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2004/11/29

弐千円札ばかり出てくるATM

独り言。
 さて近所のスーパーに設置されているATMでは2千円札が大量に出る。気がついたのは夏のこと、現在も8千円などといった感じで引き出すと必ず2千円札が4枚出る。しかも出てくるのはピン札ばかりなので最初の頃は面白がって使わなかった、あまりに2千円札ばかり出てくるのでどうしようか。
 本来、小額の買い物をするときに、1万円札など大きいお札を出すのがいやで小さい単位で引き出しているけど、2千円札ばかりでは、これはこれで使いづらい。

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2004/11/26

通勤の音楽(ジャック・ニッチェ)

 ザ・モンキーズの映画「恋の合言葉HEAD!」には、ジャック・ニコルソンとデニス・ホッパーが登場するシーンがあった。さらにジャック・ニコルソンは、この映画で監督のボブ・ラフェルソンとともに製作/脚本も担当している(ラフェルソンとニコルソンは腐れ縁で、その他いくつかのB級映画で共同作業をしている)。ここまでは前回通勤の音楽の続き。

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 ジャック・ニコルソンで思い出したけど、この夏は映画「カッコーの巣の上で」のサウンドトラック→amazon.co.jpを通勤の時によく聴いていた。ジャック・ニコルソンが大きく写ったジャケット。説明の必要もないほど有名な映画で、ルイーズ・フレッチャーが演じたラチェッド婦長はアメリカ人が選ぶ悪役では常に上位にランクされる。

 「カッコーの巣の上で」を観たのは大人になってからだったけど、サントラの方は家にあって中学生の頃の僕のお気に入りだった。音楽を担当していたのがジャック・ニッチェだった。フィレスでのアレンジや数々のロック/ポップスのプロデュース、ピアノ演奏、また「エクソシスト」「愛と青春の旅だち」「スタンド・バイ・ミー」などの映画音楽で人気もある。2000年の夏に亡くなった。

 有名なタイトル曲や完全再現のシャーメインもいいが、僕が特に好きなのは3曲目の「バスで海岸へ」。アメリカーナ、正式な分類法では違うのだろうけど、個人的にはアメリカーナな音楽とはこういうもの。映画ではジャック・ニコルソンが患者たちを引き連れてバスで海岸へ行くシーンに流れるが、一つのテーマをスライド、ピアノ、フィドル、マンドリンなどで軽快にリレーしていくところに子供ながらワクワクした。それは今聴いても同じだった。

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 最近、脳神経科医で作家のオリバー・サックスが書いた「火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者(ハヤカワ文庫NF)」→amazon.co.jpを読んだ。
 気が散るから、普段は音楽を聴きながら本を読むなんてことはないけど、2番目の話、即時性記憶障害と前頭葉障害で60年代に取り残された男を描いた「最後のヒッピー」のところで、「カッコーの巣の上で」のサントラをかけた。ロボトミー手術のことや年代的なところで共通したムードがあり予想はできたけど、想像以上に調和がとれてジャック・ニッチェの音楽の的確さが確認できた。ヒステリックを通り越して異様なほど平和な感じがした。本当は本文にも登場したグレイトフル・デッドがあってるのかもしれないが、残念なことに僕はデッドのCDを持っていない。

(実は必要以上に映画の内容に触れないように慎重になってしまった。僕はこの映画を話題にしたときに健常者のお遊びだと言われたことがある。舞台となる施設がリアルすぎて映画として直視できない上に、映画にからかわれたような気持ちになったとのこと。その時から考えてしまって10年以上この映画を観ることが出来なかった。最近やっと気持ちの整理がついて映画として楽しんだ。)

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2004/11/25

28日はウルル登山禁止です

 アボリジニの長老が亡くなり、オーストラリアのウルル(エアーズ・ロックのエアーズは植民地総督の名前が由来)が11月28日の1日だけ登山禁止となるそうです。自分たちの文化ではないからよけいなお世話でしょうが、登ってほしくない人たちの文化的な主張にこたえて個人的にはウルルは普段から登山禁止で良いように思えます。お金があればロンギチュード131°あたりに泊まってウルルを遠くから眺めると言うのはどうでしょう。

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通勤の音楽(まずザ・モンキーズ)

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 今年の夏は、理由はないがザ・モンキーズを聞くことが多かった。「Birds Bees & the Monkees」→amazon.co.jpが通勤のときにわりとヘビーにまわっていた。
 子供の頃に夢中になって観てた「ザ・モンキーズ・ショー(当然再放送)」や「おはスタ(テレビ東京)」で毎週やってたモンキーズ特集(時代錯誤も甚だしい企画)などがモンキーズに接する機会で、所謂ビジネス側のザ・モンキーズだ。

 僕周辺のことで申し訳ないけど、遊びでバンドなどをやっていたころ、バンドの中心人物がなかなか才能があって、すると音楽業界の方々が近づいてくる。売れるバンドにしてやるよと来るわけだが、その代わりに色々注文をつけてくる。服装のこと、髪型のこと、曲のこと(これ辛い)、ステージでの動き方等々。こちらもそれまでのように好きなことが出来なくなってくるから次第にフラストレーションもたまり、僕のように業界に興味のない者から脱落する。これは業界からすれば良いことで、後は残った才能ある人間と音楽業界が上手くやれば何百人に一人くらいは成功する。
 僕のその友人はその後なかなかチャンスに恵まれず、しばらくはアイドル歌手などへの曲提供などで悶々としていたが、長い時間を経て相性の良いスタッフとめぐり合い、その後成功した。

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 ザ・モンキーズくらいになると、ものの比ではなくて、何事かがあってザ・モンキーズと社長のどっちをクビにするかといったら、社長がクビを切られるくらいのドル箱だから、当初からの銭優先のイメージ作りにはメンバーも相当フラストレーションがたまっていた。
 その悶々としたものを少しずつ「Headquarters」→amazon.co.jpや「Birds Bees & the Monkees」、映画「恋の合言葉HEAD!」→amazon.co.jp「Head (1968 Film) 」→amazon.co.jpに吐き出していった。このあたりの仕上がりを聞くとベスト盤で聴くザ・モンキーズとは異なる、その時は聴き映えのしない意味不明な曲も多く(こういうのをサイケデリックとか言って一纏めにすると細かいところが聞こえてこないよね)、聴いていると苦悩が伝わってくるほど、与えられた少ない面積にこれでもかとバリエーションを展開している。彼らは境遇は似ていてもビートルズやブライアン・ウィルソンほどの才能はないため窮屈なドアをなかなか広げられなかった。

 タイミングよく7月には「恋の合言葉HEAD!」がDVD化されていたので、観たけれどレコード以上に苦悩の塊だ。自分たちのおかれた状況をパロディ化したもので、自分たちで勝手にループしてしまったような閉鎖性が十二分に楽しくない。でも怒りの部分を排除しながら観ていくと、ベトナム的な混沌としたところはちと辛いが、なかなか味わい深い作品だ。だから90年代にはカルトなどと言われる。
 若い時は時間が待ってくれない気がするんだろうね。「HEAD!」を観てて、マイケル・ネスミスももう少し我慢してれば、新しいモンキーズの道が拓けたかもしれないなと思った。自分たちが直接曲を書かなくても、気持ちの通じるプロデューサーや作曲家、アレンジャーとじっくりとザ・モンキーズの世界を作っていけたのかなと。実際にそういう有能なスタッフは身近にいたわけだから。その断片を聴くには夏は良かった。

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2004/11/24

ガムランと息子と帰国

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ところでガムランを聞かせに連れいていった息子たちは、あの長い演奏に耐えられたのか。

 僕の息子1才3ヶ月は終始、ガムランの演奏に合わせて手拍子をたたいていた。子供らしいといえばそれまでだけど、ガムランに手拍子を付けられるなんて凄いことだ。ガムランのライブで手拍子をしている人なんて見たことがない。

 妹の息子4才はもう少し人間らしい反応。ウブドを散歩していたときから、トペン(仮面)を見ると、「神様?神様?」と興味深く反応していたが、さすがにトペンをつけて踊るバリ舞踊はインパクトが強く、「コーワーイー、カーエールー」を連発していた。そして泣いたまま寝てしまった。しかし面白いもので、一夜明けると4才は怖かったことなどすっかりわすれて夢中でバリダンスの踊る真似をする。バリダンスの素晴らしさは彼の脳にしっかり染み渡って、帰国2ヶ月たった今も踊っている。結局バリ島旅行をもっとも楽しんだのは彼で、彼のためのバリ島旅行だった。

 さてバリ島旅行記を続けていて少し飽きてきた。忘れないように連続で書いてたけど、これからは気が向いたら書くことにしよう。そろそろ次の旅行に気持ちを切り替えて行かないと今後の設計がたたない。
 とりあえず海外旅行といえるかどうか分からないけど、貯まったマイルを1月のサイパン往復チケットにした。サイパンに行くと言うと「もっといい場所があるでしょう」と言われることもあるけど、たぶん僕の旅行の基本なのかなサイパン(と香港)は。そこに帰ってリセットするというか初心に戻ると言うか。

 それに来年はお安くセブ島あたりにでも行きたいね。あとゴージャスにタヒチにでも。

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2004/11/23

ガムランとカルボンと本上まなみ バリ島

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 今年のバリ島は、ガムランを観に行ったのは1回だけだった。今回はガムランに1才3ヶ月と4才の子供を連れて行っても大丈夫か?という想像がつかない部分があったから、周りに迷惑をかけそうだったらさっさと退場しようとなんて考えていた。それも取り越し苦労だったけど。それで1回。
 ガムランはバリ島に行く楽しみの中でも大きな楽しみのひとつで、ガムランを鑑賞出来なかったら香港で美味い料理を食べられなかった時のような気分になるかもしれない。だから1回しか行かないのなら、失敗のない有名店をということでSemara Ratiにする。

 演目は相変わらず数年前からSpirit of Baliという名前のままだった。代表的なバリダンスをつなげたもので、表面的にはその他の観光客用ガムランと変わらない。ただ以前にも書いたとおり、この楽団はオリジナルの楽曲にアカデミックなアレンジを施していて、それがとても面白い。演奏にもキレがあり、特に印象的なのは1曲目で必ず踊りなし演奏のみの音楽が奏でられるが、これを初めて聞いたとき(これも書いたけど)、それはジャワの伝統音楽をアレンジしたもので、ジャワ風のテーマをSemara Ratiらしいというかバリ風に緻密にしたジャワとは正反対のスピード感あるアレンジだったと思う。ガムランヒットは何重にもリミッターかけたようなギーンとした爆発音のような効果があったし(左右に異なるチューニングを持ってくるとの説もある)。その秘密を少しも知りたいと少しSemara Ratiに中毒した。

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 今回も相変わらずの演奏で、変化を言えばアレンジはどんどんカオス化が加速しているような感じだった。いくつかの曲は原曲が崩れ始め、実は今回これが進みすぎるのに抵抗があった。美味しい料理屋だけど腹いっぱいだから、そろそろバリ島の心を感じる優しい音楽を聞くのもいいかなと少し感じた。
 そして僕がSemara Ratiを観に行って初めての超満員だった。初めていったときはリハーサルなどもゆっくり楽しんで、予約席なんかも全然少なくて余裕で鑑賞できたし、人が少ない分、僕の周囲をブンブン飛んでいる蚊にいつ刺されるかが心配だった。
 ということで今回はゆっくりしようと一番後ろのほうにパイプ椅子を持ってきて座って鑑賞した。そんな後ろのほうに陣取っても、僕がカメラを持って撮影に出かけるといつもまにか椅子を奪われてしまう。

 演奏が終わると、前の方から知った顔がやってきた。妻の知り合いのカルボン(仮名)だった。偶然に同じ日にバリ島に来ていた。
 そしてカルボン曰く「本上まなみが来てた」らしい。しかし妻は本上まなみが何者か分からず、あとから僕がテレビで「これが本上まなみだよ」と教えたら「そういえば、ガリガリ痩せて目立っていた」人がいたことを記憶していた。ちなみに僕も本上まなみって人をあまり分かっていない。芸能人なら出来れば(バリ島といえばの)西城秀樹を目撃してみたかったな。そして超西城秀樹ファンの知り合いのお母さんが、バリ島まで西城秀樹を追っかけて行ったことを思い出す。

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2004/11/19

Starvation(飢餓)と関係ないけどJuju Music

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 そういえば「ライブ・エイド」がDVDで発売された。19年前の僕の誕生日に行われたバンド・エイドとUSA・フォー・アフリカをまとめてライブにした一大イベントだ。

 当時を思い出してみると、少しずれて「Starvation」という若干アプローチの異なる企画があった。考えてみれば僕はバンド・エイドよりもUSA・フォー・アフリカよりもStarvationだった。ヨーロッパ人のエゴは影を潜めて、アフリカのミュージシャンと英国の2トーン連中(2トーンでまとめるのは正確ではないだろうけど)がうまくバランスをとった企画だと思った。曲も良かったしね。とにかくこれらのチャリティイベントで集まったお金がどう流れていったのかは知らないが、アフリカがただの野生の王国としか認識出来なかった僕が、無知なりにアフリカの地理を少しイメージ出来るようになった。恥ずかしながらスペシャルAKAの「ネルソン・マンデラ」って曲を聞いて、初めてアパルトヘイトってものを意識した。

 ということで今日の音楽はそのころを思い出して、一時夢中になったナイジェリアはキング・サニー・アデの「ジュジュ・ミュージック」→amazon.co.jp。僕の親父の好きなブライアン・ジョーンズの「ジュジュカ」じゃないよ。余談だけどアイランド・レーベルのオビとインナースリーブが合体した、あれはなんだったんだろう。レコード盤がくるくる回って、あの音楽が鳴った日には、気持ちが空中浮遊した。

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2004/11/18

メロディ

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  予約していたDVD「小さな恋のメロディ」→amazon.co.jpが届いた。僕がこれを書く前に、既にいくつものblogでとりあげられてたので補足程度に。

 子供の頃これを何回も観て、マーク・レスターの役には共感できなくて、いつもジャック・ワイルドの役になりきって観ていた。この二人、映画の後半で少し険悪な感じになってしまうけど、最後にあっさりジャック・ワイルドがおれてしまって、子供ながらになにか解せない、とても歯痒い気持ちになった。
 小学生の頃の女の子って男の子より体が大きくて、そう、ずっと大人だななんて感じてたのがそのまま映画になった感じ。特に墓場で女の子達がミック・ジャガーのポスターにキスしてるシーンはとても象徴的。
 リチャード・ヒューソン(フィル・スペクターにそそのかされてビートルズのザ・ロング・アンド・ワインディング・ロードのオケをアレンジした人 )の音楽が愛らしくかつロマンチックで、なんとなく後半バカラックぽいいい感じで(と勝手に感じて)、個人的にはipodに入れた「小さな恋のメロディ」のサントラの中からリチャード・ヒューソンの部分だけ抜き出して聞いたりしてる。
 DVDはまだ観てないけど、この歳でどう感じるのやら少し心配。
 それにしても「ジェレミー」もDVD化されるんだから、そろそろ「フレンズ ポールとミシェル」もDVD化してくれないかな。

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2004/11/16

ホテルの部屋から バリ島

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 これは妹が泊まったホテルの部屋のベッドから見た風景。
 この日は稲刈りが部屋の前で始まった。目の前でやられるとなかなか強烈。海も川も渓谷もいいけど、こういうイベントがあるときは田んぼの前に泊まって良かったと思う。
 ホテルは2つの大きな田んぼに挟まれていて、稲刈りの日は農家の方々がホテルの敷地を横断する。とても機械を使っていないとは思えないほど凄いスピードで稲刈りは進行する。
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 バリ島では1年に2~3回稲が収穫できるけど、この田んぼ、何年か見続けて分かったことだけどサイクルは大体一定で、9月の終わり位から稲刈りが始まり、10月に訪れると田んぼはすっかりはげている。すっかり一面黄色くなった10月の田んぼは牛と家鴨が走りまわる。5月は稲が青々としてたし、そういえばこの田んぼ、田植えは見てないな。

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2004/11/15

ラマになった王様とランブルフィッシュ

 息子1才4ヶ月が先週から風邪をひいて1週間ほど調子が悪いです。共働きの我が家なので息子を保育園に預けられない時は二人で交替で仕事を休むことになって、外出もあまり出来ないので家でテレビでも見てるしかありません。
 ということで息子が風邪の間に観た映画2本。

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 1本目は、2000年のディズニー映画「ラマになった王様」→amazon.co.jp。ジョブズのピクサーがディズニーを牛耳ってる間にディズニーオリジナルでささやかに出てきた映画で、ディズニーらしくないと評判の、特にディズニーファンでない僕にしてみれば十分ディズニーらしいディズニーアニメ。
 突出したキャラクターはないけど、50年代までのチャレンジディズニーな雰囲気があって結構気に入りました。原題の「The Emperor's New Groove」のほうはイメージにピッタリでラマになった王様なんていう底に沈みそうな邦題にしたのかよく分かりません。
 ある意味辛いくらいのノリと弾けぶりで、古代インカとの結びつきはどこから発想できたのか分かりませんが、少なくてもディズニーはまだ早いだろう息子もノリが良いせいか、テレビを前に四股を踏んだり拍手をしたりしてました。

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 2本目は、1983年のフランシス・フォード・コッポラ監督の「ランブルフィッシュ」→amazon.co.jpです。これを最近観るきっかけになったのは、僕が10代終わりか20代初めに映画館に観にいったときのパンフレットをダンボールの中から妻が発見したためで、彼女のリクエストで近所のTUTAYAで借りてきました。当時妻も観たらしく、妻が観たとしたら中学生ですからどう映ったんでしょうねこの映画。ついでに大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」のパンフレットも見つかって、これも借りようということになったのですが、近所のTUTAYAにはありませんでした。
 全編モノクロに水槽のランブルフィッシュだけ超パートカラー(黒澤明の天国と地獄より念入りでないような超パートカラー)で描く青春不良映画。80年代版「エデンの東」とか「理由なき反抗」といった感じの映画。コッポラ作品の中でもこの映画好きだって言う人は多いですよね。僕も当時は世代的にもなんか共感して観ていた気がします。特に色盲のモーターサイクルボーイ、ミッキー・ロークはめちゃくちゃ格好いいと思って、その後猫パンチでがっかりさせられるとは思いませんでした。
 パンフレットに踊るキャッチフレーズ「ケンカなんてくだらない。恐怖を勇気にすりかえてるだけだ。」、「俺たちはもう振り返らない。」、「弟よ!この町を出て、海へ行け。川にそって行けば、海に出られる・・・・。」etcが僕も若かくて成熟していなかったことを思い起こさせてくれます。

ということで今日も家にいてテレビ東京でやってる1983年の武田鉄矢主演「刑事物語2 りんごの詩」を観ています。

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2004/11/12

ベベッの夕べ バリ島

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 ホテルっていうのは何回かリピートしてるとそれなりによい事があるらしい。

 このホテル、初めて泊まったときは何もなかったけど、2回目はハッテンワイン(バリ製のワイン、葡萄もなんと赤道直下のバリ島で栽培してるらしい。)のボトル一本プレゼント、3回目はホテルオフィシャルのバスローブというか浴衣(日本じゃ使えないな)のプレゼント、そして4回目は写真のこれ。

 我々御一行様全員にディナーを!との連絡が。ただし最高級の食材を予約しなければならないので前日までに予約をして下さいとのこと。
 レストランではなく部屋のセミオープンエアのリビングで蛙の鳴き声でも聞きながらディナーを楽しみたいと希望し、リビングのテーブルはテーブルクロスやローソクなどで素敵に飾り付けられ、冷え冷えのハッテンワインで乾杯し、インドネシアな前菜から美味しいディナーも進み、そろそろ腹いっぱいというところでこれが出てきた。メインディッシュ。

 というわけで、首付ベベッ-アヒル-ダックの胴体に香草などを詰めて、胴体にも何やらすり込んで蒸したもの。お腹を開くとゆで卵が!食べていいのかな?「眼をこっちに向けないで」と妹は少し怯んでた。最後はアイスクリームでしめた。全部は食べきれなかった(というかどこまで食べられるのか分からなかった)のでアヒルの残骸が沢山残って、ホテルのスタッフが勿体無いという顔をしていた。手を洗うとアヒルのカスでつまった。

 今回はバリニーズマッサージ90分も無料だったし、サービス良かったな。

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2004/11/10

ブル島レポート

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 なんとも女性週刊誌的な邦題がついたプラムディヤ・アナンタ・トゥールの「日本軍に棄てられた少女たち インドネシアの慰安婦悲話(コモンズ)」→amazon.co.jp。プラムディヤが政治犯としてブル島に流刑されていた際に見聞きした従軍慰安婦に関する話を収録している。
 ナイーブなテーマなので紹介するのを躊躇したが、読んでいて涙が出た箇所があったということで紹介。

 従軍慰安婦問題というと朝鮮半島や中国大陸でのそれがクローズアップされがちだけど、その最終駅近くにインドネシアがあった。「日本に留学させる」という甘い囁きによって連れ去られた少女たちは、戦争終結とともに存在そのものが消滅する。
 日本は早い段階でインドネシアを影響力の範囲に入れていたにも係わらず、インドネシア内からの従軍慰安婦調達は遅い。大戦末期、弱体化した日本軍はそれまで制圧していた海路を寸断され、朝鮮半島や中国大陸、さらに日本から従軍慰安婦をつれてくることが不可能になった。それからのインドネシアからの現地調達となったらしい。とりあえず感情戦でヒートアップしがちな朝鮮半島の従軍慰安婦問題に比べ冷静にインドネシアからのレポートとして読むことが出来ると思う。

 本書は、従軍慰安婦となった少女たちと同じ年頃の今の少女たちへの手紙という形ではじまり、何人かの従軍慰安婦に関するレポート、そして全体の約半分を使って書かれたブル島の奥地でのムリヤティという行方不明だった元従軍慰安婦を探す記録で終わる。最後のムリヤティの章はプラムディアの文章ではなく、同じブル島に流刑されていた仲間による手記である。そこだけを読めばちょっとした冒険談ともとれる。
 単純にこの問題について告発するだけが目的なら、この章はもっと短いものでよかったはずだが、ブル島というジャワからみても異文化圏(インドネシアはそういう島の集合体)での、現地民たちの生活や習慣、自然、病気など非常に詳しく描かれていて資料的価値が大きい。そんな環境の中に棄てられた少女たちの辛い人生も自然と理解できるようになっている。

 ただ性の奉仕を強いられたことを中心に据えるのではなく、消えてしまった彼女たちの足跡を追っていく、つまり生きているだろう彼女たちを追跡することで、日本のみならず独立後のインドネシア政府の取り組み方、そして彼女たちが戻れない原因の一つとしてジャワ人自らの問題にもスポットをあてている。基本的にはこの問題に無関心なインドネシア国内で読んでもらうことをまず考えたものと感じる。
 難癖をつけるとすれば時々日本軍が犯したうんぬんを強調するためか、読者を挑発するためか()でたびたび補足するようなところ。作者自ら入れているのか、訳者が入れたのか分からないが、そんな補足をしなくても話は十分分かる。

 これは旅のおともには出来ない本かな。次はもう少し気楽な本の紹介にしようと。

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2004/11/08

色々と南国な気分を害するもの

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 土曜日は朝からブライアン・ウィルソンの日本公演のチケットを購入すべく奮闘。とりあえず1月30日の中野サンプラザホールのチケットが入手できた。久しぶりのコンサート。
 あるブログで10時に電話が繋がってチケットとれた人の席が二十何列目とかだったから10時10分にとれた僕は何列目やら(現時点では分からず)。それにしてもチケット1万円とは!で即日完売?。
 中野サンプラザホールはアマチュアでバンドをやってたとき一回だけ立ったことがあるけど、ステージは意外と狭かったような記憶がある。ブライアン・ウィルソン・バンドは何人編成でくるんだろう。地元の市民会館で明大マンドリンクラブが演奏できたわけだから心配にはおよばないだろうけど。ブライアンあまり動けないだろうし。
そういうわけでキングズレイ・アボットの「ビーチ・ボーイズ ペット・サウンズ・ストーリー [ブライアン・ウィルソン奇跡の名作秘話](ストレンジデイズ)」→amazon.co.jpを読む。

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 同じ土曜日。江戸東京博物館で荒俣宏・京極夏彦プロデュース「大(Oh!)水木しげる展 なまけものになりなさい」が始まった。初日は水木しげる初期テレビ作品ビデオ上映会とロシア映画「妖婆 死棺の呪い」→amazon.co.jpを上映したらしい。僕は恐怖映画のファンではないけど「妖婆 死棺の呪い」のDVDは持っている。この映画熱狂的なファンが多いけど、水木しげる氏も絶賛していた。ゴーゴリの原作でしかも笑える。
 そして「大(Oh!)水木しげる展」では他にもイベントとして作家-荒俣宏の講演で「水木しげるさんの妖怪探検」(11月27日)、講談師-田辺一鶴!で講談「新作講談 水木しげる」(12月25日)がある。荒俣宏氏のほうに行ってみたいが、田辺一鶴はかなり気になる。水木しげる氏とは古い縁だが、プレスリーとの競演も果たしている。

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 「ココログオフィシャルガイド2005 ココログブックス(インフォバーン)」→amazon.co.jpが届いたので中身を確認してみると、Tornos E-140が多数のブログ(ココログ限定)に混ざって紹介されていた。個人的には写真のことに触れていたのが少し嬉しかった。ますます旅行を中心としたブログって位置付けで認識されていくのかな?ブログを始めたときは何をテーマにしていいのかよく分からなかったけど、週刊ココログガイドとかwalk@niftyとかnifty関係で紹介してもらっているうちに、旅行をテーマにした記事からあまり逸脱できない状況になってしまったというところ(既にユーズドで出てる)。

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2004/11/05

プレイステーション バリ島

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 ギャニャールのM氏の家の近所に沢山の子供たちが集まっている場所があった。掘っ立て小屋のようなところで、ある物に向って子供の列が5列くらい出来ている。その先頭には何台かのテレビと、そこにはプレイステーションなどのゲーム機(本物かな?)が数台繋がれていた。バリ風ゲームセンターだった。中ではおばちゃんが一人、奥の家からジュースなどお盆にのせて子供相手に仕事をしている。ゲーセンのおばちゃんだ。

 その様子が面白かったから写真に撮ろうと思ったけど、何度カメラを向けても失敗する。子供たちが僕のカメラに気がついて、ゲームそっちのけで「ワーッ」と集まってきてしまうのだ。特に写真の一番手前の赤いTシャツのデブが、毎回レンズに気がついてしまって始末に終えない。僕もこいつが来ると少しひるんで写真もブレブレ。

 プレイステーションといえば、M氏に「子供たちは今は何に夢中なの?」と聞いた。彼は「プレイステーション」と答え(このプレイステーションのイントネーションがたまらなく良いのだけど)、さらに「プレイステーション2は持ってますか?」と聞き返されたので「持ってませんよ。プレイステーションどころか他のゲーム機も」と答えたらM氏は「ウソー!」と本気でビックリしてた。持ってないものは仕方ない。

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2004/11/04

ギャニャールにて バリ島

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 ギャニャールの王宮前広場を取り囲む通り沿いにM氏の住む長屋がある。
 ここはデンパサールに次いで大きい町(と言ってもあまり大きくない)で、しかも観光地じゃないから観光客も見かけない。バリ島で日本人を含む観光客を見かけないというところが新鮮な感じ。
 その日は王宮前広場に消防の赤いヘリコプターが着陸していて、大勢の子供たちがヘリコプターを取り巻いていた。M氏のアパートへ向う途中、懐かしいパダン料理屋の前にたむろするおじさん達に挨拶して、これまた懐かしい長屋の門をくぐる。

 今回M氏の長屋へ行ったのは彼の愛娘のヤンニちゃんに再会するためだった。3年前に訪れたときは、本当に小さくて両親が働きに出ている間は隣のお嬢さん(当時14才)がベビーシッターをしていた。
 あたり前だけどヤンニちゃんは、大きくなっていて(僕の妹の息子4才と同じくらい)、小さいころは分からなかったけれど、とてもシャイだった。僕たちが近寄ると恥ずかしそうに友達と二人で大家さんの家に引っ込んでしまった。時々ちらちらと顔を出す。そちらを見ると、前回は気づかなかったけど大家さんの家は大きなガラスの扉があって部屋を締め切っている、ということはエアコンがあるということかと関心する。
 ところでヤンニちゃんには、ヤンナちゃんという小学生のお兄ちゃんがいて、これがまた見違えるほど成長していて、バリ人の子供の中でもとても垢抜けた感じで一生懸命覚え始めた英語で会話してくれた。彼の友達も来ていい感じの集合写真が出来上がった。
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 典型的なバリ農家の家は見る機会が多いが、バリ町人の長屋暮らしを見る機会は少ないから今回は敷地内をじっくり敷地を拝見した。やはり以前は気づかなかったが奥のほうまで貸家が続いていて、突然の来客にもかかわらず、住人たちは愛想よく写真に写ってくれたりお喋りを楽しんだりしてくれた。そんななか自分の住んでるところなのにM氏は相変わらずガイドとしての業務を放棄せず「こちらに鶏がいます」とか観光案内をしてくれる。
 そういえば裏に住んでる家族には、僕の息子1才3ヶ月と同じくらいの子供がいてオムツではなくパンツを穿いている。しかもパンツをはいたまましゃがみこむと、パンツのおしりの部分がパカッと開いてそのまま用を足すことが出来るという。

 ところでひとつ以前と変わっているところに気がついた。M氏の隣の部屋、両親が職を失って部屋には毛布しかなくベビーシッターをしていたお嬢さんが住んでいた部屋になんと家具がある。
 「ご両親は仕事見つかったの?」とM氏に聞くと彼は「引っ越しました。彼女は結婚しました」という。「17才で結婚なんて早いねえ」と感心すると、M氏は言った「ジャワ人ですから」。
 やはり今度のバリ島もガイドはM氏にお願いしよう。(何のことかよく分からない方ごめんなさい)

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2004/11/03

ガムランを楽しもう

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 インドネシアの音楽と言ったらガムラン。ではガムランを楽しもうということで入門書を考えてみたらこれしか知らない。タイトルもそのまま「ガムランを楽しもう―音の宝島バリの音楽(音楽之友社)」→amazon.co.jp
 日本におけるガムランの第一人者、皆川厚一さんによるテキスト。主にバリ島のガムラン、ゴン・クビャールを中心に説明している。
 テキスト自体は薄いけど、変に宇宙的解釈をせずにガムランの簡単な歴史から実践まで皆川さんらしい丁寧な説明で、たぶん基礎となることはほとんど網羅されている。

 では読むのはいいとして、楽器も無いのにどうやって練習すればいいの?というところで僕がこの本をとても気に入っているところが、リズムアンサンブルによる練習。
 あのガムランらしさを作っているペログとかスレンドロなんていう音階はとりあえず考えずに二人でリズムアンサンブルの練習をする。とりあえず楽譜のリズムが読めて、太鼓の代わりになる新聞紙の束でもあればOK。これがどうもガムランな雰囲気になる。
 最終的にはアジア的楽譜に頼らない耳を育てる上でこの練習が利くんじゃないかと、ガムランをろくに叩けない僕がいうのも変だな。

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2004/11/01

荒木一郎の絵本

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 '68年の荒木一郎の「絵本(ブルースインターアクションズ)」→amazon.co.jp。かなり個人的な気持ちでの紹介。発売当初は奥津国道画伯の挿絵による絵本と奇才-荒木一郎の曲が13曲入ったLPが豪華な箱に収まった当時2000円!もしたアルバムである。
 これが4年前にCD化されていて、僕が知ったのは最近だった。LPサイズからCDサイズに縮小した絵本にCDが付属しているスタイルでの再発。

 書き下ろしの童謡による今で言うコンセプトアルバムで、幼稚園から小学生時代、僕はこれに収録されている「ボボビボラの湖」や「よっこらしょ」などを自分の童謡として育った。本当に久々に聞いたわけで感無量だった。
 奥津国道画伯によるコメントに当時のご子息の担任の教師の言葉「このLPから子供向けの歌が変わる・・・」が紹介されていて、そのくらいの出来なわけである。
 荒木一郎は類まれなる音楽の才能を持ち合わせていながら、そのアナーキーな性格やいくつかの事件で芸能界から消えてしまって、それとともに「絵本」と言う傑作も忘れ去られたかのよう。
 ちなみにここに収録されている「ミンミンゼミの唄」はNHKの「みんなのうた」にもなっていて思い出せる人もいるかも。

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