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2004/10/27

食中りの秋

 昨日の昼頃から体の節々が痛くなり気分が悪くなったので、仕事を早々に切り上げ家に帰りました。しばらく横になっていると胃がバタバタ、体温は40度まで上がって、トイレに通うはめに。
 今は熱も痛みもおさまり、空になった胃が少しキリキリするだけになりました。はてこの症状は?と思ったら昨年、天然の岩牡蠣を食べて食中毒になったときと同じ症状であることに気がつきました。
 でも食中りで考えられるのは近所のスーパーのお惣菜「スパゲッティ・ナポリタン」だけ。これじゃ気をつけることも出来ないなあ。
 と、体へろへろの状態で今日も関西地区へ出張です。

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2004/10/26

セーフティボックスにご注意 バリ島

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 部屋に備えられてるセーフティボックス。あの暗証番号を入力して空けるやつ。だいたいバリ島に限らず東南アジアの観光地では、セーフティボックスに入れておいたものが盗難にあったということをよく耳にする。
 幸いにも僕はそういう目にあったことはないけど、一応外出する際には暗証番号が分からないように番号ボタンの指紋を拭いて、さらにセーフティボックスの入っている棚の扉を閉めて、その扉にワイヤーをぐるぐる巻いてワイヤーに鍵をかけて、とりあえず2重のロックをしておく。さらに重い荷物も括り付けたり。暗証番号を知ってても開けるのが面倒だから、少なくとも自分が泥棒だったら破壊工作をしないかぎり盗難には時間を要するだろう、とこれは気休め。

 しかし今回はセーフティボックスで予想してないかった事が発生。しかも身内による犯行。セーフティボックスは息子1才3ヶ月によって謎の暗証番号でロックされてしまったのである。
 息子1才3ヶ月はボタンを見るとなんでも押してみたい年頃で、丁度セーフティボックスは息子が立って手をのばすと手が届く高さに。しかもロック・キーは触りやすいマトリクスの一番左下にあった。でも、まさか重い扉を手で抑えながらボタンを押しまくるなんて考えもしなかった。空のセーフティボックスは僕たちが使用する前に彼によって「ピッ・ピッ・ピッ・ピッ・ピー」と閉められてしまった。チェックイン早々にホテルにトラブルでお世話になるなんて。

 ホテルのフロントに連絡すると従業員がとんできた。手には大げさな怪しい機械を持っている(もちろんセーフティボックスと同じメーカー製)。それをセーフティボックスに接続するとジェームズ・ボンドのように暗証番号の解読が始まった。不思議なことにすぐには暗証番号は分からない。時間をかけてジワジワと暗証番号が1つ1つ解読される。そして無事に空のセーフティボックスの扉は開いた。とりあえずこれが無いと簡単には開けられそうもないかな、とこれも気休め。

 でも考えてみるとセーフティボックスには、盗まれても当面大丈夫なものしか入れてないな。フィルムとか。お金もいつも3万円位しか持ってきてないし。しかも今回は昼間の2/3はホテルの部屋で寛いでたし。

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2004/10/25

マックス・ハーフェラール

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 いつものことだけど、旅行の時は旅先関連の本を飽きるまで連続して読まないと気がすまないらしい(だいたい2ヶ月くらいで飽きる)。だから今回もバリ島のあとだけに、面白い面白くないにかかわらずインドネシア関係の本を何冊か注文して、先週はムルタトゥーリの「マックス・ハーフェラール―もしくはオランダ商事会社のコーヒー競売(めこん)」→amazon.co.jpを読んだ。

 「マックス・ハーフェラール」は植民地支配上の問題点を内部告発しそれを文学に溶け込ませ、出版されると、時の植民地政策にまで影響を与えたと言われるオランダ文学を代表する名著(1860年出版)。 世界的な認知度を表現する際によく取り上げられるのが「アンネの日記」であるにもかかわらず、日本で「マックス・ハーフェラール」の完全翻訳版が出たのはつい最近。いくつかオランダの植民地支配に関する本は読んでいたので内容はかなり予測できるものだったけど、当然、ただの歴史本とは文学的水準において比較にならない。150年も前の本だけど真面目にインドネシアを見たい人にはお勧め。

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2004/10/22

SMiLE

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 バリ島や台風に「うつつ」をぬかしている間にブライアン名義で「SMiLE/スマイル」→amazon.co.jpが発売されていた。発売からだいぶ時間が経っていた。2、3週間前までこのアルバムでblogも賑わっていたから詳細はそちらのほうを検索して下さい。。
 彼のことはblogで取り上げるのも3回目だから大ファンのように思われてしまいそうで少し躊躇したけど、いいでしょう?(誰に)

 最近は新譜でトータルアルバムと言えるものを聞いてなかったからやはり感慨深かった。コンセプトアルバムっていう言い方もあるけど、僕の中では「SMiLE」はトータルアルバムって言うほうが相応しい。そういう重みを求めていたわけだし。そういうのを纏め上げられるのは60~70年代を現役でやってた人なのかな、その時代にトータルアルバムを聞いていた人たちならその感覚を理解できるよね。

 他のアルバムやブートレグでほとんどの曲は断片的には聴いてたけど、こうリリースされるとね。最初に感じた自分のイメージとのずれはどこかへとんで、サーフズ・アップあたりで(この曲も過去に何度聞いたか)やはり背中に何かがススッ(ササッ?)と走って体が小さく震えたような。1月のライブも是非行きたいですね。

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2004/10/19

台風にむかって

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 台風にむかって出張です。仕事上、台風にむかう必要があります。前回の台風直撃の時も台風にむかっていきました。新大阪のマッサージ屋では「気象庁の方ですか?」と聞かれました。違います。
 ちなみにこの写真はバリ島ギャニャールの団地の屋根で台風とは関係ないです。

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観光はタンパクシリン バリ島

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 今回のバリ島は直前まで観光のことを考えていなかった。しかし考えてみると同行する妹は初バリだし何か観光を入れなくては、というわけでウブドから近いタンパクシリン周辺に行くことに決めた。
 本当はもっと色々と見せてあげたいのにどうも観光に力が入っていなかった。前回も車をチャーターしても観光とは名ばかりのデンパサール!めぐりだったし、結局いつも観光には力が入っていないのかも。
だから今回もとりあえず観光地としてタンパクシリンに行って、その後はギャニャールへ行くことにした。あるガイドブックによれば、ギャニャールは「観光客が行く理由の無いところ」である。ギャニャールにはバリ人ガイドM氏(登場回数多し)が住むアパートがある。2年ぶりに彼の子供たちに会いたかった。

 ところでタンパクシリンではグヌン・カウィとティルタ・ウンプルに行くつもりだったが、M氏曰く「グヌン・カウィはだめでしょう」との事。あの急な長い階段はやはり子連れでは厳しいのだ。霊感の強い妹には是非とも見せたいところだったのに。とうとうバリ島で彼女の霊感はまったく機能しなかった。
 ガルーダの木彫りを作っている村を抜け、一山超えてティルタ・ウンプルには午前中の比較的早い時間に着いた。たぶん観光客一番のりだったらしく例のごとく駐車料金のおつりは無い模様。僕たちは大きい単位のお札しかなくM氏が駐車料金を払う。
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 静かなティルタ・ウンプルはなかなか良い所だ。朝の光もよく合っている。こんな時間に行くと何故かよく祠を修理している。昼になれば遠方から観光客が押し寄せて(物凄いというほどではないと思うけど)、おそらく雰囲気は一変する。おかげでティルタ・ウンプルで沐浴をする人はかなり減った(とある)。代わりに観光客が沐浴しているという話も(僕のように写真を撮っているだけの観光客より沐浴をする客のほうがましか)。だからティルタ・ウンプルがそれらしく機能しているのは朝と夕方だけらしい。
 朝の土産屋通りを通る。声をかけてくる物売りもいないし、観光客の代わりに子供たちが路地を走りまわって遊んでいる。そういえば静かな時間のケヘン寺院も良かったな。
 ただ生活の時間に行く人が増えるとただの観光地になっちゃうから、それはそれでどうかな。

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2004/10/18

デルタ・デワタ バリ島

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 ウブドの少し北にあるスーパーマーケット「デルタ・デワタ」。ウブドに泊まった人は皆さんお世話になっているのでは。
 といっても入り口付近から外を撮った写真。僕はあまり買い物をしないので時間が余ったら、このあたりに座って新聞を読んでるおじさんやアイスを食べている子供たちなどを風景として眺めているのが好き。
 それに僕の場合、ここにくると必ずといっていいほどトイレに行きたくなってしまう。以前、裏の事務所近くにあった超カマル・クチルなトイレに向かうとそこにはトイレが無かった。あそこで用を足すのことを考えると少し緊張してたんだけど。で探すと、もっと目立つところ(駐車場の奥)にトイレが新設されていて、以前のブロックに囲まれた暗い雰囲気では無くなってたけど、やはりシステム(手酌)は変わってなかった。流れは前より悪くなってるし。

(今日は手抜き)

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2004/10/15

子供好き島 バリ島

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 噂には聞いていたけどバリ人は本当に子供が好きだ。バリ島は子連れ旅行者にとても優しい。

 いつなら食事中の我々の横に居座って「時計可愛い。いくら?」と少々煩い店員が多い印象のウブドの有名店「カフェ・ワ○ン」も子供を連れて行くだけで別の店になる。我が家の息子1才3ヶ月を見つけると店員による抱っこリレーが始まった。息子は1時間近く帰ってこない。これで僕たちは子供から解放されてゆっくり食事が出来る。彼らは昼も夜も息子の面倒をみてくれた。お願いもしないのに。この店を見直したよ。
 そして他のレストランでもマッサージ屋でも同じように子供の面倒をみてくれた。バリ人の子供好きを実感した。
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 妹の息子4才は身長が高いのと大人びた顔のために4才とは認めてもらえず、あまり店員に相手にしてもらえなかった(カフェ・ワ○ンの「ジャイアン」さんを除いて)。だから僕の息子1才3ヶ月が羨ましかったらしい。僕は彼の機嫌をとるために一緒に店内を散歩した。
 その彼も帰りのングラ・ライ国際空港では空港職員のお姉さん(たぶんジャワ人)に「ハンサムー」と言われてまんざらでもなかった様子。

 余談。夕食の時、さえないフランス人のカップルがこちらを横目で見ながらあたり前だけどフランス語で「こんな時間に子供を連れてくるなんて日本人は」みたいなことを喋っていた。子供は店員に連れ去られていたので、子供が煩いとかではなく習慣のことだろう。
 でもバリ島では意味を成さないかと思えた。バリ島は夜でも子供大歓迎だった。限度はあるだろうけどワヤン・クリが終わる深夜くらいまでは大丈夫だろうと都合よく考えてみる。

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2004/10/14

大統領選 バリ島

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 バリ人ガイドのM氏にウブド近辺を半日観光したい旨を話すと、彼は少し考えて「朝9時集合にしましょう」と言った。「どうしてそんなに早いの?」と訊ねると「その日は選挙に行くので」ということだった。観光当日になってみるといつものドライバーK氏も選挙でお休み。選挙など全然興味が無さそうな貧相なじいさんがドライバーだった。

 その日は学校も休みとあって、いつになく子供が多い。そして投票場の周辺にはメガ-ハシムのシールがベタベタと貼られている。結局大方の予想通りメガワティ-ハシム・ムザディ陣営(闘争民主党)はスシロ・バンバン・ユドヨノ-ユスフ・カラ陣営(民主党)に負けた。投票率は嘘か真か76%。僕たち旅行者には政治的な話など一切しないM氏も今回の選挙は張り切っていた。僕自身はスハルト以前の話ばかり夢中になって、最近のインドネシアよく知らなかったなと。圧制に対するシンボルより新風を、ということか。

【追記】

 あれから2年、12日はサリ・クラブ爆破テロの追悼式が行われた。爆破直後のサリ・クラブは怖くて近づけなかった。怖くて祈ることも出来なかった。
 観光客の数も今年はだいぶ回復してきた。今後このようなテロが発生しないことを願う。

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2004/10/12

天蓋崩壊 バリ島

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 惨事は僕の部屋のベッドで立て続けに展開した。

 ウブドに移って二日目の夜。夕食から帰ってきた僕たちはオープンエアーのリビングで大人の会話の時間を楽しんでいた。妹の息子4才はその日は疲れきって僕の部屋の天蓋付きベッドで寝ていた。
 解散の時間、妹はその日の昼間重い息子を抱きっぱなしで少し背中を痛めていたものだから、僕が眠っている息子4才を抱きかかえて妹の部屋まで連れて行った。息子4才は背中がびっしょりだった。気になって自分の部屋のベッドに触れてみると、彼が寝ていた場所が広範囲に亘って濡れていた。オネショだ!パンツをはみ出したおしっこは背中まで達していた。仕方なくオネショの場所にバスタオルを敷いて寝た。

 次の日の朝、(結構注意していたつもりなのに)少し目を離している間に僕の息子1才3ヶ月が天蓋付きベッドの上でジュースを飲んでいた。恐る恐る近づくと・・・案の定ジュースをベッドの上に撒き散らしていた。ベッドにはオレンジ色の斑点模様が付着していた。
 ホテルのスタッフを呼ぶとオネショはマットレスに達していて、全て取り替えられた。申し訳ない気持ちだった。

 しかし、このベッドで一番大きなの惨事は僕が起こしてしまった。シーツやら何やらすっかり綺麗になったベッドでその日は気持ちよく眠れるはずだった。
 その日の夜。僕がベッドに腰掛けると僕のお尻は天蓋から下がった蚊帳の端を挟んだらしい。蚊帳が引っ張られ天蓋を吊っているロープの一本がブチッと切れて、ズドンという音とともに天蓋が写真のように崩れた。ロープの先を確認すると黒かったので擦れて老朽化していたに違いない。
 その日の夜は本当に惨めな気持ちだった。崩れた蚊帳の中で寝るなんて・・・みんな想像したこと無いでしょ。優雅な気分を味わいたくて天蓋付ベッドのあるホテルに泊まるのだから。

 朝、ホテルのスタッフを呼ぶと彼は驚愕の声を上げ、大人3人がかりの作業が行われた。僕の部屋は例の萱葺きの高い天井でたぶん5m近い高さだと思う。天蓋はその天井からロープによってぶら下っていた。スタッフたちは何本かの細い縄を集めて捩って太いロープを作り、長い梯子を2人が支え1人が梯子に登りロープを結わえ天蓋を吊りなおした。全員にビールを手渡した。

 天蓋付ベッドは注意が必要です。
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 おまけ。僕の息子1才3ヶ月が部屋でカップを割った。こんなことは可愛らしいほうだと思う。ホテルのほとんどの食器はジェンガラだったが割れたカップはIwataniだった。

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2004/10/08

スカワティにて バリ島

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 バリ島の田舎を歩く。初めての場所はコンパクトカメラを持っているだけで少し緊張する。
 スカワティはウブドからもデンパサールからもそれほど離れていないがバリ島らしい田舎だ。ガイドブックによれば、この辺りにはパサール・スニ(Pasar seni)という工芸品市場があるらしい。その時は僕自身まったく知らなくて移動の時もおそらくパサールの前を通らなかったし、なんといってもバリ人ガイドM氏も最終目的地のレジデンスまでの道のりがまったく分からず先導するU氏の車を見失わないようについて行ったくらい。おかげでいつもは饒舌なM氏の口からも道中の解説は一切無かった。しかもスカワティの奥の奥にレジデンスはあった。

 時間がとんでしまったけど、これは最終日の話。もともとスカワティに行く予定はなかったがウブドのホテルのレイトチェックアウトがキャンセルされてしまった。今回行ったバリ島はやけに旅行者が多いのでどうしたのか思ったら旅行代理店では「裏正月」と呼んでる時期だった。稼ぎ時に客をギュウギュウ詰めたいホテル側はぎりぎりでレイトチェックアウトは出来ないと言ってきたらしい。とにかく僕たちが泊まっている部屋は数ヶ月前からおさえておかないと取れない人気の部屋番号でちょっとした調整が入った。
 慌てた旅行代理店は、バリ島の達人U氏のアイデアで知り合いであるS氏が管理人を勤めるスカワティにある貸し別荘に僕たちを流すことにした。旅行代理店のO氏は一抹の不安を覚えたが、U氏が「絶対に気に入る」との強い自信を見せたためその案で決行することとなった。今回さまざまなサービスを受けたのもたぶんこれに起因している。僕自身はスカワティには行ったことが無いし面白そうなので即OKだったけど。
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 そのレジデンスは渓谷に建つ1日1組限定の4ベッドルームのヴィラで使い切れないくらい大きなリビング、大きなダイニング、大きなキッチン、そして渓谷に向かって大きなプール(アマンダリのメインプールかそれより少し大きいくらい)、プールの上にせりだしたパレブンゴン、それに「何でも頼んで下さい」の3人のインドネシア人スタッフと警備員が1人ついている。ジャカルタの中華系オーナーのもので、これまではオーナーの客人などが主な利用客で日本人の旅行者はまだ泊まったことはないそうな。そろそろ旅行者向けに力を入れたいとwebページを作成中とのこと。
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 そのレジデンスには恐れ入ったけど、僕が本当に気に入ったのは外に広がるスカワティの田舎の風景だった。それは僕が想像するバリ島の田舎の風景だった。その道をとぼとぼと歩く。すれ違った人には「シアーン(昼間の挨拶)」と声をかける。「シアーン」と何回返ってきただろう。覚えてないほどだ。そして時々写真を撮る。歩きながらスカワティ王家以外にスカワティってどこかで聞いたなと思い出した。皆川厚一氏の「ガムラン武者修行(PARCO出版)」→amazon.co.jpに出てくる皆川厚一氏のガムランの師匠がスカワティに住んでたんだっけ。
 少し歩くと村の集会所まで来た。沢山の人たちが集まっている。オダランかなにかの行事があるらしい。女性たちはせっせとお供えなどを作っている。男たちも何かやっているがよく分からない。ガムランのセットが用意されている。写真を撮ってもいいかと聞く。年寄りの女性が何かぶつぶつ言う。まわりの女性たちが「彼女の言うことは気にしないでどんどん写真撮りな(ほとんどジェスチャー)」と大笑いする。そこで写真を何枚か撮って村の寺院へ向かう。途中で食堂から出てきた子供たちが「ハロー」と言いながら僕について来る。だから僕は彼らに向かって「シアーン」というと「パギパギ(早朝の挨拶)」と冗談で返す。
 夜。帰りの車の中から村のいくつかの集会所で男たちが真剣な顔つきでガムランの練習をしていた。心地よい響きだった。

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2004/10/07

水着を忘れる バリ島

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 パスポート、お金の次に大事?な水着を持っていくのを忘れた。しかも家族そろって。いつもなら持ち物チェックリストの最重要手荷物と確認しているから忘れるわけがないのに。ホテルにプールさえあれば香港だろうが台湾だろうがバンコクだろうがシンガポールだろうがロンドンだろうがパリだろうが持っていくだろう。忘れた理由は分かっている。今回は息子1才3ヶ月の用意に追われて出発直前の最終確認を怠ってしまったのだ。

 ということで現地調達。ホテルのショップにはひどいのしかない。トゥバンのホテルのフロントで近くに水着を買えるところはないかと訪ねると「歩いていけるところには無い」と言われた。
 というわけでウブドへの移動の途中でクタスクエアへ。クタスクエアに着くとバリ人ガイドM氏は「はい、では30分で!」。超速攻で近くにあったBillabongへ突入し水着とついでにTシャツ2枚を購入。ハワイで水着を買って以来久々のリニューアル。
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 今回のことでM氏が半バックに撫でつけた髪型と同じくらいに几帳面でスケジュールに厳しいことを思い出した。車に乗せているのは僕たちしかいないのだから少しくらい時間にルーズでもいいんじゃない?なんてことは無い。それからも「では9時に」「はい、ここでのお買い物は45分で」「では食事は1時間で」「ここは車から観るだけにしましょう」「では8時に待ち合わせ」と続く。頼もしい。

 でもせっかく買ったのにそこは子連れ旅行。プールサイドなんかでノンビリなんて所詮むりな計画。息子がプールに転落しないかプール監視人と化す。水着着用時間は最終日の30分だけだった。

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2004/10/06

ファンタメロン バリ島

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 妹の息子4才が大人たちの部屋で寛ぐペースに飽きてきた。そこで妹は息子を連れ買出しに行った。ホテルの近所にあったごく小さなスーパー(バリ島によくある食料品店が小奇麗になっただけ)に行ってすぐ戻ってきた。

 子供のための駄菓子のほかにファンタメロンが2本入っていた。最近、彼女は子供を保育園にあずけコカコーラ系列のパートタイマーをしているので職業柄-少なくとも関東地方では扱っていないファンタメロンは気になったよう。そして「炭酸が少ない!」とか「甘い!」とか言っていた。僕も飲んだけど、たしかに不抜けた感じで甘味ばかりだった。日本で言う微炭酸ではなくて月日とともに炭酸がとんでしまった感じに近かった。もしかすると本当にそうかもしれないな。それとももともと炭酸が少ないのか。味はさておきビンが綺麗なので。

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2004/10/05

4才 バリ島

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 トゥバンのホテルは案の定「白人ランド」だった。自分たち以外の日本人は朝食のときに見かけた女性グループ1組だけだった。その他何百人ものお客のほとんどがオーストラリアから来ている人たち。
 妹の息子4才はもうプールに入りたくて入りたくて半ば挙動がおかしくなっていた。プールに入ったその瞬間から彼にとってバリ島旅行は人生最高の出来事になった。日本に帰ってからも毎日のように「ママ、バリのビデオ観たい!」と言ってはビデオを見ながら踊っている。

 彼が子供用の浅いプールに入ると同じ年頃の先客がいた。父親はイングランド出身のオーストラリア在住の人で、妹の息子4才と彼の息子やはり4才は瞬く間に意気投合し浮輪を使ってプールで遊び始めた。あまり言葉の心配はしてなかったけど、本当に二人の4才の間には言葉の壁など存在しなかった。お互い自分の言語で喋っているんだけど完全に通じ合っている。
 しばらく一人が浮輪に乗って、もう一人がそれを引っ張って移動する-を交代しながら遊んでいたが、最終的には浮輪にのってるのが白人の子供、それを引っ張るのが日本人の子供に落ち着いてしまって、冗談ながら子供でも人種の壁は越えられなかったかと一同笑ってしまった。親たちもそれぞれプールサイドで会話を楽しみ、バリ島最初の朝としてはいい感じだった。
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 ところでトゥバンのホテルはオン・ザ・ビーチ。これはクタ湾のホテルとしてはセールスポイントだろう。クタ以北にはオン・ザ・ビーチのホテルはたぶん存在しない。ビーチとホテルの間には道が存在し最高でもオーシャン・ビューである。しかもトゥバンのビーチはクタ・ビーチより綺麗で売り子もほとんどいないため静かでほぼプライベート・ビーチ状態である。ホテル自体は少しショボイが、西洋人向けに改善された朝食もバリ島とは思えない安心できる味になっていた。

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2004/10/04

給与明細!バリぼったくり事情 バリ島

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 途中で気がついた。10月3日のテレビ東京の「給与明細!バリぼったくり事情」の現地在住のコメンテーターの方に見覚えが。バリ島旅行ではいつもお世話になっているU氏だった。実際はもっと普通の人だけどテレビでは胡散臭い感じで映ってた。日本人会関係で活躍してて、最後にお世話になったスカワティのヴィラの管理人であるS氏とは草野球仲間。バリ人も交えての草野球とは!?
(ちなみにインドネシアでもっとも人気のあるスポーツはバドミントンとのこと)

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