな。

11.短編映画「タンスと二人の男」中ずっと鳴っている曲

MB_POLANSKI  ロマン・ポランスキーのこの短編映画、クシシュトフ・コメダのこの曲に映像のほうが連動しているようだった。最近観たDVDではかなりの収穫だったと思う。
 このあたりのことはこちらの記事で(http://tornos.cocolog-nifty.com/blog/2005/05/post_a758.html

Five people to whom I'm passing the baton(私がバトンを渡している5人→Amikai訳)

 渡してみたい相手は沢山いる(左の人たちの中にはアフリカのエキスパートさんやウエストサイド物語をリアルタイムで映画館で観た人とかアイルランド音楽で面白かった人とか、70年代~80年代に音楽に身を委ねてただろう人とか、その他何人も面白い人たちがいる)んだけど小心者なので。運動会のリレーではいつもアンカーだったので今回もアンカーでいいでしょうか。

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2005/06/23

ウィダの総督

ouidah1  蒸し暑くなってきたらこの本、ブルース・チャトウィン 「ウィダの総督(めるくまーる)」→amazon.co.jpを思い出して久々に手にとった。舞台となるダオメー(現ベナン共和国)南部は熱帯雨林気候で6月は雨季。タヒチに引き続き公用語は当然フランス語で、ゾマホン氏によればウィダはブードゥーの中心地で奴隷貿易とともにアメリカ大陸へ渡った。

 思い返してみれば、この本はここ数年読んだ小説の中では記憶に残った小説だった。実在の奴隷商人の人生(名前は変えてある)を振り返る。フィクションとノンフィクションの境目は相変わらず曖昧に、文章はチャトウィン流に圧縮に圧縮され、たぶん読んだ人は共通して本は薄くて軽いのに、読後は分厚くて重量級と感じるだろう。とにかくダオメーの空気感で濃厚。
 そして奴隷側に立った話は一切無い。もし奴隷側の視点を入れたらこの空気感が失われてしまうだろう。これは旅行者の感じたダオメーの空気感であって、ブラジルから完全に切り離されてしまったフランシスコ・マヌエル・ダ・シルヴァとその一族のアフリカとの距離感にうまくマッチしているように感じる。
 「どうして僕はこんなところに(角川書店)」→amazon.co.jpには、この小説の取材中にクーデターに遭遇し囚われ殺されかけたらしいエピソードが書かれていてこっちも面白い。このあたりはアボメーの宮殿での謁見のシーンにリアルさを与えているように思う。

 最近はアフリカの周辺を少しなぞってみたいなと思ってたから、再読するにはいい感じかもしれない。

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ロナウジーニョ

コンフェデレーションズカップの日本×ブラジルを観てたら、僕の家族が「ロナウジーニョがイイ男に見えるわ」と言っていた。

眠いな。

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2005/06/22

SMiLE DVD

smile_DVD  今日は体調が悪くて仕事を休んでいたところに「SMiLE DVD」→amazon.co.jpが届いた。こういうのって集めだすときりがない。ドキュメンタリーのほうも半分は過去何回もなぞってきた事だし。でも買っちゃうちゃうんだよね。ライブの映像を観ると世界のオタクが集まっている感じが何とも言えない。
 それにしてもあの頃のブライアン・ウィンルソンの上半身裸映像をあんなに挿入しなくてもいいのになあ。一緒に中野サンプラザに行ってくれた僕の家族も言ってたけど、あの頃のブライアンより今のほうが断然見栄えが良いと。だから不健康なブライアンをデザイン化したあれをステージでクルクル回すのは僕はあまり関心しません。
 60年代の録音がわりと健全に進んでいたというレポートが良かったし、ボーナス・マテリアルも含めヴァン・ダイク・パークスにかなりスポットがあたっていて、それも良かった。容量が4時間っていうのは凄いよ。注文があるとすれば、ペット・サウンズ・ツアーのDVDの時も思ったけど、訳詞の字幕かせめて英文の字幕を付けてくれるとDVDの意味があると思うのだけど。英詞が聞き取れる人はこのあたりアドバンテージがあるんじゃないかな。ディスカバー・アメリカを味わいたいです。
 この後は何が出るのかな。

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2005/06/17

'97年のタヒチ

tahiti048

 タヒチへ行きたい。タヒチとは言わないがせめてどこか南国へ行きたい。最近は事情もあって旅行をする機会が減ってきた。おかげでblogで旅ネタを書く回数も減ってきた。過去の旅行のエピソードでも書けばいいじゃんとも思うが、やはりちょっと旅から離れてると気分が出ない。10月はどこかに行こうと思ってるから、近づくにつれ少しずつ気分ものってくるだろう。

 そういうことで本棚からタヒチ関係で気分の出る雑誌が無いか探した。本来はタヒチの楽園ぶりを謳った写真満載のリゾート雑誌などが精神的にはいいのだけど、リゾート気分を忘れてしまったか、重いネタを選んでしまう最近の習性なのか、同じ写真満載でも手にしたのは米国スノッブ御用達とある豪州人が言った「NATIONAL GEOGRAPHIC日本語版 97年6月号 南海の楽園タヒチの選択」。さっそく脱線である。

 「あれでプジョーの自転車を買うかどうか迷った」と知人が言った1995年のムルロア環礁でのフランスの核実験再開とタヒチでの暴動その後がテーマの取材だった。余談だけど見開きの空撮写真に写っているボラボラ島を見ると現在に比べホテルの数は随分少ない。ホテルラッシュの直前だ。

 興味深いことに現フランス領ポリネシアの行政長官オスカー・テマルが、この取材の時点で反核独立派として運動を展開している真っ最中だった。タヒチのいたるところで独立を求める青と白の旗があがった。そして9年後、テマルは宗主国とともに核実験を推進した前長官ガストン・フロスを押しのけ過半数の議席数を確保し長官の地位についた。
 現在、それまで黙殺されていた被爆者の健康被害と核実験の因果関係の解明と責任追及を宗主国フランスや前政権に対して行っている。
 記事はその他にモーレアでの地価高騰、黒真珠の養殖、ダイバーとサメ等のことに触れている。

 ちなみに「NATIONAL GEOGRAPHIC誌」に太平洋の記事が他にないかと日本語版創刊後3年程度の中から探してみると、先住フィジー人と英国植民地時代に渡ったインド系住民の対立を取材した「NATIONAL GEOGRAPHIC日本語版 95年10月号 楽園フィジーの二つの世界」やビキニ環礁水爆実験から50数年後のロンゲラップ環礁の海を取材した小さな記事「NATIONAL GEOGRAPHIC日本語版 98年4月号 核実験の海に宿る生命」があった。続けて読むと太平洋に広がる霞むような点々マークの様々な場所で起きていることの重要性が分かる。

 以前にもちょっと書いたけど、ボラボラ島では浮かれ気分満載のジープ・サファリに参加した。この浮かれツアーはホテルピックアップ単位で車を分けているから、すれ違うジープ・サファリは、日本人のみの車とか米国人のみの車とかホテルの性格をそのまま反映していた。
 我がチームは、超浮かれた他のチームとちょっとムードが異なった。若い女を連れたお忍びアメリカ老人と初老のドイツ人夫妻とちんちくりんの日本人とシャイなタヒチ人といううまく会話が繋がらない異文化交流チーム。そのムードを引きずるように、ジープ・サファリの最後にホテル・ボラボラの前でガイドのフィリップ(仮名)が言った言葉を思い出した。「日本人も好き、アメリカ人も好き」少し小声で「でもフランス人は嫌い」。小国での核実験も独立運動などなかなか話題にならない日本だけど、彼の中にはタヒチ人としての気持ちが生きて続けているわけだ。そういうことを理解してタヒチで浮かれてみるのがお勧め。

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2005/06/15

A ONE & A TWO

 久しぶりに楊徳昌(エドワード・ヤン)の「ヤンヤン 夏の想い出」→amazon.co.jpを観た。

YIYI  80年代~90年代にかけてつくられた台湾ニューウェーヴと呼ばれる一連の台湾産映画に世界中が注目し絶賛していた。侯孝賢(ホウ・シャオシェン)映画で廖慶松(リャオ・チンソン)や朱天文 (ジュー・ティエンウェン)が語るように、海外帰国組が持ち込んだ文化と台湾土着映画の融合、20年近く遅れたフランスのヌーヴェルバーグの影響による冒険的な編集とソフトランディングを両立させたバランスにより台湾が世界の映画文化をリードした。

 ニュースなどによると特に近年の台湾映画界は風前の灯らしい。
 50年代~60年代以降急激に縮小した日本の映画産業。日本に限らずアジア全域で50年代~60年代は映画産業が大きく発展し世界をリードするチャンスだったが、欧米に駆逐され観客はそれを望んでしまった。
 その台湾映画の出来のよさに比べ台湾国内でのハリウッドの攻勢やそれらに慣れてしまった観客のニーズとのずれは、世界からの注目に反比例するかのように歴史を繰り返すように映画産業を縮小に追いやっている。
 製作のほとんどは縮小し台湾ニューウェーヴ以前のアイドル映画に逆戻り、一部の文化映画は海外の資本をあてにするしかない。なんとか台湾映画を支えていこうとするボランティアによって支えられているように感じる。
 映画は相変わらず楽しく堪能したけど、同時にそんなことも考えてしまった。

 相反することを言うようだけど、興行的には良いかもしれない「ヤンヤン 夏の想い出」という邦題はひどかった。台湾映画のステレオタイプそのままだし、映画の内容とも合ってない。ヤンヤンは登場人物の一人でしかないし、第一、夏の想い出の欠片もない。楊徳昌はどう思ったんだろう。フォローすると日本ロケ時の日本人スタッフの働きは素晴らしかったと楊徳昌は言ってる。
 (たぶん日本では客が入らない)A ONE & A TWOというタイトルが示すようにこの映画はシンプルなストーリーの集合だ。殺人まで含めて平坦な日常に閉じ込めているが、登場人物の苦悩や動揺、心の変化、成長は大きい。癒しとかまったりとか懐かしさとは無縁だろう。誰かの台詞がこそばゆく感じたら、何年かネせてみるといいかもしれない。その時はちょっと観るのが若すぎたのかもしれないな。脚本家としての認識しかなかったけどNJ役の呉念眞(ウー・ニエンジェン)はいい味出してた。

 相変わらず本編の話が薄くてすみません。しかもまた台湾映画。

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2005/06/13

イタリア=ジャズ?

 普段から気になってるのだけど、なんでイタリア料理屋ってジャズが鳴っているんだろう。近所のイタリア料理屋は都心で食べるイタリア料理より遥かに安くて美味いが、欠点はジャズが鳴っていることだ。

 ジャズは好きだけど、どこに行ってもイタリア料理屋ではジャズが鳴っている気がしてならない。先日、みなとみらいにあるイタリア料理屋(パスタ屋?)でマイルスがキーキー演奏しているのにはビックリした。あれじゃ食ってるものが口から飛び出るよ。

 ところでイタリア料理で何故、ジャズが鳴っているのか?少々調べてみようと思ったけど、結局全然分からない。なんでもっとイタリアンな音楽じゃないのか?せめてイタリアン・ジャズじゃないの?ジャズが鳴っているとパスタが美味しく茹であがるのか?イタリアではジャズがそんなにポピュラーな音楽なの?サイゼリアでかかってるうるさいラテン音楽の方がよほど合ってる?

 ところでいつから、レストランで音楽が鳴るようになったんだろう。近所の食堂に行ったってテレビはついてても音楽は鳴ってないし、ヨーロッパで飯を食ったときもなんの音楽も聞こえてこなかった。バリ島ではいたるところでハードロック(M氏はヘビメタとは言ってなかった)が大音量で鳴っているけど。

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2005/06/08

通勤の音楽(ハル・ブレイン)

 本日は無性にハル・ブレインがドラムを叩いてるのを聴きたくなって、iPod shuffleにそんなCDばかり詰め込んで通勤のお供です。いやあカッコいいね。CDの詳細はなしの手抜き。朝急いで入れてきたから有名どころばかりだし-しかもソロアルバムが入ってない。下のジャケはその一部。

Hal_B

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2005/06/07

IKIRU

IKIRU  息子の風邪をもらってしまい、先週末から調子を崩してた。少し良くなってきたので昨日は横になりながら黒澤監督の「生きる」→amazon.co.jpを観ていた。黒澤作品は大好きなので体調が悪いときの娯楽としてよく観る。
 先月、選考方法はよく分からないがタイム誌で映画100選(今頃の話題じゃないですね)を発表していて「生きる」を含めた邦画4本が入っていた。今回「生きる」を観たのはそのせいかな。

 ケビン・コスナーじゃないが黒澤映画で何回も観てると言ったら「用心棒」だけど、しかし「生きる」のインパクトは凄い。黒澤監督が「生きる」を撮った年齢に近づくにつれ、あの若さで生きるも死ぬもないなと思っていたけど、そうでは無いってことに気がついた。

 大きな理由は僕の年齢が癌で死んだ母の年齢を超えたことだ。いつかは僕も癌で死ぬんだろうななんて長い間思っていたけど、母の年齢を超えた時点で訳が分からなくなった。
 本当に癌で死ぬの?とか、このまま長生きしちゃうんじゃないの?とか、せめて息子が大学を卒業するくらいまで?とか。健康には気をつけないとね。

 この映画によく引き合いに出される実存主義のような大袈裟なものはさておいて、たしかに余命を告げられた時点で僕はいったいどうなっちゃうんだろうと考えた。僕は死ぬことを知ったときの母の混乱をよく覚えているから、ここの主人公のように、そこから生きてみることがとても難しいものにも感じる。でもその状況になったときこの映画のことを考えたりするんだろうな。今からでもテキトウな人生にならないように心がけなくちゃね。

 そんなことを考えて観てるうちに風邪のほうはだいぶ良くなった。

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2005/06/02

2005年6月2月(木)

 アフリカ、アフロ・アメリカンな音楽の話はあまり得意としてない(好き嫌いのことじゃないです)僕でもいつも楽しく読めるひらげさんのblog。ネット出不精なので読んでるばっかりで申し訳ないけど。
 ここで「ライオンの歌はどこへ行ったのか」という映画のことが取り上げられていた。ソロモン・リンダの「ムブーベ(ライオンの意、ズールーのアカペラ一般の呼び名の由来、ライオン・キングのあれ)」という曲にまつわる話。どういった話かは「2005年5月4月(水)」という記事を参照。

Mbube  卑劣な搾取にまつわる話は十分興味深いけど、僕としてはやはり音を聴かなくては始まらない。そこで紹介されていた「Mbube Roots: Zulu Choral Music from South Africa, 1930's-1960's」→amazon.co.jpという素晴らしいコンピレーションを購入した。購入したといっても届いたのは約1ヶ月後(今なら1週間)。
 いきなり素晴らしいと書いたのは聴いた瞬間にそう思ったからで、久々に声のパワーというのに圧倒された。一気に繰り返し聴き入ってしまった。だから何の情報も予備知識もなく紹介してるわけです。ちなみにこれは「ムブーベ」のことを言ってるわけではなく収められた全ての曲について。
 たしかに80年代から90年代にかけてワールド・ミュージック・ブームにのって比較的新しいアフリカ物はいくつか聴いた。そのときは面白くは感じたけど、こういうパワーは伝わってこなかった。

 それで、このあたり優しくナビしてくれるようなCDは無いのかな。ほらハワイアンの古い録音なんかは山内雄喜!が解説してるでしょ。OMAGATOKIの一連のCDみたいに。でも、はける量が違うんだろうな。

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2005/06/01

汚れた血

 20代までに観ないと、というかその機会を逃すとその後はまったく意味を成さない映画があるとしたらこの映画だと思う。

MAUVAIS-SANG  先日、我が家の5年間使用したDVDプレーヤー(既にヨレヨレだったけど)が息子に破壊された。新しく購入したDVDプレーヤーの動作確認にレオス・カラックスの「汚れた血」→amazon.co.jpを入れてみた。久しぶりに見る映像だったけど強烈だった。24~26才で撮った映画とは思えないし、その年齢でしか撮れない映画だった。86年、フランス映画、1600万フラン、アルフレード・バウアー賞。

 読めないCahiers du Cinema誌を読み、当時全盛だったシネマライズやらユーロスペースやらに足を運んだ人たちで80年代後半から、ちょっとしたカラックス・ブームになった。僕も同じように「汚れた血」をわざわざ田舎から出てきて観てしまった。その後、遅れて前作「ボーイ・ミーツ・ガール」→amazon.co.jpも公開。
 91年だったか92年だったかアレックス3部作の最終作「ポンヌフの恋人」→amazon.co.jpがヒットするまでにヌーヴェル・ヌーヴェル・ヴァーグはちょっとした全国区になった。大雑把には女性はジャン=ジャック・ベネックスの「ベティ・ブルー」を観て、男性はカラックスの「汚れた血」を観るって感じだった。本当に大雑把すぎるかな、でもカラックス曰くこの映画で一番気を使ったことがジュリエット・ビノシュを綺麗に撮ることだったからね。

 疾走する愛、愛の無いセックスで感染する病気「STBO(STBOはSIDA=エイズをひねったもの、今なら考え物だね)」、ハレー彗星の接近による異常気象。
 作品を語るときには幼少期から説明しなければならないカラックス。ミレーユ・ペリエ、ジュリエット・ビノシュと当時の恋人を主役に据えて、本名であるアレックスと言う名の登場人物に実らない恋を3作も連続でさせてしまうカラックス(ポンヌフの恋人の最後はシナリオとは全然異なることは有名)。
 まったく気味が悪いくらいナイーブすぎて熱すぎて、冷静になってしまった人間には入り込めないかもしれない映画。しかし映画のラストまで疾走する愛を貫き通すこの映画は、奇妙に交じり合った芸術性と相まって20代の人間には鮮烈な印象を与える。弱々しいところに共感できたのがそんな年齢だったなと思い出した。今では気恥ずかしい話。

 とDVDプレーヤーでラストシーンを繰り返してみながら考えてしまった。ビノシュが手を広げて疾走するシーンの間にジュリー・テルピーのオートバイの足元がワンカット入るところで気持ちが盛り上がるのが分かった。

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