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2005/03/30

侯孝賢傑作選

ho80
 思わず予約してしまった「侯孝賢傑作選DVD-BOX 80年代篇」→amazon.co.jp。侯孝賢監督が80年代に撮った作品が入っている。入っている4本の映画「恋恋風塵」「童年往事」「冬冬の夏休み」「風橿の少年」は個別に出ててもたぶん買ってただろうし、「恋恋風塵」も「風橿の少年」もDVD化はまだまだと思っていたから正直嬉しかった。内容は物が届いたら。
 しかし相変わらず台湾/中国映画の値段といったら。残るは揚徳昌(エドワード・ヤン)の「嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」だな。

【訂正】
初DVD化は「恋恋風塵」と「童年往事」でした。「風橿の少年」はDVD化されたことがあったらしいです。

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2005/03/28

香港といえば茶餐廰

sinkan
 和歌山へ行ってる間は、予定通り1回もネットに繋ぐことはなかった。こんなにヘトヘトの3月も珍しく、ついに新幹線はグリーン車にしてしまった。
 半年ほど前には東京駅で武蔵丸さんと並んで歩いていても気がつかなかった僕だったが、今回は新幹線のホームで武田修宏さんもしくはそのソックリさんが、僕の横をあるいているのを確認出来た。たぶんマルチェロ・マストロヤンニでも着てそうな良質なコートのせいだと思う。

 新幹線の窓の外に富士山が見えてきて、ヘッドフォンから聞こえる音楽がトム・ウェイツTom Waitsのベスト盤「アサイラム・イヤーズASYLUM YEARS」に変わって、読んでいた「ポール・セローの大地中海旅行」がシチリアから脱出する頃、このポール・セローの本がまだまだ終わりそうもないことを悟り、少し息抜きに和歌山の本屋で買ったぐっと軽い本、竜陽一著「香港無印美食(TOKIMEKIパブリッシング)」→amazon.co.jpに切り替えた。

hon-meshi
 この本、内容は確認しないで5分程度の駅での空き時間に買ったわけだけが「茶餐廰」という文字に惹かれてしまったに違いない。僕の場合、香港といえばどれも短い旅行だったけど「茶餐廰」いわゆる香港の大衆食堂にお世話になった。「茶餐廰」で飯を食わなくてもスチロールの容器で何種類かの料理をテイクアウトで食ったのも懐かしい。
 考えてみると「茶餐廰」に絞った香港関連の本は初めて見た。アマチュアレポートな雰囲気だけど、これを読むと、出てきたものは何でも食えるだろうからと僕も無鉄砲に注文してたものだと思う。読んでいればもう少しスマートに「茶餐廰」で食事が出来ただろうに。レモンのスライスがたっぷり入ったコーヒーなんて忘れてた。あれを美味いなんて言ってたわけだから僕の舌もどうかしてたんだろう。

 家に帰って、久々にDVDを借りてみる。しかも「バリでの出来事」という韓国ドラマ。韓流ブームなんて気にもしてなかったけど、たまたまテレビの深夜枠で最終回だけ観てしまった。それでバリ島も出てくるし、初めて韓国ドラマのお世話になった。それにしてもよく殴る蹴るだ。大丈夫か!?このドラマが大好きな人をバリラバーって言うらしい。

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2005/03/21

バッド・ガール・ソングス

TONY-KOSINEC
 また明日から遠征である。この土日は珍しくも(自分にしては)仕事のやり過ぎで体を壊して倒れてしまった。今年は花粉症の症状も出てなくて安心していたところ、これもついに来た。しかも目が痒いなんて初めてだ。花粉王国東京を通り過ぎるのが怖い。それでまた1週間。仕事以外では音楽と読書と和歌山ラーメンとポークチャップ弁当とちょっぴりのビールになります。

 3月のMUSIC MAGAZINE誌の萩原健太氏のコーナーにトニー・コジネクTony Kosinecの「バッド・ガール・ソングスBad Girl Songs」→amazon.co.jpのジャケットが載っていたので、弱った僕にはピッタリだなと聴いている。あのコーナーは少しオジサン臭いレコードが並ぶから疲れてるときには無理が無くていいらしい。

 「バッド・ガール・ソングス」はアナログ盤ではボロボロになるくらいよく聴いた。手荒く扱ったからジャケットも所々破れてる。よく考えてみればこれを紹介してくれた(長い間連絡をとってない)僕の知人は、何年も前に何かの雑誌にこのレコードを好きな一枚として紹介してたし、たぶん思うに自作曲の一部で似たギターのリフがあった。本人からはこの件については何も聞いてないけど、彼の曲を演奏していた僕としては、何となく20代前半の思い出の一枚となってるわけだ。
 その彼も今では上記健太氏と楽しく遊んでるようだし、自分を中心に考えれば思い出のフィードバックって感じ。久しぶりに年賀状を書こうと思ったけど、この文章でいいでしょう。そのうち時間が合えばライブ聴きに行くよ。

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2005/03/17

世界を食いつくせ?

CooksTour
 本当に週一ペースになりつつあるこの3月。仕事以外にやってる事といったら新幹線の中で本を読んでるかiPodしてるかくらい。だから最近のblogもそういったものばかり、許してくださいね。

 上記理由のため、読んでる本も軽めのものばかりが主流になっている。先週新幹線の中で読破したのはアンソニー・ボーディンの「世界を食いつくせ! キッチン・コンフィデンシャル・ワールド・エディション(新潮社)」→amazon.co.jpだった。著者のアンソニー・ボーディンはブラッセリー・レ・アールという店の総料理長との事。
 で、その総料理長が米国を飛び出してカンボジア、ベトナム、フランス、バスク、ポルトガル、日本、ロシア、モロッコ、英国、メキシコ、サンフランシスコ!等々でテレビクルーを伴った食道楽の旅をする。よく考えてみたら久々の旅本だ。この本の前には「キッチン・コンフィデンシャル」というベストセラーがあってこっちは未読。食材の名前がやたら乱立する。米国人らしい外国に対するややステレオタイプな知識がロックンロールな彼の文章と相まって、面白おかしく展開する。各コンテンツのタイトルもwhere Food Come FromとかSomething Very SpecialとかFire Over Englandとか、それでどんな感じか分かるだろう。

 本を読んでても影響はありありなんだけど、著者はグレアム・グリーンの「おとなしいアメリカ人」の大ファンらしい。この本については僕のblogでも以前チラッと取り上げたけど、5回読んでるというくらい好きらしい。従ってベトナムへの思いも格別のようだ。コンチネンタルに泊まりすっかりグレアム・グリーン気分でサイゴンの風景を撫でる。
 ところで読んでいるといたるところで宣言しているように彼は愛煙家である。某料理漫画で煙草の匂いが料理についてうんぬんのような話があったが、想像するに彼の料理を海原雄山に出したら海原雄山は怒り心頭だ。しかし読んでいると解放された愛煙家のシェフっていうのも魅力的だ。特に内臓料理にはぴったりだろうと考えた。

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2005/03/11

Andromeda Heights

p-McAloon
 ここ数日間、東京-大阪を何往復かしている。これはミクロネシア何往復より辛い。
 今日は大阪の某ホテルからなんだけど、1時間刻みの締め切りの連続で緊張がずっと続いていた。それなのに作業のために必要な大事なドキュメントファイルを-そこで唯一のメールが使えるラップクラッシャーPCで受信中に-ACアダプターがいかれてあと数秒でPCのバッテリーが切れるすれすれで-USBメモリで抜き取る、みたいなアホなことが勃発して最終電車に乗り遅れたり。

 それも一段落してやっと音楽なぞ聞ける気分になった。
 それで何を聞こうかと考えたところ、脳を癒してくれそうだということでパディ・マクアルーンの「I Trawl the MEGAHERTZ」→amazon.co.jpを今聞いている。ちょうど2年くらい前にでた彼のソロ・アルバムだ。とはいっても彼の歌声なんてちょっとしか入ってなくて大部分がインストゥルメンタルで構成されている。パディ・マクアルーンのこれは日本では商売にならないけど傑作だし案の定、疲れた僕には効果覿面だ。

Andromeda
 前回の王菲にお世話になった頃、もう一つお世話になったアルバムがあった。それがパディ・マクアルーンのバンド(むしろこっちのほうが有名な)プリファブ・スプラウトの「Andromeda Heights」→amazon.co.jpだった。よしもと ばななの小説のタイトルはここから拝借している。
 プリファブ・スプラウトについては、僕のように80年代にロックを聴いていた人間の4人に1人くらいは聴いただろうから説明するのは野暮だろう。とりあえず彼の楽曲は-彼自身はパンクロッカーのような声質でありながら-きめが細かくナイーブで美しい。パディ・マクアルーンが80年代以降を代表するシンガー・ソングライターであることは間違いない。

 話を「Andromeda Heights」に戻すと、ちょうどその頃の僕といえば公私共に緊張していた頃だった。2年くらい続いたプロジェクトの半分ちかくの期間は横須賀に張り付いていた。自分自身のことで大変だったのに両側から腕を引っ張られているような状態で、もがいても何も解決しなかった。だから仕事が終わると、むやみに運動などして気を紛らわせた(今思えば、いいダイエットになったな)。
 それでもホテルのベットに潜り込んでも寝付けないことが度々あった。そんな時には「Andromeda Heights」を聴いた。タイトル曲である最後の曲が眠りの合図だった。よしもと ばななの小説に「Andromeda Heights」の歌詞が使われいるのでついでだから勝手に引用してしまおう。なかなかいい歌詞だよ。

僕らは山腹にわが家を建てている
そこは雲の上空のとなり
この骨折り仕事が終わったら星が隣人だ
僕らは星たちといっしょに宇宙に住む
コンクリートや漆喰や木材は使わない
そんなものは新しい隣近所の品位を汚すだけ
モルタルは歳月を経て手入れをおこたれば崩れる
僕らは愛と尊敬の土台の上にわが家を築くんだ
そして家が建ったらアンドロメダ・ハイツと呼ぼう
家が建ったらアンドロメダ・ハイツと呼ぼう
家が建ったらアンドロメダ・ハイツと呼ぼう
僕らは山腹にわが家を建てている
そこは雲の上空のとなり
僕らの野心的な計画はいろんな願望の青写真
それは現実になる
そしてそうなったら
谷の住人たちが家を見あげて言うだろう
"ついにやったな泊まりにいっていいかい"
皮肉屋たちも舌を巻いてこう言う"実のところ
ただの住所でしかないと思っていたよ
だけどこいつはまさにアンドロメダ・ハイツだ
こいつはまさにアンドロメダ・ハイツだ
こいつはまさにアンドロメダ・ハイツだ
僕らは山腹にわが家を建てている
そこは雲の上空のとなり
この骨折り仕事が終わったら星が隣人だ
僕らは星たちといっしょに宇宙に住む

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2005/03/03

通勤の音楽(王菲)

DI-DAR
 少し前に、王菲(フェイ・ウォン)と李亜鵬(リー・ヤーポン)が結婚なんて芸能ニュースを見て、王菲って竇唯(ドウ・ウェイ)と結婚してたんじゃないの?というくらい、王菲ご無沙汰だったんだと思った。だいたい僕自体が普段から芸能ニュースには疎い。個人的には竇唯は好きだったんだけどね。

 僕が最後に行った香港では、ちょうど王菲の広東語曲を集めたベスト盤が発売されたばかりで銅鑼灣(コーズウエイベイ)のタイムズスクエアには、宣伝用の大きな垂れ幕がべろーんと掛かっていた。ちなみに腐るほどある王菲のベスト盤の中では、中国の町並みを写した写真ばかりで構成されたスリーブは、飛びぬけて良いデザインだった。
 我が家に残る最後の王菲の足跡は、子供を出産してレコード会社が変わる頃の1997年の雑誌「SWITCH」の王菲特集で、北京で撮影した写真で構成されていた。
 余談だけど、その「SWITCH」には池澤夏樹と龍村仁の対談で「星野道夫をめぐる対話」も載っていた。ちょうど「地球交響曲 ガイアシンフォニー 第3番」の完成直後だった。

 その年の前後は、僕の人生が180度ひっくり返るような出来事が起きていたから、普段は癒しで音楽を聴くことの無い僕でも、癒されるために王菲をよく聴いた。その中でも「DI-DAR」→amazon.co.jpというアルバムはよく聴いたし、特にA面に相当する最初の数曲は心にしみた。職場にCDを持っていって何となく襲ってくる辛さをヘッドフォンをしながらしのいでいた。
 そんな僕も立ち直りと共に王菲からすっかり遠ざかってしまった。マンダリンの楽曲に中心がシフトしていったのもあるだろうな(マンダリンが悪いんじゃなくて感度の問題)。それで最近、このアルバムの「曖昧」って曲がiPodから聞こえてきたら「ありがとう」と思ってしまった。

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2005/03/02

3月は忙しいみたいだ

bali010
 3月はどうも予想以上に忙しいみたいだ。
 AとBの仕事がトラブって、それがCとDとEを圧迫して混沌としてきた。
 いつもなら上手くタスクマネージャーも働くのに、今回はトラブルスレッドが立ちすぎた。
 というわけで向こう2週間は記事のアップもまばらになりそうです。
 ネットのほうはアクセスしてるのでコメントのほうは気兼ねなく、というか普段から少ないから心配には及ばないな。

【追記】

 ところで例のワインの名前の件ですが、ボスザル殿(左のリンク参)にバリ島現地調査を委託したところ

 1:バラの事
 2:ぬるいって意味
 3:インドネシア語じゃない・・・

 とさまざまな答えが返ってきたそうです。ボスザル殿の言うとおり、これがバリ島の魅力なんだな。

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